2013年3月24日日曜日

町工場

運送屋に聞いた話。

 個人営業のFさんは、大手と契約していて、夜間や休日の配達を代行している。地域の住人とは顔なじみだ。

 ある時、ニット工場のYニットへの日配の仕事を請けた。Fさんは、配達先の名前を見て、「おやっ」と思ったそうだ。Yニットは数年前に不渡りを出して廃 業したはずだった。何かの間違いではないかと思ったが、伝票の送り先はYニットだったし、送り主は国内最大手のT紡績傘下の染工場だ。Fさんは取り敢えず 荷物を運んだ。

 Yニットは田んぼや畑がある町外れにぽつんと建っていた。錆びた門扉を開くと、Fさんの記憶にあるままの古ぼけた工場の建物から織機の音が聞こえてきた。

「なんだ、仕事してるんだ」

Fさんは工場の中に入った。明るい屋内で、老社長が一人で機械を動かして靴下を編んでいた。

「やあ、Fさん、久しぶり!元気だった?」
「はい、お陰様で。社長もお元気そうで・・・」

確か、この工場には3人の従業員がいたはずだったが、社長しかいなかった。Fさんの視線に気付いた社長が苦笑いした。

「実は、うち、潰れたんだよ。ただ、今回どうしてもここの機械の仕事でなきゃ駄目だってオーダーが来たんで、一人で動かしてるの。まぁ、これで3人に払えなかった最後の給料を出せそうなんだ。」

Fさんは社長と少しだけ世間話をして、受け取り伝票にサインをもらって帰った。

 Fさんが家に帰って間もなく、仕事をくれた大手から連絡が入った。

「Fさん、あれ、誤配だ。Sニットカンパニーに送る荷物だったらしい。」
「え?でも、Yニットの社長さん、疑いもせずに受け取りましたよ。」
「冗談言うなよ、Fさん。」
と相手は言った。

「Yニットの大将、去年死んでるんだよ。」



 Yニットの社長の息子、Sニットカンパニーの社長、それに発注したT紡績の営業と一緒に、Fさんはもう一度田んぼの中の工場に行った。
 錆びた門扉は、Fさんが開けたままだった。工場は既に電気を止められていたので中は暗く、埃だらけで蜘蛛の巣が張っていた。
 社長の息子が窓を開けて、やっと明るくなった。

「だって、私、Y社長と電話で話をしたんですよ。」

T紡績さんは泣きそうになっていた。彼の視線は埃だらけの電話機を見ていた。

「あなたは電話だけでしょう。僕は本人と喋ったんだ。」

Fさんは恐いとは感じなかった。ニコニコしていた人の好さそうなY社長の笑顔や声が生々しく記憶に残っていた。
 Sニットの社長は機械を見ていた。

「最近誰か、これ、動かした?」
「いいえ、僕は工場を継がなかったから、ここは全然触ってないです。親父が死んでから、来たこともない。」

と息子。

「そう?でも、これ、手入れされてるよ。」

S社長は機械を撫でた。

「表面は錆びているけど、状態、良さそうだ。まだ使えるな。」

Fさんが配達した荷物がそのまま床に置かれていた。

「Yさんは不景気を乗り越えられなかったが、いい仕事をする人だった。早めに廃業していれば、心労を重ねずに済んだだろうに。この仕事が好きだったんだな。最後まで頑張って、無理して、倒産して、体まで壊しちまった。」
「化けて出ることなんかないのに。」

と息子。

「従業員は3人ともちゃんと再就職出来たし、借金もなんとか返せるめどがついたのに。」

T紡績さんだけが、まだ怯えていて、

「やっぱり幽霊だったんですかぁ?」

と言った。

FさんはY社長手書きのサインが入った受け取り伝票を出してみんなに見せた。

「Y社長は仕事が好きだったんですよ。大きな会社で働いてる人にはわからないかも知れないけど、ここはYさんの城だったんだ。」

家業を継がなかった息子が沈黙すると、S社長が言った。

「Yさん、もし良かったら、ここ、貸してもらえないだろうか? うちの会社、なんとか順調にやってる。工場を少し広げたいんだが、騒音問題やらで今の場所 では増築出来ないんだ。この建物、少しだけ手を入れて、機械は調整したらまた使えるし、そんなに経費をかけずに済みそうだ。あんたにも家賃が入る。返済の 足しになるんじゃないかな?」

Fさんはトラックを運転しながら、いろいろな噂や出来事を見聞きする。だけど、Yニットで起こったことほど不思議な出来事はない。 

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