2013年1月29日火曜日

盗人

ヒロシはパソコンの前でイライラしながら座っていた。
「何故、更新されないんだ--」
 画面には、ブログが表示されている。日本語ではない。英文でもない。ちょっと珍しいが、クロアチア語だ。

 ヒロシは、偶然、このブログを二年前に発見した。それがクロアチア語であることを知ったのも偶然だった。大学の友人にクロアチア人の留学生がい たからだ。友人が時々口にする単語を文章の中に発見したのだ。そして興味半分で一つの文を辞書を引き引き訳してみたら、どうやら推理小説の一部らしかっ た。
ブログで推理小説を書いている人がいるらしい。
 ますます興味を引かれた。きっと、その頃、教授とちょっとした意見の衝突できまずくなっており、彼女とも別れた後で、アルバイトもクビになり、引きこもりのせいで友人たちとも疎遠になっていたので、暇だったのだろう。
 一番最初の投稿を探して、半日かけて翻訳すると、やはりそれは小説の書き出し部分だった。
 それから暇があれば一回の投稿文をプリントアウトして翻訳してみた。
大変面白い物語だった。毎回、続きを読みたくなるような文で終わってしまう。そのブログが一月に一回しか投稿されないのも、ヒロシの翻訳スピードに合わせてくれているようで、ちょうど良かった。
 ヒロシはそれをワープロで日本語に書き直し、試しに出版社の懸賞小説に応募してみた。
 出版社から連絡が来た。
「大変面白い作品です。5話までありますが、まだ続くのでしょうね-- 犯人の目星がまだつきませんからね。続きを書かれる予定はありますか--
未完と思える作品に賞を差し上げる訳にはいきませんが、本誌に連載されるおつもりはありませんか--」
 ヒロシはその時、7話まで翻訳が出来ており、まだネット上には未訳が4話あったのだ。彼は他人の、それもクロアチア人の作品だとは明かさぬまま、その話に乗った。
 1話ずつが結構長いブログだったので、日本語に訳すと、ヒロシ自身の文も混ざって、ミステリー雑誌には3話に分けて掲載された。
すぐに読者から反響があり、出版社はその話をヒロシのデビュー作品として、連載することを正式に決めた。ヒロシはペンでお金を稼ぐと言う経験をした。
印税は駆け出しの新人だから多くないが、それが完結して正式な本となったら、もっともらえるはずだ、と編集者が言ったから、それも嬉しかった。
 他人の文章の翻訳なんて、口が裂けても言えない。クロアチア語なんて、日本人で知っている人は少ないし、クロアチア人が日本語の雑誌を読むこともないだろうから、これはばれないはずだ。
 ところが・・・三ヶ月前、ブログの更新が止まってしまったのだ。新しい話の展開がヒロシには読めない。文字通り、どんな風に話しが進むのか、彼 には見当がつかなかったので、これは焦った。しかし、neptuneと言う著者は、興味を失ったのか、それとも何か理由があって書けなくなったのか、そ れっきり投稿がなかった。
 ヒロシの手元の原稿もなくなりかけていた。

 出版社から電話がかかってきた。
「先生、困ったことになりました。」
「なんです--」--困ってるのは、俺だよ!--
「先生の作品を、盗作だと訴えてきた人がいるんですよ。」
「え!」--まさか、クロアチア人が----
「なんでも、三年前から書いてきたブログと、先生の作品が極似しているって言うんです。どう言うことですかね、先生--」
「ぶ・・・ブログって--」--汗、汗、汗--
「あいこ って名前で書いている人らしいんですが、四か月前、うちの雑誌を偶然読んで、先生の作品に気がついたそうです。それで、書くのを止め て、うちのバックナンバーを取り寄せ、最初から読んで、先生の作品が自分の作品と全く同じだって確信したそうです。私もそのアドを見ました。あいこ って 人の主張通りでね、しかも、先生が書かれた日よりずっと古い。どう言うことですかね--!」

クロアチアで
「おう、あいこ、どうして、こうしん しない-- もう ほんやく なくなった。くろあちあ の どくしゃ、みんな つづき まってるよ!」

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