「しかし、君はこいつと意志を通じ合えるだろう。」
人魚はオーリーではなく、間違いなくレインボウブロウを恐れている。彼女が何者か判っているのだ。それは、彼女の隙ではなく、オーリーの隙を窺っている ことでも判った。彼を突き飛ばして海に戻りたいのだ。しかし彼女とは戦いたくない。どっちが強いか、どちらがより残酷になれるか、知っている。
人魚が苦しげに口を開閉させた。水を求めていた。そろそろ皮膚が乾き、力を失ってしまいそうだ。
「早くしなければ、こいつは死んでしまうぞ。」
「死ねばいい。」
とレインボウブロウ。
「これは遊びで人間を殺した。今逃がしたら、また場所を変えて同じことをする。」
人魚がオーリーの方へ体を進ませかけたので、彼女は彼の前へ入った。人魚は彼女に歯を剥き出してまた「シャーっ」と声を出した。
「駄目。」
と彼女がソレにきつい調子で言った。
「おまえは殺すことを楽しんだ。」
人魚がまた「シャー」と言った。オーリーには全部同じに聞こえたが、レインボウブロウは違う答えを言った。
「人間は魚を食べる。おまえは人間を食べない。食べないのに殺すのは良くない。」
人魚は熱い地面に顔をつけてしまいそうな位置に頭を降ろした。ソレにとって、焼けたフライパンの上にいる様な気分なのだろう。オーリーはこの醜いメルヘンのなれの果てが哀れに思えた。
「見逃してやるから、二度と陸地に近づかない、と誓え、と言ってくれ。さもなくば、このままここに置き去りにするぞ、て。」
レインボウブロウは不本意ながら、「ご主人様」の言葉を繰り返した。オーリーには同じ英語に聞こえたが、人魚には別の言語として解釈された。人魚は大人しくなり、小さなシューシューと柔らかい声を出した。レインボウブロウがオーリーを振り返った。
「誓うそうだ。」
人魚の世界の義理がどんなものか判らないオーリーは、彼女にもう一つ通訳させた。
「誓いの証を示せ。」
人魚は躊躇った。ソレは何も持っていない。そしてオーリー同様、どうすれば人間に誓いを示せるのか判らないのだ。レインボウブロウが苛々した。遠くから 車のヘッドライトが近づくのが見えたからだ。彼女はいきなり人魚のそばにフワリと飛び寄った。人魚が身をかわそうとするのを、尻尾を抱える様にして捕まえ た。自分の身を尻尾の縁で切られないように用心しながら片腕で人魚を押さえつけ、彼女は人魚の左手首をたぐり寄せた。
「人間はおまえが害のないモノになれば安心する。」
そう言って、いきなり人魚の手首をちぎり取った。オーリーは思わず目を海へ向けた。人魚が不気味な悲鳴を上げ、黒い血液が噴き出した。それでも、レインボウブロウは表情ひとつ変えずに、人魚の血が自分に降りかからないように素早く相手を海へと投げ込んだ。
オーリーは桟橋の端に駆け寄り、暗い海面を覗き込んだ。人魚の姿は最早見えなかった。彼は顔を上げ、レインボウブロウが戦利品から血を絞り出すのを嫌悪の目で見た。
「あいつは出血で死ぬかも知れない。」
「それは地上の生き物のこと。それに、数年すれば、また新しい手が生える。」
彼女は手首を振って、最後の一滴も捨てた。
「この血は、人間には猛毒だ。触れると、あなたは死んでしまう。」
「あいつは君を恨んでいるだろう。また人間を襲うのではないのか。」
「あれは誓った。もう陸には近づかない。」
「信用出来るのか。」
「血の誓いは神聖だ。破れば、あれは即座に死ぬ。」
彼女は手首を地面に置き、衣服を身につけた。オーリーはクーラーボックスに気味の悪い手首を入れた。
「鑑識がこれをどう分析するか、見物だね。」
と彼は呟いた。
人魚はオーリーではなく、間違いなくレインボウブロウを恐れている。彼女が何者か判っているのだ。それは、彼女の隙ではなく、オーリーの隙を窺っている ことでも判った。彼を突き飛ばして海に戻りたいのだ。しかし彼女とは戦いたくない。どっちが強いか、どちらがより残酷になれるか、知っている。
人魚が苦しげに口を開閉させた。水を求めていた。そろそろ皮膚が乾き、力を失ってしまいそうだ。
「早くしなければ、こいつは死んでしまうぞ。」
「死ねばいい。」
とレインボウブロウ。
「これは遊びで人間を殺した。今逃がしたら、また場所を変えて同じことをする。」
人魚がオーリーの方へ体を進ませかけたので、彼女は彼の前へ入った。人魚は彼女に歯を剥き出してまた「シャーっ」と声を出した。
「駄目。」
と彼女がソレにきつい調子で言った。
「おまえは殺すことを楽しんだ。」
人魚がまた「シャー」と言った。オーリーには全部同じに聞こえたが、レインボウブロウは違う答えを言った。
「人間は魚を食べる。おまえは人間を食べない。食べないのに殺すのは良くない。」
人魚は熱い地面に顔をつけてしまいそうな位置に頭を降ろした。ソレにとって、焼けたフライパンの上にいる様な気分なのだろう。オーリーはこの醜いメルヘンのなれの果てが哀れに思えた。
「見逃してやるから、二度と陸地に近づかない、と誓え、と言ってくれ。さもなくば、このままここに置き去りにするぞ、て。」
レインボウブロウは不本意ながら、「ご主人様」の言葉を繰り返した。オーリーには同じ英語に聞こえたが、人魚には別の言語として解釈された。人魚は大人しくなり、小さなシューシューと柔らかい声を出した。レインボウブロウがオーリーを振り返った。
「誓うそうだ。」
人魚の世界の義理がどんなものか判らないオーリーは、彼女にもう一つ通訳させた。
「誓いの証を示せ。」
人魚は躊躇った。ソレは何も持っていない。そしてオーリー同様、どうすれば人間に誓いを示せるのか判らないのだ。レインボウブロウが苛々した。遠くから 車のヘッドライトが近づくのが見えたからだ。彼女はいきなり人魚のそばにフワリと飛び寄った。人魚が身をかわそうとするのを、尻尾を抱える様にして捕まえ た。自分の身を尻尾の縁で切られないように用心しながら片腕で人魚を押さえつけ、彼女は人魚の左手首をたぐり寄せた。
「人間はおまえが害のないモノになれば安心する。」
そう言って、いきなり人魚の手首をちぎり取った。オーリーは思わず目を海へ向けた。人魚が不気味な悲鳴を上げ、黒い血液が噴き出した。それでも、レインボウブロウは表情ひとつ変えずに、人魚の血が自分に降りかからないように素早く相手を海へと投げ込んだ。
オーリーは桟橋の端に駆け寄り、暗い海面を覗き込んだ。人魚の姿は最早見えなかった。彼は顔を上げ、レインボウブロウが戦利品から血を絞り出すのを嫌悪の目で見た。
「あいつは出血で死ぬかも知れない。」
「それは地上の生き物のこと。それに、数年すれば、また新しい手が生える。」
彼女は手首を振って、最後の一滴も捨てた。
「この血は、人間には猛毒だ。触れると、あなたは死んでしまう。」
「あいつは君を恨んでいるだろう。また人間を襲うのではないのか。」
「あれは誓った。もう陸には近づかない。」
「信用出来るのか。」
「血の誓いは神聖だ。破れば、あれは即座に死ぬ。」
彼女は手首を地面に置き、衣服を身につけた。オーリーはクーラーボックスに気味の悪い手首を入れた。
「鑑識がこれをどう分析するか、見物だね。」
と彼は呟いた。
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