2013年11月9日土曜日

赤竜 2 その9

明け方近くにレインボウブロウは戻ってきた。オーリーは車内で寝ていた。イヴェインとの電話での会話で満足してしまったのだ。レインボウブロウは海から上 がると、体をブルブルと震って水滴を落とし、車に近づいた。オーリーを眺め、それからブイに戻って、服を身につけた。髪を指で撫でつけてから、車に戻り、 窓をコツコツと叩いた。オーリーが顔をしかめたが、目覚めなかった。彼女は東の空を見た。白みがかっている。もうすぐ太陽が昇って来る。彼女はドアを開い た。
「起きて、オルランド。」
 鋭い声で怒鳴られて、オーリーがビクッと上体を起こした。
「レニー・・・戻ったのか。」
 手で顔をこすって眠気を拭い去ろうとしている彼の隣に、彼女は滑り込んだ。
「私も休息が必要だ。あなたのアパートに行こう。」
「ああ、ちょっと待って。」
 オーリーは必死で眠気を払う努力をした。首を振っていると、彼女の方は体の力を抜いて目を閉じた。疲れている。一晩泳いでいたのだ。無理もない。
 オーリーはエンジンをかけ、車を出した。彼女には声をかけないようにして、運転に精を出した。
 アパートに帰り着いた時には既に太陽はかなり高くなっていた。オーリーは建物の前のいつものスペースに駐車して、助手席を振り返った。そして、ドキリとした。レインボウブロウのTシャツに赤い血が滲んでいた。また怪我をしている。右脇腹だ。
「レニー、動けるかい。」
 彼が声をかけると、彼女は瞼を薄く開いた。小さく首を振ってまた目を閉じた。仕方がない。彼は車外に出ると、助手席側に回り、彼女を抱き上げた。小柄な ので、軽いのが救いだ。彼女を抱いたままで一気に階段を駆け上った。部屋の前で鍵を出そうと奮闘していると、隣室のジル・ロビンソンが顔を出した。
「何しているの、オーリー。」
「鍵をポケットから出そうとしているんだよ。」
 レインボウブロウを肩に担げば楽なのだが、彼女は怪我をしている。ジルがオーリーの腕の中の娘を覗き込んだ。
「誰なの。」
「妹」
 咄嗟に出た嘘だ。ジルはブロンドのオーリーと漆黒の髪のレインボウブロウを見比べた。オーリーにはそんな悠長なやりとりをしている心の余裕がなかった。自分の腰をジルの方に突き出した。
「このポケットの中から鍵を出して開けてくれないかな。」
「いいわよ。」
 ジルは言われた通りに鍵を出してドアを開けた。そしてオーリーが中に入ってレインボウブロウをソファに降ろすところまで付いてきて見ていた。
「この子、どこか具合悪いの?真っ青よ。」
 レインボウブロウが青白いのは元からだ。だが、この時は唇まで血の気が失せて白かった。彼女がただの女性なら、オーリーは医者を呼んでくれとジルに言う ところだ。しかし彼女は鱗がある。背中にはコウモリみたいな翼まで付いている。オーリーがどうしたものかと迷った時、レインボウブロウ当人が目を開いて、 彼に声をかけた。
「ビール」
「はあ?」
 すると彼女はいきなりアルコール臭の強い息を吐き出した。ジルが顔を引っ込めた。
「なに、この子酔っぱらっているのね。」
 オーリーはそれに調子を合わせた。
「そうなんだ、海岸で朝迄飲んでいてね。やっと見つけて連れ帰ったんだ。」
 そしてレインボウブロウに囁いた。

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