2013年10月5日土曜日

赤竜 1 その22

二人が食堂に戻って来たのは10分後だった。席に着くと、レインボウブロウが手帳に何やら書き込んでそのページを破り取った。イヴェインに渡して、
「明日これを買ってきなさい、私は納屋を探して道具を出しておくから。」
と言った。どうやら骨董品の修理の話らしい。オーリーは仲間に入りたかったので、
「直ぐ直りそうだね。」
と言ってみた。レインボウブロウが頷いた。
「タンスは少し凹んだだけ。他の家具も今のついでに直してしまう。新しい家は家具付きだから、ここの物は売る。」
 イヴェインがオーリーにお愛想した。
「宜しければ、あなたのお好きな家具を一つ差し上げてもいいわ。」
「ええっと・・・」
 オーリーは室内を見回した。アンティークなカップボードや電話台や、椅子。どれも彼の侘びしいアパートにはそぐわなかった。
「俺には骨董品はわからないよ。部屋に合うとも思えないし。」
「さっきの本でも売れば結構な値段になる。」
「俺の本じゃない。それに、俺はここに掘り出し物を探しに来た訳でもない。」
「犯人の手がかりを探しているのね。」
 イヴェインは警察に期待していた。否、オーリーに期待していた。

 署でリーリー・コドロフに出会った。いつも客と喧嘩しては引っ張られる娼婦だ。オーリーは彼女の歯に衣を着せぬ物言いが気に入っていたので、リーリーの ことは嫌いではなかった。世間話をさせると、彼女はとても話し上手なのだ。オーリーが出先から帰った時も彼女は取り調べが終わって刑事たちを笑わせる客の 話をしていた。オーリーが目が合ったので「やあ」と挨拶すると、彼女は自分の話を素早く切り上げて、彼の机に近づいた。
「ちょっといい、オーリー?」
 オーリーは顎で隣の空いた椅子を示した。娼婦が声を落として話しかけてくる時は、何か情報を持っているのだ。リーリーが椅子に座った。金髪に染めたブルネットの根本が黒ずんで見えた。美人だが、近くで見ると歳を取っていることがわかる。
「先週、女を連れて食事に行ったわね。」
と彼女が切り出した。
「3丁目のイタリアレストランよ。あなた、アフリカンの娘ッコと男の子みたいなチビ女を連れていたでしょ。」
「捜査の一環だよ。家庭の事情を探る目的だった。」
 言い訳するオーリーを、リーリーがじっと見つめた。
「どっちの女の事情よ。私は黒い方を知ってる。」
「イヴェイン・カッスラーを?」
 不思議ではない。イヴェインはスラムの出身だ。
「彼女の素性は調査済みだよ。」
 彼女が富豪になったと聞いたら、娼婦はどんな反応を示すだろう。
 リーリーがタバコを出したが、禁煙の表示に気付いてまたバッグに仕舞い込んだ。
「でも、あの小娘が死んだってことは知ってるのかい。」
「死んだって・・・」
「他人の縄張りで商売を始めようとして、そこの用心棒たちに殴られたんだよ。私はボロボロになったあの子が冷たくなっていくのを見守るしかなかった。仲間 が救急車を呼んだけど、間に合わなかった。あの子の心臓が止まったので、私らは退散したんだ。関わり合いになりたくなかったからね。証人にはなりたくな かった。だけど、やっぱり、私は気になって・・・救急車が来た時、あの子が倒れている路地に案内したんだ。でも、あの子の姿は消えていた。死体はなかった んだ。」
「本当に死んでいたのか。」
「本当さ。口から血を出して目を剥いて、腕は折れていたし、多分肋も折れたはずだ。あの界隈の乱暴者はあの世間知らずの小娘をサンドバッグみたいに叩きや がったんだよ。スカートも濡れていたから、下からも出血してかもね。お腹を散々殴られていたから。黒い子が嫌いな連中だったんだ。白人でない奴は犬以下 だって考える連中さ。
「だから、あの子が立ち上がって自分で歩いて行ったはずがない。誰かが拾ったとも思えない。動かせば確実に死んでたもの。」
「その娘が俺と飯食ってたって言うのか。」
「双子のはずないわ。あの子は小さい時から見かけていたもの。」
「でも彼女はゾンビじゃない。」
「わかってる。だから、私が言いたいのは、あの夜の女がイヴェインだって名乗ったのなら、偽物だってこと。私らの街で生まれ育ったイヴェインは私の目の前で息を引き取ったんだからね。」

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