2013年7月5日金曜日

中国のツボ

昔、南京町は人通りが少なくて、路面は穴ぼこだらけで、すぐそばの鯉川筋や元町商店街とは対照的な場所だった。

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母が勤めていた会社に、シンガポール帰りの奥さんが仲間に加わった。
母はすぐ仲良くなって、新入りさんは、お土産に、「これ、よく効くのよ」と言って、虎の絵が描かれたラベルの小瓶をくれた。中身は匂いのきつい軟膏で、母の肩凝りに効いた。

 薬は一月ほどでなくなり、母は自分で買うことにした。薬には中国語の説明しか付いていないので、名前がわからない。
「どこで買えると思う?」
と訊かれて、私は
「多分、南京町で」
と答えた。二人で出かけた。

 南京町は今ほどには観光客もいなくて、平日の昼間は閑散としていた。

 私たちは、一番大きな商行に入った。地下が中華食材売り場、地上が雑貨と漢方の材料の店だった。
ざっと眺めて歩いたが、珍しい物ばかりで、肝心の薬は見あたらなかった。
 母はカウンターに行き、店番の男性に薬の空瓶を出して見せた。
「これが欲しいんですけど」
「ああ、虎ですね」
店の人はあっさりと応え、カウンターの下から同じ瓶を取り出した。
 母は喜んで二つ買った。

 軟膏は日持ちするので、使い切る迄時間がかかった。 
 数ヶ月後、母は今度は独りで件の商行へ出かけた。
 男性は母を覚えていて、ニコニコと微笑んで迎えた。
「お客さん、良かったね」
「?」
 怪訝な顔の母に彼は言った。

「これから、大っぴらに買えますよ。 

 やっと輸入の許可が下りたんです。」

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