2013年9月10日火曜日

赤竜 1 その12

 イヴェインはレインボウブロウを新しい主人だと思っている様子だった。彼女は黄色の目をした娘に店を選んでくれと頼んだ。彼女はファーストフードの店以 外に入った経験がなかった。レインボウブロウは小さなイタリアレストランを選んだ。入った所がカウンター式のバーで、奥にテーブルごとに壁で小さな仕切を 造った小部屋様式の食事スペースがいくつかあって、カップルや少人数のグループがささやかな幸せの時間を過ごせるようにとセッティングされていた。オー リーは内心安堵した。このランクの店なら三人分の食事代くらい彼でも払えた。
 応対に出た給仕にレインボウブロウがテーブルを指定した。
「もし予約や先客がいなければ、だけど。」
と彼女が珍しく遠慮勝ちに言うと、給仕は微笑んで彼女が指さした一角に彼らを案内した。
 イヴェインは椅子を引いてもらって緊張した声で礼を述べた。それから二人に恥ずかしそうに言い訳した。
「こんなきちんとしたお店は初めてなの。」
 もっと格式張った店も世の中にはあるのだ、とオーリーは言おうとして止めた。店主が現れてレインボウブロウに「お父様のご不幸」に対してお悔やみを言っ たからだ。レインボウブロウはしおらしく励ましの言葉を受けて、それからオーリーとイヴェインを「友達」として紹介した。それでオーリーは彼女が望んでい るであろう芝居をしてみた。
「レニーが落ち込まないように、励ましているんです。」
 店主が頷いた。
「どうぞ、ごゆっくりなさって下さい。」
 彼は「ソーントン様に」とワインを1本進呈してくれたので、それをすすりながらメニューを眺めることになった。
 イタリア語はわからなかったが、料理の正体はなんとなく掴めたので、オーリーはイヴェインの料理も注文してやった。レインボウブロウは魚の前菜を注文しただけだった。
給仕がいってしまうと、イヴェインがレインボウブロウに尋ねた。
「明日から私はどうしたらいいのでしょう。」
 不安の響きが声にあった。彼女には身寄りがない、とモーテルに行く道中オーリーはレインボウブロウから聞かされていた。イヴェインはスラムの酷い環境で 育った。両親はいないのと同じで、彼女が10代の半ばになる頃にはどちらも行方不明だった。兄は刑務所で亡くなった。喧嘩で殺されたと言う噂だ。イヴェイ ンは生きていく為に自分を売ろうとしていた。そしてオーランド・ソーントンとレインボウブロウに出会った。
 ソーントン家で大事にしてもらったイヴェインは元の暮らしに戻ることを恐れていた。若いから、なおさらだ。ここでレインボウブロウから解雇を言い渡されたらどうしよう、と恐れがあった。
「明日弁護士のナサニエル・クーパーに会う。」
と”お嬢様”が言った。
「あなたも一緒だ。そこでオルランドの遺言状を開封する。」
 オーリーは興味があった。屋敷の台所で彼女が口にした奇妙な「本の継承権」の謎が解けるのだろうか。明日の勤務ローテーションでは遺言状開封に立ち会えないこともない。
「俺も立ち会っていいかな。」
と彼は口をはさんだ。
「遺言状には犯人も興味があるかも知れない。どんな人間が他に立ち会うのかな。」
「私は旦那様の親族に会ったことがありません。」
「彼の親族は大方死に絶えた。」

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