2013年10月17日木曜日

赤竜 1 その35

「よくも私を撃ったな。」
 彼女は軽く床を蹴り、フワリと宙に浮かび上がった。クーパーが無我夢中で銃を撃ち続けた。ビッテンマイヤーが叫んだ。
「止めろ、災いはこちらに来る!」
 レインボウブロウの翼が二回羽ばたき、クーパーと老人が大声を上げながらオフィスへ逃げ込んだ。彼女が追いかけ、ドアが閉まった。オーリーはイヴェイン をテーブルに戻して、彼らを追いかけた。彼がドアノブを掴んだ時、オフィスで凄まじい人間の声が上がった。断末魔の悲鳴、と言う表現がピッタリの、恐怖と 絶望に満ちた叫びだった。オーリーは夢中でドアを開いた。
 同時に、オフィスの通路側のドアが破られ、下にいた警備員が駆け込んで来た。
「何があったんです、ミスター・・・」
 彼は室内の光景に絶句した。オーリーも立ち竦んでしまった。
 割れた窓ガラスの下で、クーパーが倒れていた。正確にはクーパーの胴体と手足だけだった。首から上はなかった。ガラスに血がベッタリと付いていた。クーパーの横で、車椅子に座ったビッテンマイヤーが放心状態で死体を眺めていた。

 警察はオーリーの説明にあっさりと納得した。クーパーのオフィスの続き部屋には大量の阿片系の麻薬が隠されており、イヴェインは煙を吸わされて昏睡状態 になっていた。クーパー弁護士とビッテンマイヤーは自分たちの麻薬所持がオーリーに見つかりそうになったので、オーリーを始末しようと図ったが、そこで二 人の間で意見の相違が出来た。
二人も麻薬の煙を吸っていたので、感情に抑制が利かなくなり、諍いが高じて互いを窓に押しつけ遭って争った。そして、ガラスが割れて・・・。
 警備員の証言も、オーリーを助けた。彼は階下の監視モニターでビル内を見ていた。弁護士の部屋は全て映し出されている訳ではない。依頼人のプライバシー を守らねばならないし、弁護士たちも常時監視されるのを嫌ったので、カメラは入り口と部屋のごく一部しか撮さない。警備員はクーパー弁護士とビッテンマイ ヤー社長がもみ合いながら続き部屋から出て来るのを見た。二人が銃を持っていたので、ただ事ではないと判断して、エレベーターに飛び乗った。彼がドアを 破ってオフィス内に駆け込むと、続き部屋からワールウィンド刑事が飛び出して来たところで、窓が割れてクーパーが倒れていた。そのすぐそばにビッテンマイ ヤーが茫然自失状態でいたのだ。
「社長がクーパーさんを椅子で衝いたんだ、きっとそうに違いない。クーパーさんは転んだ場所が悪かった、運が悪かったんだ。」
 検死官が路面に叩き付けられたクーパーの頭部を調べていた。オーリーは仲間から解放され、救急車の所へ行った。イヴェインが搬送されようとしていた。
「彼女は助かりますね。」
 楽観的希望を言うと、救急隊員が頷いた。
「煙で気絶しているだけだろう。注射や経口摂取じゃなければ、すぐ良くなるさ。」
 彼はもう一台の救急車を顎で示した。
「あっちの方が難しいだろうな。」
 そこではビッテンマイヤーが駆けつけた他の社員や弁護士に囲まれていた。まだ正気に返っていなかった。
 救急車を見送り、オーリーが自分の車を置いた場所に戻ると、レインボウブロウが黒いレザーブルゾンを羽織って、車体にもたれかかって月を眺めていた。彼が近づいても動かなかった。
「助けてくれて有り難う。」
とオーリーは声をかけた。
「何のこと。」
と彼女が月を見上げたまま言った。
 オーリーは彼女の横に位置を取り、自分も車体にもたれた。
「君が13階でイヴと俺を助けてくれたことだよ。」
「私が?」
と彼女はとぼけたが、オーリーは彼女の胸や腹部に血が滲んでいるのを見てしまった。そして、彼女の鱗状のTシャツが、Tシャツではなくて、彼女自身の皮膚なのだと初めて気が付いた。
「撃たれたんだろう。」
「直ぐ治る。毎度のことだから。」
「でも、手当しなきゃ。」
 レインボウブロウは首を振っただけだった。そしてやっとオーリーを見た。
「あなたの名前はオルランドと言う。」
 分かり切ったことを言われて、オーリーは面食らった。
「オーランドと発音するけど、綴りは同じだね。」
「私はオルランドを愛していた。」
「知っている。」
「ずっと、ずっと、愛していた、2000年以上前から・・・彼の地がガリアと呼ばれていた時代から・・・」
 世迷い言とは思わなかった。それは事実なんだ、とオーリーは知っていた。何故なのか知らないが、レインボウブロウが語ることが真実だと知っていた。
「君は何人のオルランドと暮らしてきたんだい。」
「何人だろう・・・」
 彼女はまた月を眺めた。
「オルランド・ソーントンはもう長くないことを知っていた。次のオルランドが現れるのを待つことが出来ないことも知っていた。だから、私が魂の清らかさに 惹かれて拾って帰った娘を繋ぎの継承者に指名した。彼自身の死が真の継承者を呼び寄せることになるとも知らずに。」
 オーリーは彼女と視線を合わせた。彼女が古い箱を差し出した。
「これはあなたが継承する物だ。」
 オーリーは箱を見つめた。
「何故、俺が選ばれるんだ。」
「選ばれるのではない。決まっていた、最初のオルランドがこれを手に入れた時から。全ての彼の子孫に、オルランドの名前を継ぐ男女に、これは受け継がれる。」
「俺が最初のオルランドの子孫?ソーントンと血縁関係があると言うのか?」
「今風に言えば・・・」
とレインボウブロウはさらりと説明した。
「DNAの何処かに一致する部分がある。3代前か、10代前か、もっと前に同じ先祖を持っているのだろう。」
「君にはそれがわかるってか?」
「私の鑑定ははずれたことがない。」
「鑑定と言えば・・・」
 重要なのかくだらないことなのか、定かでないものが残っていた。
「ソーントンが買ったタンスの抽斗にあった宝物って、何だったんだ。」
 レインボウブロウが初めて微笑らしき表情を作った。
「ラテン語で書かれた古い育児書。」
「それが、君とソーントンの出会いのきっかけだって?そもそも、君は何者なんだい。」
 その時、現場検証を終えた警官たちが撤収を開始した。
「オーリー、おまえも早く帰れよ、明日この事件の詳細を報告書にまとめてもらうからな。」
 同僚に言われて、オーリーは手を振って「承知した」と応えた。
 レインボウブロウが車体から身を起こした。少し顔をしかめた。
「ああ、久々に鉛弾を食らうと、体が動かしにくい。」
 オーリーも立ち上がって彼女を支える様に腕を彼女の背中に回した。
「やっぱり手当をするべきだよ。俺のアパートに来い。」
 彼女は素直に頷いた。
「いいよ、行っても。今からご主人様はあなたなのだから。でも、その前に・・・」
 彼女が彼の顔を見上げた。オーリーは見つめられてドキドキした。
「何だい。」
 彼女が甘えた声で囁いた。
「あなたのバスルームのバスタブ、もっと大きいのに替えられないのか?伸びをしたら、翼がはみ出すのだけど・・・」

    終わり

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