「どちらから来られたんですか?」
「大阪です。」
クルマに乗り込もうとした時だった。彼女が話しかけてきた。
まただ!
「どちらへ行かれるんですか?」
「上(かみ)の方へです。」
地元の作業員に教わった通りに答える。決して「下(しも)」と答えてはいけない。
「お一人ですか?」
「仲間と一緒です。」
一人なのだが、仲間が待っているふりをする。一人だと答えれば、どうするつもりなのだろう?と思いつつも、地元民の忠告を無視したりしない。
「私も行っていいですか?」
ここでうっかり「はい」とか「いいえ」と答えてはいけない。どちらの返答も彼女は気に入らないのだから。明確な返答をしてはいけない。
振り返らずに答える。
「上へ行くのですよ。」
彼女は黙り込む。想定外の返事だからだ。どう対処して良いのかわからなくなる。
毎日、同じ質問をして、同じ返答をもらうのに、対処出来ない。
その間にクルマに乗り込み、ドアを閉じる。エンジンをかける間も、そちらを見ないように気を付ける。見たいと言う誘惑が心に生じるが、負けてはいけない。
エンジンがかかってクルマが走り出すと、ホッとする。彼女の声はもう聞こえないし、彼女も話しかけてこないから。
クルマはヘアピンカーブを順調に走り、坂を上り、峠にさしかかる。そこでやっと見下ろすことが出来る。
翡翠色の湖。
自然石が川をせき止めてできた天然のダム湖だ。近年、その石がもろくなり、崩壊の危険性が出てきた為、それに先だって人工的に崩して、水を解放し、下流を水害から守ることに決まった。
石のどこにダイナマイトを仕掛けるか、調査していたら、夕刻になって彼女が話しかけてきた。
地元民から、既に忠告を受けていた。
あれは、翡翠色の水が話しかけてくるのだ、と。
決して、「下へ行く」と言ってはならない。上へ行きなさい。水は上がって来られないのだから。
「大阪です。」
クルマに乗り込もうとした時だった。彼女が話しかけてきた。
まただ!
「どちらへ行かれるんですか?」
「上(かみ)の方へです。」
地元の作業員に教わった通りに答える。決して「下(しも)」と答えてはいけない。
「お一人ですか?」
「仲間と一緒です。」
一人なのだが、仲間が待っているふりをする。一人だと答えれば、どうするつもりなのだろう?と思いつつも、地元民の忠告を無視したりしない。
「私も行っていいですか?」
ここでうっかり「はい」とか「いいえ」と答えてはいけない。どちらの返答も彼女は気に入らないのだから。明確な返答をしてはいけない。
振り返らずに答える。
「上へ行くのですよ。」
彼女は黙り込む。想定外の返事だからだ。どう対処して良いのかわからなくなる。
毎日、同じ質問をして、同じ返答をもらうのに、対処出来ない。
その間にクルマに乗り込み、ドアを閉じる。エンジンをかける間も、そちらを見ないように気を付ける。見たいと言う誘惑が心に生じるが、負けてはいけない。
エンジンがかかってクルマが走り出すと、ホッとする。彼女の声はもう聞こえないし、彼女も話しかけてこないから。
クルマはヘアピンカーブを順調に走り、坂を上り、峠にさしかかる。そこでやっと見下ろすことが出来る。
翡翠色の湖。
自然石が川をせき止めてできた天然のダム湖だ。近年、その石がもろくなり、崩壊の危険性が出てきた為、それに先だって人工的に崩して、水を解放し、下流を水害から守ることに決まった。
石のどこにダイナマイトを仕掛けるか、調査していたら、夕刻になって彼女が話しかけてきた。
地元民から、既に忠告を受けていた。
あれは、翡翠色の水が話しかけてくるのだ、と。
決して、「下へ行く」と言ってはならない。上へ行きなさい。水は上がって来られないのだから。
0 件のコメント:
コメントを投稿
コメントを有り難うございます。spam防止の為に、確認後公開させて頂きますので、暫くお待ち下さい。
Thank you for your comment. We can read your comment after my checking.