2013年1月31日木曜日

早朝

秋が深まると、夜が明けるのが遅くなる。
夏だったらすっかり明るくなっている時刻でも、今時分はまだ真っ暗だ。
外出予定があったので、日が昇る前にゴミを出しに行った。
街灯が切れていて、道は暗いが、慣れた場所だ。それに田舎の小さな集落。
まず余所者は入ってこない。特に、こんな時間には。
集積所のそばの、公会堂の建物の陰は、いっそう暗く、闇が滞っていた。
その中に動く物を見つけ、一瞬ギョッとした。
向こうも立ち止まった。
小柄な老人の様に思えた。
「おはようございます。」
とこちらから声をかけると、向こうも、か細い声で、
「あ・・・おはようございます・・・」
すれ違う時に、かすかに向こうが呟くのが聞こえた。
「ああ・・・人だったんだ・・・」
どうやら、白いパーカーを着ていたので、幽霊にでも見えたのだろう、とおかしかった。
ゴミを所定の場所に置いて振り返ると、もうその人影は暗闇に融け込んで見えなかった。
家に戻りつつ、考えた。

「あっちの方角には、お年寄りがいる家はなかったよね・・・」

あるのは、真っ暗な林の中の、村の共同墓地だけだった。

変な人

「うちの人、ちょっと変な人だから・・・」
とヨーコさんが言った。ヨーコさんとコーヘイさん夫婦が僕らのアパートの二階に引っ越して来た頃のことだ。どう変なのか、僕にはわからなかった。 コーヘイさんは、お勤めに行かないで、毎日川原で絵を描いていた。だから変な人なのかな? でも、角部屋のヤマダさんちに急病人が出た時、すぐ救急車を呼 んでくれたのも、子供たちの子守をしてくれたのも、コーヘイさんだった。
変だと言ったら、ヨーコさんだって、ちょっと変だった。
夜遅く出かけたり、朝早く帰ってきたり。
「だけど、水商売には見えないね。」
と僕のお母ちゃんは言っていた。
「それに全然所帯臭くないし。」
コーヘイさんちには、時々お客さんが来た。なんだか怖そうな小父さんたちで、昼間、アパートの住人が仕事に出かけていない時にやって来た。コーヘ イさんもヨーコさんも、お客が来ることをみんなに知られたくないみたいだった。時には、ヨーコさんとお客さんを残して、コーヘイさんは一人でスケッチブッ ク持って川原へ出かけて行ったものさ。
 僕は学校に行くのをずっと前から止めて家にいたから、全部見ていた。見ていたけど、コーヘイさんとヨーコさんが変な理由はわからなかった。
 ある日、僕は外に出て、コーヘイさんの後をついて行った。コーヘイさんは僕が尾行しているのを知っているみたいだった。時々足を速めたり、急に停まったりして、僕が慌てると、クスクス笑っていた。
 川原で、コーヘイさんがスケッチブックを広げて絵を描き始めると、僕はそばに座って眺めていた。
 久し振りの外は気持ちが良かった。僕は青空を見上げて寝そべった。コーヘイさんが絵を描きながら声をかけてきた。
「もう学校には戻らないのかい。」
「わかんない。」
「学校は嫌か?」
「わかんない。何故行かなきゃいけないのか、わかんないし、何故行けなくなったのかも、わかんないんだ。」
「虐められたのか?」
「そんなんじゃないんだ。ただ・・・僕がそこにいる意味がわかんなくなったんだ。」
「誰だって、それはずっと考えて、答えを見つけられるまで、悩んでいるだよ。」
「コーヘイさんは、どうして絵を描いているの?」
僕が話題を振ったのに、コーヘイさんは答えなかった。真面目に答えてくれたのかも知れないけど、僕にははぐらかされた様に、その時は思えた。
「誤魔化しているんだよ。僕がここにいる理由を。」
って、コーヘイさんは言ったんだ。

 川向こうのスナックに警察が踏み込んだのは、その翌朝早くのことだった。麻薬の取引をしている処を警察が奇襲をかけたんだ。10人ほど捕まったらしい。ちょっとした小さな街の大事件だった。
 そして、その日の夕方、コーヘイさんとヨーコさんは突然引っ越して行った。二人がいなくなった部屋はぽっかりと開いた空洞みたいで、人が生活していた気配は全くなかった。最初からそこに誰も住んでいなかったみたいだった。

 僕は学校に戻った。ひどくかったるい仕事だったけど、僕はなんとか電車に乗れたし、門をくぐって先生に挨拶もした。
 僕は勉強をする。上の学校へ行って、何か警察に関係した仕事をしようと思うんだ。だって、まだコーヘイさんに聞きたいことがあったから。
 どうして張り込みの間、絵を描く気になったのかって。


****
注意:麻薬を取り締まるのは、警察ではありません。厚生労働省の職員です。

麻薬取締官:麻薬及び向精神薬取締法(以下、麻向法)により特別司法警察職員としての権限が与えられている。麻薬取締という危険な職務であるた め、拳銃(ベレッタM85やコルト・ディティクティブスペシャル)の携帯が認められている(但し特別司法警察員としての職務を遂行する場合に限る)他、警 察官と同様の逮捕術の訓練も受けている。

また、「おとり捜査」を行うことができ、麻向法第58条にそれに関する規定がある。それによると、違法に流通している麻薬などを所持しても麻薬取 締官及び麻薬取締員のみは処罰されない。 麻薬特例法に基づく麻薬を使っての泳がせ捜査や薬物の密売収益の没収等による首謀者や密売組織の摘発及び壊滅などを行っている。薬物犯罪に関するおとり捜 査は麻薬取締官及び麻薬取締員のみに認められた行為であり、一般の警察官は行うことが出来ない。これは密売流通ルートを遡る為に必要な行為である。

2013年1月29日火曜日

盗人

ヒロシはパソコンの前でイライラしながら座っていた。
「何故、更新されないんだ--」
 画面には、ブログが表示されている。日本語ではない。英文でもない。ちょっと珍しいが、クロアチア語だ。

 ヒロシは、偶然、このブログを二年前に発見した。それがクロアチア語であることを知ったのも偶然だった。大学の友人にクロアチア人の留学生がい たからだ。友人が時々口にする単語を文章の中に発見したのだ。そして興味半分で一つの文を辞書を引き引き訳してみたら、どうやら推理小説の一部らしかっ た。
ブログで推理小説を書いている人がいるらしい。
 ますます興味を引かれた。きっと、その頃、教授とちょっとした意見の衝突できまずくなっており、彼女とも別れた後で、アルバイトもクビになり、引きこもりのせいで友人たちとも疎遠になっていたので、暇だったのだろう。
 一番最初の投稿を探して、半日かけて翻訳すると、やはりそれは小説の書き出し部分だった。
 それから暇があれば一回の投稿文をプリントアウトして翻訳してみた。
大変面白い物語だった。毎回、続きを読みたくなるような文で終わってしまう。そのブログが一月に一回しか投稿されないのも、ヒロシの翻訳スピードに合わせてくれているようで、ちょうど良かった。
 ヒロシはそれをワープロで日本語に書き直し、試しに出版社の懸賞小説に応募してみた。
 出版社から連絡が来た。
「大変面白い作品です。5話までありますが、まだ続くのでしょうね-- 犯人の目星がまだつきませんからね。続きを書かれる予定はありますか--
未完と思える作品に賞を差し上げる訳にはいきませんが、本誌に連載されるおつもりはありませんか--」
 ヒロシはその時、7話まで翻訳が出来ており、まだネット上には未訳が4話あったのだ。彼は他人の、それもクロアチア人の作品だとは明かさぬまま、その話に乗った。
 1話ずつが結構長いブログだったので、日本語に訳すと、ヒロシ自身の文も混ざって、ミステリー雑誌には3話に分けて掲載された。
すぐに読者から反響があり、出版社はその話をヒロシのデビュー作品として、連載することを正式に決めた。ヒロシはペンでお金を稼ぐと言う経験をした。
印税は駆け出しの新人だから多くないが、それが完結して正式な本となったら、もっともらえるはずだ、と編集者が言ったから、それも嬉しかった。
 他人の文章の翻訳なんて、口が裂けても言えない。クロアチア語なんて、日本人で知っている人は少ないし、クロアチア人が日本語の雑誌を読むこともないだろうから、これはばれないはずだ。
 ところが・・・三ヶ月前、ブログの更新が止まってしまったのだ。新しい話の展開がヒロシには読めない。文字通り、どんな風に話しが進むのか、彼 には見当がつかなかったので、これは焦った。しかし、neptuneと言う著者は、興味を失ったのか、それとも何か理由があって書けなくなったのか、そ れっきり投稿がなかった。
 ヒロシの手元の原稿もなくなりかけていた。

 出版社から電話がかかってきた。
「先生、困ったことになりました。」
「なんです--」--困ってるのは、俺だよ!--
「先生の作品を、盗作だと訴えてきた人がいるんですよ。」
「え!」--まさか、クロアチア人が----
「なんでも、三年前から書いてきたブログと、先生の作品が極似しているって言うんです。どう言うことですかね、先生--」
「ぶ・・・ブログって--」--汗、汗、汗--
「あいこ って名前で書いている人らしいんですが、四か月前、うちの雑誌を偶然読んで、先生の作品に気がついたそうです。それで、書くのを止め て、うちのバックナンバーを取り寄せ、最初から読んで、先生の作品が自分の作品と全く同じだって確信したそうです。私もそのアドを見ました。あいこ って 人の主張通りでね、しかも、先生が書かれた日よりずっと古い。どう言うことですかね--!」

クロアチアで
「おう、あいこ、どうして、こうしん しない-- もう ほんやく なくなった。くろあちあ の どくしゃ、みんな つづき まってるよ!」

庭には

庭に埋めたヤツが臭い始めた。
想像以上に酷い臭いだ。
これじゃ、近所の住人に気づかれてしまう。
警察に通報されたら、大ごとだ。
何とかしなければならない。
もっと深く埋めるべきだったのだろうか?
だが、深く埋めたら、却ってまずいことになるだろう。
届かなくなると困る。
花が咲けば、もう誰も気にしなくなるはずだが、深く埋めると、根が届かなくて、花が咲かない。
庭には鶏が二羽いる。
土の中に埋めたのは、鶏糞だ。

落下物

秋の休日。ヒロシとヨーコは田舎にドライブに出かけた。
最初はオーカワチのダム湖に行った。ここは山の中腹と頂上にダムが二つあり、それぞれに湖がある。高低差を利用した水力発電所なので、見学施設も整っており、静かな湖畔とは言い難い。なにしろ観光客が多い。ダム見学の子供たちでいっぱいだった。
 それでも高原の涼しい風とススキの野原に心は癒される。
ダムの下流には、多分電力会社から自治体に下りたお金で建てられたのであろう、小さなホテルがあった。観光の目玉はダムしかない田舎町だから、宿泊よりもレストランの客で保っているようなホテル。ヒロシとヨーコもそこで川魚を使ったフレンチで昼食を取った。
 オーカワチの町を出ると、シルバーマインロードと呼ばれる国道を北に向かって走った。昔はこの付近に銀鉱山があって、その鉱石を港まで運んだ道 路なのだそうだ。と言っても、特に道筋にそれに縁のある史跡がある訳でもない。有料道路が平行して開通してからは、もっぱら通行料金を節約したいトラック や地元の車が走っているだけの寂れた3桁国道だ。
 ヒロシは道なりに走るのがつまらない、と思ったので、脇道に入った。地図を見れば、国道と並んで、山の中腹を通り、ずっと北の町で再び合流している生活道路だ。
 坂を登った後は、なだらかな道が山の腹帯みたいにカーブして続く。右側の住宅地や田畑の下を有料道路と国道が並んで通っているのが見えた。
 後ろから、ブーンブーンとエンジン音を鳴らしながら、大型のバイクがやって来た。抜かれる時に、二人はライダーがヘルメットを被っていないのを目撃した。ヘルメットは背中にしょったリュックの上に乗っかる様に、首から紐で後ろに追いやられていた。
「危ないわね。」
とヨーコが呟いた。
「警察が来ないと思っているんだよ。風を感じて走りたいんだろ。」
「それはわかるけど・・・」
バイクのナンバーは隣の県の大都市のものだった。
バイクはあっという間にカーブの向こうに消えた。
二人の車はカーブの多い道路を慎重に走った。対向車と離合出来ない幅ではないが、カーブで中央を走る車も少なくない。
5つめのカーブを曲がったむこうで、バイクが停止しているのが見えた。
先ほどのバイクだ。ライダーは地面に下りて、頭を抱えてうずくまっている。
ヒロシは自分の車のタイヤの下でバリッと言う音を聞いた。
ヨーコが驚いた。
「え! 何?」
ヒロシは答えた。
「栗の毬だよ。」
路面に無数の緑や茶色の栗の毬が転がっていた。
バイクの青年は立ち上がったが、まだ手を頭に置いていた。
「だから、ヘルメットを被らなきゃいけないんだよ。装備は前もってするべきなんだ。」
とヒロシは呟いた。
二人はさらに走った。
北へ行くほどに落葉や木の実の落下物が増えていった。

「本日正午に○○共和国から飛んできたミサイルは凸凹県北部の上空1000メートル付近で爆発した模様です。
放射能の濃度はまだ発表されておりませんが、政府はただちに凸凹県に対し、住民の避難を・・・」

時の流れに

毎日の通勤路で見かけた古いお社。
どんどん朽ちていく。
屋根は落ちかけ、壁は崩れ、塀はもうない。境内は草茫々。
なんだか神様が気の毒で、ある休日、友達と一緒に掃除をした。
僕らにとっては、ちょっとしたリクリエーションを兼ねた奉仕活動のつもりだった。
崩れた箇所はどうしようもないけれど、なんとか綺麗になって、夕方、僕らは満足して帰った。
ところが、翌日、出勤の時、そこを通りかかると、何故か既に草茫々。
僕は呆然。
それから毎週意地になって掃除したが、次の日には元通り。
これは、神様の仕業なのか、それとも悪魔?

年末、半壊しかけたお社に注連縄がはられていた。
誰だろう?
とうとう僕は正月の朝早く、その神社に張り込んでしまった。
現れたのは、町内会の年寄り連中。
彼らが注連縄を張ったのだ。
でも、どうして普段はほったらかしに?
僕の疑問に彼らは答えた。

「ここの神様が、もうええ、ってゆうたはるんや。」

「人々の信仰が他所に行ってしもうた。せやから、神様、もうここから消える、ゆうたはるんや。」

「あんたも、神様の心、大事にして、そのままにしといてあげなはれ。古い物を大事にする、その心がけだけは大切にしてな。」

2013年1月27日日曜日

墓場からのお知らせ

秋雨前線が停滞し、雨続きの鬱陶しいお天気の毎日ですが、皆様、いかがお過ごしですか?
健康状態、大丈夫ですか?
もうそろそろ・・・なんて思われていません?
ご気分はいかがです?
暗い雨雲の下で、ものすごく滅入っておられませんか?
よろしければ、当方にお越しになられませんか?
気分転換になりますよ。
きっとお友達にも出会えます。
みなさんに喜んで頂けますよ。
どうぞ、お越しください。





○月○○日、午前9時に ・・・駅前でお待ちしております。

ご用意して頂く物: 草刈り鎌、軍手、あればスコップ

箒、ちり取り、ビニル袋は当方でご用意致します。

凸凹墓園

もうすぐお彼岸です。

正当防衛

「あれは酷い・・・」
「ええ、私も同感です」
「・・・害者は?」
「ショック状態で泣いてばかりいましたが、先ほどから落ち着いてきた様子です。」
「犯人は、当初空き巣目的でこの部屋に忍び込んだと言っていたな?」
「はい。そこに被害者が帰宅したので、犯人はクロゼットの中に隠れました。すると、被害者が着替えを始めたわけで・・・」
「ムラムラっときた男は、クロゼットから飛び出して、彼女に襲いかかった、と言うことだな?」
「はい、被害者と犯人の証言は一致しています。」
「当然、彼女は抵抗した・・・」
「はい。」
「犯人は?」
「まだ暴れています。四人がかりで押さえつけているんです。」
「無理もないだろう。あんな目に遭ったのだから。まだ、全部抜けてないんだろ?痛いだろうな。」
「しかし、彼女も死にものぐるいだったんでしょう。レイプされかけたのですから。あの程度で済んで、良かったと思うべきですよ。」
「しかし、哀れな気もするなぁ・・・」
「ええ・・・」


「急所にサボテンか・・・」

電話帳登録

 麻美の携帯電話には、城山の番号が登録されている。僕がそれを知ったのは、去年のクリスマス。訝しむ僕に彼女は言い訳した。
「仕事で躓いた時、いつでも助けてもらっていたから、お守り代わりなの。」
 城山には僕も随分助けられた。だけど、もし城山がまだ生きていたら、僕はあまりいい気分がしなかっただろう。婚約者が携帯に僕以外の男の番号を 登録していたってかまやしないけど、城山は彼女の元カレだったからな。亡くなってしまったし、僕の親友でもあったから、僕は気にしないことにしていた。僕 はあいつと麻美を張り合った訳じゃない。あいつがいなくなってからお互いに接近したんだ。あいつがいなくなった穴を埋めたくて言葉を交わすうちに。
 今日の仕事に出る時、ドジなことに僕の携帯は電池切れだった。充電器にセットするのを忘れていたんだ。だから、麻美が自分のを貸してくれた。彼女も職場が同じだから、必要な同僚や上司の番号が入っている。機種も同じだから操作に迷うこともない。それに
「城山君が守ってくれるから」
麻美は祈るような目で僕を見つめながら渡してくれた。

 昼前から降り出した雨は1時間もたたないうちに集中豪雨と化し、河川はたちまち警戒水位を超えた。大川の中州に取り残された人々の救出に当たっ た僕らは雨と風と闘った。強風の為にヘリが飛ばさないので、ロープを撃ち込んで中州と岸辺をつなぎ、釣り人たちを一人ずつ抱えて流れを横断した。
最初に救出に当たった僕は、最後の仲間が戻って来るのを岸辺で待っていた。
 風の中で携帯の呼び出し音が聞こえた。任務遂行中に誰だ? マナーモードにしていたはずだが?
 切るつもりで開くと、画面に発信者の名前が出ていた。目にするなり、ギョッとなった。

城山

 悪い冗談だ。僕は通話ボタンを押した。

「大木」

 城山の声がした。僕は自分の耳が信じられなかった。切ろうとした時、城山の声に似たヤツが言った。

「土石流が来る。最後の救出が終わったら、即刻岸辺から遠ざかれ。国道まで上がるんだ!」

 僕は雨で視界の効かない上流を見た。山がふくれている様に見えた。
僕は叫んだ。

「すぐに国道まで走れ! ここは危険だぞ!!」

 僕らが全員国道のアスファルトの上にたどり着いた時、轟音が響いた。
山が抜けた。

 着信記録には、城山の番号がしっかり残っていた。だが、あれからリダイヤルしても、「お客様がおかけになった番号は現在使われておりません」とメッセージが流れるだけだった。
 だが、僕も麻美も、信じている。あれは、確かに城山がかけて来たんだ。
石切場の土砂崩れのレスキューに行き、二次災害で遭難した僕らの城山が。

2013年1月21日月曜日

もしもピアノが

そこは、大きな家だった。
部屋数なんて無数にあって、よりどりみどりだった。そこで、母さんは好きな場所を選んで、寝室をこしらえて、僕らを産んだんだ。
家の前では、人がしょちゅう行き来していたけど、僕らのことは気づかなかった。みんな、この大きな家に無関心だっただね、きっと。
無責任だね、こんな大きなもの、こしらえて、大金はたいて購入して、飽きたらほったらかしなんだから。
でも、お陰で僕らは難なく安全な家を手に入れたから、良かったんだろう。
僕らは少し大きくなると、家の中を走り回って遊んだ。母さんが「静かになさい」と注意しても、僕らはきかなかった。
そしたら、外で問題になったらしい。
「あの部屋から、音がするんです。誰もいないはずなのに」
意を決した様な真剣な顔で近づいてくる人を見て、僕らは息を潜めていた。
母さんが心配した通り、良くない事態になった。
母さんは僕らをつれて大急ぎで引っ越した。
その直後だった、家の正面の大扉が開かれたのは・・・。

「奥さん、駄目じゃないですか、ちゃんと毎日弾いてあげてくださいよ。年に一回は調律もしてやらないと・・・え? なんだ、これ?

奥さん、これは、ネズミの巣ですよ! ピアノの中にネズミの巣がありますよ!」

2013年1月20日日曜日

お〜い! 夏だよ!

川村先生が右手に長靴、左手にデッキブラシを持って笑って言った。
「そっか、夏か!」
ボクもつられて笑った。

ボクらが勤務する学校は、毎年プール開きの前のプール掃除を新任教師がすることになっている。音楽の川村先生はボクと一緒に4月にこの学校に赴任 してきた。出身地も出身大学も教科も、そして年齢も違うけれど、ボクと妙に気が合った。プール掃除を新任教師がするのだと、着任早々に先輩から聞かされた 時、ボクらはある約束をした。

プールは校舎の横の松並木の向こうにあって、校舎からは見えない。よく晴れた土曜日の午後、ボクたちは女性教師3人と一緒にデッキブラシでプール内部を磨き、プールサイドを掃き、水を流し、更衣室を掃除した。
手の空いた先輩教師も数名手伝ってくれたので、2時間ばかりで終わった。
「ありがとうございました。後の水入れはボクたちでしますから。」
川村先生が丁寧に挨拶し、ボクも頭を下げた。
「そんじゃ、頼むわ。終わったら、私の机の右上の引き出しに入れておいてくれ。ちょっと時間がかかるから、終わったら帰ってもらっていいから。」
教頭がバルブの鍵を渡してくれた。

みんながいなくなると、川村先生とボクはプールに水を入れた。もの凄い勢いで水が噴き出し、プールに満ちていく。初夏の太陽の下で、水面がキラキラ光った。川村先生もボクも、辛抱しきれなくなった。
二人で更衣室に飛び込み、服を脱いだ。二人とも海パンだった!
生徒はいない。期末試験の前だから、部活が休みで全員よい子になって自宅で勉強しているはずだ。だから・・・。

 川村先生とボクは、子供に返ったみたいに水の中ではしゃいだ。入れ立ての水は思いの外冷たくて、あまり長く浸かっていられなかったが、掃除でかいた汗を流し、夏本番に向けてウォーミングアップのつもりで小一時間泳いだ。

 次の月曜日、ボクは「体調不良」で少し遅れて出勤した。川村先生も遅れてきた。二人で赤く腫れた手や腕を見比べ、皮膚科でもらった塗り薬を見せ合った。

新しい水を入れたばかりのプールで泳いだ後は、すぐにシャワーを浴びて塩素を落としましょう。

ドジな教師二人からのアドバイスです。

遠い雷鳴

 珠子は雷が嫌いだった。ただ嫌いではない。ピカッと光ったら、もう一歩も動けなくなる。幼なじみで夫の太郎は、きっと小さい頃、遊んでいた公園の木に落雷したのを、目の前で見たからだろうと思った。
 小学校でも中学校でも、珠子は雷が鳴ると硬直してしまった。それはもう教師の間でもすっかり有名になって、雷が鳴ると珠子は特別に扱われた。つ まり、教科書の音読を免除されたし、体育も見学だ。級友たちも知っていたから、からかうけれど、やっかみはしなかった。珠子は、雷がなければ闊達で面倒見 の良い友達だったから。
 高校も大学も雷なしで過ごせなかったけど、なんなくやり過ごした。会社勤めの時は、さすがに辛かったらしい。社会人には、雷なんてなんてことないと考えられていたから。
だから、太郎は彼女を守るために早々に結婚した。
 母親になると、珠子は子供の為に必死で恐怖と戦い、耐えた。土砂降りで雷が暴れる日も、傘を持って子供を迎えに走った。太郎も彼女の努力を評価し、しかし歳月とともに彼女は雷に平気なんだと思うようになった。
 孫が出来て、もう人生もおおかた過ごした頃、珠子は故郷の墓参りに行った。仕事で同行出来なかった太郎は、今でも彼女を一人で旅立たせたことを後悔している。
 そう、彼女は一人で旅立った。

 墓地で夕立に遭い、雨宿りした立木に落雷して、亡くなったのだ。

「うちのヤツは、きっと生まれた時から、自分がどうやってあの世に行くのか、知ってたんだと思いますよ。」

 蝉時雨の暑い夏の午後、太郎は縁側で冷たい麦茶を勧めてくれながら、そう言って寂しそうに笑った。
真っ青な空の端っこには、白い入道雲がもくもくとわき出てくるところで、そのうち夕立がくるだろう。
珠子が逝って三回目のお盆だった。

2013年1月19日土曜日

筋向かいの空き家の話

 あの家に住んどぉたったお婆さんは、先の春に交通事故で亡うなりはったんよ。ほれ、国道の横断歩道を渡りよぉたってな、あと一歩で渡りきるちゅう時に、走って来よったトラックに轢かれてしもうたん。え? 新聞に載っとった? そうそう、その事故や。
 気の毒に、一人暮らしやさかい、身内は遠い四国で、葬式にはるばる来よたったんや。その時、家財を持って往ぬるのは無理やから、言うて、要る人にただであげる、って言うちゃったんや。
 せやから、近所のもんがみんなで分け合って持って帰ったんやけど、その時にな、声が聞こえたんやて。
「あれ、まだ使うのに、持っていきよる。」
とか、
「あんな物持って行かれたら困るわぁ。生活出来んやんか。」
とか、お婆さんの声で言うとったんやて。
 斜め向かいの奥さんは、見えん物を見る人で有名やろ? 朝方、何気なく窓からお婆さんの家を見たら、むこうの窓からもお婆さんがこっち見とったったんやて。 庭を歩いとるんも見たそうや。
 奥さん、それはもう怖うて怖うて、もう窓の外、よう見ん、ちゅうて震えてはったわ。

 どうもな、お婆さん、急に死によったやろ? きっと死んだっちゅう自覚がないんやわ。せやから、家に帰ってきて、うろうろしよってんや。
 家か? あれは町営の住宅やから、家財を全部出したら、役場の人が来て入り口に板打ち付けて、勝手に出入りせんようにしてしもた。釘を打ちよる時に、お婆さんが
「そないなことしたら、家に入られへんやんか。」
て言うとったらしいけど、役場の人には聞こえんかったんやて。

 それからな、もう声聞こえんようになったらしいわ。四十九日済んだし、お婆さん、極楽なんかどっかその辺なんか知らんけど、もうあの家から出て行きよったみたいや。
 あんたの後ろ、座っていいへん?



ほんまにあった話なんやて・・・

曼珠沙華



和歌山のある町には、彼岸になっても彼岸花を見ることがない。
こちらでは、秋になれば田圃の畦道に真っ赤な花が並ぶのに。
「昔、日本はアメリカと戦争をして」
と老女が語った。
「曼珠沙華の毒で毒薬爆弾を作ってアメリカに落とすんだ、そうすればアメリカに勝てる、と軍から通達があって、町中で曼珠沙華を掘り返して、供出した。
本気で勝てると信じていたのか、わからん。
だけど、町中の曼珠沙華はお国の為に出征して行った。
そんな訳だから、この町には、今でも彼岸花は咲かない。」

2013年1月15日火曜日

顔を泥だらけにした女の子がいた。きちんとパーティー用の服装をしているのに、顔だけ汚れている。親はどうしたんだ、と思いつつ、注意した。

「ちゃんと鏡を見て綺麗にするんだよ」

夜のパーティーだから、子供はほとんどいなかったが、同伴してくる親もいない訳ではない。きっと子守が見つからなかったのだろう。
その子は10歳ほどに見えた。おめかししているのに、顔だけ汚れている。

「だって、鏡を見るの、怖いんだもの」

と言った。

「どうして?」

「怖いものが映るの」

「何かな?」

「おじさんなの」

要領を得ないので、その子を連れて会場を出て、トイレに行った。男子トイレに女の子を連れ込むのは、あらぬ疑いをかけられる恐れがあったので、入り口のドアを大きく開いたままで、子供を鏡の前に連れて行った。

「ほら、何も映っていないだろ・・・」

そこで、ボクは絶句した。
鏡の中に映っていたのは、ボク一人。ボクの前に立っている女の子は鏡の中にいなかった。

「ほら・・・」

女の子は鏡の中のボクを指さして言った。

「おじさんが映っているでしょ?」

ドアがバタンっと閉まった。

安藤家の話

心霊写真家の新藤氏の元に、一通の封書が届いた。
それは安藤某とか言う女性からの手紙であった。
「突然お手紙を差し上げ、失礼致します。
私はR市に代々住まいしております安藤と言う者です。
新藤様のご活躍はいつもテレビで拝見しております。胡散臭い心霊研究家が多い中で、新藤様の写真鑑定はいつも信じるに足る説明がなされ、視聴していてとても気持ちが良いです。
それで、大変厚かましいお願いですが、私の実家安藤家を鑑定して頂けないでしょうか。
と申しますのも、我が安藤家は4代続いて女系でありまして、曾祖父、祖父、父、そして私の夫は全て婿養子です。女しか生まれない家系なのではござ いません。女しか育たない家系なのです。聞くところに依れば、曾祖母にも祖母にも男の兄弟がいたそうですが、どれも5歳になるかならぬかで亡くなっており ます。私にも叔父となる人がいたはずなのですが、4歳で亡くなっています。
また、私自身、兄と弟をそれぞれ4歳で亡くしております。
全て、事故死です。それも、首から上の怪我で死亡しております。
私には、安藤家が呪われているとしか思えません。
どうか、この呪いの元を探り、断ち切って頂けないでしょうか?
誠に勝手ながら、切ににお願い申し上げます。
私には、生後3ヶ月の男の赤ちゃんがいるのです。」

新藤氏は、忙しいスケジュールの合間に尋ねて行こうと考えた。秘書に話すと、彼女が提案した。
「テレビの企画に持ち込みましょうよ。」
安藤家の手紙の主に打診すると、「来て頂けるなら、テレビでもかまわない」と言う返事だった。それで、場所や家を特定されるような物は撮影しないと言う条件で、テレビ局にも取材を許した。

安藤家は、書状通り、古い家柄だった。屋敷も広大で立派だった。婿養子たちが頑張って財産を減らさぬように努力してきたのだ。しかし、家の造りは お世辞にも霊的には巧くなかった。風水やら家相やら地相やら、ありとあらゆる悪霊封じの為の庭園造営やら家屋の建築が入り交じり、相互に効果を相殺しあっ ていた。
だが、新藤氏は、それらが後継者夭折の原因とは思えなかった。安藤家に生まれる男児をことごとく5歳迄に死に至らしめる霊力を感じ取れなかったのだ。
それでは、原因は家屋の中にあるのか。
新藤氏はテレビカメラを引き連れ、家の中に入った。応接室、仏間、台所、食事室、どこも立派で、しかし怪しい物はなかった。
ところが、主の書斎の入り口迄来て、そこで新藤氏はものすごく禍々しい気を感じ取った。「この中だな」
ドアを開くと、彼は室内の装飾品美術品の中で、燦然と輝く一降りの青竜刀に目を奪われた。彼の脇の下から汗がにじみ出て、額からも脂汗が浮き出た。
「あの刀は、いつからここにあるのですか?」
安藤家の人々は困惑して互いに見合った。
「それは、曾祖父の父親が明治の初期に台湾へ渡った時、手に入れたそうです。」
新藤氏は気力を振り絞って青竜刀に近づいた。刀にはかすかな刃こぼれと曇りが認められた。
「この刀は人を斬った刀です。恐らく、幼い男の子の首を刎ねたのでしょう。子供の怨念が残っています。これは、ここに置いてはいけません。すぐに華僑の知り合いに頼んで台湾の寺院に送り、そこで供養してもらいます。よろしいですね?」
安藤家の人々から異論は出なかった。
新藤氏は提案通り、青竜刀を台湾人に預けたが、刀はあちらにの税関でひっかかり、それきり行方不明になった。
安藤家の子供は無事に成長しているが、呪われた青竜刀は未だ不明のままである。

2013年1月9日水曜日

眠れぬ夜に

ちょっとしたお茶会で知り合ったイギリス人から聞いた話。

 ロンドン郊外で、ある人が畑をつぶして民宿を建てた。ところが、宿泊客たちは、よく眠れないと苦情を言った。部屋は新築で綺麗だし、エアコンも 付けた。料理だって、イギリスにしては美味しい方だと自負していたので、「眠れない」と言う苦情は、経営者にとって予想外だった。ベッドだって寝心地の良 いものを選んだし、布団だって清潔だ。客は何を不満に思うのだ。
 経営者は友達に頼んで泊まってもらった。
翌朝、友達は寝不足の顔で彼の部屋に来た。
「夜中中、うるさくって眠れやしない。」
「何がだ? 周囲には音をたてるような施設はないし、君の部屋の隣は空いていた。第一、うちの民宿にはテレビは置いていないんだ。」
「そんな音じゃないんだ。足音やら話し声が聞こえるんだよ。」
「誰も夜中に歩き回る様な人はいない。」
「それじゃ、今夜、僕と同じ部屋で寝てみるがいい。」
そこで経営者は、初めて客が寝不足になる部屋で寝た。

真夜中。
ザック・・・ザック・・・ザック・・・
それは、たくさんの軍靴の行進に聞こえた。
馬のいななき声や、男たちの話し声。
経営者は、毛布を頭の上まですっぽりと被ったが、音は耳に入ってきた。
眠気が失せ、彼はそっと毛布から顔を出し、勇気を出して目を開いて見た。

兵隊が見えた。それもイギリス軍ではない、古代ローマ人の兵隊だ。何十人、何百人と彼が寝ているベッドの横を歩いていくのだ。彼は呆然として行軍を眺めた。こいつ等は、どこから来た? どこへ行くんだ? 何故、ここに・・・。
彼は奇妙なことに気がついた。兵隊たちは、床の面を膝で歩いていた。膝から下が床で見えなかったのだ。だから、彼らの頭がベッドの上で見ている彼のすぐ目の前にあった。何故なんだ?

翌朝、彼は街の考古学者を訪ねた。学者は彼の話に興味を持ち、民宿の床を掘り返しても良いか、と尋ねた。どうせ商売あがったりなので、経営者は許可した。
学者は弟子たちと共に、民宿の床を掘り返した。床から30cmから50cm下に、石畳があった。それは、畑から民宿の角部屋を横切り、表の通りへ伸びていることがわかった。

ローマの兵隊は、自分たちが敷設した街道を行軍していた。現在の地面ではなく、律儀に自前の道路を歩いていたので膝から上しか見えなかったのだ。
彼らの行く手、遙か南の彼方にはイタリアがあり、ローマがあった。
故郷を遠く離れた「野蛮人の国」ブリタニアで戦死した兵隊たちが、故郷ローマを目指して毎晩行軍していたのだった。

その人は、民宿を移動させ、行軍の邪魔をしないように取りはからった。跡地は土を取り払い、古代街道が見えるようにすると、急に「幽霊の行軍が見られる民宿」として知られるようになり、客が来るようになったのだそうだ。

2013年1月7日月曜日

遠藤家の話

心霊写真研究家の新藤氏の元に、一通の封書が届いた。差出人は遠藤某とか言う男性で、とても困っていると言う。
内容はこうだ。
遠藤家では、その地元に古くから住まいする農家で、5年前に家を改築し、庭も建物も新しく造り直した。家相も風水も万全にチェックして建てたのだ が、入居して間もなく父親が病に倒れ、長期入院するはめになった。母親は看病疲れで体調を崩し、現在は他家に嫁いだ娘(差出人の妹)の世話になっている。
差出人の妻が父親の面倒を見ているが、やはり疲労が溜まってきて、最近は夫婦仲もよろしくない。子供たちもそんな家庭の雰囲気に嫌気がさしたのか、外出が多く、まだ成人していないのに家を出たいと言う。
「何が我が家を苦しめるのだろう、と家の写真を撮りました。どうかご鑑定ください。」
 新藤氏は同封された写真を見たが、綺麗な家はどこも悪いような感じはしなかった。そこで現場を見るために、遠藤家に連絡を取り、訪問することになった。

 駅に出迎えた遠藤氏は目の下に隈ができて、やつれていた。すっかり疲れた様子だ。新藤氏はいろいろと質問をしてみたが、これと言って霊的な障碍が出ているようにも思えなかった。
 ところが・・・
遠藤家の前まで来た瞬間、新藤氏は全てがわかったような気がした。
彼は白い石造りの門柱を撫でてみた。どっしりとした大きな四角い細長い石で、ひやりと冷たかった。
「この石はどこでお求めになりました? 昔からここにあったのですか?」
「いえ、それは、山で拾ったんです。」
「拾った?」
「ええ、うちはタケノコ山を一つ持っていまして。山と言っても、小さい丘なんですが、そこを宅地にする為にブルドーザーで削った時に、土の中から 大きな石がごろごろ出てきましてね、これが綺麗な形で二つ対になっていたものですから、門柱に都合良かろう、と運んできたのです。これが、何か?」
新藤氏は険しい表情を見せた。
「土の中から出てきたのですね? これは恐らく、石室か石棺の一部ですよ。」
「せきしつ? せっかん?」
「石の棺桶です。つまり、古墳の一部ですよ。そのタケノコ山は、古墳だったに違いありません。」
「じゃ、これは墓石なんですか?!」
「厳密には違いますが、それに近いものです。個人のお宅に置くような物ではありません。」
「じゃ、これが我が家に祟っていたのですか?」
「恐らく。これがあった元の山はどうなりました?」
「もう削って売ってしまいました。今は新興住宅地になっていますよ。」

新藤氏は、石をしかるべく寺院か神社に奉納し、お祓いをしてもらうようにアドバイスした。
その後、遠藤家では、父親が奇跡の回復を見せ、母親や妻も元気になった。親たちが元気になると子供たちも戻って来たと言う。
しかし、新藤氏は、それで解決したとは思えなかった。

削られた古墳の他の石や土がどこへ運ばれたのか、依然として不明だからだ。
あなたの家の庭石や、土はどこから来ましたか?

2013年1月4日金曜日

麦畑

 激しい衝撃。破壊音。


やってしまった!

運転席から飛び出した俺は、路面にくの字に体を曲げて横たわる老婆を見つめていた。俺のピックアップと彼女の間にはぐしゃりと潰れた自転車が一台。
俺は老婆の首筋に手を当てた。脈を感じ取れなかった。

死なせてしまった・・・

急に世界が俺から遠ざかり、俺は空中に彷徨っているような錯覚に陥った。なんとかしなくては・・・刑務所に入るのは嫌だ・・・
俺の心がそう叫んでいた。

俺は周囲を見回した。一面の麦畑。黄金色の穂が爽やかな5月の風に波打っている。麦秋。
老婆はベージュのセーターを着ていた。古くてよれよれだったが、昔は上等の物だったのだろう。パンツも仕立ての良いスラックスだ。麦畑の色にそっくりで、俺には彼女が道ばたを走っているのが、見えなかったんだ。
血は出ていなかったが、もう彼女は生きていなかった。
俺はもう一度周囲を見回した。
誰も見ていない。
俺は、老婆と自転車をピックアップの荷台に載せた。

それから毎日、俺は脅えて暮らした。電話の音、パトカーの赤色灯、交番、横断歩道で小学生を見ている巡査。
いつか俺をひき逃げ犯として逮捕しに現れるはずだ。
俺は毎日新聞をチェックし、テレビのニュースを見た。
しかし、どこにも交通事故のことも、老婆の死体が発見されたとも出ていなかった。
いや、それどころか、行方不明になった老婆のことなんか、どこにも書かれていなかったし、探していなかった。

俺の恐怖は疑問に変わっていった。
婆さんが一人いなくなってしまった、てぇのに、誰も気にしないのか?
婆さんには家族がいなかったのか?
友達はいなかったのか?
隣の人は、婆さんが帰ってこないことを気づかないのか?
誰も警察に通報していないのか?

あの婆さんは・・・誰なんだ?

俺は麦畑のはずれの林に行った。そこに行くのは、あの日以来初めてだ。
俺は婆さんを埋めた場所を探した。
夏草が生い茂って、どこだったか、見つけるのは容易ではなかった。
どうにか、ここだろうと見当を付けて、俺はそこに花を置いた。

ごめんな、こんな寂しい処に埋めてしまって。
これから毎日、俺がここに来るから。

草刈り

わしが若かった頃の話じゃけど。

田んぼの畦で草刈りしとったんじゃ。田植え前の、ぽかぽか陽気の日で、ええ気持ちで草刈っとったら、巳さんがおってな。鎌首もたげてこっち見よるさかい、鎌ですくい取って、後ろへポンッと投げたんや。

そんならなぁ、そこへうちの嫁さんがチャリンコで来よった。チャリの前篭にお茶やらお菓子やら入れてな、わしに休憩さそ、思うて、来たんやな。
その前篭にな、わしが放った巳さんが、まともに入りよったんや。
嫁さん、「ウギャ~!!」ちゅうて、この世の者とも思えん悲鳴上げよってからに、チャリを放り出して逃げて行ったんや。

三日ほど、口きいてくれへんかったなぁ・・・。

ノリオからのメール

元気かい? シズエ!

やっと親を説得して君に会ってくれることを承知させたよ。
頑固だけど人を見る目はある親だと思うので、是非会ってやって欲しい。
ボクは君と一緒にいる時が最高に楽しいし、それをわかってもらえると思うんだ。君はボクをどう思ってくれているだろうか?
ボクたちは、結婚したらきっとうまくやっていけると信じている。
だから、メールで言うべきではないとわかっているけど、書かずにはいられない。
ボクと結婚してくれ!

あー、書いてしまった。ちょっと君の返事が怖いな。wwww
では、明日・・・

 ノリオ



ノリオさんへ

申し訳ありませんが、あなたとは結婚出来ません。

チズエ

ps. アドをよく確かめて送信してください。

一大事

 花子さんが友達とデパートに買い物に行き、トイレに入りました。
そそっかしい人だったので、用事を済ませてから、トイレットペーパーがないことに気が付きました。
 予備のロールさえなかったのです。
 花子さんは思わず隣のボックスに入っている友達に声をかけました。

「紙がないわ!」

 すると、ドアの下から白い手が出てきて、

「どうぞ」

とポケットティッシュをくれました。
花子さんは「ありがとう」と受け取って、ティッシュを使いました。

水を流してから、花子さんは外に出ました。
外には誰もいませんでした。
そこで初めて花子さんは大変なことに気が付いて悲鳴を上げました。
集まった人々に、花子さんは顔を真っ赤にして言い訳しました。

「化繊入りティッシュを使ったので、トイレが詰まってしまったわ!!」

地球防衛軍・自称

我等が地球はエイリアンに占領されようとしている。
彼らはGWが終わった頃から突然我らが領土を侵略し始めた。
とにかく、目のつく所、至る場所に彼らははいずり回っている。
即刻撃退せねばならん。
ハヤタ隊員、君は至急、薬局に行き、迎撃薬品を購入するのだ!
諸星君、君は割り箸でもなんでも良い、早急に連中を確保し、塩漬けにせよ!
私か? 私は傍観している。近づくのもイヤだからな。
健闘を祈る!!



課長・・・ずるいですよ、いくらナメクジが嫌いだからって・・・。

memory

CDーROMに新たな書き込みが為された。音声の再生時間は30分だが、記録されるべき「音」は正味7分足らずだ。
しかし、これは決して忘却されてはならない音なのだ。何故なら、これは、この地球上に確かに存在していた民族の、最初で最後の記録だからだ。

国立民族学研究所のスタッフの所に、掃除のおばさんが一羽のインコを持ち込んできたのは、半年前のことだった。おばさんは、そのインコが怪我をし て飛べないでいたのを保護して、獣医に診せ、自宅で世話をしていたのだけど、アパートでペットの飼育は禁止されていたので、あまり長く飼えないのだ、と 言った。管理人のお情けでインコの怪我が治る迄と言う期間限定で飼っていたのだ。インコが元気になると、おばさんはちょっと困った。インコは日本の野鳥で はないし、どうも暖かい国の鳥みたいなので、野外に放鳥するのは良くない、と考えたそうだ。ペット屋に持ち込むのは、なんとなく抵抗があったし、動物園 は、既にそう言う保護された鳥で手がいっぱいなのだそうで、鳥を託せる場所として、職場に持ち込んだ訳だ。
「何故、ここに?」
とスタッフが尋ねると、おばさんは真面目な顔で答えた。
「この鳥、外国語を喋るからです。」
確かに、ここは民族学の研究所で、私は言語学者だった。

緑色の綺麗なインコだったが、もうかなり歳を取っていた。片足でリンゴをつかんで囓るのが日課で、うつらうつらしていることが多かったので、おばさんが名付けた「うつら」をそのまま名前にした。
「うつら」は、おばさんが言ったとおり、何語かを喋った。さえずりではなく、確かに文法を持つ人語だった。食べ物をもらうと必ず二音節から成る一つの単語を発した。恐らく、「ありがとう」なのだろう、と思われたが、照合するにも似た単語を持つ言語がなかった。
 そこで、「うつら」のDNAを理学部に送り、棲息地を検索してもらった。その結果、「うつら」はアマゾン河流域の鳥だと判明した。アマゾンの原 生林には多くの先住民がおり、彼らは急速に減少している。外部からもたらされた病気で死んだり、開発に邪魔だと言うことで殺されたりするのだ。また、彼ら 自身も町へ出て、他の部族に吸収されてしまうこともあるだろう。
 アマゾンの言語を研究している現地の学者に聞いてもらう為に、「うつら」の声をCDに録音して、コピーを送った。あちらの学者も初めて聞く言語だと驚いていた。そして、さらにコピーを取って、各地で調査してくれたらしい。その結果、わかったこと・・・。

「87歳の老人が、昔奥地から嫁に来た母親が喋っていた言葉とよく似ていると言っていました。彼は、意味を理解出来るが、彼自身はもう喋れないそうです。その言語を喋っていた部族は、80年前に伝染病で死に絶えたんですよ。」

 老人が訳してくれた「うつら」の言葉。それは、

「ありがとう」
「神様に感謝します」
「獲物がたくさん捕れたよ」
「神様 助けてください」
「伝えてください 私たちがここにいたことを」

2013年1月2日水曜日

夜道の落とし穴

 夜のオフィス街はジャングルと同じ。物陰に野獣が潜んでいる。

 仕事が立て込んで遅くなったので、社屋から出たら11時になっていた。もうタクシーも通らない。寄り道せずに駅まで早足で行けば、終電に間に合 いそうだ。冷気が忍び寄る夜の道を歩き始めた。空は晴れて星が出ている。都会でも、星が見えるんだ、とぼんやり思いつつ歩いていると、ふと気づいた。足音 が二重だ。誰かが後ろにいる。
 ゾクッときた。つけられている? 人通りの多い駅前通りまで、まだ5分はかかる。走ろうか、それとも、振り返って顔を見てやろうか。
 迷っていると、いきなりすぐ横で声がした。
「次の角、左に曲がって!」
 ギョッとして目だけ動かして見ると、いつの間に並んだのか、女の人が一緒に歩いていた。私が顔を向けようとすると、彼女は言った。
「前を向いているのよ。気取られては駄目。」
さらに、
「歩き続けるの。走っては駄目よ。歩く速度を落としても駄目。気づかないふりをするの。」
と言う。口答えを許さない、しっかりした口調だったので、私は黙って歩き続け、次の交差点で言われた通り、左に曲がった。
 追跡者も曲がってくる・・・。

 彼女がまた囁いた。
「次の角を右に曲がるの。曲がったら走る。走って、地面に黒い物が見えたら跳び越えるのよ、わかった?」
 私は黙って頷いた。なんだか知らないけれど、ついてくる物は悪い者で、彼女は私を救おうとしているのだ、と感じた。
 目標の交差点で私は右に曲がり、ダッシュした。追跡者も走り出した。私は夢中で走った。怖くて、怖くて、随分長い距離を走ったような気がした。
背後の足音は確実に近づいて来つつあった。

 つかまる!

 そう思った瞬間、目の前の路上に、ビルの影よりも黒い陰が見えた。追跡者の息づかいが聞こえた瞬間、私は思いきりジャンプした。
走り幅跳びのように跳んで、アスファルトの路上にみっともなくも転げ落ちた。後ろで、「ギャッ」と叫び声が響いた。
 私は思わず振り返った。
 そこには誰もいなかった。あの女性も、確かに息づかいが聞こえた追跡者も、いなかった。ただ、私が跳躍した地点の辺りに、スニーカーが片一方転がっているだけだった。
 私は立ち上がり、駅まで無我夢中で走った。

 翌日、オフィス街が騒々しかった。私の会社と駅へ行く途中の脇道に、男性が倒れて亡くなっているのが発見されたそうだ。なんでも、高い所から転 落したような損傷を受けていたと言う。だけど、そこはビル街の中でも古い比較的低い建物ばかりの区画で、その男性の亡くなりようには説明がつかなかったと 言う。
 余談だが、その男性は、路上強盗と婦女暴行の容疑で警察がマークしていたそうだ。

密談 2

「来月の入札の件でございますが・・・」

「うん?」

「是非、当店にお任せを・・・」

「うむ・・・考えぬでもないが、やはり、その、なんだな・・・」

「はいはい、心得ておりますとも。おい、例のものを・・・」

「おお! これは!」

「はい、今朝手に入ったばかりのピチピチの粒ぞろいでございます」

「なんと! 美しい・・・瑞々しい肌、芳しい香り・・・」

「それに熟れた果実・・・でございましょう?」

「むむむ・・・つまんでみたいものじゃ」

「指で触れられる程度でしたら・・・大事な商品ですから・・・しかし、お奉行がお望みとあらば、このままご自宅まで送らせて頂きますが・・・」

「い、いや、それには及ばぬ。もし、妻に見つかれば大変なことになる・・・」

「では、こちらで?」

「うむ・・・」

「でしたら、あちらにお部屋をご用意させますから、後でごゆっくりと・・・」

「ふふふふ・・・」

「喜んで頂けたようですなぁ。 では、次回の入札の件、よろしくお願い致します。ライバルのとよのか屋、さちのか屋には絶対に負けたくありませんから。」

「イチゴ屋、おぬしも悪よのぅ」

「お奉行・・・」

「わしは、仕入れ部長じゃ」

2013年1月1日火曜日

翡翠色の

「どちらから来られたんですか?」
「大阪です。」

 クルマに乗り込もうとした時だった。彼女が話しかけてきた。
 まただ!

「どちらへ行かれるんですか?」
「上(かみ)の方へです。」

 地元の作業員に教わった通りに答える。決して「下(しも)」と答えてはいけない。

「お一人ですか?」
「仲間と一緒です。」

 一人なのだが、仲間が待っているふりをする。一人だと答えれば、どうするつもりなのだろう?と思いつつも、地元民の忠告を無視したりしない。

「私も行っていいですか?」

 ここでうっかり「はい」とか「いいえ」と答えてはいけない。どちらの返答も彼女は気に入らないのだから。明確な返答をしてはいけない。
振り返らずに答える。

「上へ行くのですよ。」

 彼女は黙り込む。想定外の返事だからだ。どう対処して良いのかわからなくなる。
 毎日、同じ質問をして、同じ返答をもらうのに、対処出来ない。
 その間にクルマに乗り込み、ドアを閉じる。エンジンをかける間も、そちらを見ないように気を付ける。見たいと言う誘惑が心に生じるが、負けてはいけない。
 エンジンがかかってクルマが走り出すと、ホッとする。彼女の声はもう聞こえないし、彼女も話しかけてこないから。
 クルマはヘアピンカーブを順調に走り、坂を上り、峠にさしかかる。そこでやっと見下ろすことが出来る。

 翡翠色の湖。

 自然石が川をせき止めてできた天然のダム湖だ。近年、その石がもろくなり、崩壊の危険性が出てきた為、それに先だって人工的に崩して、水を解放し、下流を水害から守ることに決まった。
 石のどこにダイナマイトを仕掛けるか、調査していたら、夕刻になって彼女が話しかけてきた。
 地元民から、既に忠告を受けていた。

あれは、翡翠色の水が話しかけてくるのだ、と。
決して、「下へ行く」と言ってはならない。上へ行きなさい。水は上がって来られないのだから。

引き込む

「これ、先週投身自殺があった橋ですよね?」

女性社員の声がしたので、振り返ると、M部長の机の周囲に若い社員たちが集まっていた。
またM部長の「展覧会」か、と他の社員たちは肩をすくめる。M部長の趣味はカメラで、腕もそこそこ、いくつかのコンクールで入賞して実績もある。 社内の写真クラブのリーダー的存在で後進の指導にもあたっているのだが、いかんせん、見せびらかすのも好きな人だ。それも勤務時間にわざとらしく机の上に 写真を広げ、誰かが気づくまで辛抱強く待っている。それまでに仕事をしていれば良いのだが・・・部長職というのは、暇なのだろうか?

 M部長は被写体を選ばない。花でも建造物でも人物でも、なんでも興味を引くものを撮影する。そして、今回は、近所の山のダムだ。
 このダム、まだ建設中なのに、中央に遊歩道用の橋を架けた途端、投身自殺者が出た。工事関係者は慌てて入り口を閉鎖したが、その後も続けて3人 が半月の間に飛び降りてしまった。「最初の人の霊が引き寄せているんだよ」とまことしやかな噂が立ち、建設会社も警察も施工主の県も困っている。

「そうそう、自殺の名所だよ。何か面白いものが写るんじゃないかって、撮ってみたんだがね」
 M部長、自慢げに語る。
「ほら、この岩ね、ここに激突したらしい。」
「いや~!」
「こわ~い!」
女子の悲鳴に気を良くする部長。趣味悪いな~と思いつつ、誰も声に出しては言わない。
 結局、心霊写真なんて撮れるようなデリケートな人じゃないんだって。

「M部長のご母堂様が亡くなったらしいよ。」
「お歳だったんだろ?」
「そうだけど、市民病院に1年ほど入院しててさ・・・」
「どこか悪かったの?」
「悪かったから入院してたんだろうけど・・・」
「けど?」
「飛び降りたんだよ、病院の屋上から・・・」


*****************************

残念ですが、実話です。

不在証明

捕虫網を持った人間が草むらをかき分けて歩いて行く。
ボクは葉っぱの裏に留まってじっとしている。
彼らが誰を捜しているのか知らない。
食べる為に捕まえるのだろう。だって、生物が生物を捕まえるのは、それが目的なんだから。
だから、ボクはじっとしている。
人間の目標が誰だろうと、見つかる訳にはいかない。


100年以上前の外国人の標本に、一匹のカミキリムシがある。このカミキリムシは県北部に分布していて、南部では確認されていない。この昆虫は羽根が退化して飛べない。だから、外国人が捕獲したと言う南部の山に住んでいるはずがないのだ。
こうして何年も昆虫学者が探し回っているが、誰も捕獲どころか見かけたこともない。
だから・・・

「いないのだ!」

と公式発表することが、なんと難しいことか!
「いる」と発表する方がどんなに簡単か!捕まえて公開すれば良いのだから。
だけど、「いない」証明は出来ない。探し回って、「見つかりませんでした」だけでは、世界の昆虫ファン、昆虫学者は納得しない。
あの外国人が標本を作り間違えたと言う証明が出来なければ、学者たちは永遠に探し続ける。

さっさと行っちまえよ。
草食べに行きたいんだからさ。
飛べないんだから、ボクは歩かなきゃいけない。美味しい草のあるところまで、今日も移動するんだぜ。