2013年9月28日土曜日

赤竜 1 その20

「彼は古書に詳しかったが、コレクターじゃなかった。売れる物なら、隠したりしないで市場に出したはずだ。」
「でも、家宝なら・・・」
 あり得る、とオーリーは感じた。代々継承されてきた古書。その値打ちがわかるのは、遺産相続人ではなく、家に置いている鑑定士顔負けの鑑定眼を持つ娘唯一人。
 そう言えば、レインボウブロウはソーントンの葬儀には来ていなかった。

 事件関係者と警官が個人的な関わりを持つことは禁じられていた訳ではないが、余り誉められたものでもなかった。しかしオーリーはソーントン家の二人の娘 が気になった。イヴェイン・カッスラーはモーテルを引き払って屋敷に戻っていた。警察だけでなく、近所の住人もこれには驚いたようだ。惨劇があった家に若 い娘が一人で戻って来たのだ。オーリーが様子を伺いに立ち寄ると、彼女は引っ越しの準備をしていた。
「やはり移るんだね。」
 声をかけると、彼女は弱々しく微笑んだ。
「ここから出たくはないけれど、レニーが転居した方がいいって言うの。私一人で住むには広すぎて維持が大変だし、周辺は人通りが少ないから、もっと賑やか で明るい場所がいいって。それに、近所の人もアフリカ系の女中が主人面して住み着くのを歓迎していないみたいなの。」
「レニーも一緒に行くのかい。」
「ええ、私が頼んだの。彼女は行きたい場所があるみたいだけど、私が落ち着く迄そばにいてって頼んだら承知してくれたわ。」
 そして彼女は付け加えた。
「遠くへ行く訳じゃないのよ。クーパー弁護士に頼んで、小さい一戸建てを見つけてもらったの。ここからバスで10分程の所。だから、ここにも、お掃除や庭の手入れに通えるわ。」
 相続手続きが終わればそんな仕事は人を雇ってしまえることに、彼女は思い当たらない口調だった。
「そこはうちの所轄管内だね。」
とオーリーは確認してみた。そのはずよ、とイヴェインは頷いた。
「今日はお仕事中なの、ワールウィンドさん。」
「勤務明けだよ、それから、俺のことはオーリーって呼んで。」
「じゃあ、私はイヴ。勤務明けなら、コーヒーを入れてもいいわね。書斎からレニーを連れて来て下さらないかしら。彼女は本の整理をしているの。私にはわか らない物だし、管理も出来ないから、彼女が売ってしまえばいいって。そうすれば、当分生活費の足しになるから、銀行の口座を切り崩さなくてもいいでしょ う、と言うの。本って、そんなに高価な物なのかしら。」
 イヴェインは一気に喋ってしまってから、台所に入って行った。オーリーは素直に書斎に足を運んだ。事件当夜イヴェインが体当たりして開けたドアは、壊れ たままだ。散乱していた古書は部屋の一角に積み上げられて、レインボウブロウが仕分けて箱に詰め込む作業に没頭していた。室内でも彼女はブルゾンを着たま まだった。
 オーリーは開いているドアをノックして、彼女の注意を引いた。振り返った彼女の目は黄色い眼球に瞳孔がやや開いて小さな虹彩の様に見えた。やあ、と声をかけて、オーリーは肩越しに台所方向を指さした。
「イヴがコーヒーを入れてくれる。休憩しないか。」
 レインボウブロウは立ち上がった。手に付いた埃を払い、彼をジロリと見た。
「何故私たちに関わりたがる、ワールウィンドさん。」
「担当だからさ。」
 オーリーは少しムッとした。彼女は「関わるな」と仄めかしたのだ。
「まだソーントン氏の頭部が見つかっていない。犯人の見当もつかない。」
 彼女が小さく溜息をつき、本を一冊手に取った。オーリーが先日古書店で見せてもらった「赤竜」と同じ本だった。彼女は用心深く古い書物のページを開いた。
「犯人の見当は付いている。ソーントン一族を祖先の仇敵と狙う鬼の子孫どもだ。」
「はあ?」
 パタンっと本を閉じて、彼女はオーリーにそれを差し出した。彼が意味を解さぬまま受け取ると、彼女は彼の横をすり抜けて先に台所へ歩き去った。

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