コウダが心筋梗塞で急死した時、フナキは言った。
「コウちゃん、会社に殺されたも同じや」
ユウジは黙っていた。その時の彼は、彼自身がコウダに言った最後の言葉をひたすら後悔していたからだ。
一月前、ユウジが風邪で仕事を休んだ後、コウダは、
「困るなぁ、いてくれなきゃ困る人なんだから、休むなよ。這ってでも出てこいよ」
と言った。だから、二日前にコウダが気分が悪いと言って欠勤したと知ったユウジは、仕返しとばかりに言ったのだ。
「俺には出てこいと言って、てめぇは休むのかい」
勿論、コウダは休んでいたから、直接本人に言った訳ではない。独り言だったが、フナキがそばにいた。まぁ、フナキだから、いても気にせずに言えたのかも
知れない。ユウジとコウダとフナキは社内でも仲良しで、同僚たちから”トリオ漫才”とからかわれるほど、冗談を言い合う仲だった。フナキもその時は深刻に
考えていなかったから、
「コウちゃん、残業ばっかりで疲れてるからねぇ」
と言った。ユウジは「チェっ」と舌打ちした。
「俺だって残業、残業だよ。夕べだって、コウダと二人で10時までかかっていたんだ」
コウダはあっけなく逝ってしまった。過労死だと、誰もが知っていたが、口には出さなかった。不況で街は同業者の倒産の噂が飛び交っていた。ここで会社に逆らって解雇されたら、後がしんどい。
それからだ、フナキが上司に反抗的になったのは。
呼びかけに返事をしない、電話に出ない、書類をため込んで渡さない・・・同僚には迷惑をかけないように気を遣いながら、上の人間には尽く逆らった。
「どうなってんだ、フナキは?」
人事部長がユウジに尋ねた。
「仕事は真面目だが、態度が悪すぎる。このままじゃ、まずいぞ」
人事部長は現場には理解がある方だし、フナキの反抗の対象ではなかったが、立場上、罰を与える役目がある。仲良しのユウジから注意するよう、それとなく
働きかけてきたのだ。しかし、ユウジはコウダに向けた己の言葉にまだこだわっていたので、彼女の遣り方にとやかく言う気持ちは起きなかった。
「怒ってるんでしょ」
「何に?」
「わかってるくせに」
季節はずれの人事異動が発表された。配送センターの女傑が突然リストラされて、後任にフナキが派遣されることになったのだ。
「やることが汚いよ」
フナキは離任の挨拶に来た時、ユウジにそう言った。
「行くなよ」
とユウジは彼女を見ずに言った。
「コウダが死んで、おまえまで行ってしまったら、俺は誰と漫才すりゃいいんだよ」
フナキはそれには答えずに、こんなことを言った。
「後悔させてやるよ、あの爺どもに」
そして、彼女はその夜、辞表を提出した。
「コンピュータが動かない!」
「B社関連のプログラムが立ち上がりません!」
「在庫管理システムにセキュリティーがかけられています!」
事務所がパニックになっていた。
コンピュータを使わない作業をする現場の社員たちは、営業や総務部が走り回るのを傍観していた。
「どうしたんです?」
ユウジは人事部長を見かけて声をかけた。部長が深く溜息をついて答えた。
「フナキがコンピュータに何かしたらしい。重要ファイルのいくつかが、開かないんだ」
「アカギさんがいるでしょ。フナキの師匠じゃないですか」
「駄目だ、プログラムは作った人間でないと、呼び出せない。フナキは一切記録を残していないんだ。アカギにはファイルの名前もパスワードもわからない。」
ああ、とユウジは納得した。フナキと言う女は、何でも自分の頭の中に記録してしまう。書類の形で記録を残すことをしない主義だった。
「じゃ、フナキに訊けばいい」
「辞めた人間に頭を下げるのか?」
「メンツを気にしてる場合じゃないでしょ」
結局、ユウジがフナキに電話をかけることになった。
「戻って来いって」
「嫌よ。今更、どの面下げて戻れるって言うのよ」
「だけど、コンピュータが動かないんじゃ、仕事にならん」
「システム部総動員で解析すれば?」
「時間がない。今日の仕事は今日中にやらなきゃならん。おまえだって、わかってるだろう。戻らないのなら、パスワードを教えてくれ」
ごねるかと思えば、フナキは意外にあっさりと「いいよ」と言った。
「パスワードを聞き出したのか、でかしたぞ」
「だけど、これから毎日、起ち上げる時に入力しなきゃいけないんですよ」
「かまわん、仕事が出来ればいいんだ。で、そのパスワードは?」
ユウジは、上司たちに取り巻かれながら、ゆっくりとキーを叩いた。
kouda_o_wasureruna
地震があった週の土曜日に私は神戸に行きました。
実家の母が欲しがっていた飲料水用のポリタンクが店頭で売り切れていて買えず、仕方なく大型の麦茶を入れるボトルを買いました。
蒸しパンを2箇作り、夫には仕事を早退して行くことを告げましたが、舅たちには伝えるのを忘れました。
メディアは救援活動の妨げになるので被災地に入らないように、と呼びかけていましたが、被災地に親族がいる人々には無視されました。
救援活動中のプレートを提示したトラックなどに混ざって一般車両も多く南を目指して175号線を走っていました。
西脇市、加東市、小野市あたりは普段と変わらぬ光景でした。
でも三木市に入ると様子が変わってきました。
屋根にブルーシートが掛かり、路面に地割れが出来ていました。
175号線の三木バイパスでは橋の付け根に段差が生じていました。
車高の低い車はその段差を越えられず、引き返していました。
私の軽自動車はなんとかそれを越えました。
三木ランプはどこかが崩れたのか、通行禁止になっていました。
神戸市との市境辺りだったでしょうか、縞模様のバリケードが置かれ、「これより被災地です。救援活動の車輌以外の進入はご遠慮下さい」と言う意味のプレートが置かれていました。
まるで神戸が世間から隔離されているような言いぐさでした。
でも南を目指している車は、そんな標識に従ったりしません。
誰かがバリケードに隙間を作っていて、そこからみんなどんどん入って行きました。