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2015年10月28日水曜日

渋いカラス

渋いカラス

先日、駐車場に車を駐めて、車内で時間調整をしていたら、隣の建物の平屋根にカラスが飛来しました。

カラスは真っ赤に熟した柿の実をくわえていました。

柿の実を食べようとして、屋根の上を行ったり来たり、でも場所が気に入らなかったらしく、今度は横の斜めになった屋根の小屋へ移動しました。

どうして丸い実を斜めの屋根で?
転がるかも知れないのに?

と心配していたのですが、カラスはそこが気に入ったらしく、柿をつつきました。

私はそこではたと気が付きました。

熟した柿からは汁が流れ出ます。
カラスはその汁で足を濡らしたくなかったのです。

だから斜めの屋根を選んだのです!

頭がいいなぁ、流石にカラスだなぁ! と感心していたら、カラスは柿を2,3回つついた後、それを放置して飛び去りました。


渋かったんやね・・・

2015年4月15日水曜日

震災の思い出 9

震災の思い出 9

垂水駅を出て国道2号線まで行くと、4輪はいなくて2輪がたくさん走っていました。
ヘルメットを被らない人や2人乗りなど、普段は違反になるような乗り方もあの時は目をつぶってもらったのかな? 
警察はそれどころではなかったでしょうから。
まだ東の方では火災が発生していましたし、余震も続いていました。
私もこの日数回、足許からドンッと突き上げる様な余震を体験し、その度に命が縮む思いでした。

親友N子の家は国道と海の間の細長い住宅地にありました。
海岸通りとか宮本町とか言う辺りです。
路地を通って彼女の家に行くと(実は隣の家に間違えて入りそうになりました)、彼女の家の中は物が散乱して、さながらゴミ屋敷の様相でした。
戸棚や食器棚の中の物が全部飛び出して散乱し、彼女も家族も心が折れた状態で後片付けをする気力を失い、コタツの中にもぐる様にして暖を取っていました。
そこへ私が訪ねて行くと、N子のお母さんが涙を流して喜んでくれました。
私は何も出来なかったのに、顔を見ただけで嬉しかった、と後日聞きました。
まだ水道もガスも途絶えたままで、電力だけが復旧していたので、トースターでパンを焼
いて食べているとのこと。
私が焼いて持参した蒸しパンが、「久し振りに食べる甘い食べ物」と感激されました。

家の中に座る場所もなかったので、N子と二人、話をしながら駅へと歩きました。
ゆっくり歩きましたが1時間もかかる距離ではありません。
ところが駅に戻ると、往路に見たアンデルセンの食パンの壁は既に消え失せ、行列も消えていました。
私がパンの壁がもうなくなっている、と言うと、N子が「ああ、パンが来ていたのか、ではまた直ぐに入荷するだろうから、うちでも買っておこう。」と言いました。

実はこの後、私の記憶では喫茶店に入ったのですが、それがこの日だったのか、次の訪問時だったのか、記憶が定かではありません。
しかし、震災からそんなに日がたっていなかったのに喫茶店が営業していたことに大変驚いた覚えがあります。
場所はJR垂水駅の東口にあったお店で、電車は止まっているのに客が大勢入っていました。
N子と私は珈琲とチーズケーキをいただきました。
N子は地元の子でしたから、垂水の商店街のほとんどの店と知り合いで、喫茶店の人に
「店を開けられて良かったね」と声をかけていました。

震災の思い出 8

震災の思い出 8

実家が無事だったので、私は垂水中学入学以来の親友N子の家の様子を見に行くことにしました。
それを母に告げると、「ああ、早く行ってあげなさい。」と言ってくれました。
N子の家は海のそばの宮本町にありました。

私は再び山陽バスに乗って、下へ行きました。
街はますます土埃で茶色に霞んで見え、道路は4輪がいなくなり、2輪ばかりが走り回っていました。
バスの終点は、当時、寿司の増田屋の前だったのですが、近くの石垣が崩落したとかで、手前の神田町で降ろされました。

垂水の街は賑やかで、電車が止まっているにもかかわらず人が大勢いました。
多分、名谷や舞子あたりからバスが来るからでしょう。
宮本町へは、山電垂水駅とJR垂水駅西口のコンコースを抜けて2国を横断します。
そのコンコースに行くと、ちょっと異様な光景が目に入りました。


山電とJRの境目は階段があったのですが、その階段の上に当時、アンデルセンと言う製パン会社が販売専門の店舗を置いていました。
いつもは色とりどりの菓子パンがガラスの壁越しに見えたのですが、その時は全部食パンで壁が埋め尽くされ、正に小麦色の壁がコンコースの中央にそびえ立っていました。
店の入り口にはパンを買い求める人の行列が出来ていました。

後日、山口に住んでいる妹から聞いたのですが、アンデルセンの創業者は広島の人で原爆体験があり、会社を興した時に「戦争だろうと天災だろうと、大きな災 害が起これば食べる物に困る人が出てくる。煮炊きする状況ではないだろうから米のご飯は無理だ。袋を破ってすぐ食べることが出来るパンを被災者に提供出来 るように、工場にラインを二つ造り、災害発生と同時にラインを全て食パン専用に切り替える」と計画したそうです。
そして実際に兵庫県で甚大な被害が出る地震が発生したと聞くと、同社は直ちに生産ラインを食パン1本に切り替えたそうです。

交通がまだ全面復旧していない時に広島からパンを運んで来たのですね。

2015年3月13日金曜日

震災の思い出 7

震災の思い出 7

実は実家のそばの道路状況がよくわからなかったので、名谷のショッピングセンターの駐車場に車を置いてバスに乗りました。
垂水区では山陽バスが運行していました。
乗客は多くて、ほとんどの人がリュックサックを背負い、女性でスカート姿の人はいませんでした。
車窓から見える垂水の町は土埃で茶色に見えました。
自家用車は名谷周辺では走っていましたが、下(海に近い地区)へ近づくにつれて原付バイクが増えていきました。

実家は前述通り土台が傾いていましたが、母と寝たきりの祖父、認知症で何が起こっているのか理解出来ていない祖母の3人は無事でした。
父はこの時、単身赴任先の大阪府忠岡で神戸に帰る手段がつかずに職場にいました。母とは電話でなんとか連絡がついたのですが、大阪から垂水まで鉄道が使えず、代替バスがいつ運行開始したのか覚えていませんが、どうやって自宅へ帰れば良いのかわからなかったのです。


停電は解消され、上水道は断水していましたが、実家は何故か水が出ていました。
地理的な幸運で水道管の水が低い地区に流れ、祖父の家の風呂場の蛇口からポタポタ出ていたのです。
実家のある場所では井戸を持っている家が1軒だけあり、自治会長が井戸を使わせてくれるよう、その家に交渉しました。その家はケチで有名でしたが、時が時だけに承諾しました。
しかし母が「うちのお祖父さんのところで水が出ています」と告げると、近所の人たちがポリタンクを持って水汲みに来ました。
ポリタンク1箇1時間ほどかかったらしいのですが、それでもケチなお宅に頭下げるよりは、とやって来る人がいたのですね。
ガスは、不幸中の幸いと言うか、実家がある地区は都市ガスが来ておらず、全戸がプロパンを使っていました。地理的な条件と複雑な地権者の問題で神戸市が都市ガスを引けずに放置していたのです。
水洗トイレも各戸浄化槽設置の地区でしたから下水が地震でやられて使えない市街地に比べると問題はあまりなかったのです。

不便な地区が、この時ばかりは随分とその不便さ故に救われていました。

震災の思い出 6

震災の思い出 6

田井南の交差点で左折して県道65号線を走ります。
この頃には渋滞が始まっていてスピードが落ちました。
明石ゴルフ倶楽部の中を通る道ですが、当時はまだ狭くて場所によっては離合が困難な幅もありました。
ゴルフ倶楽部のゲートが開いていました。
門扉のそばに立て看板が置いてありました。
「温かいお食事あります。
お風呂も入れます。
どうぞお気軽にご利用下さい。」
そんな感じのことが書いてありました。
なんだかじーんときました。

65号線は現在52号線と立体交差になっていますが、当時は一旦52号線に入って少し南下してから福谷で左折し、もう一度65号線単独になります。
うねうねと蛇行した細い県道を自動車の列が連なっていました。

私の前にいたのは小型のトラックで荷台に木製の細長い木箱をいくつか立てて積んでいました。
ロッカーの様にも見えたのですが、ある時点で突然それが何なのか判明しました。
真新しい棺でした。
犠牲者の数が増えるにつれて棺の数が足りなくなったのでしょう。
どこかの遺体安置所に運んで行くところだったのです。
私はずっと棺の後をついて走っていたのです。

アスファルトには地割れが続いていました。
ぱっくり開いたままの箇所があり、大きくはないのですが渋滞で割れ目の上に停車しなければならないのは気持ちが悪いことで、みんな地割れに停まりそうになると前の車にぎりぎり寄せました。

自宅から実家まで、当時の道路事情では片道2時間だったのですが、その日は3時間かかりました。

2015年2月20日金曜日

震災の思い出 5

  • 震災の思い出 5

    地震があった週の土曜日に私は神戸に行きました。
    実家の母が欲しがっていた飲料水用のポリタンクが店頭で売り切れていて買えず、仕方なく大型の麦茶を入れるボトルを買いました。
    蒸しパンを2箇作り、夫には仕事を早退して行くことを告げましたが、舅たちには伝えるのを忘れました。
    メディアは救援活動の妨げになるので被災地に入らないように、と呼びかけていましたが、被災地に親族がいる人々には無視されました。
    救援活動中のプレートを提示したトラックなどに混ざって一般車両も多く南を目指して175号線を走っていました。
    西脇市、加東市、小野市あたりは普段と変わらぬ光景でした。
    でも三木市に入ると様子が変わってきました。
    屋根にブルーシートが掛かり、路面に地割れが出来ていました。
    175号線の三木バイパスでは橋の付け根に段差が生じていました。
    車高の低い車はその段差を越えられず、引き返していました。
    私の軽自動車はなんとかそれを越えました。
    三木ランプはどこかが崩れたのか、通行禁止になっていました。
    神戸市との市境辺りだったでしょうか、縞模様のバリケードが置かれ、「これより被災地です。救援活動の車輌以外の進入はご遠慮下さい」と言う意味のプレートが置かれていました。
    まるで神戸が世間から隔離されているような言いぐさでした。
    でも南を目指している車は、そんな標識に従ったりしません。
    誰かがバリケードに隙間を作っていて、そこからみんなどんどん入って行きました。

2015年2月9日月曜日

震災の思い出 4

震災の思い出 4

JR加古川線は普段はガラガラで利用者の少ないローカル線です。
でも震災で東海道本線と山陽本線、私鉄各社が不通になったために、明石以西の人が大阪方面に行くのに播但線や加古川線で一旦京都府の福知山方面へ行き、そこから大阪へ行くと言う手段が使われました。

「震災の時だけやなぁ、加古川線が満員になったんは」

と今でも語りぐさになっています。
自動車も神戸を通れないので丹波を通って京都から大阪・奈良方面へ抜けなければなりませんでした。
我が社の運転手は毎日奈良へ配達に行きますが、「あの時は過労で死ぬかと思った」と言っていました。

夜になると一般車両は通行止めの中国自動車道を遠くから応援の車輌が走ってくるのが見えました。
品川ナンバーのパトカーや救急車が赤い廻転灯を点滅させながら何台も何台も滝野社ICを降りて来ました。
それを見たお年寄りが「有り難いねぇ、兵庫のために全国から助けに来てくれる」と呟いて手を合わせていました。

2015年2月8日日曜日

震災の思い出 3

震災の思い出 3

神戸に行く前に震災直後の西脇市のことを書きます。
我が家は揺れを感じただけでしたが、職場の人の家では屋根瓦が落ちたり壁に亀裂が入ったりと被害が出ました。
国道175号線はアスファルトに亀裂が入りました。
後に豊岡、村岡町などの但馬に行った時も路面に亀裂が入っていたり屋根にブルーシートが掛けてあったりしたので、神戸から遠く離れてなおあの激震は伝わっていたのだとわかりました。

職場の人の中には親族を亡くした人が何人かいました。
それから冗談みたいに聞こえますが、テレビで神戸の街が崩壊しているのを見てショックで亡くなった方もいました。

地震の影響は翌日から顕著に出て来ました。まず、新聞が来ません。
神戸新聞が薄っぺらな1枚だけの新聞を配達した時は涙が出ました。
雑誌も来ません。私はTIMEを当時購読していましたが、「救援の妨げにならないよう、兵庫県の読者の皆様には一月休刊することをお知らせします」と通知 が来ました。ですから、あの時TIMEの表紙になった瓦礫の中でうずくまる女性の写真、私はリアルでは見られませんでした。
ホームセンターやスーパーからポリタンクが消えました。
神戸や阪神間に親戚のある住民がこぞって買い求めたからです。
パン屋では行列が出来ました。
西脇の住民だけではなく、神戸や三木などから食糧を求めて買い出しに来ていたのです。
私がパン屋で並んでいると、誰かが「明日には小麦粉も入ってこなくなるんじゃないか」と言いだし、パン屋の主人が「アホなことを言うな! 丹波方面から輸送出来るやないか。みんなの不安を煽るようなことは言うたらあかん!」とたしなめました。
自治体や婦人会は毛布や衣類の提供を呼びかけ、消防団は瓦礫撤去と救出の手伝いに神戸へ出かけて行きました。
 
空では毎日ヘリコプターが飛んでいました。
初めは消防のヘリかマスコミの取材ヘリか、それとも自衛隊の救助隊か、と思っていたのですが、そのうち「あれは神戸近辺の火葬場がいっぱいなので地方へ遺体を運んでいるんや」と言う噂が流れました。

毎日いつもと同じ生活をしていても非日常的でした。

震災の思い出 2

震災の思い出 2

母はすぐには電話に出ませんでした。
でも呼び出し音が鳴っているし。
母が電話に出たのは半時間後の7時前でした。
実は箪笥の上に置いてあった棚が蒲団の上に落ちて下敷きになっていたのです。
幸い蒲団が分厚かったのでケガはなく、やっと這い出すと台所やリビングの物が床に散乱して電話までが遠かったのだそうです。
停電は短かったと言っていました。
垂水はなんとか被害が軽く済んだみたいでした。

実家の被害は、二階にあった私が使っていた本棚が揺れに共鳴してしまいバラバラに崩壊したこと、食器が割れたこと、両親が結婚した時に父の友人一同が贈っ てくれた振り子時計が落ちてバラバラに壊れたこと、そして家の土台が少し東側へ傾いて、トイレのタイル張りの床にヒビが入り、玄関のコンクリートのポーチ が割れたこと・・・


家は今も少し傾いていて、ボールを置くと東側へ転がって行きます。
しかし父は「○○ハウスで家を建てた時は、プレハブの安い家しか建てられなくて悔しかったが、今思えば基礎が深くてこの程度で済んだ。」と言っていました。

私は振り子時計が潰れてしまったことが残念でした。
ゼンマイ式で毎日家族の誰かがネジを巻くのが仕事でした。
生まれた時から聞いていたボーンボーンと言う鐘の音は永久に聞こえなくなりました。
それは懐かしい神戸の姿が消えてしまったのと同じに。

2015年2月7日土曜日

震災の思い出 1

震災の思い出 1

あの揺れが西脇市まで到達した時、私は台所で朝食の準備とお弁当作りをしていました。
経験したことのない大きな揺れが長く続き、恐ろしかったです。
咄嗟にガスの火を止めました。
愛犬が、よく吠える犬だったのですが、あの時は声を出せないほど怯えて駆け寄って来ました。
家族もみんな起き出して、家の中に被害がないことを確認しました。
夫がテレビを点けました。
最初は「東海地方で・・・」などと報道していました。
やがて近畿地方の震度が地図で表示されると、夫が呟きました。
「神戸だけ、なんで震度が出てへんのや?」
そして彼は私を振り返って言いました。
「神戸のお母さんに電話したれ! 早く!!」

2013年11月23日土曜日

赤竜 3

3 は掲載しない。
書いたのだが、もう取り出せないからだ。
一番最初の iMac の中に入っている。
取り出す前に、マシンが壊れてしまい、もうディスクから取り出すことが出来なくなってしまった。
どんな話か内容は少し覚えている。

オーリーとレインボウブロウは新しいアパートに引っ越す。
兄妹のふりをして始めた新生活だが、彼はまだ彼女の正体を掴めないでいる。

富裕層を顧客とするサナトリウムで変死事件が起きる。
入所者が何者かに押しつぶされた様な状態で死亡したのだ。
外部から人が侵入した様子はないが、施設内で人間の骨をバラバラに砕ける様なものも見つからない。
オーリーは庭に残された深い足跡を追うが、庭に並んだ石像の一つで足跡は途切れていた。
変死事件が解決出来ないので、オーリーはレインボウブロウをサナトリウムへ連れて行く。
彼女は塀の外で異常な気配を感じて中に入ることを拒む。

二人目の犠牲者が出て、警察は連続殺人として捜査するが、何の手がかりも得られない。
そのうちにオーリーは一人の従業員の態度が不審なことに気が付く。
従業員が石像の設置に関与したことが判明し、オーリーは大胆な仮説を立てる。

オーリーが従業員を問い詰めると彼は石像を動かして問題を起こす入所者を殺害したことを認める。
石像でオーリーを襲わせようとするが、そこにレインボウブロウが現れ、オーリーを間一髪で抱えて空へ。
石像は彼女が投げたダイナマイトで破壊された。


赤竜 2 その21

 レインボウブロウが身の回りの物を取りに帰るので、付いてこいと言った。相変わらずどちらが「ご主人様」か判らない。オーリーは早朝のカッスラー邸を訪 問した。ドアベルを鳴らすと、不用心にも直ぐドアが開いて、イヴェインが顔を出した。彼女は笑顔で挨拶するオーリーを無視してレインボウブロウを抱き締め た。
「良かった、帰って来てくれたのね。一昨日のこと、怒って出ていったのかと思った。」
 何があったのか知らないが、レインボウブロウが「ほらね」と言いたげにオーリーを見た。イヴェインは彼女に完全に寄りかかっている。しかし普通の人間で ないレインボウブロウにとっては、それは迷惑であり、イヴェインにとっても好ましくない事態だった。イヴェインは彼女の魔性の虜になってしまい、他の人間 が見えなくなりつつある。レインボウブロウはイヴェインを自分だけのペットにするつもりで生き返らせたのではない。綺麗な魂の持ち主を地上に留めたかった のだ。
「可愛いイヴ。」
とレインボウブロウが囁いた。
「もう苦しまなくていいからね。」
彼女は背伸びしてイヴェインに自分から抱きつき、唇にキスをした。女性同士のキスが美しく見えて、オーリーはドキリとした。イヴェインは目を閉じた。そし てゆっくりとレインボウブロウが体を離しても、そのまま固まった様に立っていた。レインボウブロウはオーリーを自分の位置に立たせた。
「荷物を取ってくるから、彼女を見ていて。」
 オーリーは言われた通りイヴェインを支えて立った。イヴェイン・カッスラーは美しい。やっと20歳だ。財産はあるが、守ってくれる人がいない。否、レイ ンボウブロウが陰から見守るだろう。では、オーリーの役割は?彼は自分がイヴェインの心に入って行けないことを悟りつつあった。彼は彼女を守ってくれる 「いいお巡りさん」でしかないのだ。もし、ここでイヴェインが彼を認めてくれても、それはレインボウブロウの魔法としかオーリーにも思えないだろう。二人 が愛し合えることが出来るのは、もっと先の話だ。
オーリーはイヴェインの唇に軽くキスをした。
 レインボウブロウが戻って来た。小さな鞄一つだけ持っている。
「先に車に乗っているから。」
と彼女はオーリーに言った。
「私がドアを閉じたら、彼女の時間が戻る。彼女は目覚めた時、私のことを忘れている。だから、そのつもりで会話して欲しい。」
 オーリーはイヴェインの顔を見つめたまま、尋ねた。
「君のことを忘れるって?ソーントンの屋敷のことも忘れるのか?」
「それは覚えている。私のことだけ、記憶から消した。支障はないはずだ。」
 レインボウブロウはオーリーとイヴェインの横を通り、外へ出た。彼女がドアを閉じた音で、イヴェインが目を開いた。オーリーは素早く身を離した。
「あら、オーリー、私、何をしていたのかしら。」
 ぼんやりとイヴェインが回りを見回した。
「寝起きだね。」
とオーリーは微笑んで見せた。
「勤務明けに、様子を伺いに寄らせてもらっただけだよ。変わりないかい。」
 イヴェインは彼が大好きな笑顔を見せた。
「ええ、新しい職場で友達が出来たの。いろいろ心配をおかけしたけれど、もう一人でも平気、有り難う。」
 そして、台所の方を振り返った。
「コーヒーでも如何?」
「否、遠慮しておく。早く帰ってベッドに潜り込みたいからね。」
 彼がドアを開いて外に出ると、イヴェインも見送りに出て来た。車を見て、彼女が尋ねた。
「お連れさんがいらっしゃるのね。ガールフレンド?」
 オーリーは首を振った。
「妹だよ。似てないのは、親が違うから。」
 イヴェインは笑顔で車中の娘に手を振り、オーリーに挨拶のキスをした。
「いいわね、姉妹がいて。私も兄弟が多い彼氏を見つけるわ。」
 オーリーは黙って微笑を返しただけだった。
 彼が車に戻り、走り出してから、レインボウブロウが話かけた。
「口説かなかったのか?」
「彼女の心に俺はいないよ。」
「これから入っていけばいい。」
 そして、彼女は尋ねた。
「引っ越しは何時にする?」
       終わり

2013年11月21日木曜日

赤竜 2 その20

「しかし、君はこいつと意志を通じ合えるだろう。」
 人魚はオーリーではなく、間違いなくレインボウブロウを恐れている。彼女が何者か判っているのだ。それは、彼女の隙ではなく、オーリーの隙を窺っている ことでも判った。彼を突き飛ばして海に戻りたいのだ。しかし彼女とは戦いたくない。どっちが強いか、どちらがより残酷になれるか、知っている。
 人魚が苦しげに口を開閉させた。水を求めていた。そろそろ皮膚が乾き、力を失ってしまいそうだ。
「早くしなければ、こいつは死んでしまうぞ。」
「死ねばいい。」
とレインボウブロウ。
「これは遊びで人間を殺した。今逃がしたら、また場所を変えて同じことをする。」
 人魚がオーリーの方へ体を進ませかけたので、彼女は彼の前へ入った。人魚は彼女に歯を剥き出してまた「シャーっ」と声を出した。
「駄目。」
と彼女がソレにきつい調子で言った。
「おまえは殺すことを楽しんだ。」
 人魚がまた「シャー」と言った。オーリーには全部同じに聞こえたが、レインボウブロウは違う答えを言った。
「人間は魚を食べる。おまえは人間を食べない。食べないのに殺すのは良くない。」
 人魚は熱い地面に顔をつけてしまいそうな位置に頭を降ろした。ソレにとって、焼けたフライパンの上にいる様な気分なのだろう。オーリーはこの醜いメルヘンのなれの果てが哀れに思えた。
「見逃してやるから、二度と陸地に近づかない、と誓え、と言ってくれ。さもなくば、このままここに置き去りにするぞ、て。」
 レインボウブロウは不本意ながら、「ご主人様」の言葉を繰り返した。オーリーには同じ英語に聞こえたが、人魚には別の言語として解釈された。人魚は大人しくなり、小さなシューシューと柔らかい声を出した。レインボウブロウがオーリーを振り返った。
「誓うそうだ。」
 人魚の世界の義理がどんなものか判らないオーリーは、彼女にもう一つ通訳させた。
「誓いの証を示せ。」
 人魚は躊躇った。ソレは何も持っていない。そしてオーリー同様、どうすれば人間に誓いを示せるのか判らないのだ。レインボウブロウが苛々した。遠くから 車のヘッドライトが近づくのが見えたからだ。彼女はいきなり人魚のそばにフワリと飛び寄った。人魚が身をかわそうとするのを、尻尾を抱える様にして捕まえ た。自分の身を尻尾の縁で切られないように用心しながら片腕で人魚を押さえつけ、彼女は人魚の左手首をたぐり寄せた。
「人間はおまえが害のないモノになれば安心する。」
 そう言って、いきなり人魚の手首をちぎり取った。オーリーは思わず目を海へ向けた。人魚が不気味な悲鳴を上げ、黒い血液が噴き出した。それでも、レインボウブロウは表情ひとつ変えずに、人魚の血が自分に降りかからないように素早く相手を海へと投げ込んだ。
 オーリーは桟橋の端に駆け寄り、暗い海面を覗き込んだ。人魚の姿は最早見えなかった。彼は顔を上げ、レインボウブロウが戦利品から血を絞り出すのを嫌悪の目で見た。
「あいつは出血で死ぬかも知れない。」
「それは地上の生き物のこと。それに、数年すれば、また新しい手が生える。」
 彼女は手首を振って、最後の一滴も捨てた。
「この血は、人間には猛毒だ。触れると、あなたは死んでしまう。」
「あいつは君を恨んでいるだろう。また人間を襲うのではないのか。」
「あれは誓った。もう陸には近づかない。」
「信用出来るのか。」
「血の誓いは神聖だ。破れば、あれは即座に死ぬ。」
 彼女は手首を地面に置き、衣服を身につけた。オーリーはクーラーボックスに気味の悪い手首を入れた。
「鑑識がこれをどう分析するか、見物だね。」
と彼は呟いた。

2013年11月18日月曜日

赤竜 2 その19

 数時間眠ってから、オーリーはレインボウブロウを連れて桟橋へ行った。二人目の犠牲者が出てから二日たっていた。また人魚は海岸に近づくだろう、と彼女が予想したからだ。
「何故、人魚は人間を襲うんだ。今迄そんなことはなかっただろう。」
「あっても、気付かれなかっただけかも知れない。染色工場に入り込んだのは、偶然だろう。」
 珍しく彼女が理論立てた話し方をした。
「井戸の中でフィルターを見つけた。水がそっちへ吸い込まれるので、何があるのかと興味を抱いて、フィルターを破った。水槽に入り込み、警備員を見つけ た。警備員がソレを見つけて刺激するような行動を取ったかも知れない。ソレは彼を捕まえて、水中へ引きずり込んだ。彼は抵抗して、銃でソレを撃ち、傷付け た。ソレは怒って、彼を溺死させた。」
「釣り人も何か注意を引いたのか?」
「釣り針がそれを怒らせたのかも知れない。或いは、警備員に撃たれて人間に敵意を抱いたソレが、たまたま見つけた釣り人を襲ったのかも知れない。」

「被害者の喉を掻き切ったのは、ソレのヒレか?」
「多分、尾びれだろう。」
 桟橋に到着した。まだ人通りがあった。オーリーは借りた釣り道具を出して、準備した。レインボウブロウは情報収集と称して、その辺の人間に声をかけて回った。
「この辺りで大きな魚を見たって聞いたけど、あんた知らない?」
 大体そんな質問だった。そして空振りに終わった。まともでない返事をした男がいたらしく、彼女は少し怒ってオーリーの元へ戻った。
「あいつ、海へ叩き込んでやろうか。」
 オーリーが針に餌を付けながら、「どうした」と尋ねても、それ以上は何も言わなかった。多分、女だと見て、卑猥な言葉でも投げかけた奴がいたのだろう、と彼は想像した。
 夜半になると、人影がなくなった。オーリーは故意に海のモノの注意を引く目的で、時々懐中電灯で海面を照らした。静かな夜の海だ。魔物がいてもおかしくない雰囲気だ。
彼の後ろの地面に、魔物としか思えない娘が座り込んで、黙想にふけっていた。二人は会話をしなかった。事件はいつも被害者が一人の時に起こっている。波の音だけが聞こえてオーリーは睡魔に襲われた。
 彼がうとうとと体を揺らし始めた時、レインボウブロウは目を開いた。沖の方で声が聞こえた。初めて聞く声だ。人間の声ではない。歌っているらしいが、初 耳のメロディーで、人間の音楽とは思えない。彼女はオーリーを見上げた。背中をやや丸めて、男は居眠りをしている。手に持った懐中電灯が海面ではなく地面 を照らしていた。彼女はブルゾンを脱ぎ、地面に置いた。ジーンズのジッパーを降ろす時は、音を立てぬよう、慎重にゆっくりと動いた。歌声が潮の流れに乗っ て、少しずつ接近してくるのがわかった。座ったまま,レインボウブロウはジーンズを脱ぎ、全裸になった。それから、オーリーの手を下から静かに支え上げ て、電灯の光を海面に向けた。オーリーが目を覚まし、彼女の手に気付いた。無言で彼は後ろを振り返り、彼女を見た。彼女が顎で海を指し示した。
 オーリーは目を凝らし、光の輪を動かした。彼には暗い海面と暗い波しか見えなかった。しかし風の音に混ざって、何やら気味の悪い哀しげな声みたいな音 を、微かながら聞き取った。彼は釣り竿を掴み、釣り人らしく、リールを捲いて針を引き上げ、餌を付け直してもう一度仕掛けを投げた。遠くの方で仕掛けが水 に落ちる音がした。彼は、沖の声が止んだ様な気がした。さっきの仕掛けの音が、人魚の注意を引いたのだろうか。彼は後ろのレインボウブロウを振り返った。 彼女は海から身を隠すかのごとく、彼のバックに入り、獲物に飛びかかる野獣の様に片膝を立てて身構えていた。
 そこで初めて彼は彼女が人魚と対決するつもりだと気付いた。逮捕するのではなく、殺してしまうつもりだ。人魚の言い分を聞く寛容さは持ち合わせていない。彼は生け捕りたいと伝えたかったが、口を利くことが許されるのか、判断出来なかった。
 波の音が変わった様な気がした。彼が釣り竿をスタンドに置いた途端、ザッと水音がした。直ぐ近くだった。振り向くと、大きな黒い物体が空中に飛び出した ところだった。彼は無意識に背中の拳銃に手を伸ばした。彼を飛び越して、レインボウブロウが物体に飛びついた。二つの黒い固まりが、空中でぶつかる鈍い音 を響かせ、桟橋の上に落下した。
 オーリーは叫んだ。
「殺すな、レニー、生け捕りたい。」
 彼女の返事はイエスでもノーでもなかった。
「そこ、どいて!」
 彼女が怒鳴るなり、物体の大きい方がオーリー目がけて飛んできた。オーリーは慌てて身を引き、危うく海に落ちるところだった。投げられた物体の方は車のそばに転がり、頭を持ち上げて、「シャー」と言う音を発した。オーリーは懐中電灯を拾い上げ、それに光を当てた。
 醜怪な顔が電灯の光の中に浮かび上がった。タイを平坦にした様な魚みたいな顔が、鋭いノコギリ状の歯を剥き出して威嚇していた。目は大きく、魚みたいに 感情がない。髪の毛だけが人間的だ。濡れた髪の房が顔に降りかかっている。オーリーは見たくないものを見てしまった思いで、光の輪を移動させた。人魚の前 肢は人間の腕と手に似ていた。指の間に水かきがついているのと、爪が長いのが、特徴だが、肌も人間のものに似ていた。胸は平坦だ。人間が期待する乳房はな かった。雄かも知れない、とオーリーはこの際どうでもいいことを考えた。人魚の腰から下は、期待を裏切らず、魚だった。ピンと緊張して突っ立った尻尾は鋭 利な刃物みたいだ。レインボウブロウに投げ飛ばされて怪我をしたのか、額から黒い滴が流れ落ちた。
 レインボウブロウが立ち上がった。背中の翼を半開きにして、彼女も人魚を威嚇した。
「どうすれば、いい?」
 オーリーは手錠を出しながら、彼女に尋ねた。
「近づくな。」
とレインボウブロウ。
「あの尻尾で叩かれれば、あなたは切り刻まれる。」
「だが、捕まえなければ。」
「捕まえて、どうする?」
「どうするって・・・」
 見せ物にするのか?オーリーは自問自答した。これは動物なのか、それとも心を持った
生き物なのか。殺人犯に違いないだろうが、それは生きる世界が違うから、と言う理由だけなのでは?
 人魚は後退は苦手の様だ、少なくとも、地上では。何とかしてオーリーとレインボウブロウの防衛戦を突破して海に逃げ込もうと、隙を窺っていた。
 オーリーは思った、人間にこれ以上害を与えないと保証されれば、見逃してやってもいい、此の世で最後の人魚かも知れないのだから、と。
「通訳してくれないか、レニー。」
 はあ?と言いたげに彼女が振り返った。彼は続けた。
「陸の生き物に構うな、と言ってくれ。もう人間を襲わないと誓うなら、見逃してやる、と。」
「オルランド。」
 彼女が腹立たしそうに抗議した。
「私はこんな魚もどきの言葉など話さない。」

2013年11月15日金曜日

赤竜 2 その18

レインボウブロウはまだくたびれた顔で、窓から庭を見た。芝生が伸び放題だ。
「あなたは、絵本やディズニーのアニメの人魚しか想像出来ないのか?」
と彼女は苛ついた声で言った。
「と言うと、真実の人魚はあんな可愛いモノじゃないってことか。」
「可愛い人魚は人間が創りだした想像上の生き物だ。」
 彼女は瓶を口に当てて、水を飲み干した。
「上半身は確かに人間に似ている。腕があるし、胴と頭は首で繋がっている。髪の毛みたいな体毛もある。下半身は魚みたいだ。鱗とヒレがある。でも、性格は人間でも魚でもない。」
 彼女と人魚と、どっちが人間離れしているのだろう、と思いつつ、オーリーは立ち上がった。
「もし、鑑識が人魚だと断定したら、どうすればいいんだ?」
 彼女は現実的な答えを述べた。
「夜間は海に近づくな、と市民に警告を出せば?」
 そして地下室に向かって歩き始めた。
「何処かにもっと広いアパートを借りてよ、オルランド。」
「何の為に。」
「私もそこに引っ越すから。」

 魚類の専門家は鱗の正体を掴めなかった。
「シーラカンスに似ているって。」
 検死官に言われても、オーリーには何のことか解らない。ライリーだって古代から生きている魚の知識なんて持っていない。
「でもね、シーラカンスはアメリカ沿岸にはいないの。マダガスカル沖にいる魚なの。」
「そこは、つまり・・・」
「アフリカよ。」
「それは、人間を引きずり込む程強いのかい。」
「深海魚だって言ってたわ。それにシーラカンスに殺された人なんて、聞いたことないって。」
「じゃ、新種の魚だ。」
とライリー。新種の化け物さ、とオーリーは心の中で反論した。「赤竜」に描かれていた人魚は、ちっとも美しくなかった。魚の顔をした女もどきの半魚人、すっかり夢をぶち壊してくれた怪物。
「被害者の喉の傷はノコギリの歯で付いたみたい。一気にやったのね。」
 そうじゃない、とオーリー。人魚はノコギリなんか持っていない。そんな人魚がいたら驚きだ。危なかしくって、船にも乗れない。人魚の凶器は尻尾だ。固い魚のヒレは人間の柔らかい皮膚を切り裂く。
「染色工場と同じ犯人だとしたら、動機はなんだ。それに、工場には何処から入ったんだ。」
 ライリーはぶつぶつ言った。オーリーの方はもうそんな次元を越えていた。どうすれば、人魚の攻撃から釣り人やデートするカップルや海が好きな子供たちを守ることが出来るのだろう。
 勤務が終わってアパートに帰ると、そこにも鱗マニアがいて、彼のバスルームでビールを飲んでいた。
「イヴェインの家に帰ってやれよ。寂しがるだろう。」
 オーリーが注意すると、彼女はプイと横を向いた。
「あの子を独立させたい。一緒にいては、あの子が駄目になる。」
 彼はくたびれていたので、イヴェイン・カッスラーの将来についてこの場で論争する気力はなかった。居間を指さして、「ご主人様」として命令することに挑戦した。
「俺のバスルームだ。これから使う。出ていけ。」
 レインボウブロウは水から出て、ビショビショのまま床に下り、彼の目の前でブルブルと子犬の様に体を震った。お陰で彼は服を脱ぐ前に濡れた。
 彼がシャワーを浴びてさっぱりして居間に戻ると、彼女はテレビを見ていた。「楽しい釣り紀行」だ。ルアーでマスを釣る場面だった。オーリーは釣りを嫌いだと思ったことはないが、わざわざ道具を揃えて貴重な休日を水辺で一日潰す程の趣味でもなかった。
「釣りは好きか?」
とレインボウブロウに聞かれた時、彼は寝室に持ち込むビールを取りに冷蔵庫に向かっていた。
「嫌いではないな。」
「では、今夜、桟橋に行こう。」
 彼女は画面の中のルアーの動きを見ながら提案した。
「大きな魚を釣る。多分、あなたも釣り上げたい魚だ。」

赤竜 2 その17

カッスラー家にオーリーが立ち寄ると、当然ながら、イヴェインは仕事に出ていた。合い鍵で中に入ったオーリーは、居間の床の上にレインボウブロウが 倒れているのを発見して、ギョッとした。彼女は全裸だった。脚の付け根部分まで鱗に覆われた体を丸めて胎児の姿勢で敷物の上に転がっていた。彼はびっくり して彼女に駆け寄り、声をかけながら抱き起こそうとした。彼女が瞼を開き、かったるそうに返事をした。
「なに?」
「どうしたんだ、こんな所で・・・」
 オーリーに支えられたまま、彼女は周囲を見回した。それから、彼を見て、体を離した。
「油断した・・・」
と彼女は口の中で呟いた。床に散乱している衣服をかき集め、さっさと自分用にあてがわれた部屋に入って行った。オーリーはソファに座り込んだ。何があった んだ?レインボウブロウが自分の家でどんな恰好でどんな場所で寝ようが、彼女の勝手だが、イヴェインは気にしないのか?それに、レインボウブロウのお尻に は短い尻尾があった。
 レインボウブロウが新しい服を着て戻って来た。台所経由で水の瓶を持っていた。
「何の用?」
 何事もなかった様子なので、本当に何もなかったのだろう、とオーリーは思うことにした。それで、桟橋の死体の話を聞かせた。レインボウブロウは疲れた表情で時計を見た。
もう昼過ぎだ。自分でも呆れる程長い時間眠っていたらしい。
「首を切られていた?」
と呟いて、不愉快な顔をした。昨夜あれほど拒否したのに、イヴェインに喉を触られた。
犠牲者も、不愉快だったに違いない。
 オーリーが尋ねた。
「人魚は人間の喉を裂いたりするのか?」
「私は人魚の趣味なんか知らない。」
「だが、君は犯人が人魚だと、俺に示唆した。」
 彼女が小さく頷いたので、彼はやはり想像と推理がピッタリこなくて、困った。
「何故人魚が人を襲うんだ。」

赤竜 2 その16

 レインボウブロウは出口に向かって歩き始めた。
「フィルターの穴を通り抜けられる大きさ。爪を持っている。水の中に住んでいて、人間に興味がある。」
「何故興味があるんだ。」
「似ているから。」

 レインボウブロウが深夜もかなり更けた時刻に帰宅すると、居間の敷物の上でイヴェインが泣き疲れて眠っていた。同居人のお嬢様を怒らせてしまったと思い こんだのだ。レインボウブロウは彼女より小柄ながら、力は強かったので、彼女を寝室に運ぶつもりで、抱き上げようとした。彼女の背中に手を回すと、イヴェ インが目を開いた。無駄な労働はしない主義のレインボウブロウは声をかけた。
「起きて自分でベッドに行きなさい。」
 イヴェインは目の前の彼女を見つめた。彼女の黄色い目を見つめ、夢を見ているのかと思った。
「私のレニーは、人じゃない・・・」
と彼女は囁き、いきなり相手の後頭部に手を回して自分の方へ寄せた。キスの間、レインボウブロウは目を開いたまま、イヴェインの表情を窺っていた。彼女の 可愛いイヴが、何処まで正気なのか、見極めようと試みた。何時の間にやら、彼女はイヴェインの体の下になっていた。喉だけは触れられないように警戒しなが らも、愛撫を受け入れた。まだ未熟なテクニックだな、と思いつつ、早くこの家から去ってしまおう、と決心したのだった。

 オーリーはレインボウブロウが言った言葉を自分の頭の中で反芻してみた。冷たい血液を持っていて、鱗と爪があり、人間に似ている水の中の生き物。人間に似ている・・。
まさか、人魚が犯人だと言うのか?そんなモノが実在するのか?まだ大ウミヘビの方が現実的だ。人魚なんて。それに人魚は人を殺すのか?オーリーにはアンデルセンの「リトルマーメイド」のイメージしか浮かばない。
 電話が鳴った。刑事部屋に早朝にかかる電話は、事件の通報しかない。ライリーが電話に出て、話を聞く。オーリーは人魚のことを考えていた。ライリーが電話を置いて、振り返った。
「殺しだ。今度は桟橋だ。」
 現場は昨夜レインボウブロウが海に入った桟橋から余り離れていない場所だった。早朝に釣りに出ようとボートを出しに来た男が、海面に浮いている死体を発 見した。そっちも男だった。近くの岸壁に釣り道具が散乱しており、身分証から直ぐに身元が判明した。死体の肌はひっかき傷だらけで、致命傷はパックリと開 いた喉の傷だった。慎重に引き上げなければ、首がちぎれそうになる程、深くえぐられていた。
 深夜近くに男の叫び声を聞いたと言う通報もあった。喧嘩でもしているのだろう、と思ったカップルは、その時点で警察を呼ばなかった。自分たちのことで頭 がいっぱいだったからだ。ライリーは強盗に襲われたか、怨恨か、と考えたが、オーリーは人魚を想像した。あんなモノをどうやって捕まえたらいいんだ?
 検死の結果、死体の喉の傷は、刃物ではなく、少しギザギザした固く薄い物で付けられたのだろう、と判定された。被害者は近所の街から夜釣りに来ていた。 現場では常連だったが、他人とトラブルを起こしたことはなかった。被害者の裂かれた衣服に、銀色の鱗の破片が付着していた。
「大きな魚みたい。」
と検死官が言った。
「染工場での死体のそばにも落ちていたよね?海洋生物の専門家に見てもらうわ。」
 検死官はオーリーから鱗を預かった。レインボウブロウが川で見つけた鱗も持って行った。専門家がどんな分析をするのだろう、とオーリーは興味があった。ライリーは魚と殺人にどんな関係があるのか、と馬鹿にした態度で、検死局を出た。

2013年11月14日木曜日

赤竜 2 その15

 刑事には全く出番がない夜だってある。オーリーとライリーは刑事部屋で、ラジオを聞きながら、溜まった報告書の作成や、証拠物件の整理用タグ作りを、半 ば嫌々していた。そこへ、レインボウブロウが現れた。着替えて黒いTシャツにジーンズだ。刑事部屋では彼女は既に知られた顔だった。誰もが、「オーリーは イヴェインとレニーに二股かけている」と信じている。受付をフリーパスに近い状態で通り抜けた彼女は、オーリーの机のそばに近づいた。オーリーは旧式のタ イプライターに毒づきながら、書類を作成している最中だった。
「手入れをすれば、もっと軽く動く。」
 レインボウブロウの声に、彼は危うく指をキーとキーの間に突っ込むところだった。
「レニー、何だよ、こんな遅い時間に・・・」
 彼が文句を口に出すと、脇からライリーが真実を述べた。
「いつも遅い時間にしか来ないじゃんか。」
 確かに、レインボウブロウが警察署に顔を出すのは、オーリーの深夜勤務の時だけだった。彼女は周囲を無視して、オーリーに話しかけた。
「考えたのだが、私たちは思い違いをしていたらしい。」
 オーリーは顔を上げて彼女を見た。彼女は人前では必ずサングラスを掛ける。この時も、夜用の薄い色だが目の特徴を隠すことが出来る程度の茶色い眼鏡を掛けていた。
「思い違い?」
 オーリーが彼女の言葉を繰り返すと、彼女がもう少しだけ詳しく言った。
「大ウミヘビじゃない、と言うこと。」
 オーリーは素早く周囲を見回した。レインボウブロウの身体的特異性や、イヴェイン・カッスラーの復活は秘密だ。だから、染色工場での殺人の犯人が人間でないと言う考えすら秘密だった。相棒のライリーにさえ明かしていない。ライリーが
「蛇がなんだって?」
と尋ねたので、
「骨董品の置物の話だ。」
と誤魔化した。骨董品鑑定士、と言うふれこみのレインボウブロウは、オーリーに廊下に出ろ、と合図した。ライリーは骨董品にも彼女にも興味がなかったので、それきり首を突っ込んでこなかった。
 オーリーは彼女をコーヒーの自動販売機の前に連れて行った。そこにはベンチがあるのだ。二人は腰を下ろした。
「警備員を殺した犯人が大ウミヘビでない、と言う確証はあるのか。」
 レインボウブロウはいつも通りに遠回しに答えた。
「大ウミヘビは人間に興味がない。水の外にいる人間には無関心だ。」
「食い物に見えたんだろう。」
「犠牲者は食われていたのか?」
「否。」
「では、食べる為に襲いかかったのではない。犯人は人間に興味があった。」
「どんな興味だ。」
「触ってみたかったのだ。」
 オーリーは彼女のモノの言い方に慣れたつもりだったが、また苛々した。
「誰が、何故、警備員を襲ったのか、はっきり考えを言ってくれ。」
 レインボウブロウは大声を出されるのが嫌いだ。彼女は立ち上がって、「帰る」と言った。待て、とオーリーは彼女の手首を掴み、その冷たさにびっくりし た。今朝抱き上げて運んだ時も同じだったが、あの時は彼女が海で泳いだ後だったし、血の気を失っている様に見えたので、気にならなかった。思わず手を離し てしまった彼に、彼女が尋ねた。
「私の肌は冷たいか。」
「ああ・・・」
 オーリーは正直に答えた。
「血が通っていないみたいだ。」
「血は通っている。」
「知っているよ。怪我をすれば、君は血を流している。俺たちと同じ赤い血だ。」
 彼女自身の血液に関する話は唐突に打ち切られた。
「犯人も冷たい血を持っている。だから、警備員に触れた時、火傷したはずだ。人間の体温はソレには高すぎた。だから、ソレは警備員を水に引きずり込んで、 冷たくしようとした。人間は水中では呼吸が出来ない。当然彼は暴れ、抵抗した。ソレは彼を逃がすまいとしがみつき、死なせてしまった。」
「ソレとは、何者だ。」
「鱗がある。」

2013年11月13日水曜日

赤竜 2 その14

「動かないで、お願い。」
 イヴェインが囁いた。
「あなたの冷たい肌が好き。」
 彼女の頬が胸に押し当てられた。当惑したレインボウブロウは、彼女を拒否する代わりに注文を付けた。
「前は触らないで欲しい。背中にして。」
 彼女に愛撫されながら、レインボウブロウは死んだオーランド・ソーントンを思い出した。それから、ソーントンの前のオーランドを思い出し、そのまた前の オルランダを思い出した。そして人間は異形のモノを憎み、恐れる一方で、どうして固執するのだろう、と不思議に感じた。そしてオーランド・ワールウィンド には気の毒な結果になった、と同情した。冷たい鱗が好きな人間は、温かい人間の肌を愛せない。
 イヴェインの手が、鱗がない肩を撫でた時、レインボウブロウは頭の中を殴られたような気がした。彼女がいきなり起きあがったので、イヴェインは怒らせたのかと思って、不安そうに身を縮めた。
「レニー?」
 レインボウブロウの心は既にここになかった。
「思い違いをしていた。」
と彼女は呟いた。

2013年11月12日火曜日

赤竜 2 その13

イヴェイン・カッスラーが居間に出ていくと、オーランド・ワールウィンド刑事は既に勤務に就くべく出ていった後だった。珍しくレインボウブロウが夜だと言 うのに外出せずにソファに寝そべってテレビを見ていた。イヴェインはソファとL字形を形作るもう一辺の椅子に座った。レインボウブロウが見ているのはナ ショナルジオグラフィックで、爬虫類の特集だった。イヴェインは番組には興味がなかった。
「さっきは御免なさい。」
と彼女が恐る恐る話しかけた。
「あなたもオーリーも私を気遣ってくれているって、わかっていた。でも、素直になれなかったの。あなたたち以外の人は、私が旦那様の遺産を受け継いだこと を知ってから、友達になった。彼らの何処までが本心で、どこからが偽りなのか、私は解らない。毎日が緊張の連続で、誰を何処まで信じていいのか、混乱して いる。だから、あなたやオーリーの忠告を受けた時、感情の抑制が利かなくなったの。御免なさい、折角食事の用意までしてくれていたのに。」
 レインボウブロウは目だけ動かして彼女を見た。もう瞳孔は閉じて細くなっていた。
「あなたはまだ子供。」
と彼女が言った。
「だから、オルランドがあなたを愛していると気が付かないだけ。」
 イヴェインが姿勢を正した。
「彼がいい人だと知っているつもりよ。でも、今はそれだけ、お友達以上の気持ちを持てない。」
「では、彼にそう言えば・・・」
 レインボウブロウはあくまで他人の心に距離を保とうとした。だから、イヴェインが椅子から離れて、ソファの下の敷物の上に座り、レインボウブロウの鱗に覆われた胸を撫でた時、少しびっくりして、上体を浮かしかけた。