2013年11月23日土曜日

赤竜 2 その21

 レインボウブロウが身の回りの物を取りに帰るので、付いてこいと言った。相変わらずどちらが「ご主人様」か判らない。オーリーは早朝のカッスラー邸を訪 問した。ドアベルを鳴らすと、不用心にも直ぐドアが開いて、イヴェインが顔を出した。彼女は笑顔で挨拶するオーリーを無視してレインボウブロウを抱き締め た。
「良かった、帰って来てくれたのね。一昨日のこと、怒って出ていったのかと思った。」
 何があったのか知らないが、レインボウブロウが「ほらね」と言いたげにオーリーを見た。イヴェインは彼女に完全に寄りかかっている。しかし普通の人間で ないレインボウブロウにとっては、それは迷惑であり、イヴェインにとっても好ましくない事態だった。イヴェインは彼女の魔性の虜になってしまい、他の人間 が見えなくなりつつある。レインボウブロウはイヴェインを自分だけのペットにするつもりで生き返らせたのではない。綺麗な魂の持ち主を地上に留めたかった のだ。
「可愛いイヴ。」
とレインボウブロウが囁いた。
「もう苦しまなくていいからね。」
彼女は背伸びしてイヴェインに自分から抱きつき、唇にキスをした。女性同士のキスが美しく見えて、オーリーはドキリとした。イヴェインは目を閉じた。そし てゆっくりとレインボウブロウが体を離しても、そのまま固まった様に立っていた。レインボウブロウはオーリーを自分の位置に立たせた。
「荷物を取ってくるから、彼女を見ていて。」
 オーリーは言われた通りイヴェインを支えて立った。イヴェイン・カッスラーは美しい。やっと20歳だ。財産はあるが、守ってくれる人がいない。否、レイ ンボウブロウが陰から見守るだろう。では、オーリーの役割は?彼は自分がイヴェインの心に入って行けないことを悟りつつあった。彼は彼女を守ってくれる 「いいお巡りさん」でしかないのだ。もし、ここでイヴェインが彼を認めてくれても、それはレインボウブロウの魔法としかオーリーにも思えないだろう。二人 が愛し合えることが出来るのは、もっと先の話だ。
オーリーはイヴェインの唇に軽くキスをした。
 レインボウブロウが戻って来た。小さな鞄一つだけ持っている。
「先に車に乗っているから。」
と彼女はオーリーに言った。
「私がドアを閉じたら、彼女の時間が戻る。彼女は目覚めた時、私のことを忘れている。だから、そのつもりで会話して欲しい。」
 オーリーはイヴェインの顔を見つめたまま、尋ねた。
「君のことを忘れるって?ソーントンの屋敷のことも忘れるのか?」
「それは覚えている。私のことだけ、記憶から消した。支障はないはずだ。」
 レインボウブロウはオーリーとイヴェインの横を通り、外へ出た。彼女がドアを閉じた音で、イヴェインが目を開いた。オーリーは素早く身を離した。
「あら、オーリー、私、何をしていたのかしら。」
 ぼんやりとイヴェインが回りを見回した。
「寝起きだね。」
とオーリーは微笑んで見せた。
「勤務明けに、様子を伺いに寄らせてもらっただけだよ。変わりないかい。」
 イヴェインは彼が大好きな笑顔を見せた。
「ええ、新しい職場で友達が出来たの。いろいろ心配をおかけしたけれど、もう一人でも平気、有り難う。」
 そして、台所の方を振り返った。
「コーヒーでも如何?」
「否、遠慮しておく。早く帰ってベッドに潜り込みたいからね。」
 彼がドアを開いて外に出ると、イヴェインも見送りに出て来た。車を見て、彼女が尋ねた。
「お連れさんがいらっしゃるのね。ガールフレンド?」
 オーリーは首を振った。
「妹だよ。似てないのは、親が違うから。」
 イヴェインは笑顔で車中の娘に手を振り、オーリーに挨拶のキスをした。
「いいわね、姉妹がいて。私も兄弟が多い彼氏を見つけるわ。」
 オーリーは黙って微笑を返しただけだった。
 彼が車に戻り、走り出してから、レインボウブロウが話かけた。
「口説かなかったのか?」
「彼女の心に俺はいないよ。」
「これから入っていけばいい。」
 そして、彼女は尋ねた。
「引っ越しは何時にする?」
       終わり

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