2013年1月31日木曜日

変な人

「うちの人、ちょっと変な人だから・・・」
とヨーコさんが言った。ヨーコさんとコーヘイさん夫婦が僕らのアパートの二階に引っ越して来た頃のことだ。どう変なのか、僕にはわからなかった。 コーヘイさんは、お勤めに行かないで、毎日川原で絵を描いていた。だから変な人なのかな? でも、角部屋のヤマダさんちに急病人が出た時、すぐ救急車を呼 んでくれたのも、子供たちの子守をしてくれたのも、コーヘイさんだった。
変だと言ったら、ヨーコさんだって、ちょっと変だった。
夜遅く出かけたり、朝早く帰ってきたり。
「だけど、水商売には見えないね。」
と僕のお母ちゃんは言っていた。
「それに全然所帯臭くないし。」
コーヘイさんちには、時々お客さんが来た。なんだか怖そうな小父さんたちで、昼間、アパートの住人が仕事に出かけていない時にやって来た。コーヘ イさんもヨーコさんも、お客が来ることをみんなに知られたくないみたいだった。時には、ヨーコさんとお客さんを残して、コーヘイさんは一人でスケッチブッ ク持って川原へ出かけて行ったものさ。
 僕は学校に行くのをずっと前から止めて家にいたから、全部見ていた。見ていたけど、コーヘイさんとヨーコさんが変な理由はわからなかった。
 ある日、僕は外に出て、コーヘイさんの後をついて行った。コーヘイさんは僕が尾行しているのを知っているみたいだった。時々足を速めたり、急に停まったりして、僕が慌てると、クスクス笑っていた。
 川原で、コーヘイさんがスケッチブックを広げて絵を描き始めると、僕はそばに座って眺めていた。
 久し振りの外は気持ちが良かった。僕は青空を見上げて寝そべった。コーヘイさんが絵を描きながら声をかけてきた。
「もう学校には戻らないのかい。」
「わかんない。」
「学校は嫌か?」
「わかんない。何故行かなきゃいけないのか、わかんないし、何故行けなくなったのかも、わかんないんだ。」
「虐められたのか?」
「そんなんじゃないんだ。ただ・・・僕がそこにいる意味がわかんなくなったんだ。」
「誰だって、それはずっと考えて、答えを見つけられるまで、悩んでいるだよ。」
「コーヘイさんは、どうして絵を描いているの?」
僕が話題を振ったのに、コーヘイさんは答えなかった。真面目に答えてくれたのかも知れないけど、僕にははぐらかされた様に、その時は思えた。
「誤魔化しているんだよ。僕がここにいる理由を。」
って、コーヘイさんは言ったんだ。

 川向こうのスナックに警察が踏み込んだのは、その翌朝早くのことだった。麻薬の取引をしている処を警察が奇襲をかけたんだ。10人ほど捕まったらしい。ちょっとした小さな街の大事件だった。
 そして、その日の夕方、コーヘイさんとヨーコさんは突然引っ越して行った。二人がいなくなった部屋はぽっかりと開いた空洞みたいで、人が生活していた気配は全くなかった。最初からそこに誰も住んでいなかったみたいだった。

 僕は学校に戻った。ひどくかったるい仕事だったけど、僕はなんとか電車に乗れたし、門をくぐって先生に挨拶もした。
 僕は勉強をする。上の学校へ行って、何か警察に関係した仕事をしようと思うんだ。だって、まだコーヘイさんに聞きたいことがあったから。
 どうして張り込みの間、絵を描く気になったのかって。


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注意:麻薬を取り締まるのは、警察ではありません。厚生労働省の職員です。

麻薬取締官:麻薬及び向精神薬取締法(以下、麻向法)により特別司法警察職員としての権限が与えられている。麻薬取締という危険な職務であるた め、拳銃(ベレッタM85やコルト・ディティクティブスペシャル)の携帯が認められている(但し特別司法警察員としての職務を遂行する場合に限る)他、警 察官と同様の逮捕術の訓練も受けている。

また、「おとり捜査」を行うことができ、麻向法第58条にそれに関する規定がある。それによると、違法に流通している麻薬などを所持しても麻薬取 締官及び麻薬取締員のみは処罰されない。 麻薬特例法に基づく麻薬を使っての泳がせ捜査や薬物の密売収益の没収等による首謀者や密売組織の摘発及び壊滅などを行っている。薬物犯罪に関するおとり捜 査は麻薬取締官及び麻薬取締員のみに認められた行為であり、一般の警察官は行うことが出来ない。これは密売流通ルートを遡る為に必要な行為である。

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