2012年12月30日日曜日

日溜まりの人

 バス停の横に空き家があって、軒下にあれ、臼かな? 灰色の丸い大きな石があったでしょ。
 一月前あたりから、そこに一人のお婆さんがいて座ってるのを見かけた。晴れた日の、日溜まりの中で日向ぼっこしてた。
バスに乗るとき、目があって、なにげに会釈したら、向こうも返してくれて、それから言葉は交わさないまま、会えば会釈した。どこのお婆さんなのか知らないが、多分近所に住んでいるのだろう。
いつも古い絣の着物をきちんと着込んで、髪の毛も綺麗に整えて、なんて言うヘアスタイルだろ、ほら、明治時代の女の人がよくしてたような。
優しそうな顔でね、にこにこしながら道路を走ってる車を眺めていた。
 だから、そのバス停のところで交通事故があって、女性のお年寄りが亡くなったって聞いた時、そのお婆さんかと思ってショックだった。町内会の連絡新聞で名前と住所を確認して、お葬式に行ってみた。
大勢の人が集まっていて、その人たちの会話で、亡くなったのは認知症が出ていた方で車の前に自分で飛び出したんだそうな。
あのお婆さんのイメージに合わないな、人違いだといいな、と思いつつ、解放された和室の中を見ると、故人の写真が祭壇に飾られていた。あのお婆さんによく似ていた。
哀しくて、そこを離れた。

 バス停に行くと、臼の上に、あのお婆さんが座っていた。
なんだか拍子抜けして、初めて「こんにちは」と声をかけた。
「こんにちは」とお婆さんが返事をしてくれた。
バス停の標識のそばに花束がいっぱい置かれていた。
それを見ていると、お婆さんが「有り難いことです」と言った。振り返ると、お婆さんが立ち上がった。
「みなさんに送って頂いて、本人も喜んでいることでしょう。最近は誰からも忘れ去られていると悲しんでおりましたから。」
と言った。
故人の知り合いなのか、と思った時、後ろで「お母さん」と呼ぶ声がした。お婆さんがそちらへ顔を向けてニコニコした。
「準備出来ましたね。さぁ、行きましょう。」
私の横を白い着物を着たもう一人のお婆さんが通り過ぎた。
あの写真のお婆さんだった。
そして日溜まりのお婆さんと手をつないで歩き始めた。
一度だけ、日溜まりのお婆さんが、こっちを振り返って笑顔で会釈してくれた。そして二人は西日の中に溶け込んで行った。

それっきり、日溜まりのお婆さんを見かけたことはない。

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