幼い頃、いつも遊んでいた林の木立の向こうに、塔が見えていた。
絵本の中でお姫様が住んでいるお城の塔によく似ていた。
友達は塔の存在に気がついていない様子で、自分の秘密の風景だった。
林の向こうのお城。きっとお姫様が住んでいるに違いない。ずっと信じていた。
小学校に上がり、学年も上がっていくと、行動範囲も広がって行った。
新しい友達の家を訪問した帰り道、ふと見上げると、あの塔が見えた。
心底驚いたものだ。何故なら、入学してから、あの林で遊ぶことがなくなり、林が住宅地になって、すっかり塔の風景を忘れていたからだ。
それが、いきなり目の前に実物がど~んと現れた。
細い坂道が大通りから丘の斜面を登っていた。所々階段になっているが、中途半端な高さの段で、道の半分しかない。半分階段で半分スロープの坂道だった。その細い道がカーブして手前の民家の後ろに消えていく、反対側の塀の中に、塔の家は建っていた。
ツタがからまる土塀の向こうに低木の茂み、鉄門の扉から狭い石畳の道が玄関まで延びている。その家は、びっくりしたことに、日本家屋だった。瓦葺きで、玄関はガラスがはまった格子の引き戸、縁側がある和室。黒い焼き板の壁。
それなのに、階段の坂道に面した部分だけが、洋風の造りになっていた。
塔の形に張り出した二階建ての、一階は出窓、二階が、林を通して見えていた丸窓で、屋根も円錐形の鱗瓦だった。
この家はなんなのだろう。特別な人が住んでいるようにも見えなかった。ひどく古くて、住人は現状維持が精一杯なのか、手入れはされているものの、どこにも新しい物はなかった。ペンキは剥げていたし、庭木も剪定を長い間しえちない様子。
ツタも壁をびっしり覆って、あれでは湿気がもの凄いだろうと想像された。
夕暮れが迫っていたせいか、怖い感じがして、それ以上観察するのがはばかられ、大通りに戻った。坂道を下りきった時に振り返ると、塔の二階の丸窓で、カーテンが揺れた様に見えた。
誰かが見ていた?
その夜、夢を見た。白いドレスを着たお姫様が塔の窓から手を振っていた。
「覚えてくれていて、ありがとう」
と彼女は言ったと思う。ツタは青々として、庭にはピンクや白や赤の薔薇が咲き乱れていた。日本家屋の焼き板壁もまだ真っ黒で、瓦も輝いていた。
お姫様は、きっと伯爵家のお嬢様なんだ、と何故か思った。
その家は、就職して街を出るまで、ずっとそこにあった。それから戦争があり、水害があり、地震が起きて、台風が暴れ、火事とか、バブルで土地が買い漁られ、邸宅街がマンションに変身したりして、街の様子がすっかり変わってしまった。
正月に、曾孫がパソコンとやらで、街を空から見られるものを見せてくれた。グルグルなんとかと言うらしい。
塔の家があった所は・・・
緑の木立の中に、一軒の家が建っていた。半分和風で、半分、洋風の・・・
*******************
実際のところ、子供の頃に憧れていた家の思い出を元ネタに書いてみました。
グーグルアースで探してみたら、それらしい画像がありましたが、塔は確認出来ませんでした。
神戸市垂水区高丸・・・丁目 ○○番地 までわかりましたが・・・。
写真でなぜか旧垂水警察を思い出して、(;;)。 素晴らしい洋館だったのに、どうしてキープしなかっただ、兵庫県!(-田-;;;つ拳 こちらで情報もらって、逢いに行きましたが、泣きそうに。夏休みの宿題で描いたんですよぉ、垂水警察。
返信削除塔のある家は時間を越えて存在するんですね。家そのものに意志がある? こういう時を超越した系のお話は大好きです。やたらと惹かれちゃう。
で、高丸に該当物件が? 塔のある家なんて聞いた事ないです。と言うか、上高丸なら中学校辺りと判るんですが、え~と? はい。区内もよく知りません。
高丸って言えば高丸小学校の近辺ですよ。
返信削除