2013年10月27日日曜日

赤竜 2 その2

 何者なのか、レインボウブロウはオーリーにもイヴェインにも自分の正体をまだ明かしていなかった。明かす必要に迫られていないので、尋ねられてもはぐら かすだけだ。彼女は大抵イヴェイン・カッスラーの小さな一戸建ての家の地下に自分で掘った小さなプールの中にいた。イヴェインは洗濯機の横の小さなドアに 気付かなかった。ドアは暗い場所にあったし、普段は汚れ物を放り込む大きなバスケットが前に置かれていた。それに、昼間のイヴェインはバス停3つ向こうの アンティークを扱う店で帳簿係の仕事をしていたので、留守番役のレインボウブロウが何をしているのか知らなかった。イヴェインにとって、彼女は命の恩人 で、亡くなった旦那様のお嬢様で、ご主人様だった。オルランド・ソーントンの遺産を全て相続したのはイヴェインだったが、彼女はレインボウブロウの召使い のつもりでいた。
「やっぱり、私はここを出ていった方がいいと思う。」
とレインボウブロウがオーリーに言った。オーリーは時々カッスラー邸に無断で入り込んだ。レインボウブロウが合い鍵をくれたからだ。イヴェインはレインボ ウブロウが主人だと信じているから、彼女が誰を家に入れようが、文句を言わない。オーリーはイヴェインが仕事に出かけている時間帯にやって来て、地下の洗 濯場の壁の向こうにあるレインボウブロウの秘密のプールを覗くのだ。
 レインボウブロウはタイルの岸辺に頭を預けて、水の中に体を沈めていた。水は冷たい。とても人間が長時間入っていられる温度ではないのだが、彼女は平気で何時間でもそこに浸っていた。オーリーはプールサイドに置かれたパイプ椅子に座って、彼女と話しをした。
「イヴェインに正体を掴まれそうなのかい。」
「そうじゃない、私がいると、彼女はいつまでも召使いのままだ。折角財産をもらったのに、使うことすら躊躇う。このままでは、恋も出来ないだろう。」
 確かにそうだ。オーリーはイヴェインが好きだ。何度かデートに誘ったが、イヴェインは必ずレインボウブロウの許可を取るし、彼女を同伴したがった。潤ん だ目で見つめられて「付いてきて」と言われると、レインボウブロウも断り切れない。結局三人デートになる。そして、食事が終わるとレインボウブロウはいつ もこっそり消えて、オーリーに任せてくれるのだが、彼女がいなくなったことに気付くとイヴェインは急に用心深くなって、オーリーに友達以上の付き合いを許 してくれなかった。
「でも、ここを出て、何処に行くんだ。」
 オーリーの住まいは狭いアパートだ。レインボウブロウは数回泊まったが、その度にバスルームが狭い、とこぼした。彼の部屋に居着くことはないだろう。
 レインボウブロウは何につけても具体的な話をするのが好きでなかった。さっさと話題を変えた。
「ところで、今日は何の用?」
「ああ、また殺人事件なんだ。」
 オーリーは遠慮がちに言った。彼女の黄色い目がじっと彼の顔を見ている。彼女の目は人間の目とは異なり、虹彩がない。黄色い眼球の真ん中に猫みたいな細 長い瞳孔がある。光の具合で広がったり細くなったりするのも、猫と同じだ。その目で見つめられると、オーリーは彼女には真実しか話してはいけないのだと感 じてしまう。
「それはあなたの分野ではないの。」
 オーリーは市警の刑事だ。殺人事件でもこそ泥でも、なんでも担当する2級刑事だ。聞き込みも報告書作成も自分でする。取り調べだけは一人でさせてもらえないが、一応本物の刑事だった。
「俺の持ち場さ、勿論。でも、君の意見を聞きたくてね。」
 レインボウブロウは顎でドアを示した。
「居間で聞こう。先に行ってて。」

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