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2013年4月4日木曜日

おいやん

 カオリが入社した時、既においやんはそこで働いていた。正社員ではなくて、パートの運転手だった。下請けと本社の間を品物を積んで行き来していた。陽気で冗談好きなので、誰とでも仲良く出来る人だった。
 あ、「おいやん」と言うのは、播州弁で「小父ちゃん」って意味だ。ホントはナカノさんって言うんだけど、みんな親しみを込めて「おいやん」と呼んでいた。
 カオリは、何故おいやんが正社員でないのか不思議だった。年齢的にも普通の社員と変わらなかったし、毎日通勤していたし、お昼は社員食堂でみんなと同じ給食を食べていた。一度、思い切って尋ねてみたら、おいやんは答えた。
「そうかて、気楽やんけ。」

 やがて会社が新しい配送センターを建設して、数名の社員をそこへ転属させた。センターの責任者はヤマダ課長と言う人で、ちょっと偏屈者で通っ ていた。彼は気に入らない部下には陰険な虐めをすることで有名で、部下たちは次々と脱落して本社に戻された。本社はちょっと困って、いろいろと人材を送り 込んでみたが、どれもヤマダ課長の眼鏡にかなわなかった。そこで、最後に、本社はおいやんを送り込んだ。
 おいやんの性格はヤマダ課長にも気に入られたようだ。そこで、結局10年ばかり、おいやんは課長と一緒に働いた。
 カオリがセンターの事務員として転属すると、仕事のノウハウを教えてくれたのは、上司の課長ではなくて、おいやんだった。課長と二人きりだと息が詰まっただろうが、おいやんがいてくれたのでカオリは何とか泣き言も言わずに仕事を覚えていった。

 大型台風が播州地方に多大な被害を及ぼした。
 課長の家もおいやんのトラックも水没した。勿論、会社も被害を受けた。
 おいやんは自分のうちのことは奥さんに任せて、連日会社の復旧作業に携わった。茫然自失の社員たちを叱咤激励して、力仕事に励んだ。
 カオリはこの時ほど、おいやんが頼もしく思えたことはなかった。
 そして、どうにか平常の生活が戻ってきた時・・・。

 カオリはおいやんが担いだ荷物を落っことすのを目撃した。おいやんは腰に手を当てて辛そうにあえいでいた。
「大丈夫?」
「ああ、ちょっと腰が痛いだけや」
 しかし、大丈夫ではなかった。次の日、おいやんは立てなくなって仕事を休んだ。おいやんがいなくなると、課長はパニックに陥った。仕事は山ほどあった。それを一人では消化しきれない。課長は電話で本社相手にまくしたて、手伝いを数名派遣させた。
 慣れた人間一人と不慣れな人間三人、比較にならなかった。
「専属をいれなきゃな」
 人事部長が呟いた。

 10日目に、おいやんがカオリのデスクに来た。
「くびになったよ。仕方ないやな、もう重い物持てへんから」
 カオリには晴天の霹靂だった。びっくりして見返すと、おいやんは笑った。
「せやけど、毎日来るから」

 そう、おいやんの奥さんは内職で下請け仕事をしていたのだ。おいやんは毎日仕事をもらって持って帰り、届ける仕事だけをすることにしたのだ。

「ひどいと思わない?」
 カオリはバーで先輩のナギサに訴えた。
「水害の時に、一番頑張ってくれた人をあっさり切ってしまうなんて。おいやん、可哀想よ」
「うん・・・」
 ナギサはちょっと考えて、慎重に喋りだした。
「おいやんさぁ、昔から腰が悪かったんよ。だから、正社員にならんと、いつでも休めるパートで我慢してたん。
 せやけど、今度のことで、無理してしもうたんやね。
 でも、これで良かったかも」
「なんで?」
「ずっとあそこの仕事続けていたら、おいやん、ホントに体潰してしまうとこやったよ。もう歳なんやもん。
 ええとこでドクターストップかかったんや。まだ仕事あるし、毎日、ここに来てるやん。ちょっとだけ寂しくなっただけやんか。」
「そんなもんかなぁ」
「そんなもんよ」


 おいやんが辞めて3週間目、ヤマダ課長が過労から風邪でダウンした。まだ新入りも入って間もないし、手伝いの社員たちも、勝手がわからない。配送センターはパニックになった。
 カオリの目の前で、人事部長が電話をかけた。
「もしもし、ナカノさん? 腰の調子どないやろ? え? ああ・・実はヤマダがダウンしてな、困ってる。
 頼れる人は、あんたしかおらんのや。
一日か二日でええさかい、手伝ってもらわれへんやろか?」

 そして、半時間後に、おいやんは照れくさそうにやって来た。
「まだ、少しは要りようらしいなぁ」
とカオリに笑いかけた。 
「せやけど、これっきりやで。いつまでも外の人間に頼ってたら、あかんで。ここの会社、ちと甘えがあるよってな。なんでも、安上がりなもので済ませようとする。ちゃんと専属の人間、育てなあかんわ」
「そんじゃ、おいやん、監督しに来てよ」
「おお、毎日来るわいな」

 おいやんは、約束通り毎日品物を運んでやって来る。カオリは課長に見つからないように、こっそりおいやんにお菓子を渡すのが日課になった。

2013年3月31日日曜日

入れ替え

「ごめんね、小夜子さん。 だけど、早紀ちゃんは、一生守るからね。」
 清美は仏壇の前で手を合わせた。小さな遺影の小夜子が微笑んでいる。
 清美が飛田耕治の後妻に入ったのは、耕治の前妻小夜子が亡くなってから5年後だった。耕治との出会いが、小夜子の没後1年目だったし、付き合いだしたのも結婚の前年からだったから、耕治の二人の子供たちからも反発はなかった。
 耕治は、清美と出会う前に、家から前妻の匂いがするものを取り除いていた。いつまでも哀しみに浸りたくなかったのだろうし、子供たちにも前向きに生きて欲しかったからだ。
 清美が飛田家に入った時、家の中はすっかり改装され、家具も一新されていた。故人の趣味を知る手がかりは殆ど残されていなかった。 唯一つを除いては・・・。
 子供たち。 中学生になる娘の早紀と小学生の息子の耕太は、清美を歓迎してくれた。耕太は新しいお母さんにすぐ懐いてくれた。早紀は・・・。
 思春期の娘は難しい。清美に母親として振る舞うことは許しても、決して「お母さん」とは呼んでくれなかった。せいぜいお姉さん停まりだった。それでも、清美は焦るまいと決めた。
 小夜子の趣味を知る唯一の手がかり。それは、台所の食器だった。食器だけは、耕治も思い至らなかったのか、小夜子が揃えた物をそのまま使っていた。上品な模様と色の皿や器が棚に並んでいる。清美は、それが何故かとても重荷に感じた。
 台所。
 女の場所。母親がいる所。
 そこに、小夜子が残っていた。
 
 食器を処分する方法のヒントをくれたのは、耕太だった。台所で騒いで、皿を一枚落として割ったのだ。
「危ないじゃないの、怪我したら、どうするの!」
 清美は心から子供を案じて怒鳴ったのだが、あとで割れた皿を片づける時に、気付いた。
 そうか、この方法があるんだ。
 それから、清美は時々皿や茶碗を落として割った。ぶつけて欠けさせた。欠けた食器は姑が嫌がるからと廃棄した。そして自分好みの新しい食器を少しずつ増やしていった。
 飛田家に入って10年たった。早紀が嫁いだ。白無垢姿の彼女が、清美の前で両手をついて挨拶した。
「有り難うございました、お母さん。父をよろしくお願いします。それから、主婦としていろいろなこと、これからもどんどん教えて下さい。」
 
 母と呼ばれるのに、10年かかった。
 
 清美は、最後に一枚だけ残った菓子皿に引き出物のケーキを一切れ載せて仏壇に供えた。
 この一枚だけは、大切に残しておこう。母であることを意識し続けるために、小夜子に居続けてもらうのだ。

2013年3月28日木曜日

色の随想

 バーントシェンナと言う名前の色がある。「燃える様なシエナ」と言う意味で、イタリアのシエナの街が黄赤褐色の壁の家だけで築かれていることから生まれた名前である。
 一つの街が一色に統一されているのを見るのは、ある種の感動を呼ぶ。それはその土地の色であり、文化の色でもある。地中海の少々乾燥した風土に、バーントシェンナはよく似合う。
 もし、これが緑一色だったら、例え歴史があったとしても、初めて見る人間はうんざりするのではないだろうか。赤茶けた風景に緑の街は似合わない。オアシスではないのだから。
 オアシスの家だって、緑色はしていない。
 オーベルジーヌもとてもロマンティックな響きだけど、要するに「茄子色」。だから、「エッグプラント」と表示されていたりもする。ずばり「ナス」と書かれていることもある。
 「白」は難しい。白、ホワイト、オフ、オフホワイト、蛍光晒、無蛍光晒、乳白色、象牙色、アイボリー・・・どれも微妙に異なる。
 一番難しいのは「黒」。黒とブラックは違うって、知ってた? 素人には解らないって?? それは、誤解と言うものだよ。
 並べて見れば、素人でも違いがはっきり解るのが、黒なんだね。同じ薬品を使っても、素材で全く違う黒が出る。同じ素材でも、気温が異なれば、違う色になる。乾かす温度も影響する。
 白に染めるのは簡単だけど、黒は難しいから、一回で仕事を終えなきゃいけない。でないと、まだらな黒が生まれてしまう。
 色を創るのは、誰でも出来るよ。でも、同じ色を創り続けるのは、プロの仕事なんだね。

2013年3月20日水曜日

アイデア

「嬉しいわ、来てくれるなんて!」
「貴女が、落ち込んでいるって言うから、様子を見に来たのよ。でも、元気そうじゃない?」
「うん、実は、小説のアイデアが浮かばなくて、もう作家人生も終わりかと思ったら、生きてるのも嫌になって、死のうかな、なんて考えてたら、ふとアイデアが浮かんだのよ!」
「どんな? 私、いつも貴女の作品、必ず買うのよ。粗筋だけでも教えてくれない? 絶対に本は買うから。あ、私がお茶を入れてあげる。美味しいアーモンドのお茶を買ってきたのよ。」
「ありがとう。
あのね、筋は単純なんだけど・・・殺し屋が殺人を犯すところを、偶然通りかかったクルマの人たちが目撃してしまうの。目撃者は3人で、4人目は盲目の女 性。彼らはある秘密があって、警察に通報出来ないんだけど、そのうち、一人が何者かに殺されてしまう。殺し屋の仕業だと考えた彼らは身を守ろうとする。け れど、二人目も殺される。
盲目の女性のところに客が来るの。女性なので、盲目の女性は警戒を緩めるんだけど、会話するうちに、彼女が殺し屋じゃないか、と疑いを持ち始める。ちょっとした心理合戦ね。そこへ、3人目の目撃者が来て・・・」
「それで?」
「ふふふ・・・後は作品が完成してからのお楽しみ!」
「ケチね・・・あははは、じゃ、本が出るのを待ちましょう。ほら、お茶が入ったわよ。」
「ありがとう。あら、本当にアーモンドの良い香りがするのね。貴女は飲まないの?」
「私はカフェイン絶ちしているから、いいの。私こそ、ありがとう、って言わせてね。素敵なアイデアを聴かせてくれて・・・」

2013年3月17日日曜日

おかん

 アキラは高校を卒業すると、すぐにパーマをかけた。当時、若い男性のパーマは当たり前と言うか、あててないと大人の男じゃないみたいな風潮が高校生の男子の間であった。大人から見れば、「なんでわざわざ金掛けて髪の毛をチリチリにするんかな?」と言うものだったけど。
おかんは息子のパーマを当てた髪を見て、一言、
「一緒に買いもん(買い物)行くか?」
とだけ言った。
アキラは母親と出かけることに抵抗を感じなかったので、一緒に近所の商店街に出かけた。
母親は晩ご飯のおかずを買うだけの買い物だったが、アキラが幼い子供であるかの様に、「これ、食べる?」「これ、好きやろ?」と話しかけた。アキラは適当に頷いたり首を振ったりするだけで、特に喋ることはなかった。
魚屋に来た。アキラも何度もお遣いに来た顔なじみの店だ。そこで商品を眺めていると、店のおっちゃんが声をかけてきた。
「どないだ(どうです)、このサバ、活きがええで、お嬢さん!」
アキラはぽかんとしておっちゃんを見た。俺がわからないのか?
彼は母親を見た。母親が「うちの子やんか」と言ってくれるものと期待した。ところが、おかんは、こう言ったのだ。
「あかんで、おっちゃん、こんなハイカラな頭した子がサバなんか食べるかいな」
「せやな(そうだな)、今時の女の子は魚もよう触らんしな」
おっちゃん、ガハハ!と笑った。
買い物を済ませての帰り道、アキラはおかんに尋ねた。
「なんでボクや、て言わへんかったん?」
おかんはつんとして言った。
「言わんでも、おっちゃんはわかっとう(わかっている)」
その夜、アキラは一生懸命洗髪してパーマを落とそうとした。パーマは手強くて、アキラが商店街を帽子なしで歩けるようになるのに、半月はかかった。

2013年1月20日日曜日

お〜い! 夏だよ!

川村先生が右手に長靴、左手にデッキブラシを持って笑って言った。
「そっか、夏か!」
ボクもつられて笑った。

ボクらが勤務する学校は、毎年プール開きの前のプール掃除を新任教師がすることになっている。音楽の川村先生はボクと一緒に4月にこの学校に赴任 してきた。出身地も出身大学も教科も、そして年齢も違うけれど、ボクと妙に気が合った。プール掃除を新任教師がするのだと、着任早々に先輩から聞かされた 時、ボクらはある約束をした。

プールは校舎の横の松並木の向こうにあって、校舎からは見えない。よく晴れた土曜日の午後、ボクたちは女性教師3人と一緒にデッキブラシでプール内部を磨き、プールサイドを掃き、水を流し、更衣室を掃除した。
手の空いた先輩教師も数名手伝ってくれたので、2時間ばかりで終わった。
「ありがとうございました。後の水入れはボクたちでしますから。」
川村先生が丁寧に挨拶し、ボクも頭を下げた。
「そんじゃ、頼むわ。終わったら、私の机の右上の引き出しに入れておいてくれ。ちょっと時間がかかるから、終わったら帰ってもらっていいから。」
教頭がバルブの鍵を渡してくれた。

みんながいなくなると、川村先生とボクはプールに水を入れた。もの凄い勢いで水が噴き出し、プールに満ちていく。初夏の太陽の下で、水面がキラキラ光った。川村先生もボクも、辛抱しきれなくなった。
二人で更衣室に飛び込み、服を脱いだ。二人とも海パンだった!
生徒はいない。期末試験の前だから、部活が休みで全員よい子になって自宅で勉強しているはずだ。だから・・・。

 川村先生とボクは、子供に返ったみたいに水の中ではしゃいだ。入れ立ての水は思いの外冷たくて、あまり長く浸かっていられなかったが、掃除でかいた汗を流し、夏本番に向けてウォーミングアップのつもりで小一時間泳いだ。

 次の月曜日、ボクは「体調不良」で少し遅れて出勤した。川村先生も遅れてきた。二人で赤く腫れた手や腕を見比べ、皮膚科でもらった塗り薬を見せ合った。

新しい水を入れたばかりのプールで泳いだ後は、すぐにシャワーを浴びて塩素を落としましょう。

ドジな教師二人からのアドバイスです。

2013年1月15日火曜日

安藤家の話

心霊写真家の新藤氏の元に、一通の封書が届いた。
それは安藤某とか言う女性からの手紙であった。
「突然お手紙を差し上げ、失礼致します。
私はR市に代々住まいしております安藤と言う者です。
新藤様のご活躍はいつもテレビで拝見しております。胡散臭い心霊研究家が多い中で、新藤様の写真鑑定はいつも信じるに足る説明がなされ、視聴していてとても気持ちが良いです。
それで、大変厚かましいお願いですが、私の実家安藤家を鑑定して頂けないでしょうか。
と申しますのも、我が安藤家は4代続いて女系でありまして、曾祖父、祖父、父、そして私の夫は全て婿養子です。女しか生まれない家系なのではござ いません。女しか育たない家系なのです。聞くところに依れば、曾祖母にも祖母にも男の兄弟がいたそうですが、どれも5歳になるかならぬかで亡くなっており ます。私にも叔父となる人がいたはずなのですが、4歳で亡くなっています。
また、私自身、兄と弟をそれぞれ4歳で亡くしております。
全て、事故死です。それも、首から上の怪我で死亡しております。
私には、安藤家が呪われているとしか思えません。
どうか、この呪いの元を探り、断ち切って頂けないでしょうか?
誠に勝手ながら、切ににお願い申し上げます。
私には、生後3ヶ月の男の赤ちゃんがいるのです。」

新藤氏は、忙しいスケジュールの合間に尋ねて行こうと考えた。秘書に話すと、彼女が提案した。
「テレビの企画に持ち込みましょうよ。」
安藤家の手紙の主に打診すると、「来て頂けるなら、テレビでもかまわない」と言う返事だった。それで、場所や家を特定されるような物は撮影しないと言う条件で、テレビ局にも取材を許した。

安藤家は、書状通り、古い家柄だった。屋敷も広大で立派だった。婿養子たちが頑張って財産を減らさぬように努力してきたのだ。しかし、家の造りは お世辞にも霊的には巧くなかった。風水やら家相やら地相やら、ありとあらゆる悪霊封じの為の庭園造営やら家屋の建築が入り交じり、相互に効果を相殺しあっ ていた。
だが、新藤氏は、それらが後継者夭折の原因とは思えなかった。安藤家に生まれる男児をことごとく5歳迄に死に至らしめる霊力を感じ取れなかったのだ。
それでは、原因は家屋の中にあるのか。
新藤氏はテレビカメラを引き連れ、家の中に入った。応接室、仏間、台所、食事室、どこも立派で、しかし怪しい物はなかった。
ところが、主の書斎の入り口迄来て、そこで新藤氏はものすごく禍々しい気を感じ取った。「この中だな」
ドアを開くと、彼は室内の装飾品美術品の中で、燦然と輝く一降りの青竜刀に目を奪われた。彼の脇の下から汗がにじみ出て、額からも脂汗が浮き出た。
「あの刀は、いつからここにあるのですか?」
安藤家の人々は困惑して互いに見合った。
「それは、曾祖父の父親が明治の初期に台湾へ渡った時、手に入れたそうです。」
新藤氏は気力を振り絞って青竜刀に近づいた。刀にはかすかな刃こぼれと曇りが認められた。
「この刀は人を斬った刀です。恐らく、幼い男の子の首を刎ねたのでしょう。子供の怨念が残っています。これは、ここに置いてはいけません。すぐに華僑の知り合いに頼んで台湾の寺院に送り、そこで供養してもらいます。よろしいですね?」
安藤家の人々から異論は出なかった。
新藤氏は提案通り、青竜刀を台湾人に預けたが、刀はあちらにの税関でひっかかり、それきり行方不明になった。
安藤家の子供は無事に成長しているが、呪われた青竜刀は未だ不明のままである。

2013年1月7日月曜日

遠藤家の話

心霊写真研究家の新藤氏の元に、一通の封書が届いた。差出人は遠藤某とか言う男性で、とても困っていると言う。
内容はこうだ。
遠藤家では、その地元に古くから住まいする農家で、5年前に家を改築し、庭も建物も新しく造り直した。家相も風水も万全にチェックして建てたのだ が、入居して間もなく父親が病に倒れ、長期入院するはめになった。母親は看病疲れで体調を崩し、現在は他家に嫁いだ娘(差出人の妹)の世話になっている。
差出人の妻が父親の面倒を見ているが、やはり疲労が溜まってきて、最近は夫婦仲もよろしくない。子供たちもそんな家庭の雰囲気に嫌気がさしたのか、外出が多く、まだ成人していないのに家を出たいと言う。
「何が我が家を苦しめるのだろう、と家の写真を撮りました。どうかご鑑定ください。」
 新藤氏は同封された写真を見たが、綺麗な家はどこも悪いような感じはしなかった。そこで現場を見るために、遠藤家に連絡を取り、訪問することになった。

 駅に出迎えた遠藤氏は目の下に隈ができて、やつれていた。すっかり疲れた様子だ。新藤氏はいろいろと質問をしてみたが、これと言って霊的な障碍が出ているようにも思えなかった。
 ところが・・・
遠藤家の前まで来た瞬間、新藤氏は全てがわかったような気がした。
彼は白い石造りの門柱を撫でてみた。どっしりとした大きな四角い細長い石で、ひやりと冷たかった。
「この石はどこでお求めになりました? 昔からここにあったのですか?」
「いえ、それは、山で拾ったんです。」
「拾った?」
「ええ、うちはタケノコ山を一つ持っていまして。山と言っても、小さい丘なんですが、そこを宅地にする為にブルドーザーで削った時に、土の中から 大きな石がごろごろ出てきましてね、これが綺麗な形で二つ対になっていたものですから、門柱に都合良かろう、と運んできたのです。これが、何か?」
新藤氏は険しい表情を見せた。
「土の中から出てきたのですね? これは恐らく、石室か石棺の一部ですよ。」
「せきしつ? せっかん?」
「石の棺桶です。つまり、古墳の一部ですよ。そのタケノコ山は、古墳だったに違いありません。」
「じゃ、これは墓石なんですか?!」
「厳密には違いますが、それに近いものです。個人のお宅に置くような物ではありません。」
「じゃ、これが我が家に祟っていたのですか?」
「恐らく。これがあった元の山はどうなりました?」
「もう削って売ってしまいました。今は新興住宅地になっていますよ。」

新藤氏は、石をしかるべく寺院か神社に奉納し、お祓いをしてもらうようにアドバイスした。
その後、遠藤家では、父親が奇跡の回復を見せ、母親や妻も元気になった。親たちが元気になると子供たちも戻って来たと言う。
しかし、新藤氏は、それで解決したとは思えなかった。

削られた古墳の他の石や土がどこへ運ばれたのか、依然として不明だからだ。
あなたの家の庭石や、土はどこから来ましたか?

2013年1月4日金曜日

一大事

 花子さんが友達とデパートに買い物に行き、トイレに入りました。
そそっかしい人だったので、用事を済ませてから、トイレットペーパーがないことに気が付きました。
 予備のロールさえなかったのです。
 花子さんは思わず隣のボックスに入っている友達に声をかけました。

「紙がないわ!」

 すると、ドアの下から白い手が出てきて、

「どうぞ」

とポケットティッシュをくれました。
花子さんは「ありがとう」と受け取って、ティッシュを使いました。

水を流してから、花子さんは外に出ました。
外には誰もいませんでした。
そこで初めて花子さんは大変なことに気が付いて悲鳴を上げました。
集まった人々に、花子さんは顔を真っ赤にして言い訳しました。

「化繊入りティッシュを使ったので、トイレが詰まってしまったわ!!」

2012年12月30日日曜日

女形

 その日の演目は「蘆屋道満大内鑑」だった。女形が美しく、その妖艶な目配りの様や仕草に、男性だとわかっていても観客はみな惚れ惚れと見入っていた。理想の女性を男性が演じるのだから、本物の女性以上に魅力的なのは当たり前なのかも知れない。
 物語のクライマックス、正体を知られた葛の葉が別れの歌を障子に書こうとするのに幼い童子丸(後の安部晴明)がすがりついてくる。母親は我が子 を片手であやし、片手で字を書く。初めは右手で、やがて左手に筆を持ち替え、最後は息子を両手で抱きかかえ、口にくわえた筆を走らせる。

 観客は涙する。そして早変わりで白狐となった葛の葉が舞台袖に消えていくと、割れんばかりの拍手。
 芝居が終わって観客たちが席を立った。

「いつ見てもいい芝居だなぁ」
「女形が素晴らしいね。」
「上手だね。特に、最後の早変わり。」
「うん、あれは見事だ。あんなに速く狐に姿を変えられるなんて。」
「我々も、もっと修行しなければな。」

 口々に喋りながら、森へ消えていく狸たちだった。

恋しくば尋ね来て見よ 和泉なる信太の森のうらみ葛の葉


**:

見たよね? 同級生たち、見たでしょ? 覚えてる?

空き地にいた怪獣

緩やかな丘の斜面に、二段になった空き地があった。上の空き地と下の空き地の境目は1メートルほどの土の土手で、雨が降ると土が流れ、えぐれた。その小さな峡谷は子供たちが行き来する通り道になった。
 子供の足で削られ、雨に流され、風でやすりをかけられ、土手は複雑な表情になった。
 ある時、峡谷と峡谷の間の突き出た所が、何かの顔に見えることに気付いた。

「怪獣だよ、怪獣の顔!」

 確かに、当時テレビで人気の着ぐるみ怪獣が出る子供番組に、よく似た怪獣が出ていた。 主人公の少年の友達で、少年は怪獣の頭に乗って移動するのだ。
 子供たちは早速そこに座って、しばしヒーローになった気分を味わった。

だけど土の怪獣は一つしかなかったから、取り合いもあった。子供が暴れると怪獣のホッペから土がぽろりと落ちた。
 誰かが目が欲しいと思い、怪獣の横顔に石をはめ込んだ。
 なんだかしまらない顔になってしまった。
 石をはずすと、さらに情けない空洞が出来て、そこからまた土がボロボロ落ちた。
 だんだん日を追う毎に怪獣は崩れていき、大雨が降った翌日、姿を消していた。

 ただの土塊になった土手の突っ張りを見て、子供たちは、やっぱり怪獣は本当はいないものなんだ、と思った。


*****************

サリーさんの感想

「ただの土塊になった土手の突っ張りは、やっぱり怪獣は、おまえらだよ、と思った。」

2012年9月30日日曜日

大河内家の厨房



 大河内家は土地の旧家で、築200年とも言われる古い家を今でも使用している。
 県が文化財に指定するとかで、そうなると改修するにもいちいち県の許可をもらわなくてはならなくなるので、大河内家はちょっと困ってしまった。
文化財に指定されても、維持費が出るでもなく、実際に住んでいる人には誇りがあるだけで、埃だらけの家が綺麗になる訳じゃない。
 指定される前に触れる箇所の改修をしておこう、もしかすると指定からはずされるかも知れないが、それでもいいじゃないか、と言うことで、大河内家の人々は水回りやご不浄の改修を始めた。
 トイレや下水は、下水道につなげて、外見はそのままに残す。今時汲み取り業者もそんなにいないし、これは自治体から補助も出る。
 大河内家の厨房は、土間に竈や井戸がそのまま残っていた。上水道を引いているが、井戸は時々使用する。釣瓶があって、蓋をはずして水を汲むので、子供などは井戸に近づいてはならないとされていた。
 
  大工の息子で10歳の昭夫は父親についてきて、台所の改修をする父親を手伝っていた。古い家は子供には珍しい物ばかりで、天井近くの神棚も興味を引いた。 井戸の釣瓶も初めて見る。父親は蓋が閉まっていたので注意を怠った。昭夫は井戸に近づき、蓋に少し隙間があるのを発見した。穴から覗くと、遙か遠い真っ暗 な空間の果てに、ぽつんと光の点が見えた。昭夫の頭で光が遮られ点が消えると、昭夫は蓋をもう少しずらして見た。闇の底に小さく自分の影が映っていた。 もっとよく見ようと首を伸ばした時、胸ポケットに入れていたキャンディーの包みがぽろりと抜け出て、井戸に落ちていった。
 ちょっと間があってから、ポチャンっと音がした。
「キャンディ、落ちちゃった。」
昭夫の声に振り返った父親が、「井戸を汚すんじゃない」と言って、彼をそばに呼び戻した。昭夫は蓋を開けたまま、井戸から離れた。

 帰りに井戸を見た昭夫は、ちょっと驚いた。蓋の上に落としたキャンディが載っていたからだ。蓋はちょっと濡れていた。

2012年9月12日水曜日

ある事件

今日の午後3時40分頃、JRなんたら駅構内の喫茶店で市内の会社員Aさんが、妻のB子さんに顔を往復ビンタされ、全治死ぬまでの心の傷を負う事件が発生しました。
目撃者の証言によると、AさんとB子さんは向かい合って座っていましたが、突然B子さんが腰を浮かして、テーブル越しにAさんの顔面を平手で殴ったと言うことです。
調べに対しB子さんは、
「夫の浮気が原因で離婚話をしていた。夫が二度と浮気をしないと誓った、その舌の根が乾かぬうちに、店の窓の外を通りかかった女子高生に視線を向けた。いつも肝心な時に気を抜いて油断する夫の性格が許せなかった。」
と言っています。
なお、今回の事件で夫婦仲は修復不可能とB子さん側の弁護士は断言しています。
離婚が成立すれば、Aさんは無一文の宿無しになることが必至で、辛い冬を過ごすことになりそうです。

以上、ニュースをお伝えしました。

2012年9月10日月曜日

いつも3人

 洋子が嫁いで来た時、田宮家は既に透と母親の二人暮らしだった。家族が増えること、それも「娘」ができる、と母親はたいそう喜んだものだ。買い物にも洋子と二人でそろって出かけることを楽しみにしていた。洋子もすぐに馴染んで、姑との買い物が当然のものとなっていった。
お魚は三匹、お肉は三人分、野菜も三人分、食器もおそろいのを三人分・・・
なんでも「三人分」だった。

 突然の事故が、田宮家を再び二人だけの家に戻してしまった。
透は哀しみが癒える頃、家庭内の様子が少し違うことに気づいた。
二人しかいないのに、いつも食事は三人分用意されている。
なんでも「三人分」だ。
最初は、ちょっと戸惑った。
「でも、私たちは三人なのよ。」
と洋子が言う。
そうだね、と透は頷いて見せた。それで妻の心が慰められるのならば。

 喪が明けて。休日にお寿司を食べようと言うことになり、二人はバスに乗ってちょっとばかり遠出した。二人になってから昼間家の中に閉じこもりがちだった彼女も、気晴らしになると喜んだ。
初めての店に入った。会社の同僚から「美味い寿司を出す」と評判の店だ。
「へい、らっしゃい!」
威勢良い板前の声に迎えられ、カウンターに座った。
おしぼりが出された。
「え?」
おしぼりは三人分だった。お茶も三人分が置かれた。
横を見ると、彼女がルンルン気分で使っている。

気にならないの?

透はちょっと心配になる。何も知らない板前が無邪気に尋ねた。
「何になさいます?」
一瞬躊躇する透の代わりに、母親が返答した。
「まずコハダ、それからマグロ、嫁にはヒラメとトロを握ってやって。 透、あんたは?」
透は板前を見た。板前は、彼女の言葉に全く疑問を抱いていない様子だ。ニコニコと透の返答を待っている。

この板前には、見えているんだ・・・

透は板前を怖がらせる必要はないと判断した。
「僕は海老とコハダ・・・」

他の客が不思議そうにこっちを見ていたが、透はもうかまわない、と思った。
僕らはいつも三人なんだ。
洋子とお袋と僕と・・・

帰路は、川端の道を三人で歩いて帰った。
夕暮れの風が爽やかに吹いて行く。
「いつまでも、こうしていたいわね。」
と母親が言った。
「でも、私がいたら、ご迷惑でしょう?」
と洋子。
「そんなことないわ。私は貴女とずっと一緒にいたいのよ。透が将来再婚したとしても、私は貴女と一緒に暮らしたいわ。」
「そんなの、駄目です。新しいお嫁さんも可愛がってあげてくださいよ。」
洋子はちょっと恨めしそうな顔をして、川っ縁の柳の木の下に立った。

「ほら、新しいお嫁さんと幸せになってくれなきゃ、化けて出ますよ〜」

2012年8月14日火曜日

お盆

「どこ行っても閉まっててさ。」

「行くところがないね。」

「うん、暇だなぁ。」

「遊園地にでも行く?」

「何しに?」

「お化け屋敷さ。」

「あんな子供騙し・・・」

「いいじゃん、送り火までバイト出来るからさ。」

「幽霊にバイト料払うヤツなんていねーよ!」

「ちぇっ・・・折角帰って来ても子孫が絶えてて帰る家がないなんて。」

「恨めしや~」

2012年2月5日日曜日

1ドルの輝き

惑星ヤバンは大昔、惑星サーンの流刑地だった星で、カムンは流刑囚だった人々の子孫が原住民化した民族だ。ヤバンの自然は砂漠で生存が大変難しい土地なので、カムンは長い年月の間に、少しばかり進化していた。と言っても、そんなに目立たなかったけれど。
最近サーンから移住した人々の人口比率がヤバンの全人口の9割を越えたので、今やカムンは少数民族で、なかなか会えない。
だけど、俺は宇宙港でドックの清掃員をしているカムンと友達になった。
カムンを信用するな、とサーン人たちは忠告してくれたけど、リビってカムンは気のいいヤツだった。確かに、時々カムンの”超能力”とやらで、狡いことはしたけど。

ある日、俺はリビとちょっとゲームをして遊んだ。まぁ、率直に言えば、博打をしたんだけどね。それで、リビが勝つはずのない勝負で勝った。何かやったんだろうけど、見抜けなかった。それに大した賭けじゃなかったから。
俺は負けたから、リビを連れて飲みに行った。リビは大人しく飲んでいた・・・と思ったら、いつの間にやらかなり飲んでいた。
で、支払いの段になって、俺は財布がないことに気付いた。落としたか、摺られたか・・・。青くなった俺にリビが言った。
「摺られたのなら、摺られた瞬間に俺が気付いたよ。きっと落としたんだ」
サーン人なら、彼を疑っただろうが、俺は彼の人柄を信じていたので、探しに行くことにした。店の人は俺の操縦士免許を質に取って、「今夜中に払え」と言った。

俺たちはドックまで来た道を辿った。ドックは真っ暗だった。
「落としたのなら、もうここしか探す場所は残ってないなぁ」
「だけど、真っ暗だし、広いし・・・」
俺はもうべそをかいていた。免許がなけりゃ、明日から飯の食い上げだ。すると、リビがこんなことを訊いてきた。
「コイン持ってる? 金属のお金」
クレジットの時代だけど、惑星ヤバンでは、まだ古代貨幣が流通していて、俺も着陸した時に少しばかり換金して持っていた。だけど、こんな時にコインなんて どうするんだ?俺は1セント硬貨を出した。リビは、「1セントか・・・」と呟いて、それを両手で揉み、ドックに投げ入れた。
パァっと光がドックの内部を照らし、一瞬、俺の財布が床に見えた。
アッという間に光は消えて暗闇。俺は驚いて尋ねた。
「今のは?」
リビが、やや皮肉っぽく答えた。
「1セントの光だよ。安いからすぐ消えた」
俺はポケットを探って、1ドルコインを見つけた。
「これ、投げて!財布の位置を確認出来るくらいの灯りが出来るだろ?」
「まぁね」
リビは、1ドル硬貨を揉み、投げた。

俺は無事財布を取り戻し、飲み屋に支払いをした。1セントと1ドルは、どうやらリビが後で拾って自分のポケットに入れたらしいが、俺は何も言わないでおこう。

2012年1月21日土曜日

「いいかな?」

学生時代の旅の思い出と言うなら、私にも少しばかり・・・。

 妹がY県の大学に入ったので、夏休みに遊びに行った。あちらで妹と合流して、少し遊んで一緒に帰ると言うプラン。
 初日は妹が住んでいた大学の寮に泊めて貰った。国立大学の学生だったら学生証を見せるだけで、全国どこの国立大学でも寮に泊めてもらえるシステムだった。(勿論、異性の寮はいけません。)
素泊まりで、ただ寝るだけ。夏休みなので職員はいなくて学生だけだった。

 夕食は、妹が選んだレストランに行った。多分、妹はずっと以前からそこに目をつけていて、金蔓が来るのを待っていたに違いない。(笑
 ドアの前に立った時、彼女は私の顔色を窺うように声をかけた。

「ここで、いいかな?」

 料理は、フレンチっぽい洋食。フレンチと断言出来ないのは、つまり・・・なんとなく「和」が入ってると言うか、田舎の人が「フレンチって、きっとこんなんだろう」と考えて作った様な、そんな野暮ったいところがある料理だったから。
 だけど、美味しかった。 妹は大好物のローストチキンがクリームスープにどっぷり浸かった不思議な料理を満足そうに食べていた。
 う〜ん、やっぱり、こんな牛乳味の豚汁みたいなもの、フレンチじゃないぞ。
 それでも、うん、美味しかったから、文句は言わないでおこう。

 寮まで歩いて帰る時、妹がまた言った。
「ケーキ買っていいかな?」
 勿論、私の財布から・・・と言う意味。(笑
 ケーキは、「これがケーキ屋さん?」と思えるほど、普通の家っぽい店で売られていた。

 Y県は、神戸っ子には、カルチャーショック連続の土地だった。
 
 ・・・と書いても、いいかな?(笑

2011年12月25日日曜日

遺産

父の遺産相続の為に姉妹が集まった。
 長女の桃子。父と性格が似て頑固なので、父の晩年は対立して電話すらしなかった。勿論、父が病に倒れてからも見舞いにも来なかった。
 次女の梨花。体が弱く、それを理由に近所に住んでいるにもかかわらず、一度も父の看病の手伝いに来なかった。今も神経性の胃炎で悩んでいると愚痴をこぼしている。
 三女の栗子。海外赴任の夫と共に帰国したのは、父の49日の直前、つまり昨日。葬式に間に合わなかったのは許すとして、どうして遺産がもらえるかも知れない時に帰ってくるの? もっと早く帰って来られたでしょ?
 四女の杏。一番父に可愛がられていたので、自信満々の表情だけど、ダンナの会社は火の車。内心はきっと穏やかじゃないわね。全額もらえる訳はないしね。
 五女は、花梨、つまり、私。末っ子だけど、家に残って一人で父の世話をした。葬式の手配もしたし、桃子姉に言われて喪主も務めた。これでみんなと同額じゃ、割に合わないわ。

 弁護士が封筒を開封するのを、全員が固唾を飲んで見守った。
 白い便箋を手にして、弁護士が読み上げた。

「娘たちの健康で豊かな人生を願って、ここに全ての遺産を以下の者に贈ることにする。

 次女 梨花」


 そんな馬鹿な!!

 私たち姉妹の叫びを無視して、弁護士は次女梨花に小さな手提げ金庫を渡した。株券とか土地の権利書なら十分入る大きさだ。
 梨花は得意満面で、金庫を開いた。彼女の顔色が変わった。

「何よ! これは?!」

 梨花姉がテーブルの上に投げ出した金庫を覗いて、私たちは唖然とした。
 そこには、金色に光る粉が入ったガラス瓶と一通の覚え書き・・・

 毎食後半時間以内に必ず服用のこと



 胃散だった。

2011年12月17日土曜日

雨の夜

バス停に着くと、貼り紙がしてあった。
「北山発のバスは県道377が土砂崩れの為に通行止めとなり、運休しています。南川方面へお越しのお客様は、東丘発のバスにご乗車ください。ご迷惑をおかけし、申し訳ございません」
慌てて書いたのだろう、ちょっと字体が崩れていた。
東丘発のバスは本数が少ない。次の便まで1時間あった。この肌寒い雨の中を1時間も待てるか?
ボクは先に来ていた若い女性に声をかけた。
「バスが来るまで、そこの喫茶店で雨宿りしませんか?」
暗かったので、彼女が黒っぽいワンピースを着ているとしかわからなかった。美人に見えた。下心は断じてなかった。暗い道ばたで一人でバスを待つなんて、しかも雨の中で、それは男でも嫌だろう?
女性は「そうですね」とか言いながら、ボクの後ろを付いてきた。
喫茶店は古い店だった。もう20年はそこで営業しているが、前回入ったのは10年前だったろうか。カウンターも4つあるテーブルも内装も古ぼけてしまったが、昔のままだった。頭がかなり寂しくなってしまったマスターがカップを拭きながら、「いらっしゃい」と言った。
カウンターの端に男の客が一人いて、コーヒーをすすっていた。背中を丸めて裏日れた感じだった。
ボクもカウンターに着いた。マスターが水のグラスを用意しながら、尋ねた。
「お一人でいいですか?」
「え?」
振り返ると、女性はいなかった。慌てて店内を見回したが、彼女は消えていた。
「あれ、あの人は?」
マスターが何か言う前に、隅の客が呟いた。
「入ってすぐ出て行った・・・」
「そうですか・・・」
がっかりしなかったと言えば嘘になる。でも、初対面の男とこんなわびしい店に入りたくないのだろう、と自分に言い聞かせて納得した。
熱いコーヒーを時間をかけて飲んだ。無言だった。客も無言でマスターも黙っていた。ただ、彼は時々ボクに何か言いたそうに視線を投げかけて来たが、ボクが気づかないふりをしたので、結局何も言わなかった。
お代を払って外に出た。
まだ雨は降っていたが、小降りになっていた。
バス停に彼女が立っているのが見えた。
ボクがそばに行くと、彼女が声をかけてきた。
「さっきは黙って出てしまって、ごめんなさい。」
「いや、いいんです。」
「あなたが嫌で逃げたんじゃないんです。それだけ、言いたくて・・・」
ボクは彼女を見つめた。彼女は喫茶店を見た。
「あの店は以前にも行ったことがあるんです。あの時も、彼はいたんです。」
「彼って?」
「カウンターの客。」
「?」
「見えませんでした?」
「どう言う・・・」
ボクはマスターが何か言いたそうにしていたことを思い出した。マスターは彼女のことではなくて、あの客のことを言いたかったのか?
彼女がボクの思考を察したのごとく、説明した。
「マ スターにはあの男の人が憑いているんです。いえ、あのお店に憑いているんでしょうね、きっと。ただあそこに座ってコーヒー飲んでいるだけなんですけど。で も、私はそばにいたくないんです。話しかけてきて欲しくないんです。あの手の人は、会話をしてくれる人に憑くんです。」
そして彼女は頭を下げた。
「変なことを言ってごめんなさい。忘れてください。」
そこへ、バスが近づいて来た。
「やっと来ましたね」
「ええ」
バスが停車して、ドアが開いた。彼女が手で「どうぞ」と譲ってくれたので、先に乗り込んだ。
ドアが閉まった。ボクはびっくりした。
「おい、彼女も乗るんだぞ!あの女の人も・・・」
運転手が言った。
「よしてくださいよ、お客さん。あなた一人しかいなかったじゃないですか。」

2011年12月6日火曜日

ウノ シガレーチョ

 初めてメキシコに行った時、司厨長がオレに3ドル渡して、バナナを買ってこい、と言った。当時、1ドルは360円ほどだったから、3ドルは1000円ほ どかな。今じゃ、日本でも1000円は大金と呼んでもらえなくなったけど、当時は結構な価値があった。3ドルあったら、船全体の人員に食べさせられるバナ ナが買えるって司厨長は言ったんだ。
 ちょっと待ってよ、司厨長、いくら3ドルが大金だからって、この船に何人乗ってるか知ってるの? これ、ブラジルへ移民運んでるんだよ。バナナを全員に配れるほども買えるはずないじゃん。
 いいから買ってこい、と司厨長。それで市場へ行ったら、買えたんだよ、トラック一杯のバナナが・・・たった3ドルでさ。

 パナマ運河を通って太平洋と大西洋を行ったり来たりして、数年たつと、オレもいっぱしの船乗りになった。ちょいと世間慣れした親爺の仲間入りさ。3ドルでトラックいっぱいのバナナを買った時より、したたかなヤツになっちまった。

 あれは何処の港だったかなぁ。 やっぱりバナナを買いに行った。出来るだけ出航時間に近い時刻を狙ってね。
 それで、バナナ売りに取引を持ちかける。10房のバナナとアメリカ製タバコを交換しないかって。
 10房って、日本の果物屋で売ってる房を想像しちゃいけないよ。1房は、バナナの木1本分のことだ。
「ウノ・シガレーチョ?」
 バナナ売りは、アメリカ製タバコが高く売れることを知っている。10房のバナナとタバコ1カートンじゃ、美味い儲け話だ、と読んだ訳。
「シ、ウノ・シガレーチョ」
 オレは人の好さそうな笑顔で頷く。バナナ売りは口頭で契約する。オレは言う。
「半時間後に出航だから、大急ぎで積み込んでくれ」
 バナナ売りは10本分のバナナをせっせと船に運び込んだ。
 作業が終わる頃には、早くも時間が迫っていて、船は錨を上げてエンジンの稼働も高まっている。
 オレは甲板からバナナ売りに声をかけた。
「グラシャス、セニョール、ウノ・シガレーチョ」
 オレは、桟橋のバナナ売りに、タバコを投げてやった。20本入りのマルボロの箱、1個。

 怒り心頭のバナナ売りの怒鳴り声は出航の汽笛にかき消され、船は桟橋を離れた。
 あれ以来、オレの船はあの港に寄港していない。