2013年11月15日金曜日

赤竜 2 その16

 レインボウブロウは出口に向かって歩き始めた。
「フィルターの穴を通り抜けられる大きさ。爪を持っている。水の中に住んでいて、人間に興味がある。」
「何故興味があるんだ。」
「似ているから。」

 レインボウブロウが深夜もかなり更けた時刻に帰宅すると、居間の敷物の上でイヴェインが泣き疲れて眠っていた。同居人のお嬢様を怒らせてしまったと思い こんだのだ。レインボウブロウは彼女より小柄ながら、力は強かったので、彼女を寝室に運ぶつもりで、抱き上げようとした。彼女の背中に手を回すと、イヴェ インが目を開いた。無駄な労働はしない主義のレインボウブロウは声をかけた。
「起きて自分でベッドに行きなさい。」
 イヴェインは目の前の彼女を見つめた。彼女の黄色い目を見つめ、夢を見ているのかと思った。
「私のレニーは、人じゃない・・・」
と彼女は囁き、いきなり相手の後頭部に手を回して自分の方へ寄せた。キスの間、レインボウブロウは目を開いたまま、イヴェインの表情を窺っていた。彼女の 可愛いイヴが、何処まで正気なのか、見極めようと試みた。何時の間にやら、彼女はイヴェインの体の下になっていた。喉だけは触れられないように警戒しなが らも、愛撫を受け入れた。まだ未熟なテクニックだな、と思いつつ、早くこの家から去ってしまおう、と決心したのだった。

 オーリーはレインボウブロウが言った言葉を自分の頭の中で反芻してみた。冷たい血液を持っていて、鱗と爪があり、人間に似ている水の中の生き物。人間に似ている・・。
まさか、人魚が犯人だと言うのか?そんなモノが実在するのか?まだ大ウミヘビの方が現実的だ。人魚なんて。それに人魚は人を殺すのか?オーリーにはアンデルセンの「リトルマーメイド」のイメージしか浮かばない。
 電話が鳴った。刑事部屋に早朝にかかる電話は、事件の通報しかない。ライリーが電話に出て、話を聞く。オーリーは人魚のことを考えていた。ライリーが電話を置いて、振り返った。
「殺しだ。今度は桟橋だ。」
 現場は昨夜レインボウブロウが海に入った桟橋から余り離れていない場所だった。早朝に釣りに出ようとボートを出しに来た男が、海面に浮いている死体を発 見した。そっちも男だった。近くの岸壁に釣り道具が散乱しており、身分証から直ぐに身元が判明した。死体の肌はひっかき傷だらけで、致命傷はパックリと開 いた喉の傷だった。慎重に引き上げなければ、首がちぎれそうになる程、深くえぐられていた。
 深夜近くに男の叫び声を聞いたと言う通報もあった。喧嘩でもしているのだろう、と思ったカップルは、その時点で警察を呼ばなかった。自分たちのことで頭 がいっぱいだったからだ。ライリーは強盗に襲われたか、怨恨か、と考えたが、オーリーは人魚を想像した。あんなモノをどうやって捕まえたらいいんだ?
 検死の結果、死体の喉の傷は、刃物ではなく、少しギザギザした固く薄い物で付けられたのだろう、と判定された。被害者は近所の街から夜釣りに来ていた。 現場では常連だったが、他人とトラブルを起こしたことはなかった。被害者の裂かれた衣服に、銀色の鱗の破片が付着していた。
「大きな魚みたい。」
と検死官が言った。
「染工場での死体のそばにも落ちていたよね?海洋生物の専門家に見てもらうわ。」
 検死官はオーリーから鱗を預かった。レインボウブロウが川で見つけた鱗も持って行った。専門家がどんな分析をするのだろう、とオーリーは興味があった。ライリーは魚と殺人にどんな関係があるのか、と馬鹿にした態度で、検死局を出た。

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