2013年10月14日月曜日

赤竜 1 その32

オーリーは壁の絵画を眺めた。甲冑に身を固めた中世の騎士が、怪物の首を切っている気持ちの悪い絵だ。人間 の形をした怪物は騎士より少しばかり大きくて、半裸で毛むくじゃらだ。騎士はそいつの髪の毛を掴んで中空に首を持ち上げて自慢している。首からは血が滴っ ていた。首無し胴体からも血が噴き出している。
「嫌な絵でしょ。」
と警備員が話しかけた。
「不気味なだけで、ちっとも綺麗じゃない。」
「誰の絵だい。」
「さあ、あたしがここに入る前からあったんですよ。」
「何かの物語を描いたみたいだな。」
 クーパーの声が背後から聞こえた。
「それは”ベオウルフ”ですよ。人食い鬼のグレンデルを英雄のベオウルフが退治するところです。」
 オーリーは旧世界の伝説には詳しくなかったが、イギリスの叙事詩は知っていた。
「ベオウルフはグレンデルの両腕をもぎ取ったんでしょう。首を切ったんじゃありませんよ。」
「絵の中のベオウルフが鬼の首を切っているのは、鬼の復活を阻止する為です。多少の作為はありますよ、芸術にはね。」
 クーパー弁護士の体からかすかにお香の様な匂いが漂ってきた。
「ところで、良い知らせとは何です。」
「それはね・・・」
 オーリーはどうすればイヴェインの無事を確認出来るだろうか、と考えた。
「ちょっと込み入っているので、事務所の方でお話したいのですが。」
 クーパーは彼を見つめた。
「ここでは出来ない話ですか。」
「そうです。」
 オーリーは捜査の時に使うはったりを使った。弁護士は無碍に拒否するのも賢明でないと判断したのか、頷いた。
「わかりました、散らかっていますが、私のオフィスにどうぞ。」
 二人はエレベーターに乗り込んだ。ケイジが動き始めると、オーリーは一番知りたいことを尋ねた。
「ところで、今日はミズ・カッスラーがこちらへ来られたと聞いていますが、どんな用件だったんですか。」
「依頼人の許可なしに仕事の内容は口外出来ません。」
 クーパーが素早く予防線を張った。オーリーは突っ込んでみた。
「彼女に仕事を紹介すると仰ったんじゃありませんか。」
 クーパーが微笑した。
「レインボウブロウからお聞きになったんですか。それなら、質問なさる必要はないはずだ。」
「それがあるんですよ。ミズ・カッスラーはまだ帰宅していない。」
「寄り道しているのでしょう。若い娘さんは遊びたいだろうからね。特に一夜で富豪になったことだし。」
「彼女はそんな傲慢な人じゃない。彼女はまだここにいるんじゃないんですか。」
 エレベーターが止まり、扉が開いた。
「何故そんなことを仰るのかな。」
 オーリーはクーパーより先に下りた。幸い待ち伏せはなかった。今のところは。
 弁護士が彼に続いた。
「彼女は私が紹介した仕事を自信がないと言って断った。ご存じでしょうが、彼女は貧困家庭の子供で、教育を満足に受けていない。まだ読み書きを習っているところです。私が紹介した仕事は秘書の様な内容だったので、彼女は尻込みしたのです。」
「では、彼女はここを出たと?」
「そう、5時にね。何故私が彼女をここに引き留めていると思われたのですか。」
 クーパーはオフィスのドアを開いた。

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