2013年10月6日日曜日

赤竜 1 その24

アンティークな家で暮らしていたレインボウブロウは、全く趣味の異なる家を面白がっていた。オーリーにコーヒーを入れて出したカップも古い絵付けカップでなく、無骨なしっかりしたものだった。
「ソーントンの物は何も持って来なかったのかい。」
「イヴェインが気に入っていた食器や小物を持ち込んだ。後は処分した。売ったり、捨てたり、焼いたり。」
 レインボウブロウは骨董品の価値を理解しても、所有欲がないのだ。彼の正面に座って「それで?」と催促した。オーリーは単刀直入に質問した。婉曲に言えば、またはぐらかされる。
「仕事絡みで知り合いの娼婦から聞いた話なんだが、イヴェイン・カッスラーは半年前に死んでいる。娼婦の縄張り争いで、見せしめに殴り殺されたそうだ。彼女が息を引き取るのを看取った女がいる。君が一緒に暮らしているイヴェイン・カッスラーは何者だ。」
 レインボウブロウは驚いたり、腹を立てたりしなかった。彼の目を真っ直ぐ見て言った。
「彼女はイヴェイン・カッスラーだ。」
「殺された少女と同じ人物だと言うのか。」
「そう。」
 彼女があっさり認めたので、オーリーは何と言えば良いのか困った。
「殺された女が、何故ソーントンの屋敷で女中をして、今彼の相続人になっているんだ。」
 レインボウブロウは自分のカップにお湯だけを注ぎ込んだ。
「私が見つけた時、彼女の頭は無事だった。手足も、ちぎれたりしていなかった。まだ魂も綺麗だったし、体も温かだった。だから、私は彼女を屋敷に持ち帰り、修理した。」
「修理って・・・」
 オーリーは頭が混乱しかけた。彼女は何の話をしているのだ。アンティークの家具や古書を語るみたいな話し方だ。
「治療したって意味か。」
「そう解釈したければ、その通り。」
「君一人で治療したのか、病院に入れずに。」
「そんなことをすれば、彼女は死んでいた。」
「君は医学知識があるのか。」
「コーヒーのお代わりは?」
 家の前にタクシーが止まり、イヴェインが降り立つのが見えた。この不可解な話はここまでだ。レインボウブロウがオーリーに釘を刺した。
「イヴェインはここで人間らしい生活を始めた。人並みの人生を送るのだ。だから、彼女の過去をほじくるのは止めて欲しい。」
 イヴェインが買い物を詰め込んだ紙袋を抱えて玄関に来たので、オーリーは席を立ってドアを開けてやった。彼を見たイヴェインは驚いたと同時に喜んだ。
「あら、来て下さったの。」
 オーリーは手土産を用意しなかったことを思い出して、後悔した。
「新しい家を見せてもらっていた。こんなデザインの家なら、プレゼントもモダンな物にしよう。」
 イヴェインはニコニコしてレインボウブロウに近づき、身を屈めて彼女の頬にキスをした。
「全部終わったわ。クーパーさんは私の顧問弁護士を引き受けて下さった。もっとも、彼の出番は余りないと思うわ。私は商売の才覚がなさそうだし、もう少し読み書きを勉強したら、何処かでお勤めするつもり。」
「お金持ちなのに?」
 オーリーの言葉に、彼女は振り返った。
「私がこしらえたお金じゃないわ。もっと勉強して、500万ドルが何に役立つのか、考える。」
 オーリーはレインボウブロウが彼女の陰で声を出さずに呟くのを目撃した。綺麗な魂、と。

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