2012年3月17日土曜日

尾行 2

 終点(始発点とも言うわね)の次のバス停で、毎朝発車間際に駆け込んで来るメガネの小父さん。
 ネクタイ曲がってたり、乗り込んでから結んでたり、ソックス左右違うの履いていたり・・・おっちょこちょいの変な小父さんだと思ってた。
 大学入って、驚いた。
 だって、その小父さん、文化人類学の教授だったんだもの。
 文化人類学って、教養単位で、必須科目じゃないからって、友達は軽く見てるけど、それは間違いよ。こんなに面白い学問はないわ。
  それに、教授が凄いじゃない! バスの中じゃ冴えない中年なのに、教壇では私にとって未知の世界、知らない文化を詳細に解説してくれる。ドイツ語の本もフ ランス語の文献も原語で読んじゃうし、ボルネオの先住民の言語まで喋っちゃうんだ。それに説明している時の教授の目。キラキラ光って、玩具の話を夢中に なって語る子供みたいで可愛い。

 恋・・・なのかな。教授が好き。どんな家に住んでいるんだろ。どんな奥さん(・・・いるんだろうな、やっぱ・・・)と暮らしてるのだろう。
 知りたい、知りたい、先生の私生活、知りたい。
 
  たった一つバス停が違うだけなのに、教授が降りる停留所で降りられない。だって、客が少なすぎる。教授は私のこと、気付いていない。学問に夢中で学生の顔 を覚えられないのかって? 違う、違う、私が降りる終点まで乗る客が多いの。だから、私はバスの中では「その他大勢」で、教授は気付かない。だけど、一つ 手前で降りたら、人が少ないから、すぐ気付かれるだろう。
 どうすれば、先生と同じ所で降りられる?

2012年3月9日金曜日

尾行 1

 好きな女の子がいる。 同じ大学の文学部の学生だ。 色白で清楚な感じ。美人だし、物腰も優雅。どんな性格かな。偏見だけど、美人だから心も綺麗に違いない、と思ってしまう。
 だから・・・

 彼女がどこに住んでいるのかとか、どんな行動を取るのかとか、そんなことを知りたい訳ではなかった。
 彼女に話しかけるきっかけを探して、ただついて歩いただけだ。
 ストーカーだと思われないように、随分気を遣った。大学から駅までは、同じ道を歩いても怪しまれない。毎日目についても学生は大勢歩いているから、尾行しているなんて思わないだろう。
 電車が同じでも、平気だ。彼女が下りるT駅は、住宅街の中にあって、そこには学生用マンションもたくさんあるから、同じように下車してもおかしくない。
 問題はそこから。本屋だとか、コンビニだとか、彼女が立ち寄る場所をさりげなく通過したり、入ってみたり・・・。思い切って声をかければいいものを、勇気が出なくて・・・そしてとうとう・・・。

 今日、今、同じバスに乗ってしまった。
 乗る直前に気付いたが、この路線は市バス路線で一番短くて、他のどの路線とも交わっていない。バス停は5つだけで、折り返し同じ道を往復しているだけのローカル路線だ。 多分、乗客は互いに顔見知りで、誰が何処で乗り降りしているのか、知っているだろう。

 どうするよ? 住宅街だ。 降りてみても、何もない。 尾行しているって、まるわかりじゃん。
 やべ・・・彼女が振り返った・・・。

2012年3月8日木曜日

古文書

「この古文書を読み解いてください」

 と見知らぬ美女から、巻物の様な物を渡された。ごわごわした羊皮紙の様だ。力を入れると破れそうなので、静かに紐を解き、広げて見た。
 初めて目にする文字だった。何語なのか、さっぱり分からない。西洋の文字ではないし、アラビア語でもないし、漢字でもない。

「この文書は何処で?」

 尋ねると、美女は困った様に目を伏せた。

「図書館にあったのです」
「どこの?」
「この町の・・・」

 この町の図書館は文学専門じゃなかったのか?こんな考古学的資料など置いていただろうか。
 もう少しよく調べようと文書を注意深くめくってみた。
 ページの間に何か硬い物が入っていた。紙の隙間から取り出してみると、それは鱗の様に見えた。

「ああ、解いてくださったのですね!」

 彼女が嬉しそうに叫んだ。 なんのことか、と尋ねようと振り返ると、そこに彼女の姿はなく、一匹の竜がいた。

「有り難う」

 と竜が人語で言った。

「尻尾の鱗が挟まってしまって、自分では取れずに1000年間、その文書と共に過ごしてきました。誰もその文書を開こうとしなかったので・・・。
お陰で自由になれました。何か、一つ御礼を差し上げましょう。好きな物を仰ってください。」

 そう言われても、こっちは腰が抜けているから考える余裕もない。思わず口から出たのは、

「ううう・・・」

「鵜ですね!」
 竜はにっこり(?)笑って、鵜を三羽出すと、机の端に留まらせた。

「では、恩返しは済みました。さようなら!」

 竜は窓から飛んでいってしまった。

2012年3月5日月曜日

夜道

 これは「実際にあったこと」と人から聞いた話だが・・・。

 乾燥室で働くNさんが、ある夜、飲み屋で仲間と一杯ひっかけて、ほろ酔い気分で自転車に乗ってたんぼ道を家路についていた。
 竹藪のはずれで、道端に女の人が立っているのが見えた。近づくと、知り合いのスナック店員で、彼女も家路についているらしい。
 「今晩は。 一人で歩いて帰るの?」
声をかけたら、彼女が振り返ってにっこり笑った。
「あら、今晩は。うちはこの近くなの。心配しなくても大丈夫よ」
 そして彼女はこう言った。
「そちらも、お一人? 良かったら寄ってかない?」
Nさん、ちょっとどきどき。普段なら、そんな誘いに乗らないんだけど、酔っていたので、ついふらふらと・・・。
「いいの?悪いなぁ・・・」
 彼女の家は本当にすぐ近くで、座敷に上げてもらい、そこでまた酒とおつまみを出された。
 それからNさんがいよいよ酔いが廻って自転車に乗るのが辛いな、と思い始めた頃、彼女がまた誘った。
「良かったら、お風呂が沸いているから、入っていきなさいな」
 Nさん、遠慮無くお風呂に入った。ほど良く温かで、気持ち良くなって、お湯に浸かったまま、寝込んでしまった。

「あれ、Nさん、なんでそんなところに入ってるの?落ちたの?」

 誰かの大声で、Nさんは目覚めた。



 田んぼの中の、肥だめの中で・・・。

2012年3月4日日曜日

座っている神

気が付いた? あそこの電柱のてっぺんに女の人が座っているの、見える?
 電柱のてっぺんにお尻も足も載っけて膝抱えて座ってるの。白い着物きてるでしょ。幽霊なんかじゃない思う。だって、神々しく光っているもの。
 じゃぁ、何の神様かって?
 何の神様かなぁ・・・。

 神様、何を考えているのかなぁ。
 あっちの工場の方を見ているような気がする。
 あの工場、もうすぐ閉鎖されるんだって。親会社が製造基盤を外国に移しちゃって仕事がなくなったんだ。100人くらいかな? 失職しちゃうんだ。新しい職場ね・・・何人かは同業者が引き受けるらしいけど、それも若い人や、専門技術持った人だけだろ?
 残った人は辛いよね。家族もいるのにね。引っ越して行く人もいるんだろうね。

 ああ・・・工場の庭の隅に祠があるの、知ってた?なんだか知らないけど、昔からあそこにあったそうよ。工場の人が代わりばんこにお水やお供えをしていたって。社長さんは毎朝拝んでたそうよ。
 工場がなくなったら、あの祠、どうなるんだろうね。

 あ! 神様が立ち上がった。 工場の方へ飛んでいったよ。





 知ってる? あの工場、この前、凄い発明したんだって! それで、注文が急に増えて、親会社が閉鎖を取りやめたんだって。規模は縮小されるけど、工場は残って、従業員も全員新しい職場や配置換えで仕事が確保出来たんだってさ。

 だからさ、言ったじゃない、あれは神様だったって!!

2012年3月3日土曜日

献花する人

「ここに、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんの家があったんだって」
彼女が示した場所は草ぼうぼうの空き地だった。緑色の金網を張ったフェンスが取り 囲んで置かれていた。西隣のタバコ屋は新しい建物だ。東隣は駐車場。北側は、これも新しいマンション。南が空き地なので、きっと日当たり良好だろう。マン ションの両側がちらりと見えたが、駐車場と更地だった。やはり、元通りの街並みには戻っていないんだ。
「3軒続きの長屋みたいな家でね、お祖父 ちゃんお祖母ちゃんは真ん中に住んでたんだ。ちっちゃな庭付きの小綺麗な町屋だったよ。こじんまりした門があって、敷石を二枚歩くと引き戸の玄関があった の。玄関上がると短い廊下でさ、お座敷二間だけの家。それでも広い方に床の間があって、仏間もあったの。押入もちゃんとあったよ。狭い方のお部屋はお祖母 ちゃんの仕事場ね。和裁をしてて、頼まれ物の着物を手で縫ってたの。
台所は反対側、どっちの部屋からも直接行けるのよ。板間で薄暗かったけど、そこでお祖母ちゃん、いつもコトコトお芋やカボチャを煮込んでいたわ。
台所の横にお風呂があったけど、お祖母ちゃんはそこは洗濯場にして、お風呂は街のお風呂屋さんに行ってた。風呂桶が壊れて、修理するよりお風呂屋さんに行ってお友達と会うのが楽しかったんでしょうね、きっと。
トイレは庭の所に突き出た形であったわ。廊下の突き当たりがLの字に曲がってたの。昔のぼっちょんトイレね。手洗いは、庭に手水石があって、そこの上に水を入れた提灯みたいなのを吊して手を洗うのよ。え? 見たことがない?そうでしょうね。
庭は楓や竹が植わってて、根本の岩の上に蛙の焼き物が載ってた。お祖父ちゃんは、私が欲しがってもくれなかったけど。」
彼女はフェンスの足元に花束を置いた。
「どうして、ここが更地になったかって?
あの地震を覚えているでしょう?ここはあの時の激震地だったの。この辺、全部崩れて焼けたのよ。
うちのお祖父ちゃんとお祖母ちゃん?
ああ・・・地震の時はもう引っ越して私の家の隣に住んでたわ。だから、あの時ここに誰が住んでたのか、知らない。」