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2013年5月3日金曜日

ゴールデンウィーク

店員「GWに休ませてください。」

店長「なに言ってるんだ。忙しいのに休んでもらっては困る!」

店員「でも予定入れちゃったんで・・・」

店長「休むって言うんだったらクビだ!」

店員「じゃ、辞めます。」

店長「ちょ・・・ちょっと待った! GW直前に辞められたりしたら困る。」

店員「じゃ、GW終わったら辞めます。」

店長「そ・・・そうか?  じゃ、GWは残ってくれるんだな。」

店員「はい。」

店長「良かった・・・」

店員「じゃ、GWに休んでいいですか?」

2013年3月6日水曜日

カバ田さんの訃報

 その日、全国の新聞の第一面を見た人々は、「え?」と思った。
第一面一杯に一人の女性の笑顔の写真が掲載され、上に大きく横抜きで「カバ田さん逝去」と書かれていた。
ごま塩頭の髪はパーマをかけられて、綺麗に波打っていた。額にも目尻にも皺が刻まれ、団子鼻をふくらませ、口を大きく広げて楽しげに笑っている写真。口の中には、あれは、金歯か?
 首に巻いているのはスカーフと言うより手ぬぐいみたいだ。くたびれた襟首のセーターは、それでも清潔そう。
 なんだか懐かしい印象を与える、市井のおばちゃんの笑顔だった。
 だけど・・・だけど・・・

 新聞各社には電話が殺到した。

「カバ田さんって、誰?」

 新聞社にも答えられなかった。掲載した編集者たちも記者たちも答えられなかった。何故だか知らないけれど、どこからか写真が送られて来て、誰も何もわからないまま、「載せなければ」と言う使命感を覚えてしまった、と言うのが真相だった。

 この現象をその日、各テレビ局が取り上げ、論議した。
カバ田さんとは何者なのか。
誰が新聞社に彼女の写真を送ったのか。
一体何の目的でそんなことをしたのか。
これは、新手のテロなのか。
ただの愉快犯か。

 みんなが見落としていた。
 その同じ日の新聞の社会欄、片隅に小さく載っていた記事。

 <国民から、「庶民」意識が消える。>
 ○○誌が全国の読者対象に独自のアンケート調査を行ったところによると・・・。

2013年2月27日水曜日

木になる絵

鬱病に悩んでいた頃、通りすがりの絵描きから一枚の絵を買った。買わされたと言った方が良かったかも。鬱の時は何も欲しくない。絵を買わなければ通せんぼされて何処にも行けそうになかったからだ。
 丘のてっぺんに大きな木が一本生えている風景画だった。背景は夕陽で真っ赤に染まった空。木はシルエットで黒く描かれており、中央よりやや右よりに立っていた。一番太い枝が左へ伸びている、その下に何かぶら下がって見える。
 最初は丸太に見えた。
 翌日、よく見てみると、人間だとわかった。縊れているのだ。
 鬱のせいで、時々自殺を考えていたが、そんな絵を見ると、何故かギクリとした。
 絵は、毎日変化して見えた。シルエットだったのが、だんだん写実的になり、服の色がわかるようになった。何故かえび茶色の服を着ている。
まるで私のお気に入りの服みたいだ。
 顔がわかるようになったのは、5日後で、窒息した為に眼球が飛び出しそうになって、舌が唇の間からはみ出し、顔面が腫れ上がっている。
ぼんやり思ったものだ。
「死んだら、あんな顔になるのか。自分は、ああはなりたくないものだ」
 10日もすると、絵から異臭が漂い始めた。
 絵をビニルで包み、倉庫の奥に仕舞った。
 絵の中の首つり人の顔が頭から離れなかった。嫌で嫌で、吐き気がした。
あんな姿にはなりたくないと説に願った。
自殺など頭から振り払い、ひたすら死から遠ざかろうと頑張った。
生きるんだ、あんな木の下にぶら下がって腐ってなるものか。
いつか鬱を乗り越えたと医者から言われ、自分でも自信がついた。
絵のことを忘れて生きていた。

 知り合いが「死にたい」ともらした。家族の中で不協和音が生じ、長引いているのだと言う。
 ふと、絵を思い出した。
「適切なアドバイスは出来ないが、あげる物があるよ。」
倉庫から、絵を引っ張り出して、包みを開いた。
アッと思った。
丘の木の枝には、何もぶら下がっていなかった。
夕陽の背景は、真っ青な晴れ渡った空になっていた。
「綺麗な絵ね」
と知り合いが言った。
「世の中には、こんなに気持ちの良い風景もあるんだわ。 もう少し頑張って、この丘に行ってみようかしら。」

2013年1月15日火曜日

顔を泥だらけにした女の子がいた。きちんとパーティー用の服装をしているのに、顔だけ汚れている。親はどうしたんだ、と思いつつ、注意した。

「ちゃんと鏡を見て綺麗にするんだよ」

夜のパーティーだから、子供はほとんどいなかったが、同伴してくる親もいない訳ではない。きっと子守が見つからなかったのだろう。
その子は10歳ほどに見えた。おめかししているのに、顔だけ汚れている。

「だって、鏡を見るの、怖いんだもの」

と言った。

「どうして?」

「怖いものが映るの」

「何かな?」

「おじさんなの」

要領を得ないので、その子を連れて会場を出て、トイレに行った。男子トイレに女の子を連れ込むのは、あらぬ疑いをかけられる恐れがあったので、入り口のドアを大きく開いたままで、子供を鏡の前に連れて行った。

「ほら、何も映っていないだろ・・・」

そこで、ボクは絶句した。
鏡の中に映っていたのは、ボク一人。ボクの前に立っている女の子は鏡の中にいなかった。

「ほら・・・」

女の子は鏡の中のボクを指さして言った。

「おじさんが映っているでしょ?」

ドアがバタンっと閉まった。

2013年1月4日金曜日

草刈り

わしが若かった頃の話じゃけど。

田んぼの畦で草刈りしとったんじゃ。田植え前の、ぽかぽか陽気の日で、ええ気持ちで草刈っとったら、巳さんがおってな。鎌首もたげてこっち見よるさかい、鎌ですくい取って、後ろへポンッと投げたんや。

そんならなぁ、そこへうちの嫁さんがチャリンコで来よった。チャリの前篭にお茶やらお菓子やら入れてな、わしに休憩さそ、思うて、来たんやな。
その前篭にな、わしが放った巳さんが、まともに入りよったんや。
嫁さん、「ウギャ~!!」ちゅうて、この世の者とも思えん悲鳴上げよってからに、チャリを放り出して逃げて行ったんや。

三日ほど、口きいてくれへんかったなぁ・・・。

2012年12月8日土曜日

帰り道

バス停から家までの道は、少し距離がある。街からそのバス停までは住宅街が続いているのに、バス停から我が家までの間は松林と畑と門から建物まで距離がある大きなお屋敷しかない。
 昼間でも人通りが少ない。バスの到着の前後だけに人は集中して通る。だから、この道でかつて下校途中の女の子が悪い人に襲われて気の毒な目に遭わされたことがあった。
 夕刻、バスから降りて薄暗い道を歩き出すと、後ろから足音が近づいてきた。視野の隅に小学生の男の子がいた。足を速めると、彼も速める、速度を落とすと、彼も落とす。つかず離れず付いてくる。

 ふと、数日前の新聞の見出しを思い出した。
「小学生がひったくり」
「つかまえて見れば、五年生」

 そんなはずはない、と否定してみても、不安は拭えない。嫌な世の中になったものだ。子供を警戒しなきゃならないなんて。
 
 子供の息づかいがすぐ後ろで聞こえる。こちらは、自然と早足になる。子供はぴったり付いてくる。
 丁字路にさしかかった。不意に子供が前に回り込んできた。ギョッとしていると、向こうから声をかけて来た。

「お姉さん、右へ行くの、左へ行くの。」
 ドキドキしながらも答えた。
「左だけど・・・」
 
 子供はふうんと言った。
「僕は右へ行かなきゃいけないの。じゃね、ばいばい!」
 そしていきなり駆けだして行った。

 ああ、私は馬鹿だった。怖かったのは、あの子も同じだったんだ。私が勝手にあの子を疑って警戒していた時に、あの子は私を唯一人の頼れる大人として必死で遅れまいと付いてきていたのだ。
 せめて、こう言ってあげればよかった。

「気を付けて帰るのよ。」と。

神の手 ?

 フランク何某を知っているか?
下の名前はどうでも良い。名乗る度に変わっていたから。
フランクは場末のバーやダイナーでピアノを弾く流しのピアニストだった。店に収入の半分を納めて、店の客から心付けをもらって弾く。それで暮らしていた。

 変わった男だった。モーツァルトを弾かせると、客は聞き入って食事を忘れてしまう。まるでモーツァルトその人が弾いているみたいだ、なんて言う ヤツもいた。しかも、フランクは自分が作曲した曲を混ぜてしまうのだが、誰も気づかない。モーツァルトの未発表の曲だと思ってしまうのだった。
 ベートーベンを弾かせても同じ、バッハだって、シューベルトだって、ワーグナーだって、グレン・ミラーだってガーシュインだって、まるで作曲家その人が弾いてる、と思わせるほど人々の耳を惹きつけた。
 そんな凄いヤツがどうして無名だったかって? それは、フランクが有名になりたくなかったからだ。一カ所に一週間も居着かなかった。固定客がつきかけると、慌てて荷物をまとめて町を出て行った。だから、俺は彼のピアノが聞きたくなったら、探し回らなければならなかった。

一度聞いてみたことがある。
「どうして逃げるんだ?」
「自由に弾きたいからさ。」
と彼は言った。
「モーツァルト風やガーシュイン風の曲をどんどん書けるのに、何故発表しないんだ?」
「俺が書いたんじゃないからさ。」
「では、誰が?」
「あんたが、さっき言ったじゃないか。」
彼はいつも謎めいていた。

 そして、二年前のクリスマスの夜、彼は川岸のレストランで、シューベルトの交響曲第8番ロ短調D.759「未完成」を”完成した”状態で弾いてのけたんだ!
それが、俺が彼のピアノを聞いた最後だった。

 年明けに、彼は墓地の裏の路地で、玩具のピアノを抱いた状態で凍死していた。
 
 彼の古ぼけたトランクには、手書きの楽譜がいっぱい詰められていた。
驚いたことに、それらは、全て、過去の大作曲家たちが残した現存する楽譜の筆跡と全く同じ筆跡による「新曲」だった・・・。

フランクは何者だったのだろう。

2012年11月16日金曜日

警官が町内をパトロールしていると、ある家の前で女性がドアの鍵をこじ開けようとしていた。

「どうしました?」

警官が声をかけると、女性はホッとした表情で説明した。

「鍵が見あたらないので、なんとか中に入ろうとしているんです。家の中にきっと合い鍵があるはずですから。」

「では、窓から入ってはどうです?」

「さっき試してみましたが、無理でした。この家の窓は二重ロックなんです。」

「では、玄関も多重ロックの可能性がありますね。」

「いいえ、玄関は一カ所だけなんです。」

「ああ、そうでした、ご存じですね。」

「早く開けないと、家の人が帰ってきたら困りますわ。」

「困るでしょうね、それは・・・」

警官は苦笑いしながら言った。

「ここは私の家なんです。」

2012年9月30日日曜日

聞いた話

奈良県に住む友達の娘が中学生の時の話。

クラスの仲良しばかり数人で、近所の山へハイキングに行った。
森の小道を散策し、なだらかな斜面で町を見下ろしながら、お弁当を食べ、道中お喋りしながら、半日楽しく過ごした。
途中で、誰かが草むらに白い木の破片の様な物が散らばっているのを見つけた。
真っ白だったので、注意を惹いたのだ。よく見ると、動物の骨らしい。
友達の町では、珍しくなかった。奈良県は鹿が多く、ちょっと藪に入ると自然死した鹿の亡骸などを見つけることもあるのだ。
友達の娘は動物の骨に興味がなかったが、物好きな女の子が一人、大きめの骨を記念にと拾って帰った。

その夜、友達の家に警察官が来た。
骨を発見した時の状況を詳しく知りたいと言う。
なんでも、拾って帰った子の親が、その骨を見て、鹿の骨ではない、と感じて、警察に通報したのだと言う。
警察でも、それは人の骨だろうと言うことで、検屍官に見せ、果たして人骨であると確認されたのだ。
友達の娘はどきどきしながらも、しっかりと見つけた場所や骨の散らばり方、他のゴミと思われた遺留品などを語った。

警察官は彼女に感謝して帰って行った。
友達の一家はその夜、ちょっと興奮してよく眠れなかった。
学校でも、その話でもちきりになった。警察官はあの時ハイキングに参加した子供たち全員の家に来ていた。不思議なことに、それが全部同じ時刻だった。ちょうど子供たちが好きなドラマが終わった時刻だったので、みんな覚えていた。
友達はちょっとおかしいな、と思った。10人近い子供の家に一斉に事情聴取に来るものだろうか。警察官がそんなに大勢繰り出すような事件なのだろうか。
友達は警察に電話してみた。あちらこちらと電話は回された。と言うのも、友達の家に巡査を寄越した刑事とか、捜査課が見つからなかったからだ。
最後に、骨の通報を受けた刑事がやっとつかまったが、巡査を生徒の家に派遣した覚えはないと言う。
「確かに人骨でしたが、自殺者と思われ、事件性もないので、そんな夜分に子供さんから事情聴取するようなことはありません。」

では、子供たちの家に同時に現れた警察官たちは何者だったのだろう。
切れ長の涼やかな目に、かすかにニキビが残っていた頬、きりっとした薄唇、顎の左にあった黒子・・・目撃者の証言は全部同じだった。
そして、一つ判明した・・・

心神耗弱状態で数年前に退職した元警察官が一昨年の末から行方不明だったこと。

2012年9月27日木曜日

K課長の思い出話

K課長がお昼休みに、昔話をしてくれました。

「俺が小学校の頃に、近所に偏屈なおっさんがおってな。
ある日、俺等がキャッチボールをしていたら、ボールがそのおっさん家(ち)の庭に入り込んでしもうた。俺等は塀越しに『おっちゃん、ボール返してんか』って言うたんや。
そ うしたら、そのおっさん、俺等が礼儀を知らん、言うて怒りよってな、仕方がないから、俺が代表で玄関まで行って、頭下げて、『ボール取らし(せ)てくださ い』って謝ったんや。それやのに、その偏屈なおっさんは、『儂の庭に入ったボールは儂のもんや。おまえ等のもんと違う。さっさと帰れ!』って言いくさり よってな。埒があかんから、俺等も諦めたんや。」
課長はそこで、お水を一口飲んでから、
「ところが、それから数日たって、そのおっさんの家の前を通ったら、家のもんはみんな留守で、庭に面した障子が前部開け放ったままやった。夏やったし、今と違うて田舎では泥棒なんてなかったから、無防備やったんや。
それで、俺は庭に入って、散水栓のホースをおっさんの部屋に向けてな、水を撒いてやったんや。スカッとしたわ。後で親父にばれて、大目玉食ろうたけどな。」
課長はそこでちょっと食べてから、また続けました。
「高校卒業する前に、俺は地元の会社をいくつか面接受けたんや。ほんまは大阪行きたかったんやけど、親が地元を望んだからな。
三 つ目の会社の面接で、机の向こうに座っとったのが、例の偏屈なおっさんやった。おっさん、俺を覚えとってな、『あ、おまえ、いつかの悪ガキ!』って言うた わ。俺もその時には多少は大人やったから、『その節は大変ご迷惑をおかけしました』って謝った。すると、おっさん、大声で笑いよって、『まったく、あの時 は家の中を水浸しにされて、往生したわ。』やて。
それから、『おまえ、ほんまは田舎でくすぶる様なヤツ違うやろ。大阪とか、出たいのと違うか?』って聞きよった。
俺が『うん、大阪行きたいです』って言うたら、なんと、紹介状書いてくれてな、T紡績に就職出来たんや。何が縁になるか、人生わからんもんや。」

それで、私は

「要するに、その『おっさん』は、課長を厄介払いした訳ですね?」

課長はちょっとムッとして

「まぁ、そう言えるかも知れんな。ところで、君のステーキが一切れ、さっき君がナイフを入れた時に、俺の皿に飛んで来たが、これは俺のものだから、返さないぞ。」

2012年9月20日木曜日

吸血鬼

その1

吸血鬼
「血ぃ吸うてもええ?」

人間
「ええけど、後で杭が残るで。」


その2

吸血鬼
「君と一緒に昼を共に過ごしたいなぁ・・・でも、店で売ってるお棺は全部一人用で、狭いんだ。」

人間
「それは残念やなぁ・・・うちのおカンやったら、二人分の幅があんのになぁ・・・」

2012年9月12日水曜日

記憶喪失

章は昔から身勝手な記憶喪失に陥ることで有名だった。
普段は記憶力の良い男なのに、兎に角自分に都合の悪いことや嫌なことはすぐに忘れるのだった。
だから、章がある殺人事件に巻き込まれた時、彼の証言を期待した刑事達は失望させられた。

「どうしても思い出せないって言うのか?」

「ええ、駄目みたいです。嫌なものを見てしまったので、即行でそこの時点だけ記憶を削除しちゃったみたいで・・・」

「困った男だな。」

「そうですね、事件の当事者なのに・・・」

「彼の今の立場だったら包み隠さず喋ってくれると思ったんだが・・・」

「犯人はそこで彼の霊に手を合わせて告白してるんですからね。被害者がそれを裏付ける証言をしてくれると期待したのに・・・」

「なんで幽霊になってまで、物忘れするんだよ!」

2012年3月8日木曜日

古文書

「この古文書を読み解いてください」

 と見知らぬ美女から、巻物の様な物を渡された。ごわごわした羊皮紙の様だ。力を入れると破れそうなので、静かに紐を解き、広げて見た。
 初めて目にする文字だった。何語なのか、さっぱり分からない。西洋の文字ではないし、アラビア語でもないし、漢字でもない。

「この文書は何処で?」

 尋ねると、美女は困った様に目を伏せた。

「図書館にあったのです」
「どこの?」
「この町の・・・」

 この町の図書館は文学専門じゃなかったのか?こんな考古学的資料など置いていただろうか。
 もう少しよく調べようと文書を注意深くめくってみた。
 ページの間に何か硬い物が入っていた。紙の隙間から取り出してみると、それは鱗の様に見えた。

「ああ、解いてくださったのですね!」

 彼女が嬉しそうに叫んだ。 なんのことか、と尋ねようと振り返ると、そこに彼女の姿はなく、一匹の竜がいた。

「有り難う」

 と竜が人語で言った。

「尻尾の鱗が挟まってしまって、自分では取れずに1000年間、その文書と共に過ごしてきました。誰もその文書を開こうとしなかったので・・・。
お陰で自由になれました。何か、一つ御礼を差し上げましょう。好きな物を仰ってください。」

 そう言われても、こっちは腰が抜けているから考える余裕もない。思わず口から出たのは、

「ううう・・・」

「鵜ですね!」
 竜はにっこり(?)笑って、鵜を三羽出すと、机の端に留まらせた。

「では、恩返しは済みました。さようなら!」

 竜は窓から飛んでいってしまった。

2012年3月3日土曜日

献花する人

「ここに、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんの家があったんだって」
彼女が示した場所は草ぼうぼうの空き地だった。緑色の金網を張ったフェンスが取り 囲んで置かれていた。西隣のタバコ屋は新しい建物だ。東隣は駐車場。北側は、これも新しいマンション。南が空き地なので、きっと日当たり良好だろう。マン ションの両側がちらりと見えたが、駐車場と更地だった。やはり、元通りの街並みには戻っていないんだ。
「3軒続きの長屋みたいな家でね、お祖父 ちゃんお祖母ちゃんは真ん中に住んでたんだ。ちっちゃな庭付きの小綺麗な町屋だったよ。こじんまりした門があって、敷石を二枚歩くと引き戸の玄関があった の。玄関上がると短い廊下でさ、お座敷二間だけの家。それでも広い方に床の間があって、仏間もあったの。押入もちゃんとあったよ。狭い方のお部屋はお祖母 ちゃんの仕事場ね。和裁をしてて、頼まれ物の着物を手で縫ってたの。
台所は反対側、どっちの部屋からも直接行けるのよ。板間で薄暗かったけど、そこでお祖母ちゃん、いつもコトコトお芋やカボチャを煮込んでいたわ。
台所の横にお風呂があったけど、お祖母ちゃんはそこは洗濯場にして、お風呂は街のお風呂屋さんに行ってた。風呂桶が壊れて、修理するよりお風呂屋さんに行ってお友達と会うのが楽しかったんでしょうね、きっと。
トイレは庭の所に突き出た形であったわ。廊下の突き当たりがLの字に曲がってたの。昔のぼっちょんトイレね。手洗いは、庭に手水石があって、そこの上に水を入れた提灯みたいなのを吊して手を洗うのよ。え? 見たことがない?そうでしょうね。
庭は楓や竹が植わってて、根本の岩の上に蛙の焼き物が載ってた。お祖父ちゃんは、私が欲しがってもくれなかったけど。」
彼女はフェンスの足元に花束を置いた。
「どうして、ここが更地になったかって?
あの地震を覚えているでしょう?ここはあの時の激震地だったの。この辺、全部崩れて焼けたのよ。
うちのお祖父ちゃんとお祖母ちゃん?
ああ・・・地震の時はもう引っ越して私の家の隣に住んでたわ。だから、あの時ここに誰が住んでたのか、知らない。」

2011年12月27日火曜日

幸福度

日本の都道府県幸福度1位は福井県、最下位は大阪府だそうです。

「気ぃ悪いわ。」

「住みやすいのになぁ」

「食べるんにも全然困らへんし。」

「で、あんた、これからどこ行きなはんの?」

「公園や。救世軍がカレー配ってるそうやから。」

2011年10月14日金曜日

考古学者???

「先生、昨日亡くなったドンブリ島文化研究の権威バカヤマ先生の遺品なんですが・・・」

「ん? どうしたんだね?」

「ドンブリ島人の若者が自分の物だから返して欲しいと言うのです。」

「バカヤマ先生のコレクションは全て遺跡から収集した物だろ。 個人の持ち物はないよ。」

「それが、彼が言うのは、あれは遺跡ではなくて、今でも使っている現役の墓所だそうです。」

「なんだって? あんなに荒廃していてジャングルに呑み込まれかかっていると言うのに?」

「ジャングルなので、草刈りをしても一月でああなっちゃうんだそうです。 それに、ほんの二月前に葬った彼のお祖父さんの骨も無くなっているそうです。」

「そうか・・・その若者にバカヤマ先生の遺品を見てもらって、該当する物を返還する手続きをしてあげなさい。 もし貸してもらえる物があれば、研究用にお借りするように。」

「わかりました」

「あ、それから・・・そこのロッカーに入れてある骨格サンプルも返してあげてくれ。多分、彼のお祖父さんだ。」

2011年10月1日土曜日

海岸通りの家

念願の海のそばの家を手に入れた。寝室が二つだけ、リビングとダイニングとキッチンとバスルーム、それにユーティリティーだけの小さな家だったけれど、一人暮らしなんだから、十分広かった。住所は海岸通り4丁目13番地。ちょっとかっこいいじゃない?
それに、なんてったって、すごく安かったんだもの。
引っ越しの時、運送屋さんは、荷物を置くと、逃げるように帰って行った。コーヒーでも入れようと思ったのに。
近所の人は何かこそこそ井戸端会議。挨拶すると笑顔で返事してくれたけど、ちょっとよそよそしい。何だろ?

夕陽が素晴らしい。寝室の一つを書斎にして、仕事の合間に海を眺めて休憩する。太陽が水平線に沈んでいくのを見ながらコーヒーを飲むなんて、最高の贅沢だ。
「こんな風景を私たちだけで楽しむなんて、もったいない気がしない?」
と呟いて振り返ると、彼女がそこにいて、にっこり笑って応えた。
彼女はこの部屋の住人だ。晴れた日の夕方だけ現れる。首から上だけのロングヘアの若い女性。きっと夕陽が好きで好きでここに居着いたのだろう。

キッチンで料理をしていると、子供たちが走り回っている。「子供たち」と言っても、見えないから、そう呼ぶだけ。2人だか3人だか、パタパタと足音がする。カップにミルクを入れてテーブルに置くと静かになる。喉を潤すと、次の日まで静かにしている。

庭には麦わら帽子を被った男の人がいる。フェンスのペンキを塗り直していると、そばに立ってじっと見ていた。
「この色、気に入ってくれるといいのですが」
と言ったら、うんうんと頷いて消えた。外装に手を加えると、いつも見にやってくる。だから、センスの良い色を選ぼうと努力している。

リビングには読書が好きな女の人がいて、ソファに座って本を読んでいる。本のページはちっとも進まないが、私がテレビを見ていると、一緒に見て、笑っている。

海岸通りの家は、素晴らしい。一人暮らしだが、ちっとも退屈しない。

からくり人形

 暗い玄関に入って、「ごめんください」と言う。

 カタカタ・・・と音がして、廊下の奥からからくり人形が茶碗を載せたお盆を運んでくる。

 目の前でピタっと停まったので、茶碗を受け取って、一口飲んで、返す。

 からくり人形は回れ右して、カタカタ・・・と音をたてて去って行きかける。

「すごいよね、あんな物を昔の人が発明したなんて」

と呟くと、人形が振り返って、ニタッと笑った。

2011年9月25日日曜日

記憶

タローが目覚めた時、両親は大喜びした。もう永遠に眠ったままかも知れないと、医師から言い渡されていたからだ。 だから、タローに事故に遭う前の記憶が一切ないことが判明しても、そんなに哀しまなかった。息子が生きていることだけで、嬉しかったのだ。
 タローは肉体的にはすっかり治ったので、退院して帰宅した。家の中は全く未知の世界で、勝手がわからずに戸惑った。しかし、何をどうするのか、体は、あるいは脳のどこかが覚えているのだろう、すぐに普通の生活に戻っていった。
医師は、仕事も以前と同じようにしてみるようにと勧めた。職場の人々も彼を温かく迎えてくれた。
タローは過去には固執しないようにと自分に言い聞かせ、新しい生活に馴染んでいくのだった。

「患者309985は、順調に元の生活に戻りつつあるようだね。」
「はい、鬱状態も緩和され、明るさも取り戻したようです。」
「過去は忘れて、新しい生活を始めると言うのが、効果的だったようだな。」
「そうですね。戦争で息子を亡くした親が鬱になって国全体の活気がなくなっていく傾向が出ていますから、アンドロイドの息子を与えて、息子の戦死と言う過去を消し去る治療法は有効のようです。」

2011年9月22日木曜日

鐘撞堂

山寺の小僧さんが鐘を撞きに行ったまま帰って来なくなると言うことが度々起こった。和尚さんは初め、小僧さんが修行がイヤで逃げたのだろうと思っていた が、こう次々といなくなるのは解せない、と思い始めた。そんなに厳しくしているつもりはなかったし、どの子も逃げ出すような素振りがなかったからだ。
 これはどうしたものか、と思案していると、旅の僧が一夜の宿を求めて来た。
 端正なお顔で教養もありそうで、どこぞの大きなお寺の偉い坊様かも知れない、と思った田舎和尚は、その旅の僧侶に小僧さんたちの失踪の話を語って相談してみた。
「なるほど、それでこのお寺は夕刻の鐘を撞かないのですね。」
と旅の僧侶は納得して、一宿一飯のお礼に、明日調べてみようと言った。

 翌日、旅の僧侶は鐘撞堂へ行ってみた。山寺の鐘は、本堂から離れた藪の向こうにあったのだ。お堂には生臭い匂いが漂っていた。僧侶は和尚さんに頼んで、魚を一匹調達して、魚に糸を結わえ、鐘の下に置いた。
 夕刻、僧侶は鐘を一回だけ撞いて、藪の中に姿を隠した。
 暫くして、草むらから大きな蛇の様な物が出てきて、魚をぱくりと食べてしまった。大蛇が去った後には、魚に結わえておいた糸が伸びていた。
僧侶がそれをたどって行くと、森の奥に深い沼があり、糸はその中に消えていた。

 和尚さんはその話しを聞いて、村人を集めた。日が高い間に、みんなで沼の水を抜いた。その間、和尚さんはずっと声高らかにお経を読んでいた。
沼の底が曝されると、泥の中に、大蛇がうずくまっていた。お経で動けないので、村人たちに退治されてしまった。

 いなくなった小僧さんたちは二度と帰って来なかったけれど、それから失踪する小僧さんは出なくなったそうな。

 それから、旅の僧侶は、大蛇が退治されるのを見届けると、五色の雲に乗って西方の空に飛んでいってしまったと言うことだ。