2011年12月27日火曜日

幸福度

日本の都道府県幸福度1位は福井県、最下位は大阪府だそうです。

「気ぃ悪いわ。」

「住みやすいのになぁ」

「食べるんにも全然困らへんし。」

「で、あんた、これからどこ行きなはんの?」

「公園や。救世軍がカレー配ってるそうやから。」

2011年12月25日日曜日

遺産

父の遺産相続の為に姉妹が集まった。
 長女の桃子。父と性格が似て頑固なので、父の晩年は対立して電話すらしなかった。勿論、父が病に倒れてからも見舞いにも来なかった。
 次女の梨花。体が弱く、それを理由に近所に住んでいるにもかかわらず、一度も父の看病の手伝いに来なかった。今も神経性の胃炎で悩んでいると愚痴をこぼしている。
 三女の栗子。海外赴任の夫と共に帰国したのは、父の49日の直前、つまり昨日。葬式に間に合わなかったのは許すとして、どうして遺産がもらえるかも知れない時に帰ってくるの? もっと早く帰って来られたでしょ?
 四女の杏。一番父に可愛がられていたので、自信満々の表情だけど、ダンナの会社は火の車。内心はきっと穏やかじゃないわね。全額もらえる訳はないしね。
 五女は、花梨、つまり、私。末っ子だけど、家に残って一人で父の世話をした。葬式の手配もしたし、桃子姉に言われて喪主も務めた。これでみんなと同額じゃ、割に合わないわ。

 弁護士が封筒を開封するのを、全員が固唾を飲んで見守った。
 白い便箋を手にして、弁護士が読み上げた。

「娘たちの健康で豊かな人生を願って、ここに全ての遺産を以下の者に贈ることにする。

 次女 梨花」


 そんな馬鹿な!!

 私たち姉妹の叫びを無視して、弁護士は次女梨花に小さな手提げ金庫を渡した。株券とか土地の権利書なら十分入る大きさだ。
 梨花は得意満面で、金庫を開いた。彼女の顔色が変わった。

「何よ! これは?!」

 梨花姉がテーブルの上に投げ出した金庫を覗いて、私たちは唖然とした。
 そこには、金色に光る粉が入ったガラス瓶と一通の覚え書き・・・

 毎食後半時間以内に必ず服用のこと



 胃散だった。

2011年12月17日土曜日

雨の夜

バス停に着くと、貼り紙がしてあった。
「北山発のバスは県道377が土砂崩れの為に通行止めとなり、運休しています。南川方面へお越しのお客様は、東丘発のバスにご乗車ください。ご迷惑をおかけし、申し訳ございません」
慌てて書いたのだろう、ちょっと字体が崩れていた。
東丘発のバスは本数が少ない。次の便まで1時間あった。この肌寒い雨の中を1時間も待てるか?
ボクは先に来ていた若い女性に声をかけた。
「バスが来るまで、そこの喫茶店で雨宿りしませんか?」
暗かったので、彼女が黒っぽいワンピースを着ているとしかわからなかった。美人に見えた。下心は断じてなかった。暗い道ばたで一人でバスを待つなんて、しかも雨の中で、それは男でも嫌だろう?
女性は「そうですね」とか言いながら、ボクの後ろを付いてきた。
喫茶店は古い店だった。もう20年はそこで営業しているが、前回入ったのは10年前だったろうか。カウンターも4つあるテーブルも内装も古ぼけてしまったが、昔のままだった。頭がかなり寂しくなってしまったマスターがカップを拭きながら、「いらっしゃい」と言った。
カウンターの端に男の客が一人いて、コーヒーをすすっていた。背中を丸めて裏日れた感じだった。
ボクもカウンターに着いた。マスターが水のグラスを用意しながら、尋ねた。
「お一人でいいですか?」
「え?」
振り返ると、女性はいなかった。慌てて店内を見回したが、彼女は消えていた。
「あれ、あの人は?」
マスターが何か言う前に、隅の客が呟いた。
「入ってすぐ出て行った・・・」
「そうですか・・・」
がっかりしなかったと言えば嘘になる。でも、初対面の男とこんなわびしい店に入りたくないのだろう、と自分に言い聞かせて納得した。
熱いコーヒーを時間をかけて飲んだ。無言だった。客も無言でマスターも黙っていた。ただ、彼は時々ボクに何か言いたそうに視線を投げかけて来たが、ボクが気づかないふりをしたので、結局何も言わなかった。
お代を払って外に出た。
まだ雨は降っていたが、小降りになっていた。
バス停に彼女が立っているのが見えた。
ボクがそばに行くと、彼女が声をかけてきた。
「さっきは黙って出てしまって、ごめんなさい。」
「いや、いいんです。」
「あなたが嫌で逃げたんじゃないんです。それだけ、言いたくて・・・」
ボクは彼女を見つめた。彼女は喫茶店を見た。
「あの店は以前にも行ったことがあるんです。あの時も、彼はいたんです。」
「彼って?」
「カウンターの客。」
「?」
「見えませんでした?」
「どう言う・・・」
ボクはマスターが何か言いたそうにしていたことを思い出した。マスターは彼女のことではなくて、あの客のことを言いたかったのか?
彼女がボクの思考を察したのごとく、説明した。
「マ スターにはあの男の人が憑いているんです。いえ、あのお店に憑いているんでしょうね、きっと。ただあそこに座ってコーヒー飲んでいるだけなんですけど。で も、私はそばにいたくないんです。話しかけてきて欲しくないんです。あの手の人は、会話をしてくれる人に憑くんです。」
そして彼女は頭を下げた。
「変なことを言ってごめんなさい。忘れてください。」
そこへ、バスが近づいて来た。
「やっと来ましたね」
「ええ」
バスが停車して、ドアが開いた。彼女が手で「どうぞ」と譲ってくれたので、先に乗り込んだ。
ドアが閉まった。ボクはびっくりした。
「おい、彼女も乗るんだぞ!あの女の人も・・・」
運転手が言った。
「よしてくださいよ、お客さん。あなた一人しかいなかったじゃないですか。」

2011年12月6日火曜日

ウノ シガレーチョ

 初めてメキシコに行った時、司厨長がオレに3ドル渡して、バナナを買ってこい、と言った。当時、1ドルは360円ほどだったから、3ドルは1000円ほ どかな。今じゃ、日本でも1000円は大金と呼んでもらえなくなったけど、当時は結構な価値があった。3ドルあったら、船全体の人員に食べさせられるバナ ナが買えるって司厨長は言ったんだ。
 ちょっと待ってよ、司厨長、いくら3ドルが大金だからって、この船に何人乗ってるか知ってるの? これ、ブラジルへ移民運んでるんだよ。バナナを全員に配れるほども買えるはずないじゃん。
 いいから買ってこい、と司厨長。それで市場へ行ったら、買えたんだよ、トラック一杯のバナナが・・・たった3ドルでさ。

 パナマ運河を通って太平洋と大西洋を行ったり来たりして、数年たつと、オレもいっぱしの船乗りになった。ちょいと世間慣れした親爺の仲間入りさ。3ドルでトラックいっぱいのバナナを買った時より、したたかなヤツになっちまった。

 あれは何処の港だったかなぁ。 やっぱりバナナを買いに行った。出来るだけ出航時間に近い時刻を狙ってね。
 それで、バナナ売りに取引を持ちかける。10房のバナナとアメリカ製タバコを交換しないかって。
 10房って、日本の果物屋で売ってる房を想像しちゃいけないよ。1房は、バナナの木1本分のことだ。
「ウノ・シガレーチョ?」
 バナナ売りは、アメリカ製タバコが高く売れることを知っている。10房のバナナとタバコ1カートンじゃ、美味い儲け話だ、と読んだ訳。
「シ、ウノ・シガレーチョ」
 オレは人の好さそうな笑顔で頷く。バナナ売りは口頭で契約する。オレは言う。
「半時間後に出航だから、大急ぎで積み込んでくれ」
 バナナ売りは10本分のバナナをせっせと船に運び込んだ。
 作業が終わる頃には、早くも時間が迫っていて、船は錨を上げてエンジンの稼働も高まっている。
 オレは甲板からバナナ売りに声をかけた。
「グラシャス、セニョール、ウノ・シガレーチョ」
 オレは、桟橋のバナナ売りに、タバコを投げてやった。20本入りのマルボロの箱、1個。

 怒り心頭のバナナ売りの怒鳴り声は出航の汽笛にかき消され、船は桟橋を離れた。
 あれ以来、オレの船はあの港に寄港していない。

2011年11月23日水曜日

手の中のもの

「これ、さぁ」

 ヒロトが、両手で何かを包み込むような形で、チカさんの前に両腕を伸ばしてきた。

 羽布団工場の午後の休憩時間だった。
ヒロトは17歳、二月前からこの工場でバイトしている。高校には行ってなくて、同じ年頃の仲間と連んで暴走族をやっているのだ。だけど、何を思ったか、ここへ仲間と一緒にやってきて羽根まみれになって働いている。
  少年たちの中では一番の男前。背が高く、喧嘩も強くて、族のリーダー格だ。彼が真面目に働くと、仲間も大人しく仕事している。大人を拒絶している様な仲間 たちと違って、ヒロトはパートの小母さん小父さんたちとも冗談を交わすし、世間話もした。なんで、あんないい子が、族なんかやってるんだろ?と大人たちは 不思議がった。

 チカは工場一番の美人だけど、ヒロトよりは10歳も年上。ちゃんと彼氏もいる。だけど、ヒロトは時々彼女に悪戯をしかけてくる。ちょっと気になる存在らしい。
「え? なに? なに?」
 差し出された手を、チカは覗き込んだ。ヒロトが、そっと手を開いた。
 真っ白な物が、ポワ〜ンと飛び出した。

「きゃ〜〜〜〜!」

 チカが悲鳴を上げて、跳び下がった。 ヒロトは「あはは」と笑いながら、手の中の物を床に払い落とした。
 柔らかな羽根がふわふわと舞った。
 布団に詰め込まれる純白のダウンが、彼の手の中で圧縮されていた。それが、手を開いたので、空気を吸い込んでふくらんだだけだった。チカは、見慣れたはずの商売物が、何か別の生き物に見えたのだ。

 知っていると思いこんでいたものが、ちょっとしたことで違う物に見える。錯覚なのか、それが真の姿なのか、それは見る人自身が決めること。

 少年たちは、やがて一人が無断で辞めたのをきっかけに順番にいなくなって行った。ヒロトは最後まで残ったけれど、やはり無断欠勤が増えて、お盆明けにはとうとう来なくなった。

 一度だけ、「なんで、あの連中と連んでるの?」とヒロトに訊いてみた。
 彼はこう答えた。

「見ててやらなきゃいけないんだよ」

2011年11月8日火曜日

異能者の品格

「あら、下ろしたばかりの給料が無いわ!」
ナカムラさんが喚きだした。スーパーマーケットの従業員ロッカールーム。私が帰り支度をしていると、休憩に入ってきたナカムラさんがタバコを出そうとして鞄を探り、お昼に下ろしたばかりの給料が袋ごと無くなっていると言い出したのだ。
「勘違いじゃないの?」
ナカムラさんといつも連んでいるオー田さんが声をかけると、ナカムラさんは力一杯首を振った。
「いいえ、確かに下ろして鞄に入れたわ。そうよね、貴女、見てたでしょ?」
詰 問口調で話しかけられたのは、ATMのそばにあるベーカリーのレジ係ヨー子ちゃんだ。お店では明るいはきはきした店員さんだが、ロッカールームでは年配の おばさんたちに押され気味。この時もビクッとしてすぐに答えなかった。するとナカムラさん、グイッとヨー子ちゃんを睨み付けた。
「どうしてすぐに御返事しないの?見たの、見なかったの? 変ね・・・貴女・・・」
ヨー子ちゃんは窃盗の嫌疑をかけられそうになっていることに気づいたのか、青ざめた。口をぱくぱくさせて何か言いかけた。

私の脳裏に、ある光景が浮かんだ。ナカムラさんが男にお金を渡している。男は身なりは良いが、どこか生活が荒れている感じ。ナカムラさんはぺこぺこしていた。場所は店のトイレの通路。周囲に誰もいない。
はっきり見えると言うことは、過去に実際にあったこと・・・。

次にナカムラさんが誰かのロッカーにATMのお金の封筒を入れるところが見えた。袋は空っぽの様だ。ロッカーはナカムラさんのものではない。なんとなくぼやけて見えるのは、これから起きること・・・。

その時、入り口で声がした。
「ナカムラさん、お金を下ろした後で、すぐに若い男の人にあげていたじゃない。あれ、息子さん?」
みんなが振り返ると、部屋の入り口に精肉コーナーの係をしているユウナさんが立っていた。
ナカムラさんの顔が真っ赤になった。
「なに、それ?」
「トイレの前で見たのよ。背が高い痩せた男の人・・・全部お金あげちゃったの?」
ユウナさんはまっすぐナカムラさんを見ている。ナカムラさんは目をそらせた。
「・・・う・・・思い出したわ・・・そう・・・親戚の息子よ。あげたんじゃなくて、貸したの。」
そしてどかどかと音をたてて出て行った。
私はヨー子ちゃんがホッとしているのを見て安堵した。

ユウナさんは、私のヴィジョンにはいなかった。ユウナさんはあそこでナカムラさんを見た訳じゃない。私と同じように見えたんだろうか。
私はタイムカードを押すと、ユウナさんが着替えて出てくるのを待った。
「ユウナさん、さっきの男の人の話・・・」
私が話しかけると、ユウナさんは「ああ・・・」と気のない声で応じた。
「多分、消費者金融の取り立て屋ね。」
「ナカムラさん、借金してるの?」
「さぁね・・・そこまで、貴女は見ていないでしょう?」
「え?」
「私は他人の過去なんて見えないのよ。貴女が見たから私にも見えただけ。」
私はびっくりしてユウナさんを見つめた。どこにでもいる平凡なパートの小母さんが私の頭の中の風景を見た??!!
もしかして、同類? ずっと探し求めていた私を理解してくれる人?
私の大いなる期待をユウナさんははね除けた。
「私は同好会なんて好きじゃないの。それに無防備に情報を放出する人と一緒にいるのは疲れるわ。セイブすることを早く学んでね。貴女の為でもあるから。」

次の日、ユウナさんは辞めてしまった。どこに行ったのか、誰にも教えずに引っ越して行ったそうだ。

2011年11月4日金曜日

ユウナさん

ユウナさんは、僕が契約社員として就職したスーパーで商品管理をしているパートの小母さんだった。年齢は僕の母より若いけど、なんだかとっても年寄りみたいな落ち着き過ぎた雰囲気の女性だったんだ。
ちょっと変わった人だった。独りで商品を陳列棚に並べながら、誰かと会話していた。品物の向きだとか、明日の予定だとか、兎に角空気相手にぶつぶつと。
他の従業員は黙っていたけど、きっと薄気味悪かったんだろう。あまり親しい人はいなかった様だ。でも、休憩時間なんかに、普通の会話をみんなとしていたから、世間ずれしている訳でもなさそうだったし、精神状態がどうか、なんてこともなさそうだった。
ユウナさんは、万引きを捕まえるのが得意だった。中学生や主婦なんてのが犯人なんだけど、ユウナさんはまるで彼等が犯罪を犯すことを知っていたみたいに現行犯で捕まえた。一月に4人も捕まえたこともある。
流石に店長も表彰式の時に、「逆恨みされないように」と心配していたが、それがある日現実になった。

僕は自転車置き場でユウナさんが5,6人の中学生に囲まれているのを目撃した。前の週にユウナさんに捕まった少年がリーダー格のグループで、この界隈では結構ワルで通っていた連中だ。
僕は声をかけるべきだった。一応大人なんだし、声をかければ彼等は逃げたかも知れない。だけど、体格の良い彼等に僕はびびってしまい、店に戻って助けを呼 ぼうか、ここで叫ぼうか、と迷ってしまった。早くしないとユウナさんが殴られる。中学生たちがユウナさんに手を上げた時だ。
いきなり、彼等が後方へすっ飛んだ。漫画で主人公が複数の敵をぶっ飛ばすシーンがあるだろ?あんな感じだった。
彼等はコンクリートの地面に尻餅を突いて、暫く呆然としていた。僕も何が起きたのかわからなかった。それから、少年たちは急に喚きながら立ち上がり、転がるように逃げて行った。誰かが、「鬼婆!」と叫んでいた。
僕が立ち尽くしていると、ユウナさんがそばに来た。ちょっと恐い顔で尋ねた。
「見たの?」
「え?」
「さっきの、見た?」
「ええ・・・先週の万引き少年どもですよね?」
僕のとんちんかんな返答に、ユウナさんは、ニコッと笑った。そして黙って店に戻って行った。

次の日、ユウナさんは僕に朝の挨拶をした後で囁いた。
「おめでとう、正社員採用よ。」
僕は何のことかわからなかったが、夕方、店長から同じことを聞かされた。
「来月から正社員だ。辞令は月初めの朝礼で与えるから、それまでは黙っていてくれ。ひょっとすると、本店勤務になるかも知れない。」
僕はそれをユウナさんだけに伝えた。彼女が店長から聞かされていたのだと思ったから。ユウナさんは僕に尋ねた。
「本店に行きたい?」
「そりゃ・・・僕だってそれなりに野心はあるから。」
「じゃぁ、行かせてあげる。口止め料にね。」

僕は正社員になり、本店に転勤になった。それ以来ユウナさんには会っていない。一度営業の合間に元の店に立ち寄ったら、もう彼女は退職してしまっていた。
だから、今でもわからない。口止め料の意味が。

2011年11月3日木曜日

 家の前に大きな穴があった。 住宅地が取り壊されて、工事で開けられたらしい。結構深くて、台風の後、水が溜まって池みたいになった。
 近所のお兄ちゃんたちが、廃材の板を浮かべて筏遊びをしていた。
 黄色に濁った水に廃材の筏。竹竿で漕ぐお兄ちゃん。
 大人たちが眺めていた。
 何かあればすぐ助けに行けるように見ていたのだろうか。

 穴はやがて埋められて、そこは長い間空き地になっていた。
 お兄ちゃんは大きくなって、遠くの学校へ行って、船乗りさんになった。
 アフリカへ行ったんだって。
 お土産にワニの剥製をもらったけど、あんなの、気味が悪くて、とおばちゃんが笑ってた。

 お兄ちゃんは、子供の頃の冒険心を実現させたんだろうな、きっと。

2011年11月2日水曜日

スピン・オフ

 今度のドラマ企画、”ある晴れた日”のスピン・オフにしようと思うんです。”ある晴れた日”はなかなか好評でしてね、登場人物たちは主人公以外もそれぞれ個性的でファンが付いたんですよ。 
 このままじゃ、もったいないですから。
 新しい主人公は、”ある晴れた日”の主人公の生き別れた双子の妹の予定です。
 え、同じ女優じゃ、スピン・オフの意味がない? 杉田聖子の二役じゃないかって?
 違いますよ。 よく似た女性を見つけたんです。 ええ、まだ出演交渉してませんけどね、演(や)れそうですよ。
ちょっとこっちの方は下品な感じなんです。生き別れの方はスラムで苦労して育ったと言う設定で・・・それで、見つけた彼女もその、なんと言うか、下品なイメージが魅力的でしてね・・・
 あ、ちょっと待ってください、今、交渉に行ってるスタッフから連絡が入りました・・・





 すみません、プロデューサー
彼女は駄目でした。
杉田聖子がすっぴんで歩いてたんです・・・もしもし??

2011年10月14日金曜日

考古学者???

「先生、昨日亡くなったドンブリ島文化研究の権威バカヤマ先生の遺品なんですが・・・」

「ん? どうしたんだね?」

「ドンブリ島人の若者が自分の物だから返して欲しいと言うのです。」

「バカヤマ先生のコレクションは全て遺跡から収集した物だろ。 個人の持ち物はないよ。」

「それが、彼が言うのは、あれは遺跡ではなくて、今でも使っている現役の墓所だそうです。」

「なんだって? あんなに荒廃していてジャングルに呑み込まれかかっていると言うのに?」

「ジャングルなので、草刈りをしても一月でああなっちゃうんだそうです。 それに、ほんの二月前に葬った彼のお祖父さんの骨も無くなっているそうです。」

「そうか・・・その若者にバカヤマ先生の遺品を見てもらって、該当する物を返還する手続きをしてあげなさい。 もし貸してもらえる物があれば、研究用にお借りするように。」

「わかりました」

「あ、それから・・・そこのロッカーに入れてある骨格サンプルも返してあげてくれ。多分、彼のお祖父さんだ。」

2011年10月8日土曜日

ノック

ノック

ドンドンっと乱暴にドアを叩く音がした。
 こんな夜更けに誰だ。 室内の仲間と顔を見合わせた。

「どなたです?」

 声をかけると、外にいる者が返答した。

「寒いんです。寒いんです。入れてください。」

 外は木枯らしが吹いていた。山奥の小屋だ。強盗未遂で逃亡している人間が隠れているところに助けを求めて来たヤツがいる。
 仲間が目配せした。
 入れてやれ。うまくやり過ごせば、きっと通報することもないだろう。

 ドアを開いた。ザッと風が吹きこんだが、外には誰もいなかった。

「なんだ?」

とつぶやいたら、すぐ後ろで・・・ほんとに耳元で・・・声が囁いた。

「寒いんです。寒いんです。戸を閉めてもらえますか。」

2011年10月5日水曜日

古い旅館の怪

お化けが出ると評判の古い旅館に泊まってきました。
心霊写真の撮影が趣味の友人や霊感が鋭いと自慢の友人と一緒でした。
霊の存在を信じないと言う元レスリング部の職場の先輩も興味本位で参加しました。

旅館は現在も営業しているので、名前や所在地は伏せます。

昼間も薄暗い入り口を、引き戸を開けて入ると、すぐ左手に寿司屋の様なカウンターがあり、実際にそこで旅館の主人が寿司を握っています。
古い旅館は流石に宿泊客が少ないので、普段は寿司屋として営業しているのです。ですから、そのカウンターが、旅館のフロントも兼ねていました。

「いらっしゃい!」

お化けが出る旅館にふさわしくない威勢の良い声で迎えられ、予約していることを告げると、すぐに若い仲居さんに部屋まで案内されました。

畳敷きの古い日本間でした。
天井には染みがあり、お化けの顔でも浮かんでいそうでした。
照明は裸電球、暗くて読書には向きません。
暖房はコタツと、カートリッジ式の石油ストーブだけでした。
ストーブはまだ火を入れる時期ではなかったので空っぽで、コタツだけが電気で使えました。
ガラス戸の外の庭は趣のある坪庭で手入れが行き届き、お化けが出そうにありません。
今時珍しい真空管のテレビを見て暇をつぶし、懐石料理の夕食を取ると、お風呂へ。
お化けはお風呂に出るのか、とちょっと緊張しましたが、五右衛門風呂の珍しさですぐ忘れてしまい、貴重な体験を楽しみました。

霊感のある友人も、心霊写真趣味の友人も、何も感じないと言い、レスリング部出身の先輩は、「だからいないって言ったじゃん」と笑いました。
夜遅くまで語り合いましたが、結局お化けは出ず、テレビを消して寝ました。

翌朝、美味しい和風の朝食をいただいてから、チェックアウトしました。
寿司カウンターのレジで支払いをしていると、女将さんが、
「夕べは何もない部屋で退屈だったでしょう。」
と言うので、
「いいえ、お喋りですぐ時間がたってしまいましたよ。それにテレビも見たから。」
と言いました。
すると、女将さんが怪訝そうな顔で言いました。

「あのテレビ、映らないでしょう? 地デジ対応じゃないんだから・・・」

2011年10月1日土曜日

海岸通りの家

念願の海のそばの家を手に入れた。寝室が二つだけ、リビングとダイニングとキッチンとバスルーム、それにユーティリティーだけの小さな家だったけれど、一人暮らしなんだから、十分広かった。住所は海岸通り4丁目13番地。ちょっとかっこいいじゃない?
それに、なんてったって、すごく安かったんだもの。
引っ越しの時、運送屋さんは、荷物を置くと、逃げるように帰って行った。コーヒーでも入れようと思ったのに。
近所の人は何かこそこそ井戸端会議。挨拶すると笑顔で返事してくれたけど、ちょっとよそよそしい。何だろ?

夕陽が素晴らしい。寝室の一つを書斎にして、仕事の合間に海を眺めて休憩する。太陽が水平線に沈んでいくのを見ながらコーヒーを飲むなんて、最高の贅沢だ。
「こんな風景を私たちだけで楽しむなんて、もったいない気がしない?」
と呟いて振り返ると、彼女がそこにいて、にっこり笑って応えた。
彼女はこの部屋の住人だ。晴れた日の夕方だけ現れる。首から上だけのロングヘアの若い女性。きっと夕陽が好きで好きでここに居着いたのだろう。

キッチンで料理をしていると、子供たちが走り回っている。「子供たち」と言っても、見えないから、そう呼ぶだけ。2人だか3人だか、パタパタと足音がする。カップにミルクを入れてテーブルに置くと静かになる。喉を潤すと、次の日まで静かにしている。

庭には麦わら帽子を被った男の人がいる。フェンスのペンキを塗り直していると、そばに立ってじっと見ていた。
「この色、気に入ってくれるといいのですが」
と言ったら、うんうんと頷いて消えた。外装に手を加えると、いつも見にやってくる。だから、センスの良い色を選ぼうと努力している。

リビングには読書が好きな女の人がいて、ソファに座って本を読んでいる。本のページはちっとも進まないが、私がテレビを見ていると、一緒に見て、笑っている。

海岸通りの家は、素晴らしい。一人暮らしだが、ちっとも退屈しない。

からくり人形

 暗い玄関に入って、「ごめんください」と言う。

 カタカタ・・・と音がして、廊下の奥からからくり人形が茶碗を載せたお盆を運んでくる。

 目の前でピタっと停まったので、茶碗を受け取って、一口飲んで、返す。

 からくり人形は回れ右して、カタカタ・・・と音をたてて去って行きかける。

「すごいよね、あんな物を昔の人が発明したなんて」

と呟くと、人形が振り返って、ニタッと笑った。

2011年9月28日水曜日

雨宿り

突然の夕立に慌てて道端にあった古いお堂に駆け寄った。豪雨だ。道の向こうが見えないくらい。軒下にいても忽ち濡れてしまう。第一屋根が古くて庇が短いので、あまり役に立たない。無いよりましか、と思っていたら、お堂の中で声がした。
「中に入りなさいな」
 男の声だと思った。分厚い木製の扉を開けると、狭い空間に数人の男女がいて、びっくりした。 みんな濡れていた。
 外にいては濡れるばかりなので、中に入り、扉を閉めると、案の定真っ暗。
 湿気た、妙な生臭い匂いが充満していた。体育の授業の後のロッカールームみたいだ。
「いやぁ、酷い雨だわ」
「また洪水にならなきゃいいけど」
「山向こうまで帰らなきゃならないんだけどね」
「それは、峠道が心配だね」
「家が流されないか、不安だわ」
 みんな勝手に喋っている。
「これは大丈夫ですよ、ただの通り雨です。直に止みます。一時間もすれば・・・」
と言ったら、一瞬静かになった。
 え? なに? この沈黙? 雨が止むといけないの?
 すると誰かが尋ねた。
「一時間って、どのくらい?」
「え?」
 一時間・・・どのくらいなんだろう?そうか、時計見えないもんね、この暗さじゃ。こんな時、どうやって表現すればいいのだろう? 一時間って、どうやって測るの?
生憎時計はアナログで暗がりでは見えない。携帯電話も持っていない。
「そうですね、日が暮れる迄には止みます」
としか言えなかった。
「え、そんなにかかるの?」
と誰か女性の声。
「歳取っちゃうわ。」
 ドッと笑う人。
 それからちょっと最近の洪水の話が出て時間がつぶれた。みんな苦労していたんだな、恐怖体験したんだな、と感心した。
「天災は保険が下りないから、困りますね」
と言ったら、「それは何?」と聞かれた。え? 保険知らないの?びっくりした時、最初に「中に入れ」と言ってくれた人の声がした。
「雨が止みましたよ」

 扉を開くと、夕陽がさぁっと差し込んで、眩しくて目を細めた。山の上には虹が見えた。
「ほら、止んだでしょう」
 振り返ると、お堂の中には人は誰もおらず、タヌキとキツネと野ウサギと蛙とリスとネズミがぞろぞろ出てきて、それぞれ別の方向に走り去って行った。
 後には、お地蔵さんが座っていなさるだけだった。

アイドルがやって来る

 サッケ・アホネンはアホだ。「アホ」はフィンランド語で「林間の空き地」の意味だが、この場合は日本語の意味だと思ってもらって結構。
 アホネンは冗談を言っても面白くないし、歌を歌っても下手くそで誰も感動しない。仕事もそんなに出来ないのだが、当人は全てにおいて自分は天才だと思いこんでいる。
 だから、友人のプラツキンが、
「”アイドルがやってくる”に出演してみたら?」
とからかった時、本気になってこの人気ある視聴者参加番組に応募してしまった。

 アホネンがスタジオに入ると、片側に小さなステージがあり、反対側の机の向こうに審査員が座っていた。
 有名女性歌手と大学の哲学の教授と放送局の倫理委員会の役員だ。彼等は審査が厳しいことで知られていた。
 歌手は、歌の上手い下手の他に出場者の”華”を見る。他人の注意を惹き付けられるか否かを見ているのだ。
 哲学者はユーモアの程度を見極めようとする。この男は滅多に笑わないことで有名だった。
 役員は出場者が放送倫理規定に違反しないかを調べる。差別ネタなど、もってのほかだ。
 黒い革ジャンでめかしこんだアホネンは、ステージに立ち、やがてお得意の歌を披露し始めた。
「ずんずずずんずん、ずんずずずん・・・」
 自分の口で前奏曲を演じ、彼は表情一つ変えぬまま、歌詞を歌い始めた。

 物凄い調子っぱずれの「ロッキーのテーマ」に、プラツキンはテレビの前で仰け反った。一緒にテレビを見ていた他の友人たちも数メートル引いている。
アホネンが音痴なのはみんな知っていた。知らなかったのは、本当に彼がテレビに出演したことだ。
 これは、友人たちにとっては、衝撃的事実以外の何者でもなかった。

 スタジオでも、審査員たちが唖然としてアホネンを見つめていた。 長いことこの番組の審査員を務めているが、こんな下手くそは見たことがない。しかも、面白くもなんともない。

 歌い終わったアホネンがコメントを求めて彼等を見たとき、何か言わなければと思った歌手が尋ねた。
「いつも、あんな風に歌うんですか?」
「勿論です」
 アホネンは自慢げに答えた。
「友人たちは感動で言葉を失うんですよ。自分で言うのもなんですが、僕は天才的な歌手になれると思います。」
 
 突然、ひきつった様な笑い声がスタジオ内で起こった。笑わない哲学者が頭を抱えて笑っていたのだ。
 役員は横を向いて必死で何かを耐えている様子だった。

 こうして、一人の人間の伝説が誕生した。

2011年9月27日火曜日

迷子

ピンポンパンポ〜ン♪

「ご来店中のお客様にお願い申し上げます。大泉純一郎ちゃんとおっしゃる3歳の男の子が迷子になっておられます。純一郎ちゃんは黄色いTシャツにグリーンの半ズボン、Tシャツには猫の模様が・・・」

店 内放送を耳にした咲子は、ふと胸騒ぎを覚えた。その格好の子供だったらさっき見かけたような・・・。素早く周囲に目をやってみたが見あたらなかった。スー パーマーケットとは言え、この地方都市ではデパート並の規模を誇る大型店舗だ。客数は市内一だし、土日には必ず二人や三人、迷子が出る。今日は平日で空い ていると言っても、子供にすれば自動車の心配が要らない広い遊び場だ。親が買い物をしている隙に走り回ってはぐれてしまったのだろう。

 でも、この胸騒ぎはなに?

 咲子が不安に襲われた時、咳払いが聞こえた。彼女は我に返った。彼女はレジ打ちの最中だったのだ。慌てて仕事に気持ちを切り替えた。
 客に釣り銭を手渡した時、視野の隅に黄色いTシャツが見えた。
「あら?」
 3歳くらいの男の子が男性に手を引かれて出口の方へ歩いて行くところだった。グリーンの半ズボン・・・。
 あれは父親かしら? でも、放送では「お母様が待っておられます」と言っていた。平日の昼間に家族で買い物? では、母親は? 
 イヤな気分が押し寄せてきた。どうしよう・・・追いかけて声をかけるべきか? それとも・・・。持ち場を無断で離れられないし、子供はもう外に出かけている。

 その時、商品管理係のユウナさんがバスケットを片づけにやってきた。咲子は急いで声をかけた。
「ユウナさん、あれ、あの子・・・」
 ユウナさんは咲子が指さした方向を見た。そして、咲子が言いたいことを瞬時に理解したみたいだった。
「迷子ちゃんね。」
 ユウナさんは一言そう言って、男の子と男性の後を追いかけて走っていった。

「咲子さんが見つけたんですよ。」
とユウナさんは店長に言った。
「子 供と男の人が不自然だって思ったんですって。でもレジから離れられないでしょう? だから、私、頼まれて確認に行ったんです。声をかけたら、男の人、慌て ちゃって、子供を家に届けるところだったとか言い訳して走って逃げてしまいました。危なかったです、最近誘拐が多いですからね。咲子さんが気づかなかった ら、大変なことになったかも知れません。」
 咲子は気恥ずかしくて赤くなって黙っていた。ユウナさんは頼まれて行動したんじゃない。ユウナさんもおかしいと気づいたんだ。だから、お手柄はユウナさんで、私じゃない・・・。
 ユウナさんと目が合った時、ニコッと笑ったので、咲子は何も言えなくなってしまった。
「だって、本当に咲子さんが先に気づいたんだもの。」
とユウナさんは言った。

 数日後、咲子は店の外を掃除していて、ユウナさんが知らない男と駐車場の端で向き合っているのを見つけた。何をしているのだろう、と不安になって近づくと、ユウナさんが男の顔の前に手をかざして声を出した。
「忘れるのよ。病気だったんだから。もう二度とあんなことはしないはず。」
男は頷いてくるりと回れ右すると駐車場から出て行った。
咲子はなんだかわからなくて、ユウナさんに声をかけた。
「何していたの?」
ユウナさんはちらっと咲子を見て答えた。
「ちょっとね。」
「知り合い?」
「そうでもないけど。もう会わないだろうし。」
時計を見て、ユウナさんはお弁当の時間だ、と言ってお店に戻って行った。

2011年9月25日日曜日

千姫

今夜の「江」は千姫の輿入れでした。
幼い女優さんが二人頑張って演技して、涙が出ました。
そんな小さな時から働いて・・・


千姫にはちょっと特別な思い出があります。
小学校の2年生か3年生の頃、当時大阪に住んでいた叔母夫婦が神戸に遊びに来ました。
父は二人と私たち家族を姫路へ案内しました。
父以外の全員、姫路訪問は初めてでした。
その日は朝から雨が降っていて陰鬱な日でした。
手柄山の遊園地も雨で遊べず、当時姫路にあったモノレールにも乗れませんでした。(営業していたのでしょうか?)
私たちは姫路城に行きました。
雨が降っていたので広大な城内見学は止めて、天守閣だけ上りました。

姫路城は戦争を体験していませんが、実戦を想定して建築されたお城です。
優美な外観とは裏腹に、内部はものすごく地味です。
階段は急で狭く、暗いです。
当時は今の様な観光の為の設備もそんなに整っていなくて、雨の日ですから、本当に狭くて暗くて子供にはちょっと恐い場所に思えました。

廊下の横に板戸の部屋がありました。
誰だったか、大人がそこを覗いて呟きました。
「ああ、千姫様のお部屋や。」
大人たちが次々とその部屋を覗いては、「千姫様」「千姫様や」と囁いていきます。
私が順番が来て覗くと、板張りの殺風景な部屋の真ん中に、金銀の糸の刺繍がいっぱい付いた打ち掛けが衣桁に掛けられていました。
暗かったので、着物だけが宙に立っている様に見えました。

私には、千姫様 は見えませんでした。

でも大人達は、私の家族もよその人も、みんな「千姫様がいる」と言うのです。
ちょっと恐かったです。

4年生の時、学校の遠足で姫路城に行った時は、晴れていました。
千姫の部屋は明るく、やはり着物が掛けてありましたが、誰も「千姫様がいる」とは言いませんでした。
「千姫の部屋やて」「誰、それ?」ってな感じ。小学生の団体ですからね(笑
現在は、着物を着たマネキンが座っているそうですが、やはり「千姫様がいる」なんて言う観光客はいないでしょう。

あの雨の陰鬱な日に、大人達は本当に千姫様を見たのでしょうかね?

記憶

タローが目覚めた時、両親は大喜びした。もう永遠に眠ったままかも知れないと、医師から言い渡されていたからだ。 だから、タローに事故に遭う前の記憶が一切ないことが判明しても、そんなに哀しまなかった。息子が生きていることだけで、嬉しかったのだ。
 タローは肉体的にはすっかり治ったので、退院して帰宅した。家の中は全く未知の世界で、勝手がわからずに戸惑った。しかし、何をどうするのか、体は、あるいは脳のどこかが覚えているのだろう、すぐに普通の生活に戻っていった。
医師は、仕事も以前と同じようにしてみるようにと勧めた。職場の人々も彼を温かく迎えてくれた。
タローは過去には固執しないようにと自分に言い聞かせ、新しい生活に馴染んでいくのだった。

「患者309985は、順調に元の生活に戻りつつあるようだね。」
「はい、鬱状態も緩和され、明るさも取り戻したようです。」
「過去は忘れて、新しい生活を始めると言うのが、効果的だったようだな。」
「そうですね。戦争で息子を亡くした親が鬱になって国全体の活気がなくなっていく傾向が出ていますから、アンドロイドの息子を与えて、息子の戦死と言う過去を消し去る治療法は有効のようです。」

2011年9月24日土曜日

逮夜

和尚さんは逮夜には少しうんざりしていた。お経を読むのは僧侶の仕事だし、義務だから当然だとしても、法要の後の習慣と言うのが、はなはだしんどいものだった。
和尚さんの寺がある地域では、逮夜には食事が出る。遺族と親類、時には友人や近所の人も加わって、法要が終わった後で、和尚さんを囲んでご飯を食べるのだ。
この地域の逮夜は初七日から四十九日までの間、七日毎に行われるから、一軒の家でお葬式を出すと、和尚さんは4回逮夜に呼ばれる。
遺族はご馳走を準備してる。法要なのだからそんなに贅沢しなくても、と和尚さんは内心思っているが、遺族はもてなすのが故人への供養だと信じているから、黙っている。
困るのは、毎回出される料理が寿司や会席料理だと言うことだ。狭い田舎町だから、仕出し屋は同じ店だし、短期間にお葬式が集中してしまったりすると、毎日逮夜だったりして、毎日同じ味の同じ料理を別々の檀家で出される。
正直なところ、和尚さんは食傷気味だった。
Y家の当主が亡くなった。長患いして苦しんでいたので、亡くなって家族がホッとしているのが雰囲気でわかった。
逮夜に呼ばれた。一逮夜目は定番の寿司だった。和尚さんは申し訳ないと思いつつ、残してしまった。
二逮夜目は懐石料理で、これも残した。
三回目。玄関で、「あれ?」と思った。トマトソースの匂いが漂っていたからだ。ニンニクの匂いもしたし、タマネギを炒める香りもした。和尚さんはなんだか落ち着かなくなり、お経を大急ぎで読んだ。(ばれたかな?)
お料理は、トマトソースに鶏肉を煮込んだパスタだった。
逮夜にパスタを出す家なんて初めてだった。和尚さんは美味しかったので夢中で食べてしまった。若主人に訊けば、彼の奥さんが作ったのだと言う。
「和尚さん、いつも残しておられるから、お袋が気に病んで、僕の嫁さんに台所仕事を押しつけたんですよ」
と若主人が笑いながら言った。
「僕も寿司よりこっちの方がいいや」
帰り際、家族全員が玄関に見送りに出てきた。
「ご馳走様でした。スパゲティ、美味しかったです」
和尚さんは思わず正直に挨拶してしまった。奥さんが照れ笑いして、大奥さんは苦笑いした。
それからも和尚さんはあちらこちらの家に呼ばれて行くが、あれからパスタを出してくれる家には一度も遭遇していない。

2011年9月22日木曜日

鐘撞堂

山寺の小僧さんが鐘を撞きに行ったまま帰って来なくなると言うことが度々起こった。和尚さんは初め、小僧さんが修行がイヤで逃げたのだろうと思っていた が、こう次々といなくなるのは解せない、と思い始めた。そんなに厳しくしているつもりはなかったし、どの子も逃げ出すような素振りがなかったからだ。
 これはどうしたものか、と思案していると、旅の僧が一夜の宿を求めて来た。
 端正なお顔で教養もありそうで、どこぞの大きなお寺の偉い坊様かも知れない、と思った田舎和尚は、その旅の僧侶に小僧さんたちの失踪の話を語って相談してみた。
「なるほど、それでこのお寺は夕刻の鐘を撞かないのですね。」
と旅の僧侶は納得して、一宿一飯のお礼に、明日調べてみようと言った。

 翌日、旅の僧侶は鐘撞堂へ行ってみた。山寺の鐘は、本堂から離れた藪の向こうにあったのだ。お堂には生臭い匂いが漂っていた。僧侶は和尚さんに頼んで、魚を一匹調達して、魚に糸を結わえ、鐘の下に置いた。
 夕刻、僧侶は鐘を一回だけ撞いて、藪の中に姿を隠した。
 暫くして、草むらから大きな蛇の様な物が出てきて、魚をぱくりと食べてしまった。大蛇が去った後には、魚に結わえておいた糸が伸びていた。
僧侶がそれをたどって行くと、森の奥に深い沼があり、糸はその中に消えていた。

 和尚さんはその話しを聞いて、村人を集めた。日が高い間に、みんなで沼の水を抜いた。その間、和尚さんはずっと声高らかにお経を読んでいた。
沼の底が曝されると、泥の中に、大蛇がうずくまっていた。お経で動けないので、村人たちに退治されてしまった。

 いなくなった小僧さんたちは二度と帰って来なかったけれど、それから失踪する小僧さんは出なくなったそうな。

 それから、旅の僧侶は、大蛇が退治されるのを見届けると、五色の雲に乗って西方の空に飛んでいってしまったと言うことだ。

2011年9月17日土曜日

ここにいるよ

「ここにいるよ」

声が聞こえたような気がした。周囲を見回す。明るい木漏れ日が差し込む林の小径だった。すぐむこうには道路があって、 クルマが数分おきに走り抜ける。ちょっと南に下ればドライブインがあり、シシ肉の味噌煮込みうどんが美味しいとかで、観光客が押しかける。北側にはキャン プ場があって、広場では多くのグループがバーベキューをしている。
のどかな連休の午後。
林の中にボク以外の人間がいてもおかしくない。だけど、その声はボクに話しかけているように聞こえた。
「誰?」
と声に出して尋ねたが、そばに人がいるように思えなかった。
また歩き出すと、それは聞こえた。

「こっち。ここにいるよ。」

若い女の声に思えたので、ちょっと好奇心で探求してみることにした。
声はボクを誘導し、林を通り、小さな社の横の坂道を上り、石段を登り、木の枝を滑り止めにした土の階段を上がって行った。

突然目の前が開け、かなり下の方に道路や集落が見えた。いつのまにか山の頂上に来ていた。なんて素晴らしい景色なんだ!
真っ青な空、新緑の山、澄んだ空気、ぽっかり浮かぶ白い雲。

「ここにいるよ」

空の向こうで声がした。ボクを招いている。
飛んで行けるような気がした。

「危ない!」

いきなり後ろで大声がして、ボクは我に返った。目の前の地面がなかった。脚が竦んでしまったボクの服の背中をつかむようにして、リュックを背負ったおじさんがボクを引っ張って後ろへ下がらせてくれた。

「大丈夫かい? まさか、飛び降りるつもりじゃなかったんだろ?」
「すみません、景色に見とれてました。」

背中も腋も汗びっしょりだった。おじさんはボクをじろじろ見て、それから谷間を見た。

「また出たんだな・・・」
「何がです?」
「なんだか知らないけど、一人で歩いている人を誘うヤツがいるんだよ。同じ所を堂々巡りさせたり、谷川で水浴びさせたり、悪戯するんだ。しかし、今日はちょっと笑えないなぁ。」

一度遊んだ相手には二度と声をかけないから安心しな、とおじさんは言った。
なんの声だったのか。ボクは帰り際、売店で買ったお菓子を林のお社にお供えして帰った。

2011年9月16日金曜日

参道

森の中のキャンプ場へ行った時のことだ。
夕食の支度まで時間があったので、仲間から離れて一人で散策を楽しんでいたら、山道から逸れるような細い道を見つけた。獣道ではない。綺麗な石畳だった。
なんだろう?
石は丸みを帯びた三角で交互に並べてあった。魚の鱗みたいに。
歩き出してすぐに気が付いた。その道は中央が少し盛り上がって左右に下がっている。
進むほどに、また気が付いた。中央が高くなり、ギザギザの石が立てて並べてある。こんな狭い道に中央分離帯か?
石畳の石がだんだん大きくなり、ギザギザも三角形になって大きくなる。

こ、これは、もしや・・・

道がピクピクと動いた。
そしてずっと前の方で声がした。

「くすぐったいから、降りてくれないか。尻尾だって敏感なんだぜ。」

2011年9月11日日曜日

ヴィトンの財布

出張で大阪に出た時、心斎橋で財布を拾った。ヴィトンの財布で二万円入っていた。近くの交番に届けて手続きして、帰った。
夜になって、警察から電 話が掛かってきた。落とし主が現れて、礼を言いたいそうなので、こっちの電話番号を教えたと言う。そうですか、と言って、見つかって良かったですね、と電 話を切った。暫くして、若い男性の声で電話が掛かってきた。財布の落とし主で、是非直接会って礼を言いたいと言う。電話で結構です、と言ったが聞かないの で、それでは、と自宅の最寄り駅だけ教えた。
 翌日。
 大阪からここまでバスで二時間、電車でも山陽本線とローカルを乗り継いで3時間だから昼には着くだろう、と思ったが来ない。いらいらして一日待つだけでつぶれてしまった。
 考えたら、二万円ぽっちで、こんな田舎まではるばる来ることはないのだ。当人も馬鹿らしくなって止めたのではないか。こっちも一割の礼が欲しくて届けたのではないし、電話で既に丁重な言葉を聞いているのだから十分だ。そう思って夜になりかけた頃、彼はやって来た。
 綺麗な目をした若者だった。遅れたのは、彼のせいではなく、彼が乗るべき電車を尋ねた大阪駅の駅員が、山陽本線ではなく、福知山線を教えたので、ぐるっと京都方面を回って大回りで来てしまったからだとわかった。
 彼は菓子折を差し出し、何故こんな遠方までわざわざ出向いて来たか、その理由を語った。
「嬉しかったのです。」
と 彼は言った。彼は海上自衛隊の潜水艦勤務の隊員だった。財布は彼の就職祝いに彼の祖母が贈ってくれた物で、祖母は亡くなってしまったので、大切な形見なの だと言う。久々の休暇で大阪に出て遊んでいたら落としてしまい、すっかり意気消沈していたが、交番に行くと届けられていたので感激したのだと。
 それから数年、彼は季節季節の故郷の特産品を送ってくれた。もう十分だからと丁重に断りを入れた後は年賀状だけの付き合いになったが、いつも丁寧な挨拶をくれる。
 今でもこんな若者がいるのだ。人を愛することを本当に知っている若者が潜水艦に乗務している。

2011年9月10日土曜日

教えて神様

教えてください、神様。
「花は万人から愛される存在」ではないのですか?
バラや桜は愛されるのに、どうして私は憎まれるのですか?
私は、ただ子孫を残す為に、他の植物と同じように花を咲かせているだけなのに。
神様、教えてください。
私はどうすればいいのですか?
  
 杉

この世のすべて

朝目覚めてベッドから出て服を着るとバスルームで顔を洗い、部屋を出た。朝食は何にしようか。
 クルマに乗って走り始めた。すぐにガソリンが残りわずかだと気づき、ガソリンスタンドに入った。自分で給油する。この店はまだ大丈夫な様子。
給油が終わったら、スーパーに直行。
 果物コーナーでグレープフルーツを取り、パンと牛乳、コーヒーもゲット。
 食事を済ませると、本屋に行き、読みかけの本を一時間ばかり立ち読みした。それからヴィデオ屋に行き、店のテレビで「ライジング・サン」を鑑賞した。ショーン・コネリーの声が懐かしい。
 家で見る為のヴィデオを数本クルマに積む。
 次に洋品店で新しい服と下着を仕入れ、昼食の為にファーストフード店に行った。
 自分でハンバーガーを作り、焼いて食べた。
 携帯電話ショップ、旅行代理店、ギフトショップ。 かつて楽しかった店が今はちょっと空しい。
 夕食の材料として牛肉と野菜を手に入れた。肉はともかく、新鮮な野菜はあといつまでだろう。畑を耕すことを覚えた方が良いかもしれない。
 家路につく。どこかで「夕焼け小焼け」が鳴りだした。かつて子供たちに帰宅を促す為に流されていたメロディだ。
 もう子供たちはいない。
 親たちもいない。
 年寄りもいない。
 いるのは私だけだ。
 私が最後の人間。
 そして、何故か電力供給だけはコンピュータが正常に動いているらしくて、私は暮らしていける。肉も魚も冷蔵システムが正常に動いている限り、私は不自由しない。ガソリンも着る物も、この世に残された物は全て私の物になった。宝石もお金も、全部私が自由に出来る。

 だから? それでなんだって言うの?

2011年9月8日木曜日

時代屋

 時代屋って知ってる?
 ショッピングプラザ西館の地下にあったの。ちょっと不利な場所だった。
ショッピングプラザの地下って、東館の海側通路が一番賑わってるでしょ、昔も今も。ガラス張りの大きな窓付きのお洒落なレストランとか、カフェとか、ケーキ屋とかが入ってて、若い人や家族連れが多いよね。
 それから、東館の山側通路。こっちは間口が狭い店が多いけど、凝った料理で勝負してるね。客も冒険する気分だったり、通ぶったりする人が多い。
 大概の客は、東館通り抜けたら、連絡通路の広場でエスカレーターに乗って地上に上がってしまうでしょ? 
 西館は地味なんだよね。海側、そこそこ客があるけど、お店は和食系が大半で若い人は通り過ぎちゃう。客筋が年配の人中心になるから、店も地味な装飾だったりする。
 山側はもっと地味。お店も食べ物屋じゃない所が多いから、客も常連しか来ないのね。漢方薬店とか小物屋とかね。
 時代屋さんは、その西館の山側通路にあったのよ。連絡通路広場のエスカレーターの裏っかわ、山側通路に入ってすぐの所。間口の狭いお店で、うっかりすると見過ごしそうなほど小さい店だったけど、見過ごせなかったね。だって、ほら、とっても良い匂いがしてたもの。
 え? 何の店かって?
  時代屋さんは、カレー屋さんだったの。辛いカレーと甘いカレーとハヤシライスだけ出してた。10人座ればいっぱいのカウンターと、2人掛けのテーブルが三 つだけの小さな店。壁に貼ってあったのは、昭和20年代から30年代の映画のポスター。流れていたBGMは、昭和の古いアメリカンポップ、店に置いていた タバコはゴールデンバットだけ。小物類も昭和の匂いムンムンだった。
 お店を切り盛りしていたのは、意外にも若い女性二人で、バーテンダーみたいな黒い服着てネクタイしてた。
 タイムスリップしたみたいなレトロなお店だったんだ。
 いつの間にか消えてしまってたけど。惜しいな、と思う。
 だって、カレーライス、とっても美味しかったんだもの。

2011年9月6日火曜日

セカ

 セカは瀬尾香里のあだ名で、性格も結構せかせかしていたから、同級生たちは彼女をそう呼んでいた。なんでもやることが早い子だった。朝登校するのは一番 乗り、テストをやってしまうのも、駆けっこもいつも一番、先生に言われた用事を片づけるのも一番、下校も一番だった。セカの家はお父さんが戦死したので、 セカはお母さんを手伝って家事をして弟妹の世話をした。だから、同級生と遊ぶ時も、少しだけで、夕方は早く帰ってしまった。
「セカは、頭がいいから、何でも早く出来るんだよ」
と先生は言っていた。
「だけど、もう少しのんびりさせてやれないものかな」
 みんな、頭が良いセカは高校へ行ってもっと勉強するものと思っていた。だけど、中学を卒業するとすぐに彼女はお嫁に行ってしまった。夫となった人は年輩でお金を持っていた。セカは実家を助ける為に嫁に行ったのだと、同級生たちは同情した。
 みんなが高校生活を楽しんでいる頃、セカは母親になって毎日忙しく働いていた。なんでも、夫には亡くなった先妻との間に既に二人も子供がいて、その世話もしていたと言う。
 同級生の誰かが大学まで行き、別の誰かが結婚した。お祝いを持ってきたセカは、「私、お祖母ちゃんになるの!」と言って笑った。義理の子供が結婚したのだと言う。
「いくらなんでも、ま早すぎるじゃない」と言ったら、「そうかな」と言って、また笑っていた。
「だけど、私、毎日楽しいもの。そのうちのんびりさせてもらうわ。」

 古希の祝いを兼ねて同窓会を開いた。卒寿を迎えた恩師も健在で出席してくれた。
「みんな、元気でなによりだ」
と先生は笑ったけれど、席が一つだけ空いていた。だけど、そこにもみんなは料理を並べた。

 30代前半で逝ってしまったセカの席だった。

「何を急いでいたんだろうね」
「短いって知っていたから、急いだんじゃない?」
「きっと今頃はのんびりと上からここを眺めて笑ってるわよ」

覚えてる?

「あの草むら、覚えてる?」
「なんだっけ?」
「2年前、むっちゃんが殺された所」
「・・・」
「学校の帰りに、むっちゃんがいなくなって、探したら、あそこで死んでたんだ」
「ああ・・・でも、もうその話・・・」
「手を縛られてさ・・・」
「知ってるから・・・」
「服脱がされてて・・・」
「止めてよ」
「顔、石で殴られて滅茶苦茶で・・・」
「止めてって、言ってるでしょ!」
「犯人、まだ逃げてるんだ」
「誰だかわからないのよ」
「覚えてるよ」
「何を?」
「右腕に蛇の刺青があるの。コブラかなぁ」
「何の話?」
「石を振り上げた時、袖が下がって、見えたんだ、コブラ」
「だから、何の話してるの?」
「覚えてるよ、私。目がつり上がった、あの男の顔。パーマかけててさ」
「カヨちゃん?」
「私? むっちゃんよ」
「!!!」

恐かった。夢中で走ってその場を離れた。カヨちゃん、どうしちゃったんだろ? 冗談にしても、質が悪すぎる。
次の日、カヨちゃんは普通だった。草むらの話なんか覚えていなかった。
だけど、あの夕方の話が頭から離れなかった。下校時、公衆電話から警察に電話をかけた。自分で何を喋ったのか、よく覚えていない。ただ、カヨちゃんが喋った刺青の話をしたんだ。お巡りさんが信じてくれたかどうか、知らない。名前を聞かれて、我に返り、電話を切ったから。

むっちゃんを殺した犯人は、一月後に捕まった。右腕にコブラの刺青があったんだって。
むっちゃんのお母さんが、「三回忌に間に合って良かった」って泣きながら言ってた。

2011年9月5日月曜日

バス停お婆

 大学正門前に行きたいって? じゃ、バスで行きなよ。タクシーで行っても、そんなに時間はかわらないよ。道が狭いからね、すぐに前のバスに追いついて、追い越せないまま目的地に着いてしまう。
小銭がない? 一万円だけ? ああ、両替はしてやれないよ、僕も小銭を切らしている。
だけど、大丈夫だ。バス停に行けば、バス停お婆がいる。
ほら、24枚綴りの回数券ってあるだろ? そう、駅前のオフィスで2000円で売ってる、あれ。あの回数券を一枚ずつ、100円で売ってる婆さんがいるのさ。まぁ、ダフ屋と言えばダフ屋かな。だけど、バスの中で両替して運転手に舌打ちされるよりは、ましだろう。
婆さん、身なりは悪くない。着ている物は古いが、ボロじゃない。それに回数券買う金を持っているんだから、そんなに貧乏でもないんだろう。
婆さんの回数券は、8枚1000円だ。割高だが、急いでるヤツは買う。婆さんは2000円で24枚買って、3000円で売るわけだな。一枚100円でも売ってくれるが、それなら現金でバスに払うよな、普通。
お婆は、客の顔を覚えてるから、普段定期券を持ってる人には売りつけない。だから、僕はお婆の客じゃなかったんだが、ある時・・・

  雨の日で、僕は大学正門前からさらに3つむこうの赤井神社の会館に行く用事があった。実はゼミをさぼってバイトに行く予定だった。定期券の範囲を超えるか ら小銭が必要だったが、持ち合わせが1000円札5枚しかなかった。テント張りのバス停の屋根の下で待っていると、お婆が現れた。他に客がいなかったの で、がっかりした様だ。雨を避けて、お婆もテントの下に来た時、僕は声をかけた。回数券を1000円分売ってくれって。お婆は不審そうに僕を見た。僕が定 期券利用者だと知っていたんだ。僕は、赤井神社に行くのだと言い訳した。
 すると、お婆はこう言ったんだ。
「定期券で、正門前まで行って、そこでバスを降りればいい。神社までは歩いて行けるだろ、若いんだから。」
 確かに歩いて行ける距離だったが、上り坂だし、雨降りだ。僕は嫌だった。金を払うのはこっちなんだから、素直に売ってくれればいいんだ。確か、そんな生意気なことを言ったと思う。
お婆は怒らなかった。怒る代わりに、ひたすら回数券を売ることを拒んだ。
「いい若いもんが、怠けるんじゃないよ。苦労は買ってでもするものさ。」
腹を立てたのは、僕の方だった。それならいい、二度とあんたからは買わない、とか何とか怒鳴って、そこに来たバスに乗った。お婆は僕の背中に向かって、「正門前で降りるんだよ」と言ったが、僕は聞こえないふりをした。
 バスの車内は満員だった。蒸し暑さと圧迫感でひどく不快だった。僕は赤井神社まで乗るつもりだったが、大学正門前にバスが着いた時、大勢の学生たちと一緒に降りてしまった。
そしてバスの後ろをついて行くように歩道を歩き始めた。

ドカンッと大きな爆発音がしたのは、その数分後だった。前方で火柱が上がった。
僕は仰天して坂を駆け上がった。
バスやタクシーや、一般車両が路上で立ち往生していた。前方の交差点でマンホールが爆発したんだ。多分、ガス漏れだったと思う。
幸い怪我人はなかったが、道路は数時間閉鎖され、バスは立ち往生したままだった。
僕は裏道を通って赤井神社に行ったのさ。

お婆が事故を予言したなんて言わないよ。お婆は僕に売りたくなかった、それだけさ。
予知能力なんてない婆さんだからな。
だから、君が回数券を買うのも、僕が紹介したからなんて言っても、婆さんはわかんないだろう。
え? ガス爆発はいつのことだって?
そうだな・・・君が生まれる前だったから、20年以上昔だな。

凧揚げ

タレントの家を紹介する番組で、ゲイラカイトを持っている人が出てきて、他のタレントたちから「古!」と言われていた。
かつて日本中の空を占領して、古来の紙凧を駆逐した三角形のビニル凧はどこへ行ってしまったのだろう?

小学校時代、冬休みの注意事項に「電線のあるところでは凧揚げをしてはいけません」と書かれていた。電線のない所なんて、神戸市内にないやんか。
と言う訳で、神戸で凧揚げをした記憶はないし、揚げている子供を見たこともなかった。

凧揚げは、母の郷里である和歌山のM町に帰省した時にしたのだった。
孫たちが集まって室内遊びに飽き始めた頃に、祖父とか伯父が「凧揚げでもせんの?」と言い、私たちを引き連れて近所のオモチャ屋へ行った。
竹の枠に紙を貼り付けた凧が売られていて、一人ずつ買ってもらった。幾らしたのか、知らない。そんなに高くなかったのだろう。
オーソドックスな奴凧はなくて、どれも武者絵が描かれていた。風林火山の武田信玄とか、敵役の上杉謙信とかで、秀吉や家康はなかった。
凧はそのままでは飛ばないのだそうだ。(空気力学とか浮力とか気流とか、そんな説明はしなくても良いです。聞いてもわからない。あっかんべー)
家に帰ると、みんなで新聞紙や障子紙を切って、凧の手足に糊で貼り付けた。
これは「尻尾」と呼ばれた。

尻尾が付くと、祖父は孫の一団を引き連れ、今度は海岸へ行った。
M町の海岸は、波打ち際から堤防まで50メートル近い広い砂浜が広がっている。凧揚げはそこで行われた。電線も樹木もないから、引っかかる物がない。
私の凧はなかなか揚がらない。従兄はすぐに高く揚げてしまって、余裕の表情。
祖父が揚げてやろう、と妙技を見せてくれる。凧を砂の上に置き、糸を引く。それだけで、凧がツイっと空中に浮かび上がる。祖父は糸を巧みに動かし、徐々に高く揚げていく。
やがて、凧が風に乗ったと思えると、やっと私に糸巻きを返してくれた。

海は、遮る物がない太平洋である。
その波の上空に凧が並んで浮かんでいる。
糸は何十メートルの長さだろうか? 随分遠くまで伸びている。

私は、ふと心配になって祖父に尋ねる。
「お爺ちゃん、凧が海に落ちたら、どうするの?」
祖父は悠然と答える。
「泳いで取りに行けばええ。」

凧揚げの思い出は、いつも快晴だった。

2011年9月4日日曜日

ヒロミ 2

「私は、林ヒロミさんと言う女性がどんな人か、探しているんだよ。」
「林ヒロミ?」
 山田は社員にそんな名前の女性がいたっけ?と考えた。
島岡が説明した。

息子の拓也が亡くなった時、当然ながらT電機工業の社員たちから香典が届いた。
社内香典は金額が設定されていて、最低で、女性は3千円、男性は5千円を出す。勿論、気持ちのものだから、払う義務はないのだが、拓也は重要な仕事をたくさん受け持っていたし、多くの社員とつながりがあったから、ほとんど全員が香典を出してくれていた。
「その中に、一万円を包んでくれていた人がいてね・・・」
高額の香典に、島岡は最初間違いかと思った。しかし、袋も高額のお金にふさわしいしっかりした物で、黒白の水引も立派な物だった。明らかに一万円を入れることを意図して用意されたのだ。
「その人が、林ヒロミ?」
「うん。T電機・林ヒロミ と書いてあった。」
島岡はショックだった。
拓也は独身だった。ずっと島岡は息子に良縁を望み、本人も結婚を希望していた。しかし女性と仲良くなれるのに、恋愛に行くことは何故か出来なかった。「いい人」「優しいお友達」で終わる男。
40代になると、島岡も拓也も諦めていた。そして、拓也の急死。
「倅に一万円も出してくれる女性はどんな人なんだろうと思ってね。少なくとも、息子のことを、嫌いではなかったのだろう。」
 島岡は、息子が一人の女性にもてた、と思いたいのだろう。
山田は知っていた、拓也は本当にもてたのだ。社内の女性たちは彼を好いていた。ただ、T電機の女性社員の大半は、既婚者だった。「独身だったら、島岡君とお付き合いしたのに」と彼女たちは言っていた。
だが・・・

我が社に「林ヒロミ」と言う女性社員はいない。

 山田は、一人だけ心当たりがあったが、島岡にそれを言う気にはなれなかった。だから、代わりにこう言った。
「小 父さん、林さんは確かにうちの社にいますよ。でも、その一万円は、彼女一人で出したんじゃない。最低限度額よりも、まだ拓也君に香典を出したかった人たち が、有志で集めて、一人の名前でまとめて入れたんですよ。それは、拓也君のことを好きだった複数の女性たちの気持ちなんです。」
島岡は、そうなのか、と寂しげに、でも、少し嬉しそうに笑った。

 山田は会社に戻った。
島岡拓也が使っていたパソコンの前で、後輩の社員がせっせと資料を作成していた。
「はかどってるかい?」
山田が声をかけると、彼は振り返って微笑んだ。
「はい、島岡課長が作ってくれたソフトがめっちゃ使い良いので、どんどん仕事が出来ちゃいますよ。」
「君は彼を尊敬していたんだっけ?」
「ええ、兄さんみたいな人でした。僕、大好きでしたよ。男としてね、敬愛出来る上司でした。」
そう言って、林博海はにっこり笑った。

ヒロミ

やはりそうなのか?と山田は島岡家の暗い玄関を眺めていた。信じられない、あの優しい島岡の小父さんが・・・。
「何か用かい?」
いきなり背後から声をかけられて、山田は跳び上がった。振り返ると、島岡が立っていた。手にはスーパーで買い物でもしたのか、白いレジ袋を下げている。中身は弁当か?
「あ、いや、ちょっと通りかかったもんだから・・・」
ちょっと冷や汗が出た。安堵の汗でもあった。違ったんだ、小父さんじゃなかった、あの報道の「老人」は。
島岡は山田をじろじろ見た。山田の狼狽振りを訝しんだのだ。
「用事があったんじゃなかったのかい?」
島岡は鍵を出して、玄関の戸を開けた。
そこへ、町内会長が通りかかった。
「ああ、山田さん、今夜8時から役員会をするから、頼みますよ!」
「え、臨時役員会ですか?」
「そう・・・川上さんのことでね。」
山田は、自分の勘違いに気づいた。町内会長が行ってしまっても、そこに立ちすくんでいた。
島岡が心配そうに声をかけた。
「どうした、浩一君。気分でも悪いのか?」
「あ、いや、何でもないです。川上さんのことで・・・」
「川上の爺さんがどうした?」
島岡の耳には、まだあの事件は届いていないらしい。
山田は意を決して話しかけた。
「小父さん、ちょっと時間をもらってもいいだろうか?」

島岡家の座敷は、かすかに線香の香りが漂っていた。小さな仏壇には小さな位牌が二つ。10年前に亡くなった島岡の妻と、昨年急逝した島岡の一人息子拓也の ものだ。拓也は山田の同級生で、同じ職場の同僚でもあった。体調の異変に気づき、病院で検査を受けて、一月で死んでしまった。あまりに急な死で、親族は呆 然とし、職場は大混乱だった。拓也はかなり重要な仕事をたくさん受け持っていたからだ。45歳、独身のまま働き詰めの短い人生だった。
山田は焼 香してから、島岡にまず事件のことを語った。地方紙に、「○町5丁目で小学生が痴漢に襲われ、容疑者として75歳の男が逮捕された」と言う短い記事が載っ たのだ。○町5丁目、まさに、それは山田と島岡が住む地区だった。容疑者の氏名が伏せられていたので、山田はてっきり同年齢の島岡かと疑ってしまったの だ。
疑ってしまってのには、訳があった。
島岡はこの半年、ずっと息子が勤めていたT電機工業の社員が出勤する時間になると、門のそば に立って女性社員をウォッチングしていたのだ。女性社員たちは気持ち悪がった。話しかけるでもなし、ただじっと目で追っている。特に悪さをするでもなし、 なので、追い払う理由がない。それに、死んだ島岡拓也の父親だと重役たちも知っているから、理由がわからぬまま放置していた。
「小父さんを疑うなんて、僕は最低だ。すみません。」
頭を下げる山田に、島岡は手を振って苦笑いした。
「疑われるような真似をした私も良くなかった。拓也が生きていたら、叱られていただろう。」
あっ さり許されて、山田はホッとした。考えれば、以前にも同様の事件を起こしていた川上の方が疑われて当然だった。先月は万引きで捕まっていた。どうやら年齢 から来る精神の病気らしい。今夜の役員会は、川上が今後問題を起こさぬように、町内会で川上家をバックアップする方法を考える話し合いになるだろう。
「ところで、小父さん、毎朝、うちの女性たちを見て何をしているんです?」

クレイ・マーメイド

 文化祭に「大切な物」を展示する企画があった。我が柔道部の企画だ。文化祭は体育系のクラブは部外者みたいに考えられているので、何かで参加しようと主将が提案したのだ。
「大切な物」ねぇ・・・。俺は家の中を見回した。俺の大切なアイちゃんのCDや写真集なんて恥ずかしくて出せないし、第一、盗られたら困るじゃないか。何か適当な物でお茶を濁そう・・・。

 果たして、展示物は冗談の展覧会みたいな物だった。
「小 学校に入学して最初に割ったガラス」を出した友人、「中学時代の失恋の記念品」と言う題で潰れたハート型のオルゴールを出した後輩、「私のベストコレク ション」と題して手編みのベストを数枚展示したマネージャー、ちなみに、我が部のマネージャーは男子だ、そして主将は部員全員の集合写真(おいおい)。
俺は、お袋のタンスの上で埃を被っていた人魚の置物を出品した。題して「家宝」。
も のすごく軽い、高さ5センチほどの陶器の置物だ。人魚は美女とはほど遠い、ぽっちゃりした顔の女の子。胸は彼女が両手で抱えている玉で隠れているが、多 分、ぺったんこだ。彩色は素人くさい塗り方で、上手とは言えない。この置物の由来を俺はお袋から聞いたことがなかった。多分、100均で買ったのだろう。

 文化祭の二日間、毎日この人魚を眺めている小父さんがいたと、後輩に聞いた。ずっと棚の前で身をかがめて人魚だけ見ていたのだと言う。世の中には変わった人がいるもんだ、と思ったけど、気にしなかった。
文化祭が終わって、後片付けをしていると、顧問に呼ばれた。
柔道場の教官室に行くと、小太りの男性が顧問と向かい合って座っていた。
顧問は俺を見ると、困惑した表情で言った。
「こちらは、Kさんとおっしゃって、君が出品した置物を売って欲しいと仰るのだ。」
俺は、ぽかんとして男性を見た。男性は眼鏡の奥で目を輝かせて、俺に言った。
「あの人魚の置物を売ってください。いくらでも払いますから。」
俺は顧問を見た。
顧問は俺と男性の両方に聞かせるように言った。
「文化祭は営利目的でしているのではありません。模擬店以外の場で生徒の作品を販売することは出来ません。」
「そこを何とか!」
男性は俺たちに頭を下げた。 顧問は俺に問いかける視線を投げかけた。
「あれは、高価な物なのか?」
「いいえ!」
俺は首を強く振った。
「うちで埃をかぶっていた安物ですよ。」
顧問は男性に言った。
「何度も申しますが、生徒の作品を売ることは出来ません。今日はお引き取りください。」
俺は、ひょっとして何か特別な置物なのだろうか、と期待した。
一攫千金のチャンスか?
しかし、顧問は頑として男性の要求を受け入れず、生徒に個別に接触しないようにと言い含めて帰らせた。俺も、彼から接触があればすぐに学校の連絡するように、と言われた。きっと顧問は男性がまともでないと思ったのだろう。
誰の目にも、あの人魚はただの安物の置物だったから。

 家に帰って、お袋にその話しをした。お袋は、最初ふんふんと軽く聞き流していたが、男性の名前を聞いて、一瞬遠い目をした。
「その人は、Kさんと言ったのね?」
「うん、顧問はそう呼んだよ。お袋、知ってるの?」
「多分・・・ね」
その週末、お袋は俺に小さな紙箱と手書きの地図を渡した。小遣いもくれた。
「これをKさんに届けてあげてちょうだい。」
「何、これ?」
「あの人魚よ。お遣いが済んだら、CDでも買っていいわよ。」

 あの男性は、お袋の幼馴染みの兄貴だったそうだ。お袋の幼馴染みは子供時代に事故で亡くなっていて、それ以来交流がなかったそうだ。人魚の置物は、その幼馴染みをモデルにしてお兄さんが作り、その友達が亡くなる前にお袋にくれたのだった。
 俺は、人魚が貴重なアンティークでなかったことに少しがっかりしたが、小父さんの嬉しそうな顔を見て、なんだか得をした気分になったのだった。

2011年9月3日土曜日

リーフドラゴン

このところ、収穫直前の豆を荒らす不逞の輩がいる。豆の鞘を剥いて、そのまま豆を捨てていくんだ。食べるとか、盗むとか、そんなんじゃない。ただ剥いて捨てる。けしからんと思わないか? 食べ物に対する冒涜じゃないか!
 そこで、俺はある晩、張り込むことにした。
 
 そいつはやって来た。真夜中、人目を忍んで、いかにも怪しい素振り。畑の中に踏み込むと、いきなりその辺の豆をむしっては皮をむき始めた。
 俺はそいつの後ろに忍び寄り、いきなり首根っこを捕まえた。
「おい! 豆泥棒、俺の豆になんてことをしやがるんだ!」
 男は「ごめんなさい」と繰り返し叫んだ。
「探していたんです、どうしても見つけたくて・・・」
「何をだ?」
「リーフ・ドラゴンです。」
「はぁ?」

 その時、近くでパキッと言う音が聞こえた。小さな小さな音だったが、俺にも男にもはっきり聞こえた。
俺は音がした方向を振り返り、月明かりの下で、一本の豆の鞘が割れるのを見た。
小さな生き物が顔を出した。
俺と男は同時に叫んだ。
「蛇だ!」
「ドラゴンだ!」
俺は男に向き直った。
「ドラゴンだ? あんな小さなドラゴンがいるものか!」
「だけど・・・」
男が哀しそうに言った。
「それが、リーフ・ドラゴンなんです。」
そして彼は俺に指摘した。
「ほら、飛びますよ!」

 鞘の上で、小さなドラゴンが翼を広げたところだった。本当に、翼だった。先っぽに爪が付いてる、ドラゴンの翼だ。
ドラゴンは深呼吸するみたいに、体を前後に伸ばし、縮めて、それから、ポッポッと鼻から火花みたいな火を吹いた。翼をぱたぱたと動かしたかと思うと、ふわっと宙に浮かんで、そのまま月の方へ飛び去ってしまった。

「ね? ドラゴンだったでしょう?」
と男が言った。
「あれを見るとね、一年以内に穏やかに死ねるんだそうです。私は病気で、余命半年だって言われてます。これで、安心して逝けますよ。」

ジョナス

ジョナスは、ジョナサンと言ったが、母はジョナスと呼んでいた。ジョンでもジョニーでもなく、ジョナス。
母方の親戚は、母が彼を拾ったのだと言っていた。母と私が暮らしていた緑の屋根のプール付きの家に彼が転がり込んできたのは、5年前の五月。親戚も近所の人も、いい顔しなかった。ジョナスは肌の色が違ったから。
私も出来るだけ近づかないようにした。母が彼を「パパと呼んで」と言ったときは、はっきり「嫌よ」と応えた。ジョナスは黙っていた。
  彼が何の仕事をしていたのか、今でも知らない。彼は昼間家にいなかったし、夜も遅くなることがあった。母も働いていたから、私の生活は、以前とそれほど変 わらなかった。変わったと言えば、休日はいつも三人になったし、母は私に気を遣っていたけれど、以前より笑うようになったことだった。それは良いことだと 私も認める。
 私の父親はろくでもないヤツだった。飲んだくれて母を殴り、喧嘩をしては警察の世話になっていた。母はあいつが終身刑の宣告を受ける迄、本当に苦労したんだ。
ジョナスが母を大切にしてくれるなら、それもいいかも知れないと、いつか思うようになっていた、ある日。

 ジョナスが私を迎えに学校に来た。校長と話しをして、校長が何故か私を見て涙ぐんだ。
ジョナスは私を車に乗せ、母方の祖母に家に連れて行った。彼はそこでは招かれざる客であったが、その日は黙って迎え入れられ、祖母は私を抱きしめて泣いた。私は、母に何かがあったのだと、悟った。
 ジョナスは祖父と少し言葉を交わし、祖父が怒ったような顔をした。ジョナスは私の元に来て、「いい子にしていなさい」と言った。「愛しているよ。」とも言ったが、私は祖父母がいたので黙っていた。
ジョナスは祖母の家を出て行った。それが彼を見た最後だった。
 彼は母の葬儀に来なかった。来たくても来られなかったのだろう。母は白人専用の墓地に埋葬されたから。警察が墓地や緑の屋根の家や祖母の家の周辺を巡回していた。

 街で殺人事件が立て続けに起きた。警察が何度か私のところに来て、ジョナスから連絡がなかったかと尋ねた。全くなかった。ジョナスは私の人生から既に姿を消していたから。
  殺されたのは、3人、全部白人の男たちで、日頃からカラードに暴力行為を行っていた連中だった。ずっと後になって知ったことだが、母は彼らに殺されたの だった。母がジョナスと夫婦になったことが、彼らには気にくわなくて、「制裁」を与えたのだ。彼らは、本当はジョナスを痛めつけようと家に来て、でも彼は 留守で、母がたまたま帰って来ていた。
 警察は、ジョナスが報復をしたのだと信じている。彼は指名手配され、今も見つからない。
私には、わかっている、彼は二度と私の前には現れない。私を守るために。
私は祈る。彼が永遠に逃げ続けられるように。そして、どこかで立ち止まって、私たちのことを忘れて新しい生活を手に入れてくれているように、と。

正当防衛

「あれは酷い・・・」
「ええ、私も同感です」
「・・・害者は?」
「ショック状態で泣いてばかりいましたが、先ほどから落ち着いてきた様子です。」
「犯人は、当初空き巣目的でこの部屋に忍び込んだと言っていたな?」
「はい。そこに被害者が帰宅したので、犯人はクロゼットの中に隠れました。すると、被害者が着替えを始めたわけで・・・」
「ムラムラっときた男は、クロゼットから飛び出して、彼女に襲いかかった、と言うことだな?」
「はい、被害者と犯人の証言は一致しています。」
「当然、彼女は抵抗した・・・」
「はい。」
「犯人は?」
「まだ暴れています。四人がかりで押さえつけているんです。」
「無理もないだろう。あんな目に遭ったのだから。まだ、全部抜けてないんだろ?痛いだろうな。」
「しかし、彼女も死にものぐるいだったんでしょう。レイプされかけたのですから。あの程度で済んで、良かったと思うべきですよ。」
「しかし、哀れな気もするなぁ・・・」
「ええ・・・」


「急所にサボテンか・・・」

2011年9月2日金曜日

曼珠沙華

和歌山のある町には、彼岸になっても彼岸花を見ることがない。
こちらでは、秋になれば田圃の畦道に真っ赤な花が並ぶのに。
「昔、日本はアメリカと戦争をして」
と老女が語った。
「曼珠沙華の毒で毒薬爆弾を作ってアメリカに落とすんだ、そうすればアメリカに勝てる、と軍から通達があって、町中で曼珠沙華を掘り返して、供出した。
本気で勝てると信じていたのか、わからん。
だけど、町中の曼珠沙華はお国の為に出征して行った。
そんな訳だから、この町には、今でも彼岸花は咲かないんじゃ。」

ギフトショップ

ギフトショップ中埜は、3桁国道の道ばたにあって、どっちかと言えば、土産屋と言った方がピンとくる和風の店構えだった。商品も地元の特産品がほとんど で、素朴な農産物の加工品が多い。洋子がアルバイトに雇われたのは、奥さんが臨月間近になって、立ち仕事が辛くなったからだ。
客が少ないから勉強しながら出来るだろうと思ったのが間違い。夏休みになると案外客が増えた。常に一人か二人店内で品定めをしている。こんな田舎で万引きなどいないだろうと思いつつも、洋子は監視しなければならなかった。
商品の中に和紙で作った人形のコーナーがあった。地元の婦人会が作った物を販売して、収益を折半しているのだ。食べ物と違ってあまり売れないのだが、綺麗 なので装飾も兼ねている。和人形が9割を占める中で、一体だけピエロがあった。白地に赤い水玉模様の服を着て、玉乗りしている。可愛らしいので、洋子は売 れるだろうと思って棚の全面に出しておいた。
次の日、何気なく棚を見ると、ピエロが舞妓人形の後ろにいた。誰かが品定めして置き位置を換えたのだろう。洋子はピエロを前に戻した。
次の日も、ピエロは後ろにあった。誰だろう? 旦那さんだろうか? 洋子は再び全面に出した。ついでに舞子も横に出しておいた。
その次の日、洋子は学校に行き、ゼミ仲間と遅くまで過ごした。夕方、店に行くと、旦那さんが一人で店じまいの片付けをしていた。
「あれ、洋子さん、今日はお休みじゃなかったの?」
「ええ・・・前を通りかかったので・・・」
洋子の目は自然とピエロの方を向いた。そして、ドキッとした。
ピエロが、後ろにいた。そして、腰と直角に上体を向けて顔も同じ方向を向いているのに、目だけが、別の方向・・・旦那さんの顔を見ていた。
目は・・・本当は正面を見ていなければならないのに・・・。
洋子が思わず旦那さんを見ると、旦那さんは窓のブラインドを閉めていた。
洋子はピエロに視線を戻した。ピエロはもう正面、洋子を見ていた。
洋子は背筋が寒くなった。
「あの・・・」
「何?」
旦那さんは無邪気に笑顔で振り返った。そして洋子の緊張した表情に気づいた。
「どうかした?」
急に心配顔になった旦那さんに、洋子は無理に笑顔を作った。
「いえ、なんでもありません。赤ちゃん、まだですよね?」
「うん、お盆前後って話だけど、ちょっとぐずぐずしてるみたいだね。まぁ、今は忙しいからゆっくりしてもらって都合がいいけど。」
あはは、と笑うので、洋子も笑い顔でピエロを見た。ピエロは洋子を見ている。口は笑っているけど・・・。
すると旦那さんが洋子の視線の先に気がついた。
「ああ、こいつが気になったんだね?」
「これ・・・何か謂われでも?」
「そんなものはないよ。ただの紙細工だもの。だけど、こいつ、この棚が気に入っているみたいでね、うちの真弓が前に置いてもすぐ後ろに行くんだ、っていつもこぼしてた。君も同じ体験したのかな?」
「え! 奥さんも?」
「不思議だね。町長さんの奥さんが作ったんだよ。」
「あの、学校の先生なさってる奥さんですか?」
「そう。呪いとかそんなもの、なさそうだろう?でも、こいつ、移動するんだ。」
さっき旦那さんを見ていた、と言いそうになって、洋子は止めた。
「私、これをいただいていいですか?」
思わずそんなこと言ってしまって後悔したが、旦那さんは「いいよ。ただであげるよ。」と言ってくれた。
ピエロを紙袋に入れて、自転車の前籠に載せた。
夕暮れの田圃道を走っていると、振動でピエロが袋から顔を出した。洋子は声をかけてみた。
「ほら、夕焼けよ。」
ピエロはごろんと仰向けになって、空を見上げた。ピエロの白い顔が夕焼けでピンクに染まった。洋子は、ピエロの顔がとても緩やかになったことに気づいた。
「そうか・・・あなた、夕焼けを見るのが好きだったんだね!」
家に帰ると、洋子は一番夕焼けが綺麗に見える窓辺にピエロを置いた。どうして後ろ向きに置くのか、と家族が不思議がったが、洋子は黙っていた。
それっきり、ピエロは動かないで、毎日窓の外を見ながら玉乗りをしている。