2011年11月23日水曜日

手の中のもの

「これ、さぁ」

 ヒロトが、両手で何かを包み込むような形で、チカさんの前に両腕を伸ばしてきた。

 羽布団工場の午後の休憩時間だった。
ヒロトは17歳、二月前からこの工場でバイトしている。高校には行ってなくて、同じ年頃の仲間と連んで暴走族をやっているのだ。だけど、何を思ったか、ここへ仲間と一緒にやってきて羽根まみれになって働いている。
  少年たちの中では一番の男前。背が高く、喧嘩も強くて、族のリーダー格だ。彼が真面目に働くと、仲間も大人しく仕事している。大人を拒絶している様な仲間 たちと違って、ヒロトはパートの小母さん小父さんたちとも冗談を交わすし、世間話もした。なんで、あんないい子が、族なんかやってるんだろ?と大人たちは 不思議がった。

 チカは工場一番の美人だけど、ヒロトよりは10歳も年上。ちゃんと彼氏もいる。だけど、ヒロトは時々彼女に悪戯をしかけてくる。ちょっと気になる存在らしい。
「え? なに? なに?」
 差し出された手を、チカは覗き込んだ。ヒロトが、そっと手を開いた。
 真っ白な物が、ポワ〜ンと飛び出した。

「きゃ〜〜〜〜!」

 チカが悲鳴を上げて、跳び下がった。 ヒロトは「あはは」と笑いながら、手の中の物を床に払い落とした。
 柔らかな羽根がふわふわと舞った。
 布団に詰め込まれる純白のダウンが、彼の手の中で圧縮されていた。それが、手を開いたので、空気を吸い込んでふくらんだだけだった。チカは、見慣れたはずの商売物が、何か別の生き物に見えたのだ。

 知っていると思いこんでいたものが、ちょっとしたことで違う物に見える。錯覚なのか、それが真の姿なのか、それは見る人自身が決めること。

 少年たちは、やがて一人が無断で辞めたのをきっかけに順番にいなくなって行った。ヒロトは最後まで残ったけれど、やはり無断欠勤が増えて、お盆明けにはとうとう来なくなった。

 一度だけ、「なんで、あの連中と連んでるの?」とヒロトに訊いてみた。
 彼はこう答えた。

「見ててやらなきゃいけないんだよ」

2011年11月8日火曜日

異能者の品格

「あら、下ろしたばかりの給料が無いわ!」
ナカムラさんが喚きだした。スーパーマーケットの従業員ロッカールーム。私が帰り支度をしていると、休憩に入ってきたナカムラさんがタバコを出そうとして鞄を探り、お昼に下ろしたばかりの給料が袋ごと無くなっていると言い出したのだ。
「勘違いじゃないの?」
ナカムラさんといつも連んでいるオー田さんが声をかけると、ナカムラさんは力一杯首を振った。
「いいえ、確かに下ろして鞄に入れたわ。そうよね、貴女、見てたでしょ?」
詰 問口調で話しかけられたのは、ATMのそばにあるベーカリーのレジ係ヨー子ちゃんだ。お店では明るいはきはきした店員さんだが、ロッカールームでは年配の おばさんたちに押され気味。この時もビクッとしてすぐに答えなかった。するとナカムラさん、グイッとヨー子ちゃんを睨み付けた。
「どうしてすぐに御返事しないの?見たの、見なかったの? 変ね・・・貴女・・・」
ヨー子ちゃんは窃盗の嫌疑をかけられそうになっていることに気づいたのか、青ざめた。口をぱくぱくさせて何か言いかけた。

私の脳裏に、ある光景が浮かんだ。ナカムラさんが男にお金を渡している。男は身なりは良いが、どこか生活が荒れている感じ。ナカムラさんはぺこぺこしていた。場所は店のトイレの通路。周囲に誰もいない。
はっきり見えると言うことは、過去に実際にあったこと・・・。

次にナカムラさんが誰かのロッカーにATMのお金の封筒を入れるところが見えた。袋は空っぽの様だ。ロッカーはナカムラさんのものではない。なんとなくぼやけて見えるのは、これから起きること・・・。

その時、入り口で声がした。
「ナカムラさん、お金を下ろした後で、すぐに若い男の人にあげていたじゃない。あれ、息子さん?」
みんなが振り返ると、部屋の入り口に精肉コーナーの係をしているユウナさんが立っていた。
ナカムラさんの顔が真っ赤になった。
「なに、それ?」
「トイレの前で見たのよ。背が高い痩せた男の人・・・全部お金あげちゃったの?」
ユウナさんはまっすぐナカムラさんを見ている。ナカムラさんは目をそらせた。
「・・・う・・・思い出したわ・・・そう・・・親戚の息子よ。あげたんじゃなくて、貸したの。」
そしてどかどかと音をたてて出て行った。
私はヨー子ちゃんがホッとしているのを見て安堵した。

ユウナさんは、私のヴィジョンにはいなかった。ユウナさんはあそこでナカムラさんを見た訳じゃない。私と同じように見えたんだろうか。
私はタイムカードを押すと、ユウナさんが着替えて出てくるのを待った。
「ユウナさん、さっきの男の人の話・・・」
私が話しかけると、ユウナさんは「ああ・・・」と気のない声で応じた。
「多分、消費者金融の取り立て屋ね。」
「ナカムラさん、借金してるの?」
「さぁね・・・そこまで、貴女は見ていないでしょう?」
「え?」
「私は他人の過去なんて見えないのよ。貴女が見たから私にも見えただけ。」
私はびっくりしてユウナさんを見つめた。どこにでもいる平凡なパートの小母さんが私の頭の中の風景を見た??!!
もしかして、同類? ずっと探し求めていた私を理解してくれる人?
私の大いなる期待をユウナさんははね除けた。
「私は同好会なんて好きじゃないの。それに無防備に情報を放出する人と一緒にいるのは疲れるわ。セイブすることを早く学んでね。貴女の為でもあるから。」

次の日、ユウナさんは辞めてしまった。どこに行ったのか、誰にも教えずに引っ越して行ったそうだ。

2011年11月4日金曜日

ユウナさん

ユウナさんは、僕が契約社員として就職したスーパーで商品管理をしているパートの小母さんだった。年齢は僕の母より若いけど、なんだかとっても年寄りみたいな落ち着き過ぎた雰囲気の女性だったんだ。
ちょっと変わった人だった。独りで商品を陳列棚に並べながら、誰かと会話していた。品物の向きだとか、明日の予定だとか、兎に角空気相手にぶつぶつと。
他の従業員は黙っていたけど、きっと薄気味悪かったんだろう。あまり親しい人はいなかった様だ。でも、休憩時間なんかに、普通の会話をみんなとしていたから、世間ずれしている訳でもなさそうだったし、精神状態がどうか、なんてこともなさそうだった。
ユウナさんは、万引きを捕まえるのが得意だった。中学生や主婦なんてのが犯人なんだけど、ユウナさんはまるで彼等が犯罪を犯すことを知っていたみたいに現行犯で捕まえた。一月に4人も捕まえたこともある。
流石に店長も表彰式の時に、「逆恨みされないように」と心配していたが、それがある日現実になった。

僕は自転車置き場でユウナさんが5,6人の中学生に囲まれているのを目撃した。前の週にユウナさんに捕まった少年がリーダー格のグループで、この界隈では結構ワルで通っていた連中だ。
僕は声をかけるべきだった。一応大人なんだし、声をかければ彼等は逃げたかも知れない。だけど、体格の良い彼等に僕はびびってしまい、店に戻って助けを呼 ぼうか、ここで叫ぼうか、と迷ってしまった。早くしないとユウナさんが殴られる。中学生たちがユウナさんに手を上げた時だ。
いきなり、彼等が後方へすっ飛んだ。漫画で主人公が複数の敵をぶっ飛ばすシーンがあるだろ?あんな感じだった。
彼等はコンクリートの地面に尻餅を突いて、暫く呆然としていた。僕も何が起きたのかわからなかった。それから、少年たちは急に喚きながら立ち上がり、転がるように逃げて行った。誰かが、「鬼婆!」と叫んでいた。
僕が立ち尽くしていると、ユウナさんがそばに来た。ちょっと恐い顔で尋ねた。
「見たの?」
「え?」
「さっきの、見た?」
「ええ・・・先週の万引き少年どもですよね?」
僕のとんちんかんな返答に、ユウナさんは、ニコッと笑った。そして黙って店に戻って行った。

次の日、ユウナさんは僕に朝の挨拶をした後で囁いた。
「おめでとう、正社員採用よ。」
僕は何のことかわからなかったが、夕方、店長から同じことを聞かされた。
「来月から正社員だ。辞令は月初めの朝礼で与えるから、それまでは黙っていてくれ。ひょっとすると、本店勤務になるかも知れない。」
僕はそれをユウナさんだけに伝えた。彼女が店長から聞かされていたのだと思ったから。ユウナさんは僕に尋ねた。
「本店に行きたい?」
「そりゃ・・・僕だってそれなりに野心はあるから。」
「じゃぁ、行かせてあげる。口止め料にね。」

僕は正社員になり、本店に転勤になった。それ以来ユウナさんには会っていない。一度営業の合間に元の店に立ち寄ったら、もう彼女は退職してしまっていた。
だから、今でもわからない。口止め料の意味が。

2011年11月3日木曜日

 家の前に大きな穴があった。 住宅地が取り壊されて、工事で開けられたらしい。結構深くて、台風の後、水が溜まって池みたいになった。
 近所のお兄ちゃんたちが、廃材の板を浮かべて筏遊びをしていた。
 黄色に濁った水に廃材の筏。竹竿で漕ぐお兄ちゃん。
 大人たちが眺めていた。
 何かあればすぐ助けに行けるように見ていたのだろうか。

 穴はやがて埋められて、そこは長い間空き地になっていた。
 お兄ちゃんは大きくなって、遠くの学校へ行って、船乗りさんになった。
 アフリカへ行ったんだって。
 お土産にワニの剥製をもらったけど、あんなの、気味が悪くて、とおばちゃんが笑ってた。

 お兄ちゃんは、子供の頃の冒険心を実現させたんだろうな、きっと。

2011年11月2日水曜日

スピン・オフ

 今度のドラマ企画、”ある晴れた日”のスピン・オフにしようと思うんです。”ある晴れた日”はなかなか好評でしてね、登場人物たちは主人公以外もそれぞれ個性的でファンが付いたんですよ。 
 このままじゃ、もったいないですから。
 新しい主人公は、”ある晴れた日”の主人公の生き別れた双子の妹の予定です。
 え、同じ女優じゃ、スピン・オフの意味がない? 杉田聖子の二役じゃないかって?
 違いますよ。 よく似た女性を見つけたんです。 ええ、まだ出演交渉してませんけどね、演(や)れそうですよ。
ちょっとこっちの方は下品な感じなんです。生き別れの方はスラムで苦労して育ったと言う設定で・・・それで、見つけた彼女もその、なんと言うか、下品なイメージが魅力的でしてね・・・
 あ、ちょっと待ってください、今、交渉に行ってるスタッフから連絡が入りました・・・





 すみません、プロデューサー
彼女は駄目でした。
杉田聖子がすっぴんで歩いてたんです・・・もしもし??