2013年1月4日金曜日

memory

CDーROMに新たな書き込みが為された。音声の再生時間は30分だが、記録されるべき「音」は正味7分足らずだ。
しかし、これは決して忘却されてはならない音なのだ。何故なら、これは、この地球上に確かに存在していた民族の、最初で最後の記録だからだ。

国立民族学研究所のスタッフの所に、掃除のおばさんが一羽のインコを持ち込んできたのは、半年前のことだった。おばさんは、そのインコが怪我をし て飛べないでいたのを保護して、獣医に診せ、自宅で世話をしていたのだけど、アパートでペットの飼育は禁止されていたので、あまり長く飼えないのだ、と 言った。管理人のお情けでインコの怪我が治る迄と言う期間限定で飼っていたのだ。インコが元気になると、おばさんはちょっと困った。インコは日本の野鳥で はないし、どうも暖かい国の鳥みたいなので、野外に放鳥するのは良くない、と考えたそうだ。ペット屋に持ち込むのは、なんとなく抵抗があったし、動物園 は、既にそう言う保護された鳥で手がいっぱいなのだそうで、鳥を託せる場所として、職場に持ち込んだ訳だ。
「何故、ここに?」
とスタッフが尋ねると、おばさんは真面目な顔で答えた。
「この鳥、外国語を喋るからです。」
確かに、ここは民族学の研究所で、私は言語学者だった。

緑色の綺麗なインコだったが、もうかなり歳を取っていた。片足でリンゴをつかんで囓るのが日課で、うつらうつらしていることが多かったので、おばさんが名付けた「うつら」をそのまま名前にした。
「うつら」は、おばさんが言ったとおり、何語かを喋った。さえずりではなく、確かに文法を持つ人語だった。食べ物をもらうと必ず二音節から成る一つの単語を発した。恐らく、「ありがとう」なのだろう、と思われたが、照合するにも似た単語を持つ言語がなかった。
 そこで、「うつら」のDNAを理学部に送り、棲息地を検索してもらった。その結果、「うつら」はアマゾン河流域の鳥だと判明した。アマゾンの原 生林には多くの先住民がおり、彼らは急速に減少している。外部からもたらされた病気で死んだり、開発に邪魔だと言うことで殺されたりするのだ。また、彼ら 自身も町へ出て、他の部族に吸収されてしまうこともあるだろう。
 アマゾンの言語を研究している現地の学者に聞いてもらう為に、「うつら」の声をCDに録音して、コピーを送った。あちらの学者も初めて聞く言語だと驚いていた。そして、さらにコピーを取って、各地で調査してくれたらしい。その結果、わかったこと・・・。

「87歳の老人が、昔奥地から嫁に来た母親が喋っていた言葉とよく似ていると言っていました。彼は、意味を理解出来るが、彼自身はもう喋れないそうです。その言語を喋っていた部族は、80年前に伝染病で死に絶えたんですよ。」

 老人が訳してくれた「うつら」の言葉。それは、

「ありがとう」
「神様に感謝します」
「獲物がたくさん捕れたよ」
「神様 助けてください」
「伝えてください 私たちがここにいたことを」

1 件のコメント:

  1.  本当に、奥地で少数民族が虐殺されていると聞いたです。理由は邪魔だから。欲に駆られた人間が一番恐ろしい。
     この種族がなぜ滅んだのか判りませんが、「神様、ありがとう」とか、感謝をわすれない民度の高い人たちじゃないですか。生き残るのは神様に嫌われるタイプの奴らなんですね。(;人;)

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