2013年11月14日木曜日

赤竜 2 その15

 刑事には全く出番がない夜だってある。オーリーとライリーは刑事部屋で、ラジオを聞きながら、溜まった報告書の作成や、証拠物件の整理用タグ作りを、半 ば嫌々していた。そこへ、レインボウブロウが現れた。着替えて黒いTシャツにジーンズだ。刑事部屋では彼女は既に知られた顔だった。誰もが、「オーリーは イヴェインとレニーに二股かけている」と信じている。受付をフリーパスに近い状態で通り抜けた彼女は、オーリーの机のそばに近づいた。オーリーは旧式のタ イプライターに毒づきながら、書類を作成している最中だった。
「手入れをすれば、もっと軽く動く。」
 レインボウブロウの声に、彼は危うく指をキーとキーの間に突っ込むところだった。
「レニー、何だよ、こんな遅い時間に・・・」
 彼が文句を口に出すと、脇からライリーが真実を述べた。
「いつも遅い時間にしか来ないじゃんか。」
 確かに、レインボウブロウが警察署に顔を出すのは、オーリーの深夜勤務の時だけだった。彼女は周囲を無視して、オーリーに話しかけた。
「考えたのだが、私たちは思い違いをしていたらしい。」
 オーリーは顔を上げて彼女を見た。彼女は人前では必ずサングラスを掛ける。この時も、夜用の薄い色だが目の特徴を隠すことが出来る程度の茶色い眼鏡を掛けていた。
「思い違い?」
 オーリーが彼女の言葉を繰り返すと、彼女がもう少しだけ詳しく言った。
「大ウミヘビじゃない、と言うこと。」
 オーリーは素早く周囲を見回した。レインボウブロウの身体的特異性や、イヴェイン・カッスラーの復活は秘密だ。だから、染色工場での殺人の犯人が人間でないと言う考えすら秘密だった。相棒のライリーにさえ明かしていない。ライリーが
「蛇がなんだって?」
と尋ねたので、
「骨董品の置物の話だ。」
と誤魔化した。骨董品鑑定士、と言うふれこみのレインボウブロウは、オーリーに廊下に出ろ、と合図した。ライリーは骨董品にも彼女にも興味がなかったので、それきり首を突っ込んでこなかった。
 オーリーは彼女をコーヒーの自動販売機の前に連れて行った。そこにはベンチがあるのだ。二人は腰を下ろした。
「警備員を殺した犯人が大ウミヘビでない、と言う確証はあるのか。」
 レインボウブロウはいつも通りに遠回しに答えた。
「大ウミヘビは人間に興味がない。水の外にいる人間には無関心だ。」
「食い物に見えたんだろう。」
「犠牲者は食われていたのか?」
「否。」
「では、食べる為に襲いかかったのではない。犯人は人間に興味があった。」
「どんな興味だ。」
「触ってみたかったのだ。」
 オーリーは彼女のモノの言い方に慣れたつもりだったが、また苛々した。
「誰が、何故、警備員を襲ったのか、はっきり考えを言ってくれ。」
 レインボウブロウは大声を出されるのが嫌いだ。彼女は立ち上がって、「帰る」と言った。待て、とオーリーは彼女の手首を掴み、その冷たさにびっくりし た。今朝抱き上げて運んだ時も同じだったが、あの時は彼女が海で泳いだ後だったし、血の気を失っている様に見えたので、気にならなかった。思わず手を離し てしまった彼に、彼女が尋ねた。
「私の肌は冷たいか。」
「ああ・・・」
 オーリーは正直に答えた。
「血が通っていないみたいだ。」
「血は通っている。」
「知っているよ。怪我をすれば、君は血を流している。俺たちと同じ赤い血だ。」
 彼女自身の血液に関する話は唐突に打ち切られた。
「犯人も冷たい血を持っている。だから、警備員に触れた時、火傷したはずだ。人間の体温はソレには高すぎた。だから、ソレは警備員を水に引きずり込んで、 冷たくしようとした。人間は水中では呼吸が出来ない。当然彼は暴れ、抵抗した。ソレは彼を逃がすまいとしがみつき、死なせてしまった。」
「ソレとは、何者だ。」
「鱗がある。」

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