2013年8月15日木曜日

赤竜 1 その2

 殺人事件の現場は多く見てきたつもりだったが、今夜の死体ほど奇妙なものはなかった。死体はパジャ マ姿だった。男性だ。それは肩から下の体格や、下半身を見ればわかった。相棒のライリーは傷口を見ないようにしていた。オーリーは血の匂いと古い書斎に立 ち籠もる埃に耐えかねて庭に出た。鑑識と検死官が入れ違いに中に入った。制服警官が若い女性を庭のベンチに座らせて声をかけているのが目に入った。彼女が 通報者だ。そして、死体の第一発見者。フェンスの外ではパトカーのルーフライトが点滅して、人の話し声が聞こえた。真夜中だと言うのに、近所の連中が物々 しい気配に感づいて起きて集まっているのだ。オーリーは女性に近づいた。
「ミズ・・・」
 名前を聞いていなかった。制服警官が彼女の代わりに教えてくれた。
「ミズ・イヴェインです。イヴェイン・カッスラー。」
 オーリーは頷いて、警官に行って宜しいと、合図した。警官は女性に優しい一瞥をくれて歩き去った。
 イヴェイン・カッスラーは涙でべとべとになった顔をオーリーに向けた。大きな目が不安で満たされていた。まだ若い。20代になるかならぬかの、ほっそり とした娘で、Tシャツとゆったりとした綿パンツを身につけていた。彼女が911をダイヤルしたのは日付が変わる前後だった。これから寝ようとしたところ だったのだろう。
「イヴェイン」
とオーリーは親しげに名前を呼んだ。
「君はここに住んでいるの。」
 彼女が小さく頷いた。何度も首をたてに振る。まだ落ち着いていないのだ。
「亡くなっていたのは、ソーントン氏だね、ここの主人のオーランド・ソーントン。」
 オーリーは少し不愉快な気分で被害者の名前を発音した。自分と同じ名前だ。イヴェインが蚊の鳴く様な囁き声で答えた。
「そう思います。旦那様のパジャマを着ていたから・・・」
 彼女の発音には微かに訛りがあった。ここよりずっと生活環境が悪い地区の住人の喋り方だ。なるほどな、とオーリーは思った、古いお屋敷にスラム育ちのアフリカ系の女中。
この家に来てから教育されたのだろうが、事件のショックで生まれた土地の言葉が出てくるのだ。
「この家は君とソーントン氏の他に誰かいるのかな。」
 現在のところ、オーリーもライリーもイヴェイン以外の人間に出会っていなかった。屋敷の間取りを調べ、犯人の遺留品や、犯人そのものを探した時も、多く の人間がいる気配はなかった。主人の寝室と、使われていない客間、使用人の部屋は台所の近くだった。がらんとしたリビングと食堂、バスルーム、そして死体 が発見された書斎だけの屋敷だ。老人と若い女中の二人暮らしだろうと想像した。しかし、イヴェインは首を振った。
「レニーが・・・お嬢様がいらっしゃいます。」
 オーリーは建物を見た。ツタがからまる平屋建ての屋敷が、パトカーの回転灯やライトに照らし出されて不気味に彼の前に立ち塞がっていた。
「そのお嬢様と言うのは、ソーントン氏の娘かい?ここに住んでいるのか?」
 イヴェインが返事を躊躇った。
「旦那様とお嬢様の関係は知らないんです。お二人がご一緒の時は、滅多になかったから。それに、私はお嬢様とは余り話ししたことなかったし・・・。」
 オーリーは少し困った。このソーントン家は普通の家庭ではないらしい。だから、普通でない殺され方をしたのか?
「そのお嬢様は今何処にいらっしゃるのかな。」
 オーリーが尋ねた時、イヴェインの視線が門に向けられた。
「あ、お嬢様だわ。」


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