2011年12月27日火曜日

幸福度

日本の都道府県幸福度1位は福井県、最下位は大阪府だそうです。

「気ぃ悪いわ。」

「住みやすいのになぁ」

「食べるんにも全然困らへんし。」

「で、あんた、これからどこ行きなはんの?」

「公園や。救世軍がカレー配ってるそうやから。」

2011年12月25日日曜日

遺産

父の遺産相続の為に姉妹が集まった。
 長女の桃子。父と性格が似て頑固なので、父の晩年は対立して電話すらしなかった。勿論、父が病に倒れてからも見舞いにも来なかった。
 次女の梨花。体が弱く、それを理由に近所に住んでいるにもかかわらず、一度も父の看病の手伝いに来なかった。今も神経性の胃炎で悩んでいると愚痴をこぼしている。
 三女の栗子。海外赴任の夫と共に帰国したのは、父の49日の直前、つまり昨日。葬式に間に合わなかったのは許すとして、どうして遺産がもらえるかも知れない時に帰ってくるの? もっと早く帰って来られたでしょ?
 四女の杏。一番父に可愛がられていたので、自信満々の表情だけど、ダンナの会社は火の車。内心はきっと穏やかじゃないわね。全額もらえる訳はないしね。
 五女は、花梨、つまり、私。末っ子だけど、家に残って一人で父の世話をした。葬式の手配もしたし、桃子姉に言われて喪主も務めた。これでみんなと同額じゃ、割に合わないわ。

 弁護士が封筒を開封するのを、全員が固唾を飲んで見守った。
 白い便箋を手にして、弁護士が読み上げた。

「娘たちの健康で豊かな人生を願って、ここに全ての遺産を以下の者に贈ることにする。

 次女 梨花」


 そんな馬鹿な!!

 私たち姉妹の叫びを無視して、弁護士は次女梨花に小さな手提げ金庫を渡した。株券とか土地の権利書なら十分入る大きさだ。
 梨花は得意満面で、金庫を開いた。彼女の顔色が変わった。

「何よ! これは?!」

 梨花姉がテーブルの上に投げ出した金庫を覗いて、私たちは唖然とした。
 そこには、金色に光る粉が入ったガラス瓶と一通の覚え書き・・・

 毎食後半時間以内に必ず服用のこと



 胃散だった。

2011年12月17日土曜日

雨の夜

バス停に着くと、貼り紙がしてあった。
「北山発のバスは県道377が土砂崩れの為に通行止めとなり、運休しています。南川方面へお越しのお客様は、東丘発のバスにご乗車ください。ご迷惑をおかけし、申し訳ございません」
慌てて書いたのだろう、ちょっと字体が崩れていた。
東丘発のバスは本数が少ない。次の便まで1時間あった。この肌寒い雨の中を1時間も待てるか?
ボクは先に来ていた若い女性に声をかけた。
「バスが来るまで、そこの喫茶店で雨宿りしませんか?」
暗かったので、彼女が黒っぽいワンピースを着ているとしかわからなかった。美人に見えた。下心は断じてなかった。暗い道ばたで一人でバスを待つなんて、しかも雨の中で、それは男でも嫌だろう?
女性は「そうですね」とか言いながら、ボクの後ろを付いてきた。
喫茶店は古い店だった。もう20年はそこで営業しているが、前回入ったのは10年前だったろうか。カウンターも4つあるテーブルも内装も古ぼけてしまったが、昔のままだった。頭がかなり寂しくなってしまったマスターがカップを拭きながら、「いらっしゃい」と言った。
カウンターの端に男の客が一人いて、コーヒーをすすっていた。背中を丸めて裏日れた感じだった。
ボクもカウンターに着いた。マスターが水のグラスを用意しながら、尋ねた。
「お一人でいいですか?」
「え?」
振り返ると、女性はいなかった。慌てて店内を見回したが、彼女は消えていた。
「あれ、あの人は?」
マスターが何か言う前に、隅の客が呟いた。
「入ってすぐ出て行った・・・」
「そうですか・・・」
がっかりしなかったと言えば嘘になる。でも、初対面の男とこんなわびしい店に入りたくないのだろう、と自分に言い聞かせて納得した。
熱いコーヒーを時間をかけて飲んだ。無言だった。客も無言でマスターも黙っていた。ただ、彼は時々ボクに何か言いたそうに視線を投げかけて来たが、ボクが気づかないふりをしたので、結局何も言わなかった。
お代を払って外に出た。
まだ雨は降っていたが、小降りになっていた。
バス停に彼女が立っているのが見えた。
ボクがそばに行くと、彼女が声をかけてきた。
「さっきは黙って出てしまって、ごめんなさい。」
「いや、いいんです。」
「あなたが嫌で逃げたんじゃないんです。それだけ、言いたくて・・・」
ボクは彼女を見つめた。彼女は喫茶店を見た。
「あの店は以前にも行ったことがあるんです。あの時も、彼はいたんです。」
「彼って?」
「カウンターの客。」
「?」
「見えませんでした?」
「どう言う・・・」
ボクはマスターが何か言いたそうにしていたことを思い出した。マスターは彼女のことではなくて、あの客のことを言いたかったのか?
彼女がボクの思考を察したのごとく、説明した。
「マ スターにはあの男の人が憑いているんです。いえ、あのお店に憑いているんでしょうね、きっと。ただあそこに座ってコーヒー飲んでいるだけなんですけど。で も、私はそばにいたくないんです。話しかけてきて欲しくないんです。あの手の人は、会話をしてくれる人に憑くんです。」
そして彼女は頭を下げた。
「変なことを言ってごめんなさい。忘れてください。」
そこへ、バスが近づいて来た。
「やっと来ましたね」
「ええ」
バスが停車して、ドアが開いた。彼女が手で「どうぞ」と譲ってくれたので、先に乗り込んだ。
ドアが閉まった。ボクはびっくりした。
「おい、彼女も乗るんだぞ!あの女の人も・・・」
運転手が言った。
「よしてくださいよ、お客さん。あなた一人しかいなかったじゃないですか。」

2011年12月6日火曜日

ウノ シガレーチョ

 初めてメキシコに行った時、司厨長がオレに3ドル渡して、バナナを買ってこい、と言った。当時、1ドルは360円ほどだったから、3ドルは1000円ほ どかな。今じゃ、日本でも1000円は大金と呼んでもらえなくなったけど、当時は結構な価値があった。3ドルあったら、船全体の人員に食べさせられるバナ ナが買えるって司厨長は言ったんだ。
 ちょっと待ってよ、司厨長、いくら3ドルが大金だからって、この船に何人乗ってるか知ってるの? これ、ブラジルへ移民運んでるんだよ。バナナを全員に配れるほども買えるはずないじゃん。
 いいから買ってこい、と司厨長。それで市場へ行ったら、買えたんだよ、トラック一杯のバナナが・・・たった3ドルでさ。

 パナマ運河を通って太平洋と大西洋を行ったり来たりして、数年たつと、オレもいっぱしの船乗りになった。ちょいと世間慣れした親爺の仲間入りさ。3ドルでトラックいっぱいのバナナを買った時より、したたかなヤツになっちまった。

 あれは何処の港だったかなぁ。 やっぱりバナナを買いに行った。出来るだけ出航時間に近い時刻を狙ってね。
 それで、バナナ売りに取引を持ちかける。10房のバナナとアメリカ製タバコを交換しないかって。
 10房って、日本の果物屋で売ってる房を想像しちゃいけないよ。1房は、バナナの木1本分のことだ。
「ウノ・シガレーチョ?」
 バナナ売りは、アメリカ製タバコが高く売れることを知っている。10房のバナナとタバコ1カートンじゃ、美味い儲け話だ、と読んだ訳。
「シ、ウノ・シガレーチョ」
 オレは人の好さそうな笑顔で頷く。バナナ売りは口頭で契約する。オレは言う。
「半時間後に出航だから、大急ぎで積み込んでくれ」
 バナナ売りは10本分のバナナをせっせと船に運び込んだ。
 作業が終わる頃には、早くも時間が迫っていて、船は錨を上げてエンジンの稼働も高まっている。
 オレは甲板からバナナ売りに声をかけた。
「グラシャス、セニョール、ウノ・シガレーチョ」
 オレは、桟橋のバナナ売りに、タバコを投げてやった。20本入りのマルボロの箱、1個。

 怒り心頭のバナナ売りの怒鳴り声は出航の汽笛にかき消され、船は桟橋を離れた。
 あれ以来、オレの船はあの港に寄港していない。