2013年3月31日日曜日

入れ替え

「ごめんね、小夜子さん。 だけど、早紀ちゃんは、一生守るからね。」
 清美は仏壇の前で手を合わせた。小さな遺影の小夜子が微笑んでいる。
 清美が飛田耕治の後妻に入ったのは、耕治の前妻小夜子が亡くなってから5年後だった。耕治との出会いが、小夜子の没後1年目だったし、付き合いだしたのも結婚の前年からだったから、耕治の二人の子供たちからも反発はなかった。
 耕治は、清美と出会う前に、家から前妻の匂いがするものを取り除いていた。いつまでも哀しみに浸りたくなかったのだろうし、子供たちにも前向きに生きて欲しかったからだ。
 清美が飛田家に入った時、家の中はすっかり改装され、家具も一新されていた。故人の趣味を知る手がかりは殆ど残されていなかった。 唯一つを除いては・・・。
 子供たち。 中学生になる娘の早紀と小学生の息子の耕太は、清美を歓迎してくれた。耕太は新しいお母さんにすぐ懐いてくれた。早紀は・・・。
 思春期の娘は難しい。清美に母親として振る舞うことは許しても、決して「お母さん」とは呼んでくれなかった。せいぜいお姉さん停まりだった。それでも、清美は焦るまいと決めた。
 小夜子の趣味を知る唯一の手がかり。それは、台所の食器だった。食器だけは、耕治も思い至らなかったのか、小夜子が揃えた物をそのまま使っていた。上品な模様と色の皿や器が棚に並んでいる。清美は、それが何故かとても重荷に感じた。
 台所。
 女の場所。母親がいる所。
 そこに、小夜子が残っていた。
 
 食器を処分する方法のヒントをくれたのは、耕太だった。台所で騒いで、皿を一枚落として割ったのだ。
「危ないじゃないの、怪我したら、どうするの!」
 清美は心から子供を案じて怒鳴ったのだが、あとで割れた皿を片づける時に、気付いた。
 そうか、この方法があるんだ。
 それから、清美は時々皿や茶碗を落として割った。ぶつけて欠けさせた。欠けた食器は姑が嫌がるからと廃棄した。そして自分好みの新しい食器を少しずつ増やしていった。
 飛田家に入って10年たった。早紀が嫁いだ。白無垢姿の彼女が、清美の前で両手をついて挨拶した。
「有り難うございました、お母さん。父をよろしくお願いします。それから、主婦としていろいろなこと、これからもどんどん教えて下さい。」
 
 母と呼ばれるのに、10年かかった。
 
 清美は、最後に一枚だけ残った菓子皿に引き出物のケーキを一切れ載せて仏壇に供えた。
 この一枚だけは、大切に残しておこう。母であることを意識し続けるために、小夜子に居続けてもらうのだ。

2013年3月28日木曜日

色の随想

 バーントシェンナと言う名前の色がある。「燃える様なシエナ」と言う意味で、イタリアのシエナの街が黄赤褐色の壁の家だけで築かれていることから生まれた名前である。
 一つの街が一色に統一されているのを見るのは、ある種の感動を呼ぶ。それはその土地の色であり、文化の色でもある。地中海の少々乾燥した風土に、バーントシェンナはよく似合う。
 もし、これが緑一色だったら、例え歴史があったとしても、初めて見る人間はうんざりするのではないだろうか。赤茶けた風景に緑の街は似合わない。オアシスではないのだから。
 オアシスの家だって、緑色はしていない。
 オーベルジーヌもとてもロマンティックな響きだけど、要するに「茄子色」。だから、「エッグプラント」と表示されていたりもする。ずばり「ナス」と書かれていることもある。
 「白」は難しい。白、ホワイト、オフ、オフホワイト、蛍光晒、無蛍光晒、乳白色、象牙色、アイボリー・・・どれも微妙に異なる。
 一番難しいのは「黒」。黒とブラックは違うって、知ってた? 素人には解らないって?? それは、誤解と言うものだよ。
 並べて見れば、素人でも違いがはっきり解るのが、黒なんだね。同じ薬品を使っても、素材で全く違う黒が出る。同じ素材でも、気温が異なれば、違う色になる。乾かす温度も影響する。
 白に染めるのは簡単だけど、黒は難しいから、一回で仕事を終えなきゃいけない。でないと、まだらな黒が生まれてしまう。
 色を創るのは、誰でも出来るよ。でも、同じ色を創り続けるのは、プロの仕事なんだね。

2013年3月24日日曜日

町工場

運送屋に聞いた話。

 個人営業のFさんは、大手と契約していて、夜間や休日の配達を代行している。地域の住人とは顔なじみだ。

 ある時、ニット工場のYニットへの日配の仕事を請けた。Fさんは、配達先の名前を見て、「おやっ」と思ったそうだ。Yニットは数年前に不渡りを出して廃 業したはずだった。何かの間違いではないかと思ったが、伝票の送り先はYニットだったし、送り主は国内最大手のT紡績傘下の染工場だ。Fさんは取り敢えず 荷物を運んだ。

 Yニットは田んぼや畑がある町外れにぽつんと建っていた。錆びた門扉を開くと、Fさんの記憶にあるままの古ぼけた工場の建物から織機の音が聞こえてきた。

「なんだ、仕事してるんだ」

Fさんは工場の中に入った。明るい屋内で、老社長が一人で機械を動かして靴下を編んでいた。

「やあ、Fさん、久しぶり!元気だった?」
「はい、お陰様で。社長もお元気そうで・・・」

確か、この工場には3人の従業員がいたはずだったが、社長しかいなかった。Fさんの視線に気付いた社長が苦笑いした。

「実は、うち、潰れたんだよ。ただ、今回どうしてもここの機械の仕事でなきゃ駄目だってオーダーが来たんで、一人で動かしてるの。まぁ、これで3人に払えなかった最後の給料を出せそうなんだ。」

Fさんは社長と少しだけ世間話をして、受け取り伝票にサインをもらって帰った。

 Fさんが家に帰って間もなく、仕事をくれた大手から連絡が入った。

「Fさん、あれ、誤配だ。Sニットカンパニーに送る荷物だったらしい。」
「え?でも、Yニットの社長さん、疑いもせずに受け取りましたよ。」
「冗談言うなよ、Fさん。」
と相手は言った。

「Yニットの大将、去年死んでるんだよ。」



 Yニットの社長の息子、Sニットカンパニーの社長、それに発注したT紡績の営業と一緒に、Fさんはもう一度田んぼの中の工場に行った。
 錆びた門扉は、Fさんが開けたままだった。工場は既に電気を止められていたので中は暗く、埃だらけで蜘蛛の巣が張っていた。
 社長の息子が窓を開けて、やっと明るくなった。

「だって、私、Y社長と電話で話をしたんですよ。」

T紡績さんは泣きそうになっていた。彼の視線は埃だらけの電話機を見ていた。

「あなたは電話だけでしょう。僕は本人と喋ったんだ。」

Fさんは恐いとは感じなかった。ニコニコしていた人の好さそうなY社長の笑顔や声が生々しく記憶に残っていた。
 Sニットの社長は機械を見ていた。

「最近誰か、これ、動かした?」
「いいえ、僕は工場を継がなかったから、ここは全然触ってないです。親父が死んでから、来たこともない。」

と息子。

「そう?でも、これ、手入れされてるよ。」

S社長は機械を撫でた。

「表面は錆びているけど、状態、良さそうだ。まだ使えるな。」

Fさんが配達した荷物がそのまま床に置かれていた。

「Yさんは不景気を乗り越えられなかったが、いい仕事をする人だった。早めに廃業していれば、心労を重ねずに済んだだろうに。この仕事が好きだったんだな。最後まで頑張って、無理して、倒産して、体まで壊しちまった。」
「化けて出ることなんかないのに。」

と息子。

「従業員は3人ともちゃんと再就職出来たし、借金もなんとか返せるめどがついたのに。」

T紡績さんだけが、まだ怯えていて、

「やっぱり幽霊だったんですかぁ?」

と言った。

FさんはY社長手書きのサインが入った受け取り伝票を出してみんなに見せた。

「Y社長は仕事が好きだったんですよ。大きな会社で働いてる人にはわからないかも知れないけど、ここはYさんの城だったんだ。」

家業を継がなかった息子が沈黙すると、S社長が言った。

「Yさん、もし良かったら、ここ、貸してもらえないだろうか? うちの会社、なんとか順調にやってる。工場を少し広げたいんだが、騒音問題やらで今の場所 では増築出来ないんだ。この建物、少しだけ手を入れて、機械は調整したらまた使えるし、そんなに経費をかけずに済みそうだ。あんたにも家賃が入る。返済の 足しになるんじゃないかな?」

Fさんはトラックを運転しながら、いろいろな噂や出来事を見聞きする。だけど、Yニットで起こったことほど不思議な出来事はない。 

垂水廉売市場の思い出

母がお気に入りの八百屋があった。

おばちゃんと息子夫婦で商売していた。おじちゃんは、よく浮気したり二日酔いで寝ていた。仕事をする時は大量に買った客の家に商品を配達する仕事をしていた。
店を切り盛りしていたのは、当然おばちゃんで、客とお喋りしておまけを付けたり、値引きするのもおばちゃんの権限だった。
八百屋と言っても果物も売っていた。
野菜も、痛んでいるところとかあれば、おばちゃんが客の目の前で葉っぱをむしったり、奇麗なものと取り替えたりしてくれた。

あのお店、まだあるだろうか?

http://www.kobe-c.ed.jp/cdo-es/gakunen/17/3nen/3nen-2.htm

初鰹

小説「南国太平記」のテレビドラマ化されたものは、人物設定やその人の運命、物語の結末やらが変えられていて、暗く湿っぽくなって、あまり面白いものではなかった。
けれど、一カ所だけ、原作にはなくてドラマだけにあるシーンが印象に残っている。
主君の仇を討つために主人公の一家は脱藩して一家離散するのだが、明日はその旅立ちの日、と言う時に、母親が奮発して初鰹を買う。当時、初鰹は一尾一両 (約5万円)する高価な魚で、主人公のような下級武士が買える代物ではなかった。家族がそろって取る最後の夕食に母親は鰹を買った訳だ。鰹は、父と母の故 郷、薩摩の味だった。そして、その捌き方を娘(夏目雅子さん)に母親が教える。包丁の入れ方、内臓の取り方等。
 ぼーっと見ていたら、横で父が呟いた。
「母親が娘に教えてやれる最後の躾やなぁ・・・」

原作でもドラマでも、母親と娘は不幸な最期を遂げる。

2013年3月23日土曜日

長鎌

彼は土手に座っていた。黒いマントの様な丈の長い服を着て、フードで頭を隠していた。手だけが妙に白く、骨張っている。
「やぁ」と声をかけると、「やぁ」と返事をした。
「もう俺の番かい?」と不安を隠して」尋ねると、首を振った。
「いや、まだずっと先だ。」
「そうか」
ホッとした。横に並んで座った。
「本当は、○○家の親爺の番なんだがね」
と彼が言ったので、どきりとした。○○家は、朝から一家で海へ遊びに出かけていた。
「それは、ちょっと・・・」
「一家でレジャーの日に、って言いたいのかい?」
と彼はぶっきらぼうに言った。
「それは、こっちの台詞だよ。順番が当たる日に出かけるなんて。」
鎌の刃がキラキラ光った。
「これは、順番なんだ。おまえさんたちが生まれる前から、親の親の代から既に決まっていたんだ。変更は効かない。変えるとなったら、かなり面倒なことになる。だから、従ってもらいたいんだ。」
「だけど・・・」
風が吹いてきて、丈が伸びた草がざわざわと波打った。
彼は空を見上げた。
「お天道様が上がってしまう前にやってしまいたかったんだがな。」
「どうしても、やるのかい?」
「ああ、やってしまわないと、後が大変だ。」
彼はすくっと立ち上がって、鎌を振り上げた。
こちらも慌てて立ち上がり、鎌に当たらないように退いた。
「もう、行けよ。」
と彼は言った。それで、歩き始めると、
「○○には、ちゃんと報いてもらいからな。」
と彼は陰気な声で呟いた。
「順番があるんだよ、何事にも。」
「ああ・・・」
相づちを打つと、彼はフードを邪魔そうに取り払った。そして、黒い雨合羽を脱いで置いた。
彼はもう一度言った。
「これは、義務なんだ、土手の草刈りは・・・」

2013年3月20日水曜日

アイデア

「嬉しいわ、来てくれるなんて!」
「貴女が、落ち込んでいるって言うから、様子を見に来たのよ。でも、元気そうじゃない?」
「うん、実は、小説のアイデアが浮かばなくて、もう作家人生も終わりかと思ったら、生きてるのも嫌になって、死のうかな、なんて考えてたら、ふとアイデアが浮かんだのよ!」
「どんな? 私、いつも貴女の作品、必ず買うのよ。粗筋だけでも教えてくれない? 絶対に本は買うから。あ、私がお茶を入れてあげる。美味しいアーモンドのお茶を買ってきたのよ。」
「ありがとう。
あのね、筋は単純なんだけど・・・殺し屋が殺人を犯すところを、偶然通りかかったクルマの人たちが目撃してしまうの。目撃者は3人で、4人目は盲目の女 性。彼らはある秘密があって、警察に通報出来ないんだけど、そのうち、一人が何者かに殺されてしまう。殺し屋の仕業だと考えた彼らは身を守ろうとする。け れど、二人目も殺される。
盲目の女性のところに客が来るの。女性なので、盲目の女性は警戒を緩めるんだけど、会話するうちに、彼女が殺し屋じゃないか、と疑いを持ち始める。ちょっとした心理合戦ね。そこへ、3人目の目撃者が来て・・・」
「それで?」
「ふふふ・・・後は作品が完成してからのお楽しみ!」
「ケチね・・・あははは、じゃ、本が出るのを待ちましょう。ほら、お茶が入ったわよ。」
「ありがとう。あら、本当にアーモンドの良い香りがするのね。貴女は飲まないの?」
「私はカフェイン絶ちしているから、いいの。私こそ、ありがとう、って言わせてね。素敵なアイデアを聴かせてくれて・・・」