2012年6月16日土曜日

尾行 4

 あの文化人類学の教授が研究費を着服している疑いがある。だが、真面目で研究一筋の男が何に金を使ったのか、わからないので、手がかりを調べて欲しい。 大学側としては、事を表沙汰にしたくないので、出来るだけ穏便に解決出来る手段を考える資料として、調査結果を期待している。

 そんなことを言われて依頼を受けたのが、四日前。ずっとあの先生を尾行しているが、なんにもない。
 家と学校を往復するだけ。学校じゃ、講義に出る以外は研究室か図書館に籠もって本を読みあさっている。
 浮気も賭け事も何にもしてない。まぁ、四日だけじゃ、なんとも言えないがね。しかし、退屈だし、報告書にも書くことがない。
 困ったことに、いつも乗るバスってのが、ローカル線の極みで、乗客のメンツが全く同じ。
 違うのは、今日は若い男が一人、発車間際に乗ってきたこと。しかも、そいつ、前の席の女ばかり見ている。 あれ、ストーカーじゃないのか?
それに女も・・・毎朝毎夕見かける顔だが、教授の方をチラチラとよく見ている。
 学生か? それにしては、教授は知らん顔だが・・・。
 まさか、あの女が、貢がれている愛人ってことじゃ・・・。
 
 そんなことを思っている間に、もう停留所だ。 教授はここで降りる。俺も近所のアパートに帰るふりをして降りる。あのアパートは住人の出入りが激しくて、怪しまれないんだ。 なにしろ、ローカルだからな、人数が少ないので、つきまとうと目立つんだ。
 
 教授は降りる気配だ。 ん? 女も? やはり、逢い引きか?
 おーおー、ストーカー君も身構えている。俺も・・・。

おや? 後ろのベンツ、さっきからこのバスの後ろをぴったりと・・・追い越しもしないで付いてくる・・・。

2012年5月18日金曜日

先生、見てる?

今日のお昼、道の駅でうどんを食べてから、行きつけの美容院に電話しました。
髪が伸びていたし、白いものも目立ってきたし・・・
電話に出たのが先生の娘さんだとすぐわかりました。
彼女が何か言ったのですが、外の音がうるさくてよく聞こえません。
何回か聞き返して、聞き取れたのは、「お母さん」「死んで」「お仕事出来ますよ」「お待ちしております」

なんだろう?

店に行って見たら、店には娘さん一人だけ。
店内が気のせいかガラーンとしています。

娘さんはまるで私が何もかも知ってると思っているのか、話を始めて、その世間話の中心が彼女の母親である美容院の経営者で店長の「先生」の急逝であることを、私は間もなく気が付きました。

今月の初めに突然心筋梗塞で亡くなってしまったのです。
まだ50代半ばで、あんなに元気だったのに。
ものすごくショックでしたが、娘さんが、もう悲しみのピークが過ぎたのか、それともまだ実感が湧かないのか、楽しそうに母親の思い出を語るのを聞いていました。

娘さんはまだ20代前半で、専門学校を出てよその店で2,3年修行して今年の正月から母親の店で働き始めたところだったのです。
従業員はいません。

「暫くは何もする気力なくて、お店閉めてたんです。
そしたら、母のお客さんが次々電話かけて来て、仕事何時からや? って聞くんです。
母が死んだことを告げて、私で良かったらします、って言ったら、みなさん、『当然やん』って言うんですよ。
『髪の毛切るだけやから、あんたでええねん。』って。
それで、結構忙しくて、泣いてる暇ないんですぅ。」

彼女は母親が遺した顧客カルテを見て、どの客にどんな美容を施行するのか一所懸命勉強しているところでした。

私一人に掛かっている間にも、出入りの業者が来たり、近所の人がお母さんの関係の書類持って来たり、保険屋さんが来たり、かなり忙しそうでした。

「まだどのお客さんにどのくらいの時間をかけたら良いのかわからなくて、予約を受けても重なってしまったりして失敗ばっかりで」

と彼女は笑って言いました。

「でも、この店でないとあかん、言いはるお客さんがいてくれてるんで、私はこの店、続けよ、思います。」

だから私も言いました。

「私もこの店しか知らんから、これからもお願いしますね。」

まだ高校生にも見える新しい店長さんが笑顔で送ってくれました。

2012年4月10日火曜日

尾行 3

どうも誰かに見られているような気がする。家と大学の行き帰り、誰かに見られている。つけられているのだろうか?
特にそんな気が強く感じられるのは、バスの中。
さりげなく振り返って見る。
短い路線だ。顔ぶれは大体わかっている。

ちょっと化粧が濃いのは、ホルモン焼き屋の奥さん。夕方、忙しくなる時間の一寸前に家に一時帰宅して子供にご飯を食べさせる。店はバス停3つ向こうだから、そんなに時間はかからない。
くたびれた顔で外を眺める中年男二人。どちらも近所の会社員だ。不景気で残業がないので毎日定刻帰宅。奥さんが鬱陶しがっていることだろう。
買い物帰りらしい主婦数名。大体見かける顔だ。
終点まで乗っていく女子学生。高校生時分から同じバスによく乗り合わせている子。今は窓の外を見ている。
彼女の後ろの席の若い男は・・・あれ? 一瞬目があって、逸らしたな。
あいつが、私を見つめていたのか? 何故だ?
そう言えば、見かけない顔だ。あの男が私を尾行しているのか?
それとも・・・一番後ろの席で、俯いている、これも見かけない男。背広姿だが、ネクタイはしていない。怪しいじゃないか。
まさかな・・・あの件が大学にばれたか?

ああ、そろそろ降りる停留所だ。 降りてみればわかるだろう。 あの二人の男のどちらかが、私を盗み見していたことを。

2012年3月17日土曜日

尾行 2

 終点(始発点とも言うわね)の次のバス停で、毎朝発車間際に駆け込んで来るメガネの小父さん。
 ネクタイ曲がってたり、乗り込んでから結んでたり、ソックス左右違うの履いていたり・・・おっちょこちょいの変な小父さんだと思ってた。
 大学入って、驚いた。
 だって、その小父さん、文化人類学の教授だったんだもの。
 文化人類学って、教養単位で、必須科目じゃないからって、友達は軽く見てるけど、それは間違いよ。こんなに面白い学問はないわ。
  それに、教授が凄いじゃない! バスの中じゃ冴えない中年なのに、教壇では私にとって未知の世界、知らない文化を詳細に解説してくれる。ドイツ語の本もフ ランス語の文献も原語で読んじゃうし、ボルネオの先住民の言語まで喋っちゃうんだ。それに説明している時の教授の目。キラキラ光って、玩具の話を夢中に なって語る子供みたいで可愛い。

 恋・・・なのかな。教授が好き。どんな家に住んでいるんだろ。どんな奥さん(・・・いるんだろうな、やっぱ・・・)と暮らしてるのだろう。
 知りたい、知りたい、先生の私生活、知りたい。
 
  たった一つバス停が違うだけなのに、教授が降りる停留所で降りられない。だって、客が少なすぎる。教授は私のこと、気付いていない。学問に夢中で学生の顔 を覚えられないのかって? 違う、違う、私が降りる終点まで乗る客が多いの。だから、私はバスの中では「その他大勢」で、教授は気付かない。だけど、一つ 手前で降りたら、人が少ないから、すぐ気付かれるだろう。
 どうすれば、先生と同じ所で降りられる?

2012年3月9日金曜日

尾行 1

 好きな女の子がいる。 同じ大学の文学部の学生だ。 色白で清楚な感じ。美人だし、物腰も優雅。どんな性格かな。偏見だけど、美人だから心も綺麗に違いない、と思ってしまう。
 だから・・・

 彼女がどこに住んでいるのかとか、どんな行動を取るのかとか、そんなことを知りたい訳ではなかった。
 彼女に話しかけるきっかけを探して、ただついて歩いただけだ。
 ストーカーだと思われないように、随分気を遣った。大学から駅までは、同じ道を歩いても怪しまれない。毎日目についても学生は大勢歩いているから、尾行しているなんて思わないだろう。
 電車が同じでも、平気だ。彼女が下りるT駅は、住宅街の中にあって、そこには学生用マンションもたくさんあるから、同じように下車してもおかしくない。
 問題はそこから。本屋だとか、コンビニだとか、彼女が立ち寄る場所をさりげなく通過したり、入ってみたり・・・。思い切って声をかければいいものを、勇気が出なくて・・・そしてとうとう・・・。

 今日、今、同じバスに乗ってしまった。
 乗る直前に気付いたが、この路線は市バス路線で一番短くて、他のどの路線とも交わっていない。バス停は5つだけで、折り返し同じ道を往復しているだけのローカル路線だ。 多分、乗客は互いに顔見知りで、誰が何処で乗り降りしているのか、知っているだろう。

 どうするよ? 住宅街だ。 降りてみても、何もない。 尾行しているって、まるわかりじゃん。
 やべ・・・彼女が振り返った・・・。

2012年3月8日木曜日

古文書

「この古文書を読み解いてください」

 と見知らぬ美女から、巻物の様な物を渡された。ごわごわした羊皮紙の様だ。力を入れると破れそうなので、静かに紐を解き、広げて見た。
 初めて目にする文字だった。何語なのか、さっぱり分からない。西洋の文字ではないし、アラビア語でもないし、漢字でもない。

「この文書は何処で?」

 尋ねると、美女は困った様に目を伏せた。

「図書館にあったのです」
「どこの?」
「この町の・・・」

 この町の図書館は文学専門じゃなかったのか?こんな考古学的資料など置いていただろうか。
 もう少しよく調べようと文書を注意深くめくってみた。
 ページの間に何か硬い物が入っていた。紙の隙間から取り出してみると、それは鱗の様に見えた。

「ああ、解いてくださったのですね!」

 彼女が嬉しそうに叫んだ。 なんのことか、と尋ねようと振り返ると、そこに彼女の姿はなく、一匹の竜がいた。

「有り難う」

 と竜が人語で言った。

「尻尾の鱗が挟まってしまって、自分では取れずに1000年間、その文書と共に過ごしてきました。誰もその文書を開こうとしなかったので・・・。
お陰で自由になれました。何か、一つ御礼を差し上げましょう。好きな物を仰ってください。」

 そう言われても、こっちは腰が抜けているから考える余裕もない。思わず口から出たのは、

「ううう・・・」

「鵜ですね!」
 竜はにっこり(?)笑って、鵜を三羽出すと、机の端に留まらせた。

「では、恩返しは済みました。さようなら!」

 竜は窓から飛んでいってしまった。

2012年3月5日月曜日

夜道

 これは「実際にあったこと」と人から聞いた話だが・・・。

 乾燥室で働くNさんが、ある夜、飲み屋で仲間と一杯ひっかけて、ほろ酔い気分で自転車に乗ってたんぼ道を家路についていた。
 竹藪のはずれで、道端に女の人が立っているのが見えた。近づくと、知り合いのスナック店員で、彼女も家路についているらしい。
 「今晩は。 一人で歩いて帰るの?」
声をかけたら、彼女が振り返ってにっこり笑った。
「あら、今晩は。うちはこの近くなの。心配しなくても大丈夫よ」
 そして彼女はこう言った。
「そちらも、お一人? 良かったら寄ってかない?」
Nさん、ちょっとどきどき。普段なら、そんな誘いに乗らないんだけど、酔っていたので、ついふらふらと・・・。
「いいの?悪いなぁ・・・」
 彼女の家は本当にすぐ近くで、座敷に上げてもらい、そこでまた酒とおつまみを出された。
 それからNさんがいよいよ酔いが廻って自転車に乗るのが辛いな、と思い始めた頃、彼女がまた誘った。
「良かったら、お風呂が沸いているから、入っていきなさいな」
 Nさん、遠慮無くお風呂に入った。ほど良く温かで、気持ち良くなって、お湯に浸かったまま、寝込んでしまった。

「あれ、Nさん、なんでそんなところに入ってるの?落ちたの?」

 誰かの大声で、Nさんは目覚めた。



 田んぼの中の、肥だめの中で・・・。