2013年1月2日水曜日

夜道の落とし穴

 夜のオフィス街はジャングルと同じ。物陰に野獣が潜んでいる。

 仕事が立て込んで遅くなったので、社屋から出たら11時になっていた。もうタクシーも通らない。寄り道せずに駅まで早足で行けば、終電に間に合 いそうだ。冷気が忍び寄る夜の道を歩き始めた。空は晴れて星が出ている。都会でも、星が見えるんだ、とぼんやり思いつつ歩いていると、ふと気づいた。足音 が二重だ。誰かが後ろにいる。
 ゾクッときた。つけられている? 人通りの多い駅前通りまで、まだ5分はかかる。走ろうか、それとも、振り返って顔を見てやろうか。
 迷っていると、いきなりすぐ横で声がした。
「次の角、左に曲がって!」
 ギョッとして目だけ動かして見ると、いつの間に並んだのか、女の人が一緒に歩いていた。私が顔を向けようとすると、彼女は言った。
「前を向いているのよ。気取られては駄目。」
さらに、
「歩き続けるの。走っては駄目よ。歩く速度を落としても駄目。気づかないふりをするの。」
と言う。口答えを許さない、しっかりした口調だったので、私は黙って歩き続け、次の交差点で言われた通り、左に曲がった。
 追跡者も曲がってくる・・・。

 彼女がまた囁いた。
「次の角を右に曲がるの。曲がったら走る。走って、地面に黒い物が見えたら跳び越えるのよ、わかった?」
 私は黙って頷いた。なんだか知らないけれど、ついてくる物は悪い者で、彼女は私を救おうとしているのだ、と感じた。
 目標の交差点で私は右に曲がり、ダッシュした。追跡者も走り出した。私は夢中で走った。怖くて、怖くて、随分長い距離を走ったような気がした。
背後の足音は確実に近づいて来つつあった。

 つかまる!

 そう思った瞬間、目の前の路上に、ビルの影よりも黒い陰が見えた。追跡者の息づかいが聞こえた瞬間、私は思いきりジャンプした。
走り幅跳びのように跳んで、アスファルトの路上にみっともなくも転げ落ちた。後ろで、「ギャッ」と叫び声が響いた。
 私は思わず振り返った。
 そこには誰もいなかった。あの女性も、確かに息づかいが聞こえた追跡者も、いなかった。ただ、私が跳躍した地点の辺りに、スニーカーが片一方転がっているだけだった。
 私は立ち上がり、駅まで無我夢中で走った。

 翌日、オフィス街が騒々しかった。私の会社と駅へ行く途中の脇道に、男性が倒れて亡くなっているのが発見されたそうだ。なんでも、高い所から転 落したような損傷を受けていたと言う。だけど、そこはビル街の中でも古い比較的低い建物ばかりの区画で、その男性の亡くなりようには説明がつかなかったと 言う。
 余談だが、その男性は、路上強盗と婦女暴行の容疑で警察がマークしていたそうだ。

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