2013年1月27日日曜日

電話帳登録

 麻美の携帯電話には、城山の番号が登録されている。僕がそれを知ったのは、去年のクリスマス。訝しむ僕に彼女は言い訳した。
「仕事で躓いた時、いつでも助けてもらっていたから、お守り代わりなの。」
 城山には僕も随分助けられた。だけど、もし城山がまだ生きていたら、僕はあまりいい気分がしなかっただろう。婚約者が携帯に僕以外の男の番号を 登録していたってかまやしないけど、城山は彼女の元カレだったからな。亡くなってしまったし、僕の親友でもあったから、僕は気にしないことにしていた。僕 はあいつと麻美を張り合った訳じゃない。あいつがいなくなってからお互いに接近したんだ。あいつがいなくなった穴を埋めたくて言葉を交わすうちに。
 今日の仕事に出る時、ドジなことに僕の携帯は電池切れだった。充電器にセットするのを忘れていたんだ。だから、麻美が自分のを貸してくれた。彼女も職場が同じだから、必要な同僚や上司の番号が入っている。機種も同じだから操作に迷うこともない。それに
「城山君が守ってくれるから」
麻美は祈るような目で僕を見つめながら渡してくれた。

 昼前から降り出した雨は1時間もたたないうちに集中豪雨と化し、河川はたちまち警戒水位を超えた。大川の中州に取り残された人々の救出に当たっ た僕らは雨と風と闘った。強風の為にヘリが飛ばさないので、ロープを撃ち込んで中州と岸辺をつなぎ、釣り人たちを一人ずつ抱えて流れを横断した。
最初に救出に当たった僕は、最後の仲間が戻って来るのを岸辺で待っていた。
 風の中で携帯の呼び出し音が聞こえた。任務遂行中に誰だ? マナーモードにしていたはずだが?
 切るつもりで開くと、画面に発信者の名前が出ていた。目にするなり、ギョッとなった。

城山

 悪い冗談だ。僕は通話ボタンを押した。

「大木」

 城山の声がした。僕は自分の耳が信じられなかった。切ろうとした時、城山の声に似たヤツが言った。

「土石流が来る。最後の救出が終わったら、即刻岸辺から遠ざかれ。国道まで上がるんだ!」

 僕は雨で視界の効かない上流を見た。山がふくれている様に見えた。
僕は叫んだ。

「すぐに国道まで走れ! ここは危険だぞ!!」

 僕らが全員国道のアスファルトの上にたどり着いた時、轟音が響いた。
山が抜けた。

 着信記録には、城山の番号がしっかり残っていた。だが、あれからリダイヤルしても、「お客様がおかけになった番号は現在使われておりません」とメッセージが流れるだけだった。
 だが、僕も麻美も、信じている。あれは、確かに城山がかけて来たんだ。
石切場の土砂崩れのレスキューに行き、二次災害で遭難した僕らの城山が。

0 件のコメント:

コメントを投稿

コメントを有り難うございます。spam防止の為に、確認後公開させて頂きますので、暫くお待ち下さい。
Thank you for your comment. We can read your comment after my checking.