数時間眠ってから、オーリーはレインボウブロウを連れて桟橋へ行った。二人目の犠牲者が出てから二日たっていた。また人魚は海岸に近づくだろう、と彼女が予想したからだ。
「何故、人魚は人間を襲うんだ。今迄そんなことはなかっただろう。」
「あっても、気付かれなかっただけかも知れない。染色工場に入り込んだのは、偶然だろう。」
珍しく彼女が理論立てた話し方をした。
「井戸の中でフィルターを見つけた。水がそっちへ吸い込まれるので、何があるのかと興味を抱いて、フィルターを破った。水槽に入り込み、警備員を見つけ た。警備員がソレを見つけて刺激するような行動を取ったかも知れない。ソレは彼を捕まえて、水中へ引きずり込んだ。彼は抵抗して、銃でソレを撃ち、傷付け た。ソレは怒って、彼を溺死させた。」
「釣り人も何か注意を引いたのか?」
「釣り針がそれを怒らせたのかも知れない。或いは、警備員に撃たれて人間に敵意を抱いたソレが、たまたま見つけた釣り人を襲ったのかも知れない。」
「被害者の喉を掻き切ったのは、ソレのヒレか?」
「多分、尾びれだろう。」
桟橋に到着した。まだ人通りがあった。オーリーは借りた釣り道具を出して、準備した。レインボウブロウは情報収集と称して、その辺の人間に声をかけて回った。
「この辺りで大きな魚を見たって聞いたけど、あんた知らない?」
大体そんな質問だった。そして空振りに終わった。まともでない返事をした男がいたらしく、彼女は少し怒ってオーリーの元へ戻った。
「あいつ、海へ叩き込んでやろうか。」
オーリーが針に餌を付けながら、「どうした」と尋ねても、それ以上は何も言わなかった。多分、女だと見て、卑猥な言葉でも投げかけた奴がいたのだろう、と彼は想像した。
夜半になると、人影がなくなった。オーリーは故意に海のモノの注意を引く目的で、時々懐中電灯で海面を照らした。静かな夜の海だ。魔物がいてもおかしくない雰囲気だ。
彼の後ろの地面に、魔物としか思えない娘が座り込んで、黙想にふけっていた。二人は会話をしなかった。事件はいつも被害者が一人の時に起こっている。波の音だけが聞こえてオーリーは睡魔に襲われた。
彼がうとうとと体を揺らし始めた時、レインボウブロウは目を開いた。沖の方で声が聞こえた。初めて聞く声だ。人間の声ではない。歌っているらしいが、初 耳のメロディーで、人間の音楽とは思えない。彼女はオーリーを見上げた。背中をやや丸めて、男は居眠りをしている。手に持った懐中電灯が海面ではなく地面 を照らしていた。彼女はブルゾンを脱ぎ、地面に置いた。ジーンズのジッパーを降ろす時は、音を立てぬよう、慎重にゆっくりと動いた。歌声が潮の流れに乗っ て、少しずつ接近してくるのがわかった。座ったまま,レインボウブロウはジーンズを脱ぎ、全裸になった。それから、オーリーの手を下から静かに支え上げ て、電灯の光を海面に向けた。オーリーが目を覚まし、彼女の手に気付いた。無言で彼は後ろを振り返り、彼女を見た。彼女が顎で海を指し示した。
オーリーは目を凝らし、光の輪を動かした。彼には暗い海面と暗い波しか見えなかった。しかし風の音に混ざって、何やら気味の悪い哀しげな声みたいな音 を、微かながら聞き取った。彼は釣り竿を掴み、釣り人らしく、リールを捲いて針を引き上げ、餌を付け直してもう一度仕掛けを投げた。遠くの方で仕掛けが水 に落ちる音がした。彼は、沖の声が止んだ様な気がした。さっきの仕掛けの音が、人魚の注意を引いたのだろうか。彼は後ろのレインボウブロウを振り返った。 彼女は海から身を隠すかのごとく、彼のバックに入り、獲物に飛びかかる野獣の様に片膝を立てて身構えていた。
そこで初めて彼は彼女が人魚と対決するつもりだと気付いた。逮捕するのではなく、殺してしまうつもりだ。人魚の言い分を聞く寛容さは持ち合わせていない。彼は生け捕りたいと伝えたかったが、口を利くことが許されるのか、判断出来なかった。
波の音が変わった様な気がした。彼が釣り竿をスタンドに置いた途端、ザッと水音がした。直ぐ近くだった。振り向くと、大きな黒い物体が空中に飛び出した ところだった。彼は無意識に背中の拳銃に手を伸ばした。彼を飛び越して、レインボウブロウが物体に飛びついた。二つの黒い固まりが、空中でぶつかる鈍い音 を響かせ、桟橋の上に落下した。
オーリーは叫んだ。
「殺すな、レニー、生け捕りたい。」
彼女の返事はイエスでもノーでもなかった。
「そこ、どいて!」
彼女が怒鳴るなり、物体の大きい方がオーリー目がけて飛んできた。オーリーは慌てて身を引き、危うく海に落ちるところだった。投げられた物体の方は車のそばに転がり、頭を持ち上げて、「シャー」と言う音を発した。オーリーは懐中電灯を拾い上げ、それに光を当てた。
醜怪な顔が電灯の光の中に浮かび上がった。タイを平坦にした様な魚みたいな顔が、鋭いノコギリ状の歯を剥き出して威嚇していた。目は大きく、魚みたいに 感情がない。髪の毛だけが人間的だ。濡れた髪の房が顔に降りかかっている。オーリーは見たくないものを見てしまった思いで、光の輪を移動させた。人魚の前 肢は人間の腕と手に似ていた。指の間に水かきがついているのと、爪が長いのが、特徴だが、肌も人間のものに似ていた。胸は平坦だ。人間が期待する乳房はな かった。雄かも知れない、とオーリーはこの際どうでもいいことを考えた。人魚の腰から下は、期待を裏切らず、魚だった。ピンと緊張して突っ立った尻尾は鋭 利な刃物みたいだ。レインボウブロウに投げ飛ばされて怪我をしたのか、額から黒い滴が流れ落ちた。
レインボウブロウが立ち上がった。背中の翼を半開きにして、彼女も人魚を威嚇した。
「どうすれば、いい?」
オーリーは手錠を出しながら、彼女に尋ねた。
「近づくな。」
とレインボウブロウ。
「あの尻尾で叩かれれば、あなたは切り刻まれる。」
「だが、捕まえなければ。」
「捕まえて、どうする?」
「どうするって・・・」
見せ物にするのか?オーリーは自問自答した。これは動物なのか、それとも心を持った
生き物なのか。殺人犯に違いないだろうが、それは生きる世界が違うから、と言う理由だけなのでは?
人魚は後退は苦手の様だ、少なくとも、地上では。何とかしてオーリーとレインボウブロウの防衛戦を突破して海に逃げ込もうと、隙を窺っていた。
オーリーは思った、人間にこれ以上害を与えないと保証されれば、見逃してやってもいい、此の世で最後の人魚かも知れないのだから、と。
「通訳してくれないか、レニー。」
はあ?と言いたげに彼女が振り返った。彼は続けた。
「陸の生き物に構うな、と言ってくれ。もう人間を襲わないと誓うなら、見逃してやる、と。」
「オルランド。」
彼女が腹立たしそうに抗議した。
「私はこんな魚もどきの言葉など話さない。」
「何故、人魚は人間を襲うんだ。今迄そんなことはなかっただろう。」
「あっても、気付かれなかっただけかも知れない。染色工場に入り込んだのは、偶然だろう。」
珍しく彼女が理論立てた話し方をした。
「井戸の中でフィルターを見つけた。水がそっちへ吸い込まれるので、何があるのかと興味を抱いて、フィルターを破った。水槽に入り込み、警備員を見つけ た。警備員がソレを見つけて刺激するような行動を取ったかも知れない。ソレは彼を捕まえて、水中へ引きずり込んだ。彼は抵抗して、銃でソレを撃ち、傷付け た。ソレは怒って、彼を溺死させた。」
「釣り人も何か注意を引いたのか?」
「釣り針がそれを怒らせたのかも知れない。或いは、警備員に撃たれて人間に敵意を抱いたソレが、たまたま見つけた釣り人を襲ったのかも知れない。」
「被害者の喉を掻き切ったのは、ソレのヒレか?」
「多分、尾びれだろう。」
桟橋に到着した。まだ人通りがあった。オーリーは借りた釣り道具を出して、準備した。レインボウブロウは情報収集と称して、その辺の人間に声をかけて回った。
「この辺りで大きな魚を見たって聞いたけど、あんた知らない?」
大体そんな質問だった。そして空振りに終わった。まともでない返事をした男がいたらしく、彼女は少し怒ってオーリーの元へ戻った。
「あいつ、海へ叩き込んでやろうか。」
オーリーが針に餌を付けながら、「どうした」と尋ねても、それ以上は何も言わなかった。多分、女だと見て、卑猥な言葉でも投げかけた奴がいたのだろう、と彼は想像した。
夜半になると、人影がなくなった。オーリーは故意に海のモノの注意を引く目的で、時々懐中電灯で海面を照らした。静かな夜の海だ。魔物がいてもおかしくない雰囲気だ。
彼の後ろの地面に、魔物としか思えない娘が座り込んで、黙想にふけっていた。二人は会話をしなかった。事件はいつも被害者が一人の時に起こっている。波の音だけが聞こえてオーリーは睡魔に襲われた。
彼がうとうとと体を揺らし始めた時、レインボウブロウは目を開いた。沖の方で声が聞こえた。初めて聞く声だ。人間の声ではない。歌っているらしいが、初 耳のメロディーで、人間の音楽とは思えない。彼女はオーリーを見上げた。背中をやや丸めて、男は居眠りをしている。手に持った懐中電灯が海面ではなく地面 を照らしていた。彼女はブルゾンを脱ぎ、地面に置いた。ジーンズのジッパーを降ろす時は、音を立てぬよう、慎重にゆっくりと動いた。歌声が潮の流れに乗っ て、少しずつ接近してくるのがわかった。座ったまま,レインボウブロウはジーンズを脱ぎ、全裸になった。それから、オーリーの手を下から静かに支え上げ て、電灯の光を海面に向けた。オーリーが目を覚まし、彼女の手に気付いた。無言で彼は後ろを振り返り、彼女を見た。彼女が顎で海を指し示した。
オーリーは目を凝らし、光の輪を動かした。彼には暗い海面と暗い波しか見えなかった。しかし風の音に混ざって、何やら気味の悪い哀しげな声みたいな音 を、微かながら聞き取った。彼は釣り竿を掴み、釣り人らしく、リールを捲いて針を引き上げ、餌を付け直してもう一度仕掛けを投げた。遠くの方で仕掛けが水 に落ちる音がした。彼は、沖の声が止んだ様な気がした。さっきの仕掛けの音が、人魚の注意を引いたのだろうか。彼は後ろのレインボウブロウを振り返った。 彼女は海から身を隠すかのごとく、彼のバックに入り、獲物に飛びかかる野獣の様に片膝を立てて身構えていた。
そこで初めて彼は彼女が人魚と対決するつもりだと気付いた。逮捕するのではなく、殺してしまうつもりだ。人魚の言い分を聞く寛容さは持ち合わせていない。彼は生け捕りたいと伝えたかったが、口を利くことが許されるのか、判断出来なかった。
波の音が変わった様な気がした。彼が釣り竿をスタンドに置いた途端、ザッと水音がした。直ぐ近くだった。振り向くと、大きな黒い物体が空中に飛び出した ところだった。彼は無意識に背中の拳銃に手を伸ばした。彼を飛び越して、レインボウブロウが物体に飛びついた。二つの黒い固まりが、空中でぶつかる鈍い音 を響かせ、桟橋の上に落下した。
オーリーは叫んだ。
「殺すな、レニー、生け捕りたい。」
彼女の返事はイエスでもノーでもなかった。
「そこ、どいて!」
彼女が怒鳴るなり、物体の大きい方がオーリー目がけて飛んできた。オーリーは慌てて身を引き、危うく海に落ちるところだった。投げられた物体の方は車のそばに転がり、頭を持ち上げて、「シャー」と言う音を発した。オーリーは懐中電灯を拾い上げ、それに光を当てた。
醜怪な顔が電灯の光の中に浮かび上がった。タイを平坦にした様な魚みたいな顔が、鋭いノコギリ状の歯を剥き出して威嚇していた。目は大きく、魚みたいに 感情がない。髪の毛だけが人間的だ。濡れた髪の房が顔に降りかかっている。オーリーは見たくないものを見てしまった思いで、光の輪を移動させた。人魚の前 肢は人間の腕と手に似ていた。指の間に水かきがついているのと、爪が長いのが、特徴だが、肌も人間のものに似ていた。胸は平坦だ。人間が期待する乳房はな かった。雄かも知れない、とオーリーはこの際どうでもいいことを考えた。人魚の腰から下は、期待を裏切らず、魚だった。ピンと緊張して突っ立った尻尾は鋭 利な刃物みたいだ。レインボウブロウに投げ飛ばされて怪我をしたのか、額から黒い滴が流れ落ちた。
レインボウブロウが立ち上がった。背中の翼を半開きにして、彼女も人魚を威嚇した。
「どうすれば、いい?」
オーリーは手錠を出しながら、彼女に尋ねた。
「近づくな。」
とレインボウブロウ。
「あの尻尾で叩かれれば、あなたは切り刻まれる。」
「だが、捕まえなければ。」
「捕まえて、どうする?」
「どうするって・・・」
見せ物にするのか?オーリーは自問自答した。これは動物なのか、それとも心を持った
生き物なのか。殺人犯に違いないだろうが、それは生きる世界が違うから、と言う理由だけなのでは?
人魚は後退は苦手の様だ、少なくとも、地上では。何とかしてオーリーとレインボウブロウの防衛戦を突破して海に逃げ込もうと、隙を窺っていた。
オーリーは思った、人間にこれ以上害を与えないと保証されれば、見逃してやってもいい、此の世で最後の人魚かも知れないのだから、と。
「通訳してくれないか、レニー。」
はあ?と言いたげに彼女が振り返った。彼は続けた。
「陸の生き物に構うな、と言ってくれ。もう人間を襲わないと誓うなら、見逃してやる、と。」
「オルランド。」
彼女が腹立たしそうに抗議した。
「私はこんな魚もどきの言葉など話さない。」
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