2013年10月15日火曜日

赤竜 1 その34

「防弾ガラスも大したことなかったじゃないか。」
 オーリーはまだ膝ががくがくしていたが、それでも無防備な弁護士を足止めする程には狙いを定めることが出来た。
「さあ、イヴェイン・カッスラーをここに連れてきてもらおうか。ついでにソーントンの書斎から盗んだ本も持って来させるんだ。」
「本?」
 クーパーが振り返った。
「君はあの本が何かわかっているのか。」
「”赤竜”、魔法の教典だろ。」
「ただの”赤竜”じゃない。」
 クーパーは歩きだそうとした。オーリーが「動くな」と命令すると、彼は反論した。
「イヴェインに会いたくないのか。」
 クーパーはオフィスの続き部屋のドアまで歩いた。
「あれは製本技術が出来る以前の書物だ。恐らくは最古の”赤竜”、原本だ。」
 彼はドアノブを掴んだ。
「私の祖先は侵略に遭い、故郷を追われた。一度は侵略者を壊滅状態にまで追いつめたのだ。しかし、”赤竜”を持った一人の男に敗退した。」
 クーパーがドアを開こうとしたので、オーリーは狙いを定めたまま、「ゆっくりだ」と警告した。クーパーは素直にゆっくりとドアを開いた。
 クーパーのオフィスよりやや狭い部屋だった。何の為の部屋なのか、オーリーにはわからなかった。そこには祭壇が設けられ、干涸らびた棒の様な物が火を灯 した蝋燭に囲まれて祭られていた。祭壇の前の白いクロスを掛けたテーブルの上にイヴェインが横たわっていた。死んでいるのかと、オーリーは一瞬ドキリとし たが、彼女の胸が小さく上下するのを見て、安堵した。
「彼女を生け贄にするつもりか。」
「そのつもりだったが、生け贄は処女と決まっている。売春をした経験のある黒人では役不足だ。」
 テーブルの向こうに老人がいた。車椅子に乗った白髪の男をオーリーは知っていた。このビルと法律相談所のオーナー、ウィリアム・ビッテンマイヤーだ。そいつがクーパーに言った。
「ソーントンが育てていた娘はどうした。あの人でなしが人前に出さずに大切に養った女だ。あいつも”赤竜”の力を解放する生け贄を自前で育てていたのに違いない。」
 オーリーは老人の膝の上に箱が載っていることに気付いた。蝋燭の明かりでは鮮明でないが、木製のかなり古い物だ。
「古文書が欲しければ持っていればいいさ。だが、彼女は返してもらう。」
 ビッテンマイヤーがクーパーを見た。クーパーが言い訳した。
「ソーントン事件に首を突っ込み過ぎた刑事です。その娘にぞっこんの様子で・・・」
「俺は殺人事件の捜査をしているんだ。誘拐も生け贄も許さない。法律の専門家だろう、彼女を解放しろ。罪が少しでも軽くなるぞ。」
「馬鹿な・・・」
 ビッテンマイヤーが笑った。
「儀式が完成すれば、我々は祖先の偉大な力を取り戻す。そうなれば、法律も警察も意のままになる。おまえたちはここから生きて出られない。」
 彼はクーパーに顎で指図した。
「ソーントンの養い娘を呼び出せ。あれは間違いなく処女だ。」
 その時、車椅子の背後の窓ガラスが割れて、人影が現れた。
「その判定は誰がした?」
 オーリーは思わず自分の目を疑った。どんな方法で侵入したのか、レインボウブロウが立っていた。ビッテンマイヤーも振り返った。クーパーはあんぐりと口を開いて彼女を見つめた。
 彼女はいつもの黒いレザーのブルゾンを着ていなかった。鱗状のデザインのTシャツ姿で、背中に赤味がかった銀色の小さなデイパックを背負って、窓から入って来たのだ。この部屋は13階だと言うのに。
 「これはおまえが持つ物ではない、汚れた邪鬼の子孫ども。」
 レインボウブロウはビッテンマイヤーの膝から箱を取り上げた。老人が取り返そうと手を伸ばすと、彼女は車椅子を蹴飛ばした。オーリーが身を動かすと、そ の前を車椅子が走り、危うくクーパーにぶつかりそうになって止まった。ビッテンマイヤーが自力で止めたのだ。オーリーはテーブルに駆け寄った。
「しっかりしろ、イヴ。」
 イヴェインを抱き寄せると、彼女はぐったりとしたまま、かすかに声をたてた。
 レインボウブロウは彼女には興味を示さなかった。無事なのがわかっているみたいだ。
彼女の注意はクーパーとビッテンマイヤーに向けられていた。
「どっちがオルランドの首を刎ねた?」
 沈黙する弁護士たちはそれぞれ拳銃を出した。オーリーが危険を思い出した時は、二挺の銃口が小柄な娘に狙いをつけていた。レインボウブロウはサングラスを取った。黄色い目をジロリとクーパーに向けた。
「ウィリアムは動けない。30年前に、私が脊髄をへし折ったから。オルランドを殺したのは、小僧、おまえだな。」
 ”小僧”と呼ばれたクーパーは真っ青だった。
「まさか、おまえ・・・」
 オーリーは老人の声が、手が激しく震えているのを見た。ビッテンマイヤーが呟いた。
「おまえがあの時の・・・。」
 クーパーが悲鳴に近い声を上げた。
「ソーントンの野郎、”赤竜”の力を解放しやがったんだっ!。」
 彼の心理的恐慌をオーリーは察知した。彼は叫んだ。
「伏せろ、レニー。」
 しかしレインボウブロウは伏せなかった。クーパーの指が引き金に掛かった瞬間、彼女の背中のデイパックが左右に広がった。それはデイパックなどではな かった。半透明の薄い皮膜で、中に骨が通っている翼だった。銃弾は翼を貫通したものの、威力を失ってオーリーの足元に音を立てて転がり落ちた。レインボウ ブロウは翼の傷をちらりと見やった。

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