2013年9月4日水曜日

赤竜 1 その9

「それじゃ、何だったんだ。」
 レインボウブロウは奇形なのか。家族扱いされていなかったのか、とオーリーは彼女を気の毒に感じた。
 彼の問いに彼女が答えた。
「友達。人間の唯一人の友達。」
 遠くでブラインドが風でバタバタと音をたてた。
 彼女が立ち上がった。
「書斎に入っていいか、彼の首の他に盗られた物がないか、調べたい。」
 それは勿論オーリーの質問リストに入っていた。しかし彼は疲れていたし、被害者の遺族にはもう少し落ち着いてから現場を見てもらうつもりだった。だが、 レインボウブロウにその心遣いは無用だった。そして彼はこの奇妙な娘に興味を抱いており、疲れよりもそれは強かった。彼は彼女の先に立って、彼女の家を案 内した。
 現場はまだ本が散乱していたし、生々しい血痕と血溜まりがそのまま残っていた。レインボウブロウは惨劇の跡には目もくれないで、本を眺めた。嘗める様に床の書物を眺めていき、それから書棚に残った本の背表紙を見た。オーリーは彼女の呟きを聞いた。
「ない。」
「何が。」
「書物が一冊。」
 オーリーは足元の古書を見下ろした。古書のコレクターなら欲しがるだろうが、彼には焚き付けにしか値打ちを見出せないラテン語の書物ばかりだ。
「それは値打ち物かい。」
「持つ人間に拠る。」
「コレクターには垂涎の的でも、俺たちの様なぼんくらにはゴミだってことか。」
 オーリーは冗談を含めて言ったのだが、レインボウブロウは頷いた。
「金銭には換えられない価値がある。オルランドが命を失う程の価値だ。」
「本の題名は・・・古物商に流れるかも知れない。」
「盗人はあれを売る目的で盗ったのではない。」
「コレクションか。」
 鈍いねえ、と言いたげに彼女は彼をまた見た。
「使うのが目的だ。読んで、理解して、書いてあることを実践する。」
「どう言うことなのか、はっきり言ってくれないか。」
 疲れが彼に声を荒げさせた。彼女は動じなかった。
「ぼんくらに言っても仕方がない。」
 彼女は書斎から出て行きかけた。オーリーは溜息をついた。この女性と付き合うには忍耐が必要だ。
「悪かった、もう大声を出さないから、本の題名を教えてくれ。」
 彼女が振り返らずに答えた。
「”赤竜”。」

0 件のコメント:

コメントを投稿

コメントを有り難うございます。spam防止の為に、確認後公開させて頂きますので、暫くお待ち下さい。
Thank you for your comment. We can read your comment after my checking.