2013年3月3日日曜日

仙人と雲と竜と

 冬の早朝、職場に向かって車を走らせていると、前方の山に薄い雲がかかっているのが見えた。
 遅い紅葉でまだ赤い山の斜面に、白い雲が細長く巻き付くように浮かんでいる。何かに似ているな、と思っていると、助手席の娘が、叫んだ。
「ママ、竜が飛んでるよ!」
 なるほど、そうか。
「ほんとだ! 竜だね♪」
「竜さん、これから朝ご飯なのかなぁ」
「・・・かなぁ?」
「竜は何食べるの?」
「う~ん、山の竜だから、ドングリかなぁ・・・」
 車が走るのに合わせるかの様に、雲は次第に上昇して行く。
いや、存外上空にあるのだが、離れていると低く見えていただけかも知れない、などと理科に弱い母親は思う。
娘は喜んでいる。
「うわぁ! 竜が天に昇って行くよ!」
そのうちどんどん雲に近づき、雲の竜はずんずん上昇して、遂に頭の上の空に消えて行った。
「凄いもの、見ちゃったねぇ!」
娘は楽しそうだった。

その夕刻、保育園に迎えに行くと、脳天気な娘は、目を輝かせて車に乗り込み、こう切り出した。
「あのね、園長先生って、仙人なんだよ。」
「え! そうなの?」
「だって、今日、雲を出して、フワフワ飛ばしていたもの。」
何かスモークでも炊いたのかな?
「その雲は冷たかった?」
「わかんない。窓から見てただけだもん。お庭でね、先生が雲を出して、フワフワさせて、広げて、お花の上に掛けてたんだ!」

翌日、娘を保育園に送り届けた後、そっと園の裏手の花壇を見た。
予想通り、霜よけの不織布が掛けられていた。
「暖冬で、予想外に早くアネモネが芽を出してしまったんですよ。
春に子供たちに見せる前に枯れては可哀想ですからね。」
園長はそう言って、笑った。仙人になるには、まだ若すぎる40代の女性だった。

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