2013年11月15日金曜日

赤竜 2 その18

レインボウブロウはまだくたびれた顔で、窓から庭を見た。芝生が伸び放題だ。
「あなたは、絵本やディズニーのアニメの人魚しか想像出来ないのか?」
と彼女は苛ついた声で言った。
「と言うと、真実の人魚はあんな可愛いモノじゃないってことか。」
「可愛い人魚は人間が創りだした想像上の生き物だ。」
 彼女は瓶を口に当てて、水を飲み干した。
「上半身は確かに人間に似ている。腕があるし、胴と頭は首で繋がっている。髪の毛みたいな体毛もある。下半身は魚みたいだ。鱗とヒレがある。でも、性格は人間でも魚でもない。」
 彼女と人魚と、どっちが人間離れしているのだろう、と思いつつ、オーリーは立ち上がった。
「もし、鑑識が人魚だと断定したら、どうすればいいんだ?」
 彼女は現実的な答えを述べた。
「夜間は海に近づくな、と市民に警告を出せば?」
 そして地下室に向かって歩き始めた。
「何処かにもっと広いアパートを借りてよ、オルランド。」
「何の為に。」
「私もそこに引っ越すから。」

 魚類の専門家は鱗の正体を掴めなかった。
「シーラカンスに似ているって。」
 検死官に言われても、オーリーには何のことか解らない。ライリーだって古代から生きている魚の知識なんて持っていない。
「でもね、シーラカンスはアメリカ沿岸にはいないの。マダガスカル沖にいる魚なの。」
「そこは、つまり・・・」
「アフリカよ。」
「それは、人間を引きずり込む程強いのかい。」
「深海魚だって言ってたわ。それにシーラカンスに殺された人なんて、聞いたことないって。」
「じゃ、新種の魚だ。」
とライリー。新種の化け物さ、とオーリーは心の中で反論した。「赤竜」に描かれていた人魚は、ちっとも美しくなかった。魚の顔をした女もどきの半魚人、すっかり夢をぶち壊してくれた怪物。
「被害者の喉の傷はノコギリの歯で付いたみたい。一気にやったのね。」
 そうじゃない、とオーリー。人魚はノコギリなんか持っていない。そんな人魚がいたら驚きだ。危なかしくって、船にも乗れない。人魚の凶器は尻尾だ。固い魚のヒレは人間の柔らかい皮膚を切り裂く。
「染色工場と同じ犯人だとしたら、動機はなんだ。それに、工場には何処から入ったんだ。」
 ライリーはぶつぶつ言った。オーリーの方はもうそんな次元を越えていた。どうすれば、人魚の攻撃から釣り人やデートするカップルや海が好きな子供たちを守ることが出来るのだろう。
 勤務が終わってアパートに帰ると、そこにも鱗マニアがいて、彼のバスルームでビールを飲んでいた。
「イヴェインの家に帰ってやれよ。寂しがるだろう。」
 オーリーが注意すると、彼女はプイと横を向いた。
「あの子を独立させたい。一緒にいては、あの子が駄目になる。」
 彼はくたびれていたので、イヴェイン・カッスラーの将来についてこの場で論争する気力はなかった。居間を指さして、「ご主人様」として命令することに挑戦した。
「俺のバスルームだ。これから使う。出ていけ。」
 レインボウブロウは水から出て、ビショビショのまま床に下り、彼の目の前でブルブルと子犬の様に体を震った。お陰で彼は服を脱ぐ前に濡れた。
 彼がシャワーを浴びてさっぱりして居間に戻ると、彼女はテレビを見ていた。「楽しい釣り紀行」だ。ルアーでマスを釣る場面だった。オーリーは釣りを嫌いだと思ったことはないが、わざわざ道具を揃えて貴重な休日を水辺で一日潰す程の趣味でもなかった。
「釣りは好きか?」
とレインボウブロウに聞かれた時、彼は寝室に持ち込むビールを取りに冷蔵庫に向かっていた。
「嫌いではないな。」
「では、今夜、桟橋に行こう。」
 彼女は画面の中のルアーの動きを見ながら提案した。
「大きな魚を釣る。多分、あなたも釣り上げたい魚だ。」

0 件のコメント:

コメントを投稿

コメントを有り難うございます。spam防止の為に、確認後公開させて頂きますので、暫くお待ち下さい。
Thank you for your comment. We can read your comment after my checking.