「ごめんね、小夜子さん。 だけど、早紀ちゃんは、一生守るからね。」
清美は仏壇の前で手を合わせた。小さな遺影の小夜子が微笑んでいる。
清美が飛田耕治の後妻に入ったのは、耕治の前妻小夜子が亡くなってから5年後だった。耕治との出会いが、小夜子の没後1年目だったし、付き合いだしたのも結婚の前年からだったから、耕治の二人の子供たちからも反発はなかった。
耕治は、清美と出会う前に、家から前妻の匂いがするものを取り除いていた。いつまでも哀しみに浸りたくなかったのだろうし、子供たちにも前向きに生きて欲しかったからだ。
清美が飛田家に入った時、家の中はすっかり改装され、家具も一新されていた。故人の趣味を知る手がかりは殆ど残されていなかった。 唯一つを除いては・・・。
子供たち。 中学生になる娘の早紀と小学生の息子の耕太は、清美を歓迎してくれた。耕太は新しいお母さんにすぐ懐いてくれた。早紀は・・・。
思春期の娘は難しい。清美に母親として振る舞うことは許しても、決して「お母さん」とは呼んでくれなかった。せいぜいお姉さん停まりだった。それでも、清美は焦るまいと決めた。
小夜子の趣味を知る唯一の手がかり。それは、台所の食器だった。食器だけは、耕治も思い至らなかったのか、小夜子が揃えた物をそのまま使っていた。上品な模様と色の皿や器が棚に並んでいる。清美は、それが何故かとても重荷に感じた。
台所。
女の場所。母親がいる所。
そこに、小夜子が残っていた。
食器を処分する方法のヒントをくれたのは、耕太だった。台所で騒いで、皿を一枚落として割ったのだ。
「危ないじゃないの、怪我したら、どうするの!」
清美は心から子供を案じて怒鳴ったのだが、あとで割れた皿を片づける時に、気付いた。
そうか、この方法があるんだ。
それから、清美は時々皿や茶碗を落として割った。ぶつけて欠けさせた。欠けた食器は姑が嫌がるからと廃棄した。そして自分好みの新しい食器を少しずつ増やしていった。
飛田家に入って10年たった。早紀が嫁いだ。白無垢姿の彼女が、清美の前で両手をついて挨拶した。
「有り難うございました、お母さん。父をよろしくお願いします。それから、主婦としていろいろなこと、これからもどんどん教えて下さい。」
母と呼ばれるのに、10年かかった。
清美は、最後に一枚だけ残った菓子皿に引き出物のケーキを一切れ載せて仏壇に供えた。
この一枚だけは、大切に残しておこう。母であることを意識し続けるために、小夜子に居続けてもらうのだ。
清美は仏壇の前で手を合わせた。小さな遺影の小夜子が微笑んでいる。
清美が飛田耕治の後妻に入ったのは、耕治の前妻小夜子が亡くなってから5年後だった。耕治との出会いが、小夜子の没後1年目だったし、付き合いだしたのも結婚の前年からだったから、耕治の二人の子供たちからも反発はなかった。
耕治は、清美と出会う前に、家から前妻の匂いがするものを取り除いていた。いつまでも哀しみに浸りたくなかったのだろうし、子供たちにも前向きに生きて欲しかったからだ。
清美が飛田家に入った時、家の中はすっかり改装され、家具も一新されていた。故人の趣味を知る手がかりは殆ど残されていなかった。 唯一つを除いては・・・。
子供たち。 中学生になる娘の早紀と小学生の息子の耕太は、清美を歓迎してくれた。耕太は新しいお母さんにすぐ懐いてくれた。早紀は・・・。
思春期の娘は難しい。清美に母親として振る舞うことは許しても、決して「お母さん」とは呼んでくれなかった。せいぜいお姉さん停まりだった。それでも、清美は焦るまいと決めた。
小夜子の趣味を知る唯一の手がかり。それは、台所の食器だった。食器だけは、耕治も思い至らなかったのか、小夜子が揃えた物をそのまま使っていた。上品な模様と色の皿や器が棚に並んでいる。清美は、それが何故かとても重荷に感じた。
台所。
女の場所。母親がいる所。
そこに、小夜子が残っていた。
食器を処分する方法のヒントをくれたのは、耕太だった。台所で騒いで、皿を一枚落として割ったのだ。
「危ないじゃないの、怪我したら、どうするの!」
清美は心から子供を案じて怒鳴ったのだが、あとで割れた皿を片づける時に、気付いた。
そうか、この方法があるんだ。
それから、清美は時々皿や茶碗を落として割った。ぶつけて欠けさせた。欠けた食器は姑が嫌がるからと廃棄した。そして自分好みの新しい食器を少しずつ増やしていった。
飛田家に入って10年たった。早紀が嫁いだ。白無垢姿の彼女が、清美の前で両手をついて挨拶した。
「有り難うございました、お母さん。父をよろしくお願いします。それから、主婦としていろいろなこと、これからもどんどん教えて下さい。」
母と呼ばれるのに、10年かかった。
清美は、最後に一枚だけ残った菓子皿に引き出物のケーキを一切れ載せて仏壇に供えた。
この一枚だけは、大切に残しておこう。母であることを意識し続けるために、小夜子に居続けてもらうのだ。
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