2013年1月20日日曜日

遠い雷鳴

 珠子は雷が嫌いだった。ただ嫌いではない。ピカッと光ったら、もう一歩も動けなくなる。幼なじみで夫の太郎は、きっと小さい頃、遊んでいた公園の木に落雷したのを、目の前で見たからだろうと思った。
 小学校でも中学校でも、珠子は雷が鳴ると硬直してしまった。それはもう教師の間でもすっかり有名になって、雷が鳴ると珠子は特別に扱われた。つ まり、教科書の音読を免除されたし、体育も見学だ。級友たちも知っていたから、からかうけれど、やっかみはしなかった。珠子は、雷がなければ闊達で面倒見 の良い友達だったから。
 高校も大学も雷なしで過ごせなかったけど、なんなくやり過ごした。会社勤めの時は、さすがに辛かったらしい。社会人には、雷なんてなんてことないと考えられていたから。
だから、太郎は彼女を守るために早々に結婚した。
 母親になると、珠子は子供の為に必死で恐怖と戦い、耐えた。土砂降りで雷が暴れる日も、傘を持って子供を迎えに走った。太郎も彼女の努力を評価し、しかし歳月とともに彼女は雷に平気なんだと思うようになった。
 孫が出来て、もう人生もおおかた過ごした頃、珠子は故郷の墓参りに行った。仕事で同行出来なかった太郎は、今でも彼女を一人で旅立たせたことを後悔している。
 そう、彼女は一人で旅立った。

 墓地で夕立に遭い、雨宿りした立木に落雷して、亡くなったのだ。

「うちのヤツは、きっと生まれた時から、自分がどうやってあの世に行くのか、知ってたんだと思いますよ。」

 蝉時雨の暑い夏の午後、太郎は縁側で冷たい麦茶を勧めてくれながら、そう言って寂しそうに笑った。
真っ青な空の端っこには、白い入道雲がもくもくとわき出てくるところで、そのうち夕立がくるだろう。
珠子が逝って三回目のお盆だった。

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