2013年11月5日火曜日

赤竜 2 その7


 勤務交代を済ませると、オーリーは大慌てでファーストフードを買い込み、海岸へ走った。レインボウブロウを降ろした桟橋に近づくと、彼女がブイに座って 海面を眺めているのが見えた。彼が車を停めて外に出ると、彼女は振り向かなかったが、耳だけ、こちらへ向けた・・・と彼には思えた。
「イヴェインには何て説明したんだい。」
 彼が近づくと、彼女は「別に」と言った。
「彼女は私が夜出かける習慣を知っている。昼間から出ていることもあるから、気にしないはずだ。」
「電話くらい掛けてやればいいのに。」
 レインボウブロウは両手を広げて見せた。
「お金は持ち歩かないのだ。」
「・・・」
 言い返せない。その件はこれで終わりだった。オーリーは彼女の横に立ったまま、食事の袋を開いた。
「魚のフライ、ハンバーガー、フレンチフライ、好きなだけ食っていいぞ。」
 差し出された袋に、レインボウブロウは目もくれないで、そのくせ、手だけ伸ばして魚のフライが入った小袋を取り出した。そして二口、三口食べると、残りを返品した。彼女がそれ以上食べるのも、魚以外の物を口に入れるのも、オーリーはまだ見たことがなかった。
「いつも少ししか食わないのか。」
「食事は・・・に一回。」
と彼女は小さく呟いてから、立ち上がった。それから桟橋の周囲を眺めた。ボートが二隻係留されているだけで、他に人はいない。もう少し早ければデートする 人々やローラースケートを楽しむ若者が大勢いたのだが、遅い時刻なので誰もいない。波の音と遠くの道路から聞こえて来る車の騒音だけがBGMだった。その 夜は月が明るく、街灯の明かりを頼らなくても外を歩ける程だった。満月だ。オーリーは満月が好きでない。警官はみんな好きじゃないだろう、と思う。満月の 夜は凶悪犯罪が多発するのだ。
 彼女がTシャツを脱いだ。ジーンズも脱ぎかけたので、オーリーは慌てて体の向きを変えた。鱗だらけでも、女性の体だ。見てはいけないはずだ。
「服をここに置いておくから、見張っていて。」
 彼女に言われて振り返ると、彼女は既に桟橋から海に飛び込むところだった。
「何処へ行くんだ。」
 オーリーが怒鳴ると、彼女は海面に顔を出した。
「川を遡ってみる。」
「川、それなら、車で・・・」
「駄目。何処から井戸に入るのかわからない。海から順番に見ていく。」
「しかし、レニー、こんな夜に・・・」
 彼女の能力について、まだ何も知らない。彼女が人間ではないかも知れないと思ってみても、やはり普通の人間の女性に対するのと同じ気遣いをしてしまうオーリーだ。彼女は沖に向かって移動しながら、
「夜だからこそ・・・」と言い、やがて水中に没した。
 オーリーはブイに座って、海を眺めながら食べ続けた。寂しいものだな、一人きりの食事は。油でべたべたになった指を嘗め、紙で拭いて、袋を丸めて車に投げ入れた。それからまた海を見たが、5分もすると飽きてきた。
「何時までここにいればいいんだ、レニー。」
 いない相手に苦言を呈しながら、彼は携帯電話を出した。自然に指はイヴェイン・カッスラーの家の番号を押していた。

0 件のコメント:

コメントを投稿

コメントを有り難うございます。spam防止の為に、確認後公開させて頂きますので、暫くお待ち下さい。
Thank you for your comment. We can read your comment after my checking.