2013年1月4日金曜日

麦畑

 激しい衝撃。破壊音。


やってしまった!

運転席から飛び出した俺は、路面にくの字に体を曲げて横たわる老婆を見つめていた。俺のピックアップと彼女の間にはぐしゃりと潰れた自転車が一台。
俺は老婆の首筋に手を当てた。脈を感じ取れなかった。

死なせてしまった・・・

急に世界が俺から遠ざかり、俺は空中に彷徨っているような錯覚に陥った。なんとかしなくては・・・刑務所に入るのは嫌だ・・・
俺の心がそう叫んでいた。

俺は周囲を見回した。一面の麦畑。黄金色の穂が爽やかな5月の風に波打っている。麦秋。
老婆はベージュのセーターを着ていた。古くてよれよれだったが、昔は上等の物だったのだろう。パンツも仕立ての良いスラックスだ。麦畑の色にそっくりで、俺には彼女が道ばたを走っているのが、見えなかったんだ。
血は出ていなかったが、もう彼女は生きていなかった。
俺はもう一度周囲を見回した。
誰も見ていない。
俺は、老婆と自転車をピックアップの荷台に載せた。

それから毎日、俺は脅えて暮らした。電話の音、パトカーの赤色灯、交番、横断歩道で小学生を見ている巡査。
いつか俺をひき逃げ犯として逮捕しに現れるはずだ。
俺は毎日新聞をチェックし、テレビのニュースを見た。
しかし、どこにも交通事故のことも、老婆の死体が発見されたとも出ていなかった。
いや、それどころか、行方不明になった老婆のことなんか、どこにも書かれていなかったし、探していなかった。

俺の恐怖は疑問に変わっていった。
婆さんが一人いなくなってしまった、てぇのに、誰も気にしないのか?
婆さんには家族がいなかったのか?
友達はいなかったのか?
隣の人は、婆さんが帰ってこないことを気づかないのか?
誰も警察に通報していないのか?

あの婆さんは・・・誰なんだ?

俺は麦畑のはずれの林に行った。そこに行くのは、あの日以来初めてだ。
俺は婆さんを埋めた場所を探した。
夏草が生い茂って、どこだったか、見つけるのは容易ではなかった。
どうにか、ここだろうと見当を付けて、俺はそこに花を置いた。

ごめんな、こんな寂しい処に埋めてしまって。
これから毎日、俺がここに来るから。

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