2012年2月18日土曜日

幽霊

部屋の隅に正座して、ずっと壁を見つめて座っていた。和服姿の女性だ。
 壁に何かあるのかと思ったが、薄っぺらだから死体が埋め込まれているように見えなかったし、穴も開いていたし、金目の物とか古文書が入っているようにも思えなかった。だって、去年建てたばかりのプレハブの事務所だからね。
 最初のうちはみんな気味悪がっていたけど、そのうち慣れて、「うちの事務所には幽霊がいるんですよ」なんて誰かが宣伝したものだから、見物人は来るし、テレビも取材に来た。
 幽霊は動じなくて、誰が話しかけても振り返らなくて、ずっと壁を見ていた。
 物珍しさから客は増え続け、顧客もできた。
 小さな解体専門の会社が、どんどん売上が伸びて行ったんだ。
 そのうち、近所のお屋敷が代替わりしたので、新しい場所に引っ越して跡地を更地にしたいと言ってきた。
 こんなちっぽけな解体屋が初めて請け負う大仕事だ。みんな張り切って機材を手配して築200年の大きな商家を解体した。
 そして、出てきたんだ。奥座敷の壁の中から骸骨が・・・。
 警察の話では、とても古い骨で、依頼主にも心当たりはなくて、でもご先祖の使用人に行方不明になった人がいたとかで・・・。
 今となっては犯罪だったのかな、て言う程度か。物好きな人が歴史を調べるだろうな。
 あ、幽霊は、骸骨が出た夜、初めて立ち上がり、僕らの方を振り返って深々とお辞儀して消えたんだ。
 綺麗な娘さんだった。

2012年2月16日木曜日

密談

車から降りると、取引相手もベンツから降りてきた。
 お互いに警戒しあいながら、相手なのだと確認しあう。

「誰にも見られたり、後をつけられなかっただろうな?」
「大丈夫だ。女房にすら気取られていない。」
「例のもの、持ってきたか?」
「勿論だ。そっちは? ちゃんとキャッシュも持ってきたんだろうな?」
「当然だ。金がなくちゃ、話にもならん」
「では、おまえの物を見せろ」
「いや、そっちが先だ」
「では・・・3で一緒に出そう。1・・・2・・・3!」

 二人は紙切れを互いの目の前に差し出した。

「ううう・・・ちょっと高いんじゃないのか?」
「これが現行の相場だ。仕方がないじゃないか、アメリカとの取引はまだ停止中なんだ。そちらこそ、ちょっと法外じゃないのか? 中国産で誤魔化すつもりじゃないだろうな?」
「馬鹿言え、これは正真正銘、丹波産だ」
「では、ブツを渡そう。そっちとの差額代金も払う」
「いいとも、これで助かった。品切れでにっちもさっちも行かなかったからな」

 二人の男は包みを交換した。

 丹波産松茸と近江和牛ロース肉である。

2012年2月5日日曜日

1ドルの輝き

惑星ヤバンは大昔、惑星サーンの流刑地だった星で、カムンは流刑囚だった人々の子孫が原住民化した民族だ。ヤバンの自然は砂漠で生存が大変難しい土地なので、カムンは長い年月の間に、少しばかり進化していた。と言っても、そんなに目立たなかったけれど。
最近サーンから移住した人々の人口比率がヤバンの全人口の9割を越えたので、今やカムンは少数民族で、なかなか会えない。
だけど、俺は宇宙港でドックの清掃員をしているカムンと友達になった。
カムンを信用するな、とサーン人たちは忠告してくれたけど、リビってカムンは気のいいヤツだった。確かに、時々カムンの”超能力”とやらで、狡いことはしたけど。

ある日、俺はリビとちょっとゲームをして遊んだ。まぁ、率直に言えば、博打をしたんだけどね。それで、リビが勝つはずのない勝負で勝った。何かやったんだろうけど、見抜けなかった。それに大した賭けじゃなかったから。
俺は負けたから、リビを連れて飲みに行った。リビは大人しく飲んでいた・・・と思ったら、いつの間にやらかなり飲んでいた。
で、支払いの段になって、俺は財布がないことに気付いた。落としたか、摺られたか・・・。青くなった俺にリビが言った。
「摺られたのなら、摺られた瞬間に俺が気付いたよ。きっと落としたんだ」
サーン人なら、彼を疑っただろうが、俺は彼の人柄を信じていたので、探しに行くことにした。店の人は俺の操縦士免許を質に取って、「今夜中に払え」と言った。

俺たちはドックまで来た道を辿った。ドックは真っ暗だった。
「落としたのなら、もうここしか探す場所は残ってないなぁ」
「だけど、真っ暗だし、広いし・・・」
俺はもうべそをかいていた。免許がなけりゃ、明日から飯の食い上げだ。すると、リビがこんなことを訊いてきた。
「コイン持ってる? 金属のお金」
クレジットの時代だけど、惑星ヤバンでは、まだ古代貨幣が流通していて、俺も着陸した時に少しばかり換金して持っていた。だけど、こんな時にコインなんて どうするんだ?俺は1セント硬貨を出した。リビは、「1セントか・・・」と呟いて、それを両手で揉み、ドックに投げ入れた。
パァっと光がドックの内部を照らし、一瞬、俺の財布が床に見えた。
アッという間に光は消えて暗闇。俺は驚いて尋ねた。
「今のは?」
リビが、やや皮肉っぽく答えた。
「1セントの光だよ。安いからすぐ消えた」
俺はポケットを探って、1ドルコインを見つけた。
「これ、投げて!財布の位置を確認出来るくらいの灯りが出来るだろ?」
「まぁね」
リビは、1ドル硬貨を揉み、投げた。

俺は無事財布を取り戻し、飲み屋に支払いをした。1セントと1ドルは、どうやらリビが後で拾って自分のポケットに入れたらしいが、俺は何も言わないでおこう。